73話
恐い夢を見た。とてもとても恐い夢。自分のせいで死んでしまった人のあの恐ろしい目に追われる夢。
目が覚めるとベッドの上に寝ており夢を見ていたと分かった……分かったがつい部屋をぐるりと見回し目が追ってきていないか確認してしまう。
「眠れないの…?」
衝立を挟んだ隣のベッドからタクトが聞いてきた。
「ううん…。ちょっと恐い夢を見て目が冴えちゃっただけ……。」
「………今日の事件のとき何があったの?」
「……特に何にも。いつも通り私が『忌み子』の不幸を撒き散らしただけ。」
「それは分かってる。その時に何があったか聞いてるんだよ。」
「……警備の人が亡くなったの。私の目の前で。」
「うん。聞いてる。でも、カグヤがいたから一人だけで済んだんだ。他の会場ではもっと多くの人が亡くなった……てメーニャが言ってた。」
「彼ね……お嫁さんがいたんだって。だから死にたくないって。彼の……最後の言葉。私は彼を死なせたくなかった。お嫁さんの元に帰してあげたかった。でも………。だからなのかな?彼のあの目が恐いの。責められて、憎まれて、怨まれている気がして。」
タクトはベッドから起き上がるとカグヤのベッドに腰掛けた。
「………少し散歩に行こうか?」
「こんな時間に?」
「この街は夜でも賑わっているから大丈夫。」
「……まぁいいけど…。」
昼間より人が減っているがそれでも繁華街を感じさせる道を一緒に歩いていく。
「ねぇ?あの二人はカップルかな?」
突然の質問に困惑しながらもタクトの視線の先にいる二人の男女に目をやる。
「どうだろ?ただの友達かもしれないよ?」
「じゃあ、あっちの二人は親子かな?」
「うん。顔の輪郭がそっくりだし親子なんじゃないかな?」
「なら、あっちの集団は仕事仲間かな?」
「うーん…友達って可能性もあると思うよ?ってか、さっきから何の話?」
「さあ?何なんだろ……ううん。もうカグヤ自身も気付いているよね?気付いているからこそ恐い………。」
「私が……気付いている?何に…一体、何に気付いているって言うの!?」
「……………」
タクトは何も答えない。ただただ真剣に、ただただまっすぐにカグヤを見ていた。不思議な力のある目をしている。穏やかな目をしているのにとても強い力でカグヤを縛っている。カグヤ自身が気づかない振りをしていたものをちゃんと見ている。
「タクト……先に帰ってて。私、行かなくちゃ…」
「行くって、どこに?」
「彼に謝らないと……」
「なら、僕も一緒に……。」
「一人で……一人で行かせて。これまでの事、これからも起きる事としっかりと向き合っていくために……。今回の事もちゃんと片付けておくのが私の責任だしね。」
「分かった。多分、闘技場にまだ安置されてると思うけど気をつけて。」
「それじゃあ、行ってきます。」
闘技場に忍び込んだカグヤは遺体を安置している部屋を探した。事件の後片付けに追われる人達をやり過ごしながら地下へと向かうカグヤの手には来る途中で買った安物の短剣が剥き出しで握られていた。一枚ずつドアを開き見つけたこの部屋。魔術の灯りではなく蝋燭の火の灯りが部屋の中を仄かに照らしている。地面から一メートル程の高さに作られた床にはシルクのような光沢をもち花が刺繍された布が敷かれその上に遺体が会場別に並べられ安置されている。遺体は皆、胸の上で手を組み寝ているのかと思う程に安らかな顔に化粧されている。靴を脱ぎ遺体の横を歩くカグヤの脚を安置されていた遺体が掴んだ。自分の脚を掴む遺体を悲しそうに、申し訳なさそうに見る。
「ごめん…なさい。私のせいで命を失うことになってしまって。ごめんなさい。辛い思いをさせてしまって……」
カグヤは短剣を使い遺体の口から出てきたパラサイトワームを斬った。モンスターに寄生するのだ、人間に寄生する可能性があるのは分かっていた。誰かに任せておいても良かったが自分で……自分がやらないといけないと思った。それが自分の責任だと思ったし、それが償いだと思った。脚を指を優しく丁寧に放す。短剣を購入したのも双剣を使わないのもこれ以上傷をつけたくないから。別の遺体がカグヤの脚を掴む。どんどん動き始める遺体がカグヤの心を締め付ける。彼らは全員自分が間接的に殺した人達だ。一人ずつ優しく丁寧に遺体に還していく。
どうしてあんなに怖かったのか……どうしてあんなに心が苦しいのか……漸く分かった。いや、タクトが言った通り分かっていた。分かっていて気づかない振りをして見ない振りをしてきた。『忌み子』である以上、他人に辛い想いをさせてしまう。全員助けるのは無理だ。だから自分だけを守って行こうと思った。でもタクトと出逢って好きになって愛を知った。その後はタクトの友人のナオキやマコさんと出逢って仲良くなって友情を知った。だけど、それは彼らも同じなのだ……。彼にも愛おしい人がいて仲の良い友人がいて…。人が死ぬというのは一つの命と沢山の想いが消えるということ。その人が誰かに対し贈る愛情や友情。その人に贈られる愛情や友情。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
一つの命と沢山の想いを奪ってしまった……それがただただ恐くて仕方がなかった。
人との繋がりを知ってしまったからそれが失われてしまうのが……恐い。
タクトは自分の背丈の倍くらいの壁に神経を集中し中の様子を伺う。中が見えるわけではないがそれでも中で騒ぎが起きてないのだけは分かった。草を踏む音が聞こえたかと思うと壁を飛び越えたカグヤがタクトの隣にフワリと着地した。
「来てくれてたんだ。先に帰ってくれてても良かったのに……。」
「うん。心配だったし……。」
「ありがとう。タクト。私、弱くなっちゃったからちゃんと守ってね。」
「弱く……?」
「うん。失うのが恐くて恐くて堪らない臆病者になっちゃいました!」
タクトには弱くなったとも臆病者になったとも思えなかった。今までと何も変わってない……寧ろ目を反らし続けたものと向き合ったのだ。前よりもカグヤが強く眩しく思えた。




