33話
二人の手には傘が握られている。無論、相合い傘ではない。早朝は弱まっていた雨だが再び勢いを取り戻した。出発を延期することも考えたが、雨雲は空を埋めつくしおり、いつ止むか検討がつかない。それに毎日が晴天ばかりではない。雪が降る日もある。嵐になる日もある。濃霧で視界を奪われる日もある。それに比べれば今日の雨は旅が出来ないという程のものではなかった。夜営の場所さえ注意すれば問題ないだろうと判断した。二人は店で保存食を購入し、タクトの鞄にパンパンに詰め込むと村の門に向かった。
門には三台の馬車が止まっていた。ナタール町の町長の馬車だ。村を発つことコルガと村長に話に行くとナタール町の町長がおり、ナタール町まで送って貰える事になっている。『忌み子』が居なくなる事を村長は嘆いたが町長は自分の町に幸福が訪れると大喜びで馬車に乗せてくれる事を約束してくれた。コルガはタクトに餞別として片手剣をくれた。使用した形跡はあるものの、充分使えるものだった。タクトを自衛団に入れる気だったらしくタクトが旅立つ事を告げると寂しそうな顔をした。
「お待ちしておりました『忌み子』様」
巨漢の町長はお腹を盛大に揺らしながらカグヤを出迎えた。
「この度は馬車に乗せて頂きありがとうございます」
「構いませんよ。この馬車は『忌み子』様の為に用意致したものですから。『忌み子』様のお話しはここにいる息子のフールから伺っております。」
フールが父親の背後から軽い会釈をした。背の高い痩せているフールに対し背が低く太っている町長……真逆の親子だ。
その二人に傘をさしているのはリタ村の村長の秘書だった。
「そちらの女性はリタ村の秘書さんですよね?それにフール…さんも今は自衛団が活動している時間では?」
タクトの問いかけに町長は笑顔を崩さず答えた。
「オーガイーターという恐ろしいモンスターが現れたのだから暫く家で休養させる事にしたんですよ」
息子を溺愛してる事は知っていたが、ここまで親バカだとは思わなかった。タクトが女性に視線で訴えると控え目な態度で答えた。
「リタ村より給料を沢山、頂けるとの事でしたので……」
……引き抜かれたのか…
「では、そろそろ出発しましょうか?」
カグヤは二台目の立派な馬車に、タクトは三台目の質素な馬車に案内された。
タクトが馬車に乗り込むと四人の男性が乗っていた。町長の護衛だろう。木で作った枠組みに防水性の布を張っただけの馬車。座席などなく床に座ると振動が尻に直接伝わってきた。
「………痔にはなりたくないな……」
無料で乗せて貰っているので贅沢は言えないが床に敷く布を置いといて欲しかった……。
カグヤが案内されたのは二台目の町長専用の馬車だった。町長専用だけあって他二台とは作りが違った。布出はなく木の板が柱に張られ、日本家屋の様に三角形の屋根を格子状の梁が支えている。扉を中心に馬車の前後に座席があり、その後ろには小さな窓と荷物おきが設置されていた。
馬車がどんどん速度を上げていく。町長の話に適当に相槌を打ちながら小さな窓から見える景色を眺めた。リタ村を出てから三時間位たったころには峠に差し掛かっていた。カグヤは首筋の汗をタオルで拭い、恨めしく窓についた雨を睨んだ。一見、立派に思えた馬車にも欠点があった。それは湿度が下がらない事。晴れた日なら窓を開ければ済むが今日は雨。おまけに木が湿気を溜め込み、四人の人間がいれば馬車の中はサウナの様になっていた。
「パパ、そろそろ………」
「そうだな、そろそろ始めるか」
汗がどんどん吹き出る。フールも町長も秘書も汗だくだった。秘書は書類の整理に精を出している。カグヤは曇った窓を拭き後続の馬車を確認した。
「後続の馬車、遅れていますよ」
「そんな事ありませんよ」
「いや……でも。」
「分かりました。確認してみます。」
町長が他の馬車との連絡用の魔術を起動した。
「………私だが、もっと離れろ。」
「…………なっ!」
町長は後続の馬車にもっと離れるよう命令し、カグヤに向き直った。
「さて、『忌み子』様。後続の馬車には私に忠実な部下と貴方の大切なお連れ様がいらっしゃる。そして、私はこの魔術で命令を下せる。これがどういう事か分かりますよね?」
タクトを人質に取った……。町長の言葉は遠回しにそれを意味していた。
「パパ、準備するね」
フールは荷物おきから木箱を取り出していく。
「『忌み子』様は私の可愛い息子のプロポーズを断っただけでなく、大勢の前で恥をかかせ、その上息子の股間を蹴った。相応の報いを受けて頂かねばなりません。」
フールは金属製の板が大量に入った木箱から二枚板を取り出しカグヤの右手を拘束していく。半円の形をした金属製の板を二枚重ねてカグヤの手を挟み左右に二つずつ空いている穴の片方にボルトを通し締めて抜けないよう拘束する。それを左手にも装着すると後ろ手にし、左右の拘束具の余っている穴と鎖の穴をボルトで一緒に連結し両手の自由を奪うと梁に吊し固定した。
「本当なら報いを与えたい。ですが、あなたは幸せを齎す『忌み子』だ。『忌み子』様には我々、家族に死ぬまで幸福を与え続けて貰わねばなりません。一生、地下からは出れないでしょうがね」
カグヤの自由を奪ったのを確認し、町長はカグヤの正面の席に移動した。
「さあ、刻印を見せて下さい。」
「………」
「左足の足の裏です」
カグヤの代わりに答えたのは秘書だった。タクト以外に見せた事のある唯一の人間。
町長は床に力なく伸びているカグヤの左足を掴むと乱暴に持ち上げ膝の上に乗せた。座席に座る巨漢の町長の膝まで持ち上げられると開脚した体勢になった。
「おやぁ?『忌み子』様も年相応の可愛いらしい下着を着けられるのですね」
町長がスカートの中を覗きながら言った。
「やっ!見ないでっ!」
カグヤは足を閉じ中を覗かれないようにした。カグヤの力の強さに町長は驚いたが、すぐに平常に戻った。
「力を抜いて頂かないと………」
町長は魔術に口をゆっくり近づけていく。カグヤは強い殺意の籠った目で町長を睨んだ。
「………卑怯者!変態!」
「………罵られるのは好きですよ」
町長の背中に冷や汗が流れた。まるで威嚇する猛獣の前に立たされた感覚だった。拘束していなければ、逃げ出していただろう。猛獣の檻の中にいるか、外から眺めるか。町長が虚勢を張れたのはその違いだった。
町長はカグヤの左足に拘束具と鎖を装着し、梁から吊るした。
「フール、右足も拘束して起きなさい」
フールがカグヤ右足を同じ様に拘束すると裸足にし、刻印を確認した。
「ねぇ、パパ」
フールが靴下だけになっている足の甲を愛撫しながら父親を呼んだ。
「どうしたんだい?」
「もう、我慢出来ない」
「好きにしなさい」
町長はフールの股間を一瞥し答えた。
フールが黒い靴下で覆われた足の指に舌を這わせる。舌は足首へ、膝へ、太ももに順番に登ってくる。腰へ、腹へ、胸へ、首へ、そして頬を舐める。フールはカグヤに抱きつき首筋に何度も何度も舌を這わせる。
「………やっ。やめて」
左足にネットリとした生暖かいものを感じる。足を見ると町長が犬の様に舐めてくる。指の間まで丁寧に…。右手で足首を持ち左手は股間を弄っていた。フールの手が服のボタンを順番に外していく。一つ外す毎に白い肌が露になる。全て外し残った下着を取ろうとフールが背中に手を回すと馬車が二度、三度と回転し横転した状態で止まった。全員が天井や壁に打ち付けられ痛みをうったえている。馬車も半壊していた。柱は折れ壁は所々剥がれ泥が侵入している。三角だった屋根は平らになり手で押すだけで外れそうだった。四人がそこから外に出ると半分馬車が泥に埋もれていた。馬車の後ろに地滑りで流れてきた泥があたったみたいだ。馬と業者は姿が見えず、前の方は損傷が軽微なことから逃げたと思われた。痴情に支配された二人も青ざめている。
町長が魔術で後続の馬車に連絡を取るがかなり離れたらしく到着まで時間がかかるそうだ。
「待てばいいだけだろ」
動揺を隠せない町長が馬車の中に座り込んでしまう
「しかし、町長。ここだと二度、三度と地滑りが起きる可能性がありますよ」
左肩を抑えている秘書が移動を提案した。
「なら、どうする?」
「一台目の馬車を呼び戻してはいかがでしょう?この道を歩いていけば、早期に合流出きるかもしれません。」
「………そうだな。そうするか」
カグヤの手の拘束具から伸びている鎖をフールが、足の拘束具から伸びてる鎖を町長が持ち歩き出した。秘書は少し後ろで他の二台と連絡を取っている。三台目とは連絡がつくものの一台目は音信不通のままだった。
雨が気持ちいい。フールに浸けられた涎を洗い流してくれる。足に伝わる泥の感触が気持ちいい。町長に舐められた感触を消し去ってくれる。奴隷みたいな格好で歩かされてるが、あのまま馬車にいたら何をされるか分からない。歩いてる方が何倍もマシだ。道は下り坂でまだ三十分も歩いてないが、町長の息が上がってる。歩く速度が遅くなるに連れ鎖に脚が引っ張られ転びそうになる。
「ねぇパパ、『忌み子』様の拘束具外した方がいいんじゃあ?」
「このままで良いんだ。」
歩きにくくなるのに町長が拘束具を外さないのはカグヤが見せた殺意の籠った目が原因だった。一瞬でも隙を見せれば殺される、そう思える程に威圧された。それだけじゃない、この鎖は家族と暮らす幸せに繋がっているのだ。絶対離す訳にはいかなかった。
「い、一旦……休憩にし……よう…」
体力の限界を向かえた町長がその場に座り込んでしまう。
「フール、済まないが秘書に一号車と連絡が取れたか聞いてきてくれないか?」
坂を下ってきたので後方からついてくる秘書に話を聞くためには坂を登らなければならない。それだけの体力は残ってなかったし、山が近いここで大声を出すのはモンスターに気付かれる可能性があるため出来ない。フールが、離れたのはカグヤにとって好機だった。後ろ手に拘束されてはいるものの指の一本一本まで拘束されている訳ではない。座れば足の拘束具に手が届くし、ボルトで固定してあるだけなので鍵も必要ない。カグヤは町長に見つからないよう外しにかかった。体勢が悪く力が入らないのと視認出来ないので手探りでの作業の為、悪戦苦闘を強いられたが左足の拘束具は外すことに成功した。右の拘束具を外しに取りかかると足が引っ張られうつ伏せに倒れた。町長が鎖を引っ張ったのだ。町長はそのまま鎖を手繰り寄せた。泥濘んだ泥の上を引き摺られる。口に泥が入りジャリジャリとする。服がはだけたままの胸や腹を泥が汚していく。
「こんな事をしてお連れ様がどうなってもいいのですか?」
「待って…タクトには手を出さないで……」
「そう言う訳にはいきませんねぇ。」
拘束具の無くなった鎖の先端を見せつける。
「やっと見つけた『忌み子』を逃す訳にはいかないんですよ」
「どうしてそこまで…」
「私達、家族が幸せになるにはもう、人外の力に頼るしかないのですよ」
「お連れ様には少々、痛い目にあって貰いましょうか」
「やめて……お願いだからタクトに酷い事しないで…………」
「それは『忌み子』様にはしてよい……という事ですな」
そう言いながら町長が右足を掴む。スカートの張り付いた太ももが、可愛いらしい下着を着けた胸が、美しい肢体が町長の欲情を刺激し、町長は痴情に支配されていく。
「キャアアアアー!」
悲鳴を挙げたのは秘書だった。カグヤと町長が同時に秘書の方を見ると十五人位の人に囲まれていた。よく見ると人ではなく人間の形をした泥―――マッドゴーレムだった。




