29話
タクトは木製の扉の前に立ち大きな深呼吸を二度した。あの後、仮自宅に戻り濡れた衣服を乾かし、冷えきった体を熱めの風呂に入り温めた。タクトより先に入ったカグヤは目の前に立ちはだかる扉の向こうにいる。前の住人が寝室として使っていた、今はカグヤの自室になっている部屋。カグヤの自室になってからはタクトも入るのは始めてである。
手の甲で扉を叩くと乾いた音がなった。
「どうしたの?」
「話があるんだけど入っていいかな?」
カグヤが扉を開けタクトを招き入れる。同じ大きさで揃えられた木材が床と壁を作り、一つだけ備えられた窓にはベージュのカーテンがかけられていた。前の住人の置き土産のベッドと本棚、その中にキレイに並んだ本以外は何もない殺風景な部屋だった。カグヤに促されベッドに座ると柔らかいマットが体重を吸収し、そこを中心にキレイに敷かれた布団に放射線状に皺が刻まれた。
「話って?」
「カグヤとアプリ『D・A』は何か関係があるの?あるなら教えて」
タクトがアプリ『D・A』について訊くのは二度目である。その時は「アプリだった事は……」とカグヤは答えてくれた。しかし、タクトはこの答えに疑問を持っていた。アプリの登場キャラクターだったカグヤにとって「アプリだった事」は「キャラクターだった事」と同義である。つまり、キャラクターだった事はあまり覚えてないが、それ以外なら?あの時はこれ以上は深く詮索しなかった。カグヤとの出逢いは『D・A』に起因している。ならば、タクトは知る権利があるし、知っておく必要があった。
「…………………」
暫しの沈黙が流れる。
「何から話せばいいかな…」
人差し指でトントンとリズムを刻んでいる。
「順を追って話してぐれれば良いよ。」
「分かった」
「……………タクトは『忌み子』が不幸を与える理由、分かる?」
「不幸を与える理由?」
「そう……。『忌み子』が不幸を与えるのはね、エネルギーを集めるため」
「ちょ、ちょっと待って!」
タクトは手を突きだし話を遮った。
「まさか、アプリにも『忌み子』が関係している…とか?」
「うーん…まあ間接的には関係してるからね。だから、タクトにも『忌み子』の事をちゃんと知っておいて欲しいの…。」
「分かった」
話を遮っていた手をベッドに下ろすとシルクの様な滑らかな触感で心地よい。タクトは掌で円を描きながら話の続きを聞いた。
「エネルギーを集める話だったね。そのエネルギーは心の力。私の…私達『忌み子』の心の力を集めているの。」
「心の力……」
「そう。嬉しい、悲しい、辛い、楽しい、苦しい、憎い、愛おしい。それらが心の力。感情って言った方が分かりやすいかな?生物が生物であるための力。自意識ではない無意識の力……」
「それって魔術と同じじゃないの?」
「魔術とは似てるけど別のものだよ。魔術はタクトが[タクト]という人間を形成する力を利用したもの、『忌み子』は[タクト]が生物である為の力を集めているの。」
「…………ごめん、頭がパニックを起こしてる。つまりどういう事?」
ちょっと待っててと言い残しカグヤは小走りで部屋を出ていった。階段を降りる音が聞こえて、すぐに階段を登る音が聞こえカグヤが戻ってきた。その手には紙が握られ、絵と共に説明が書かれていた。
「①AとBがいます。」「②二人とも体調不良で辛いです」「③Aは辛いけど仕事に行きました。Bは辛いので仕事を休みました。」
③の行く、行かないの部分が魔術(個人差がある)②の辛いが心の力
タクトは 紙に書かれた内容とこれまでの説明を照らし合わせて意味を理解していった。
「えっと…人格、頭で考える事が魔術で心で感じる事が心の力って思えば良いのかな?」
「うん。毎日を何もせず過ごすのを防ぐため、心を動かす為に不幸が訪れるの」
「『忌み子』が心の力を集めるのは分かったけど集めて何に使うの?」
「半分はどこか知らない場所に供給されているみたい。残りの半分は身体能力の強化に使われているの。『忌み子』は心の力を身体能力の強化に使う事で圧倒的な力を行使出来るの。特に…」
カグヤは左足の靴下を脱ぎ裸足になった足の裏をタクトに見せた。黒い薔薇が咲いていた。中心に一輪、その回りに等間隔に六輪の花が咲き、三本の荊が円く囲んでいる。カグヤの肌の白さが漆黒を際だ出せていた。
「特にこの薔薇の刻印がある部分はその効果がより顕著に顕れるの。」
「薔薇の刻印……。たしか赤、白、青、黒の四色あって中でも黒は希少なんだよね?」
タクトは中心の薔薇を指でなぞるとプニプニとした肌の感触がした。
「ひゃあっ!くすぐったいよ。そうだよ。黒は六人だけ。それと心の力の供給量と身体能力の強化も他の色に比べると格段に大きくなっているの。私が知ってる『忌み子』の事はこれで全部だよ。質問は?」
「でも、どうして身体能力の強化に心の力を使うの?使わなければ倍の量を供給出来るのに…」
「自衛の手段だよ。不幸に巻き込まれるたびに死んで代替りしていたら供給の効率が悪くなるからね。一つの命から長期的に供給する為のシステムだよ。他には?」
タクトが首を横に振る。『忌み子』についての話がおわったのを確認すると区切りをつけるように ふうっ、っと大きく息を吐いた。
「それじゃあ話すね、私と『D・A』の関係を……」




