41話
タクトとカグヤはウイグル街の外れにある飲食店にて昼食をとっていた。昼食を食べる為にウイグル街に来たのではなく受けた依頼をこなす為に訪れている。目的地はウイグル街の外れにあるジッパー農場。昨日、騎士団名を『N』にするか『K』にするかと話し合いを始めた途端にn依頼人が拠点を訪れた為そのままnoccsとして活動することになった。正面口から入って直ぐの客室にて依頼人のジッパー夫妻と依頼内容と報酬額について相談をし、ロウガやウィルみたいな大型のモンスターが街の近くで暴れるのはイメージダウンに繋がる為タクト達が抜擢された。依頼内容はファングボアの討伐、報酬額は十七万ギル。ファングボアの討伐は二五万位が相場らしいので安価な受注だが変わりに2ヶ月間、農場で採れた野菜を無料で分けて貰える事になった。それでも相場には程遠いがnoccsとしてこの依頼を受注した。
「あそこがジッパーさんの家だよ」
タクトが地図を片手に案内したのは年季の入った小さな店だった。『本日休業』の看板がかかった扉を開け店内を見ると野菜を加工したものが並んでいる。
「よくいらっしゃいました。」
自宅件店舗となっているようで店の奥からジッパー夫が顔を出してタクト達を奥へと招いた。お茶と茶菓子の置かれたテーブルを挟み座ると、次々に加工した野菜が並べられる…。
「どうぞ、遠慮せず召し上がって下さい」
揚げたもの、焼いたもの、ピザにしたもの、アイスクリームにしたものまである…。どれも芋類や、豆類、葉野菜が中心に作られ味も見栄えもよく出来ていた。
「ジッパーさんは農場の経営者さん何ですよね?」
テーブルの上に並べられた食品。これはまるで食料販売店では?との意味が込められた言葉を理解したジッパーさんが苦笑いを浮かべ答えた。
「野菜を育て売る人を農家、それに加え加工食品も販売してる農家を農場と呼び区別しているんですよ。」
テーブルに出された料理を粗方食べたタクト達はファングボアが出没する問題の畑へと向かった。街を守る外壁の外、幾人もの住民が所有する畑が広がりその端の一画がジッパー夫妻所有の畑だそうだ。農業用の溜め池に太陽光がキラキラと反射し、そよ風でさざ波をたてている。数種類の野菜が青々とした葉を広げ日光を目一杯受けている。南瓜や西瓜が植えてあった場所は荒らされその被害は芋の区画にまで及んでいる。
「隣の畑の人と折半で依頼を出そうとはしなかったんですか?」
「相談はしてみたんですが何分、気難しい人で『自分の畑には被害が出てないから』と一蹴されてしまいまして……」
ファングボアが夜行性だと聞きいたタクト達は茂みへと姿を隠してファングボアが現れるのを待った。地平に沈んだ太陽に替わり月が顔を出した。ゆっくりと空高く昇り折り返しに入った時タクトの肩がトントンと弱々しく叩かれた。叩いた人物カグヤを見ると人差し指を口に当て「静かに」と動きだけで伝えて来た。コクンと頷きカグヤの視線の先へ視界を移す。月明かりに照らされた森からノッソリノッソリと巨大な影が姿を現した。名前の由来となった長い牙が特徴的な猪、ファングボア。タクト達の匂いに気づいたのか警戒している。あとは打ち合わせ通りカグヤに任せている。安全であると判断したのかファングボアが警戒を解き芋が植えてあるところを堀始めた。
カグヤが剣をそっと抜きタクトに目で合図を送りタクトが頷くと同時に駆けた。突如襲ってくる人間に驚きファングボアが逃げようとするがカグヤの方が速くファングボアの胴を薙いだ。見届けていたタクトも茂みから出てカグヤの元へ急いだ。まだ息があるがトドメをさして無事依頼完了だーー…。
「タクトっ!」
慌てた顔で名前を呼ばれたかと思うと次の瞬間には後方に押し倒されていた。視界の端、さっき迄立っていたところを何かが通過するのが見えた。ファングボアだ!……二頭目のファングボアが乱入してきたと分かるとカグヤに抱き抱えられ体が跳ぶ感覚に見舞われた。それは一度や二度ではなく何度も何度も……。始めは何が起こってるのか理解出来なかったが徐々に情況が掴めてきた。ファングボアは全部で三頭。その三頭が突進を繰り返してカグヤはタクトを抱き抱え回避していた。月光の下、前後左右を自在に跳び跳ねるカグヤはスポットライトを浴び舞っているように見え見惚れてしまう程、美しかった。
「降ろして!!」
タクトを抱き抱えているから反撃に転じれない…。だからタクトは自分を降ろすよう訴えたがカグヤは首を横に振るだけだった。今、タクトを降ろせば轢き殺されるか牙で串刺しにされるのが目に見えているから……。
「しっかり掴まってて」
自分を離さない理由を察したタクトは黙ってカグヤに従った――従うしかなかった。カグヤの華奢な胸に抱き付き背にまわした腕に力を込めた……。……………情けない。
タクトがしっかり掴まると満足気な笑顔を浮かべ両手で、抱いていたタクトを左手だけで支えた。一頭目の最初に傷を負わせたファングボアの突進を避けると同時に再びその体を斬った。痛みでファングボアの動きが止まる。カグヤがその場から跳ぶと突進してきたファングボアは止まり切れずその立派な牙を傷を負ったファングボアの体に深々と突き立てた。三頭目のファングボアは脚を斬られ倒れたとこにトドメを差され、動けなくなっている二頭のファングボアにトドメをさして依頼を完了した。
「終わったよ!」
少しもったいないがタクトを抱き抱えていた左手を離した。がタクトは抱き付いたまま離れない……。代わりに噛み殺した嗚咽が聞こえた。
「えっ?ちょっ!?どうして泣いてるの?」
「…………………」
タクトからの答えは返ってこない。後頭部を優しく撫でながら穏やかな声で訪ねた。
「もしかして怖い思いさせちゃったから?」
タクトを抱き抱え跳びまわりモンスターの攻撃をギリギリで回避していたのが恐かったのか……?
しかし、タクトからの答えは違った。泣いてる理由が分からないカグヤはタクトが落ち着くまで優しく抱き締め頭を撫で続けた……。
「ごめん、もう大丈夫だから……」
落ち着いたタクトがカグヤの抱擁から抜けようとするがカグヤの腕に力が少しだけ入りタクトを離さないよう抱き締めた。
「理由……聞いてもいいかな?」
囁くようにかけられた言葉。タクトはカグヤの胸に体を預け答えた。
「………情けなかったから。何も出来ない無力な自分が。カグヤのサポートで来た筈なのにカグヤにしがみつく事しか出来ない。カグヤの脚を引っ張る事しか出来ない。リタ村で特訓して強くなったと思ってた……。けど、それは勘違いで弱いまんまだった。そう思うと情けなくて情けなくて……。」
「特訓して強くなった…それは確かだよ。『忌み子』の私は他の人より戦闘が出来るけど、タクトはそうじゃない。ただの人間なんだからモンスター相手に弱くても仕方ないよ?」
「うん。そうだよね。モンスター相手に弱くても仕方ないよね。でもだからといって弱いままでいるのは嫌だ。カグヤの脚を引っ張らない位には強くなりたい!!」
「うん。タクトが強くなるの楽しみにしてる。私もタクトを守るようもっともっと頑張るよ」
タクト達は夜明とともにジッパー夫妻に依頼完了を報告し、報酬を受け取るとnoccsの拠点へと帰還した。




