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黎明の騎士≒闇夜の魔王  作者: 夜行 尋
1/1

◆ある5月の日のこと

まだ始まったばかり……いや、終わったばかり……

◇1 



 暗泥とした雲の切れ間から伸びる月光。さながら天使の梯子がごとき妖光。されどそこから降り来るは、かくも混沌を顕現せし悪魔(ゲニウス)を模したる者ども。

 みやれ、炎の剣の振り宣言されるは真紅の文字(もんじ)


 ――ノウアスフィアの開墾。


 いくつもの混乱を興じ、終わろうとする世界に向けて、錯視神殿は脈動する。

 異世界からの殉死者を伴って……



◇4 



 遥か地の下、深きダンジョンの奥地にて、その男は静かに、そのダンジョンに安置された玉座に向かってゆっくりと歩いて行った。

 碧色に囲まれ脈動する壁で四方を囲まれたその場所は、シャボン玉のような光の集まりで溢れていた。

 王座に浅く腰を下ろした男は考える。

 果たしてこれで正しかったのかと。

 否、正しいかどうかが問題ではなく、自らがこの引き金を引いたことが問題なのだと理解する。

 彼の心の中では、どす黒い蜷局を巻く存在がのたうち回り、彼がそれを罪悪感だと気付くまでに時間を必要としなかった。

 いや、そもそも、今この世界に残された時間は僅かだ。


 この世界は、滅ぶ。

 滅ぼされた。自分が滅ぼした。……自分も追って消えるだろう。


 彼の抱えきれなくなった憎悪と憤怒と愛憎が、“月より来る蛇”と結びつき。世界は、その蛇によって貫かれて砕けて消える。

 このダンジョンの最奥、碧色の部屋は、その蛇を嗾けるための施設であり、同時に蛇により滅ぼされる最後の部屋と言える。

 碧色の部屋は、彼以外の存在は居らず、自らのしでかしたことの重大さを突き付けるには十分な懺悔室であった。神不在の懺悔室、とは、なかなか無意味な部屋かもしれない。


「所詮、人間の世界か」


 沸々と湧きあがり、絶える事なき邪悪な感情を、もはやぶつける相手も居ないのだと理解した時、咄嗟に彼の口から一つの(かい)がこぼれた。


「……寂しいな」


 何よりも戸惑ったのは、その男自身だった。

 彼の周りを漂う光の粒子。その粒子にふと目をやった時、彼は悩み悩んだ末に、彼は選んだ。


 そして、彼にとって5度目となる、ノウアスフィアの開墾が訪れることとなった。






◆夜狐



 軽快な包丁の音。まな板の上で切られる果物たち。

 熱された釜から取り出された、ふかふかの黄色いカステラは、茶色い帽子をかぶっている。それを慣れた手つきでサイコロ状に、メイドさんは細断していく。

 褐色肌のメイドさんが、良く冷えたガラスのかわいいコップに、これでもかと言わんばかりに、先ほどまな板の上で踊っていた果物とカステラを入れていく。

 仕上げに真っ白でキラキラしたソフトクリームで螺旋を描く。絞りに残ったソフトクリームが柔らかな曲線を描いて切れる。


「よーし、出来たぞ。持っていって食おう!」


 褐色のメイドさんは僕にそう言って、出来上がったスイーツの一つを僕に手渡してくれた。


「あ、……はい。……でも、良いんでしょうか?」


 僕はおずおずと聞いた。


「あ? ああ、良いんだよ。皆留守だし、それに、甘いものは幸せを運ぶしな」


 そう言いながら、長い廊下を歩きながら、メイドさんは自分の手に持っているスイーツをスプーンですくって食べる。

 僕は、持っているスイーツが冷たくて片手片手持ち替えて、メイドさんに続いて廊下を歩いている。離した方の手は濡れて多少赤くなっていて、ひんやりして冷たい。

 ここ、魔王城(と名付けられた学校)は、少し埃っぽい。その廊下を僕は自由に歩いている。廊下は日差しが差し込んでとても暖かい。数日前までの出来事が嘘のようだ。数日前まで、僕は……


「おい、垂れるぞ」

「え? ああっ! ど、どうしよう、どうしたら!?」

「口で行け、口でお迎えしちまえ!」


 僕はよそ見している隙に垂れてきたソフトクリームを、舌を伸ばしてすくった。

 甘い。ひんやりして、微かに鼻に抜ける匂いも甘い。すこし鼻の付け根がきーんとする。


「はは、さ、ここが食堂だ。食堂兼サロン、ってとこかな?」

「サロン?」

「ん? んー、魔王、ああ、ここの主な。そいつがそう言ってただけだからなぁ。まぁ、交流場所ってことで良いんじゃないか?」

「は、はぁ……」


 そう言われて案内されたのは、丸い広場に長机がいくつも並んだ部屋だった。部屋の直径20mは有りそうで、長机は食事がとりやすいように配慮されてか、幅も1m近くある。

 何よりその特徴は、温かな日差しが部屋を構成する木目調に反射して、とても柔らかな雰囲気を作り出していることにあった。

 メイドさんがぼやく。


「ったく、なんでこんな暑そうな部屋を食堂にしたんだか……俺ならキッチンで食うっつの」

「え、でも……僕は良い、と、思います。……あったかい感じが……好き、かもです」


 僕は、この食堂の暖かさに少し嬉しくなった。

 この世界に来て、最初に複数人で食事をした時、あの厚紙を食べているような料理を、石畳の冷たい部屋で、みんなで目の下にクマを作って、怒鳴る大人たちに囲まれて過ごした日々より、僕はこういう場所で……


「僕、こういう場所で、最初にこのスイーツを食べたかったな……」


 僕は視線を感じた。メイドさんはなにやらにやけた顔で僕を見ていた。


「な、な、んです……か?」

「んーやぁ。嬉しいことを言ってくれるなぁ、と。あと魔性だね。夜狐は」

「は、はい?」


 言われたことの意味が分からないでいると、メイドさんは、部屋の出入り口から一番近い長机の椅子を引いて座り、僕にも座る様に言ってくれた。あと、ソフトクリームがまた垂れてることも教えてもらった。


「んー、わざわざ遠方から取り寄せてもらったけど、このメロンに似た果物は甘みが足りねぇな」


 メイドさんは椅子の上に片足を曲げ、片膝を抱えるように椅子に乗せながら(スカートですよ!)、スプーンで器用にスイーツの中身をすくってだべている。


「め、メイドさん……す、す、スカート、が……その……」

「へ? ああ、気にすんな。下穿いてるし、そもそも、俺男だし」


 はい、このメイドさん、ピアセリアさんは男性です。ここ〈セルデシア〉でも、リアルでも男性だそうです。とても綺麗な外見をしてらっしゃるのに男の人でちょっと不思議。


「基本はさ、このギルドはみんな出かけてる。だから、留守の間は適当に楽しんでりゃいいんだよ」


 僕はスイーツを食べながらメイドさんの話しを聞いた。


「あ、ただし、探検とかするなよ。元ダンジョンである〈ゾーン〉を丸ごと買い取ってギルドホールじみた事に使ってるだけで、まだモンスターが湧くダンジョンも内包してるからな。危ないから、俺みたいに面倒見れる奴の傍に居ろよ」

「あ、は、はい……」


「……おどおどしてる系の弟かぁ……これはこれで兄ちゃん保護欲が掻き立てられるな」

「はい?」

「いや、なんでも」


 と、早々に食べ終わったスイーツのコップにスプーンを落とし、ガラスの鳴る綺麗な音共にメイドさんが立ち上がって言う。


「それはそうと、俺は“ピアセリア”って名前が有るんだ。そっちで呼んでくれよ。メイドさん、って言われると、間違っちゃいないんだが……ほら、俺、男だしよ」


 さっとハンカチを取り出して、彼は僕のほっぺのアイスを拭きながら言った。


「とりま、よろしくな、夜狐。ここに居れば、もう大丈夫だ。お前の探し人も、すぐ見つけてやるし、あったかい布団で寝て、美味しいもん一杯食えるぞ!」


 僕は、自分の頬を何かが伝うのを感じた。


「あとな、これは確かに“スイーツ”だが、メロンサンデーという名前が、あー、いや、正確にはメロンモドキを使った……え!? あ、や、大丈夫か!? ……どっか具合悪いのか?」


 僕は自分でもどうしてそうなったのか分からないぐらい、顔をゆがめて泣きはじめた。


 もう大丈夫。


 その言葉が、今までの僕をどれだけ慰めただろう。

 僕は、今まで我慢してきた分、喉が枯れるまで、日が落ちるまで泣いていた。メロンモドキサンデーは、溶けてデロデロになっても、甘くて美味しかった。すこししょっぱかった。





◆ピアセリア



『で、どうだい? ピアセリア。この間はやっと話しをしてくれるようになったって聞いたけど』

「ああ、今泣き疲れて寝てるよ。……大変だったんだな」


 俺は遠方に出ているギルマス、このギルドを切り盛りしている主である、通称「魔王」へ、念話で夜狐の事を報告した。


「ったく、セウスなんぞに任せるから……執拗にPKしてたんだし、突き出すだけで終わりだなんてありえねぇだろ。おんなじ位PKしてやればいのにさ」

『あ、あはは……まぁまぁ』


 ここ、<セルデシア>は、人気MMORPG<エルダー・テイル>の世界によく似た異世界だ。ただ、まるでゲームの世界にPLが取り込まれた、というよくあるネタ的な感じで、ゲーム内のルールもいくつか<セルデシア>には存在している。


 一つは戦闘周り。PL(プレイヤー)はゲーム時代のPCプレイヤーキャラクターを模した姿をして、PCのスキルを自分の物のように使う事も出来る。


 一つは世界観。<エルダー・テイル>自体が、はるか数百年先の未来の地球イメージした設定なのでは? と言われる所以は、その世界が、実在の地球を1/2した物を目指して設計されているかららしい。

 つまり、現実に有る場所とよく似た場所が、<エルダー・テイル>内、ひいては<セルデシア>に有るという事。

 ちなみに、俺たちのギルド『Knight of Dawn』の拠点として使っている場所も、うちのギルマスである魔王曰く「あ、ワタクシの母校です」とのことだから、大きな建物は再現されているようである。


 で、困ったことに、いや助かることに、取り込まれたPLがPCとほぼ変わらぬ生命力や体力、頑丈さを持っているのも特徴だろう。

 元々MMORPGであった以上、PCはゲーム内で死ぬことがある。だが、その後大きな街に設置されている大神殿という施設で復活する。

 要するに死なないのだ。

 で、これを故に、この世界での人殺しの罪は軽い……。


 この“異世界に取り込まれる”という環境の変化に誰もがストレスを感じていただろうが、その発散に、別のプレイヤーを利用しようと考えた者が居たのだ。

 この世界で死んでも、なにも困らない。だからいくら殺しても構わない。そう考えて……何度も、何度も、何度も……夜狐は殺された。

 この世界でも痛覚は有る。殺され方も多用だ。それこそ、血が出たりするし、残忍な殺し方もできる。……狂わない方がおかしい。


『ともあれ、大事ないなら良かったよ。ああ、夜狐くんの探し人だけど、それっぽいのを見つけたよ』

「お、マジ? じゃあ、数日中に戻れそうか?」

『ああ、僕は一度そっち戻るよ。ただ……いやぁ……その……』

「あ? なんでそんな歯切れ悪いんだよ」


 夜狐が殺され続けてもなお、安全地域から出て行っていたのは、この“待ち合わせ”が原因だった。曰くリアルの友人との待ち合わせで、お互いのキャラに付いて情報をあまり教えあわず、サプライズのように会おうと考えたらしい。名前や種族をあらかじめ決めておいて。

 だが、いざキャラを作ってログインしてみれば取り込まれ、右も左も分からずに、クソみてぇな奴に道を聞いてしまったのが、事の始まりだった、という事らしい。

 曰く、大量にPKされ、後にアキバ(現実で言うところの東京らへん)のギルドに拾われたらしいが……このギルドは悪徳なギルドであったため解体されたらしい。

 しかも、その後もPKされ続け……ついにはうちのギルドのアキバに出回っていた者に回収されるに至ったらしい。

 そして、魔王が何かして、廃人同然のところから微かに話せるレベルまでは回復。しかしこっから、後は俺に一任して、魔王はアキバで夜狐の待ち人探し。

 ……正直、酷かった。近づけば噛まれるし、泣かれるし、お漏らししてでもベッドの上から動こうとしねぇし、放っておくと自傷行為を始めちまうし……外見があれだけ可愛くなかったら間違いなく蹴ってたろうな、俺。

 ともかく、根気強く粘った。話しかけて、言い聞かせて、飯を運んで……最初に口にしてくれたのが、ソフトクリームだったな。食べてくれた時は、本当に良かったと思ったもんだ。


『もっしもーし? ピアセリアさーん? 冥土長~?』

「今、ぜってぇ地獄の長って漢字あてたろう?」

『え゛? あ、いや、上の空だったもんだから、その、あの、す、すみません』

「まだ何も言ってねぇ。あー、で、なんで連れてこれないんだ? 夜狐の待ち人」


 念話先の魔王は少し黙った。そして、ため息をついて話し始める。


『うん……その……その待ち人も、結構なPKに有ったみたいでね』

「はぁあ!?」

『ちょ、大声出さないでよ。気持ちは分かるけど』

「よっしゃ、そのPK共、俺のエモノで良いよな?」

『ダメだって……まったく、君は夜狐くんの世話、頼むよ』


 なんとなく、魔王が俺に夜狐を押し付けた理由が見えた気がした。


「で、そんだけか?」

『へ?』

「……他に何か問題あるんじゃねぇの? って聞いてんだよ」

『……いや、別に』


「……魔王、あとで一発殴らせろ」

『ええっ!? な、なんで!?』






◆夜狐



 僕はお昼前に起きた。夢も見ないぐらい、ぐっすり眠れたらしい。

 貰ったパジャマから普段着に着替える。食事をねだりにメイドさん……ピアセリアさんを探す。これが、僕が毎日するように言い付けられたことの一部。

 学校の建物をどうにかこうにかしてギルドの所有物にしたという、この建物で入ってはいけない場所は、3つ。

 まずは屋外の倉庫。ここは魔王さんの研究施設があるらしく、一人で入るのは禁止されている。危ない機材が多いんだとか。

 次に保健室。ここは魔王さんが「ふういん」って書いたガムテームが張ってあって、開けることができない。曰く、その先はまだダンジョンになってて、危険だから封印したらしい。

 最後に……キッチン。そこは「おんなのしろ」だから入っちゃいけないって言われた。でも、ピアセリアさんは男性だし、きっとキッチンのナイフとか、そういうのが危ないって思ったんだと思う。……そこまで子供でもないのになぁ。


 ともあれ、ピアセリアさんを見つけるのは簡単だ。いつもキッチンを覗き込めばそこで寝てるか、庭先で怖いお面を付けた庭師のお兄さんと戦いの稽古をしてる。でも、庭師のお兄さんは魔王さんと一緒に遠出の最中。という事は、御庭でのお稽古は今日は無いんだろう。となれば、キッチンかな?


 念話で話しかければ一発だけど、せっかくだし、朝日を浴びながら、僕は校内を散策した。

 御庭は綺麗な新緑の芝生が植えられて、すぐ傍に畑もあるみたい。四角い果物や長い野菜が成ってる。虫もそれなりに居る。見てると飽きなくて、ついついピアセリアさんを心配させてしまう。

 前に虫を追いかけまわしてた時は、すんごい顔と怒鳴り声で呼ばれたから、ものすんごい怒られるかと思ったら、なんだか思いっきり苦しいぐらい抱きしめられた。怒られなかったけど、情けない声と涙目で叱ろうと努力するピアセリアさんを逆に励ますことになったっけ。


 ふっと風に乗って柔らかなスープの匂いがする。すこししょっぱそうな、美味しそうな香り……。風が気持ちいい。空はこんなに青い。胸いっぱいに土の香りとスープの香りを吸い込んで、僕はキッチンの有る棟へ向かった。



 キッチンを覗き込むと、ピアセリアさんが少しだけこっちを見て微笑んだ。


「おう、ちゃんと一人で起きて来れたな。待ってろ。朝食、というには遅いが、昼飯は豆のスープだ。リアルで作り方習っといて良かったぁ~」


 そう言いながらピアセリアさんは鼻歌混じりに首を左右に揺らして、背の高い大鍋をかき回している。

 エルフ特有のとがった耳が嬉しそうに左右に揺れているのは、ちょっとかわいいと思った。


 食事はまたあの日差し溢れる食堂で摂ることになった。スープも美味しい。ちょっとトマトのような酸味が感じられる。その上で微かに甘い。それでいて全体的にしょっぱい。あ、後味は少し胡椒が効いてる。


「楽しそうだな。いや、いいことだ」

「え? あ、す、すみません……」

「何で謝るんだ」


 ピアセリアさんは笑いながら僕にそう言った。

 そして続けていった。


「なにも謝る必要は無いさ。大丈夫だ……」

「……はい」


 僕は美味しいスープを飲みながら、ピアセリアさんの優しさを感じていた。


 と、穏やかな昼食の途中で、ピアセリアさんは怖い顔をして立ち上がった。

 そして、自身のメイド服のスカートの中に手を突っ込んで、そこからフォークとスプーンを取り出した。


「え? え?」


 何をしているのか分からず、ピアセリアさんの視線の先を見ると、その先には


「いやぁ~、参った参った。なんだかアキバの様相が大きく変わっちゃって」


 黒い髪に、細い手足。眼鏡をかけて、穏やかそうな笑みを浮かべた男性が、後頭部をかき乍ら食堂に入ってきた。細い体のラインが更に細く見えるような、独特の服装だと僕は思った。

 そして、その温和そうでひ弱そうな男の人に、ピアセリアさんは取り出したスプーンやらフォークを投げつけた。


「予定より遥かに遅れてんじゃねぇぞ、このヘッポコがぁ!」


 スプーンはヘッポコさんの額に軽い音を立てて直撃し、フォークは近くの壁に刺さった。


「え、ちょ、あの、ピアセリアさん!? なんでそんないきなり<アーリースラスト>なんて放ってるんですか!?」

「ああん? ナイフのが良かったか?」


 スプーンが当たった額はかすかに色く色づいている。ヘッポコさんは額を押さえながらピアセリアさんに状況の説明を求めたみたいだけど……


「え、え、え、ちょ、ちょっと落ち、落ち着い……ちょとまっ!」


 ヘッポコさんまでの距離、およそ10mを、ピアセリアさんは一足でとびかかり、そのまま動揺するヘッポコさんの胸にとび蹴りを入れ、倒れたヘッポコさんの胸ぐらを掴んで頭を上下に揺らした。


「ただでさえ人がヤキモキしてる時に、ストレス増やしてくれやがってこんにゃろうが! え? おいこらなんとか言えやこんちくしょうが!」

「あ、あのぅ……」

「え? ああ、気にするな、食事を続けてていいんだぜ、HAHAHA! 今コイツ絞めたら俺も食うから」

「いえ、その人、気絶してません?」


「へ?」


 白目向いて動かなくなったヘッポコさんの胸ぐらを宙で離したため、重そうで痛そうな音が食堂に響いた。





「ほうほう。元気になってきた、と。それは良かった」

「あ、は、はい……」


 ヘッポコさん、改めて、ギルド『Knight of Dawn』ギルドマスター、D-k-nightさんです。

 で、何故か怒ってるピアセリアさんの為に、四つん這いで「生ける椅子の刑」に処されております。もちろん、魔王さんに座ってるのはピアセリアさんです。また片膝上げてる。


「うぅ……重いです冥土長」

「あと30分な」

「……理不尽」


 なんとも……威厳に欠ける方のようです。慕われている、と取るべきなのでしょうか?


「あ、あと、洗い物残ってんだ」

「はい、やっときます」

「ってか、椅子が口きいてんじゃねぇよ」

「はい、すみません」


 ……し、慕われてるんですよね、たぶん。



 30分後



「さて、それじゃぁワタクシは近場に買い出しに行ってくるよ。なんか買ってきてほしい物あるかにゃ?」


 ふらふらと魔王さんは立ち上がり、膝の埃を払ってから、僕らにそう聞いてきました。僕は特に何か欲しい物も浮かばなかったので、首を左右に振って答えました。

 ピアセリアさんは……


「ジャガイモ2箱、ニンジン3ケース。あと、畑の収穫と冷蔵室の調整。それから……カラスの貝を2kg、潮干狩りで収穫してこい。馬車禁止な」

「やめて死んじゃう!」


 と、ここで僕は魔王さんの外見の変化に気付きました。

 どういう仕組みなのか……その……


「え? ええ!? ええええ!!」

「はいはい夜狐くん、どーしたのかにゃ?」


「ま、魔王さん、身長低くなってないです? というか、外見が違う!」


 よく見れば、あの細身で綺麗な外見の青年から、今は全長1mほどのデフォルメされたぬいぐるみのような外見になっていました。ちっちゃくなった魔王さんの周りを回って姿を確認しました。


「どういう仕組みなんです!?」

「あー、これはですにゃ……にゃにゃんと! 呪われてこんな姿にぃー!」

「えぇぇえ!?」


 即座にピアセリアさんがデフォルメ魔王さんの頭を踏みました。


「なわけあるか。コイツのスキルだ。スキル」

「スキルって……さっきピアセリアさんが使った<アーリースラスト>みたいなのですよね?」

「ああ、全般的にはそうだが……まぁ、魔王の特殊なスキルっぽいな。狐尾族だからか分からんが、決まった形に姿を変えることができるらしい」

「……それって、僕も狐尾族ですが、出来るんでしょうか?」


 と、ここでピアセリアさんの足をかいくぐって、魔王さんが立ち上がりました。

 そして言う事には


「夜狐くんのデフォルメ姿! 有りだと思いまふ!」


「え、あ、あの……」

 ぽかんとする僕を他所に、デフォルメ魔王さんとピアセリアさんの掛け合いが始まりました。


「魔王、大神殿の床の味、確かめに行くか?」

「え? ちょ、そんなに!? 酷くないかい? ピアセリアさん!?」

「うるせぇ、いっぺん頭冷やして来い。さもなくば冷蔵室に閉じ込めるぞ」

「ああっ、止めて冷え性なんです」

「はは、ワロス。そして死ね」

「ソコヲナントカ!」

「いいやぶち殺す」


「あ、あの……ふふっ」


 僕はそっと、口にした。


「違ったらすみません。その……ふふふっ、お二人は、仲がいいんですね」


 二人は固まりながら、僕を見た。

 そして、二人で何やら声を潜めて話し合いを始めた。

 端々から聞こえてくるのは「もう少しおどけて見せよう」とか「もっとキツイツッコミを入れるか」とか「止めてください死んでしまいます」とか……


「よーし、ともあれ、魔王、買い出しに行ってきてくれるよな?」

「そんな殺生な! せめて馬車を、馬車をー! あと潮干狩り2kgは無理じゃよー」

「うるせぇ、行って来い。さもなくば次は『サッカーしようぜ、お前ボールなー』の刑に処すぞ」

「どんな刑ですかそれ!? 御慈悲をー どうか御慈悲をー 優しく殺してー」


 で、この一連のやり取りの後に、きょとんとしている僕を見て……二人で一緒にため息。

 な、なんか悪いことしたでしょうか?


「あ、いや、夜狐は悪くねぇよ。全部魔王のせいだから」

「ええっ! ワタクシのせいでつか!? なしてー!?」

「はは、良いから買い物行って来い。どっちにしろ俺、お前に怒ってるし」

「ええっ!? あ、ちょ……」


 笑顔で威圧するピアセリアさんを前に、魔王さんはすごすごと買い物へと追い出されました。……デフォルメされてるのをいいことに、買い物袋と一緒に窓からぽーんと……大丈夫でしょうか?



 結果論から申しますに、僕は魔王さんのお使いに同行することになりました。ピアセリアさんはお留守番です。

 大地人の行商人の馬車に乗せてもらって……あ、大地人さんは、ゲーム時代で言うところのNPCノンプレイヤーキャラクターだそうです。元々<セルデシア>に住んでた先住民、と言った方が良いのでしょうか? 見た目は僕らと何も変わりは無いように思えます。

 行商人の叔父さんが、荷台に乗った僕らに言います。


「で、聖宮イセまででよろしいんですな?」

 魔王さんが受け答えします。この時は八頭身の格好です。

「はい。イセの手前でも大丈夫です」

「……しかし、今の時期にイセですか……そうですかぁ」


 魔王さんが行商人さんに身を乗り出して聞きます。


「何かあるんです? 聖宮イセに」

「いえ、そんな……はは。まぁ、最近冒険者さんがよく行かれるなぁ、と……」

「……」


 魔王さんは何か考え込むように唇に右手一刺し指をあてて考えます。そして、眼鏡の両脇を右親指と右中指で挟んで位置を直してから……


「あっつ! 日差しあっつぅ!」


 なんでそこで間が抜けるようなことを言うんですか、魔王さん。


「うぅ、リアルに揃えて黒髪にするんじゃなかった……日差しがあちぃよぉ……とほほ」

「だ、大丈夫ですか? 水、要ります?」

「あ、うん。ありがとう。夜狐くんは優しいなぁー」


 僕は、リアルでのことを幾つか覚えて居ません。もしかしたら、忘れている事すら忘れているやもしれません。

 この世界に来たショックで忘れているのか、それとも、死のイメージが強すぎたのか。ともかく、僕が合う約束をしていた人を、もう2ヶ月近く待たせているんです。

 その人が誰だったかの、どんな人かも、忘れたまま……


「夜狐くん」

「え、あ、はい……な、んでしょうか?」


 魔王さんはじっと僕を見つめて言います。その整った目は強い視線を発しながらもどこか柔らかく、言うならば仏様とかの目だと僕は感じました。その人間離れした雰囲気の眼が、眼鏡の奥から僕を見ていて、僕は思わず目線を逸らしました。


「きっと、会えるはずだよ。君が探している人がこの世界に来ているなら。いつか会えるはずさ。物事は悲観しちゃだめだ」


 魔王さんはそう言いながら、僕から目線を逸らしました。

 さっきまでの射抜くような目線から打って変わって寂しげな眼で、どこか空虚を見ているようでした。それは独特の雰囲気を孕んで、この人がこの世界に生きていないような……そんな特殊な雰囲気を、この人に帯びさせていました。


「会える、でしょうか……」

「会えるよ。君が会おうと思う限り。……会えたら、何をする?」


 会えたら……会えたら……


「僕、覚えてることを、言いたいことを全部言おうと思います!」


 僕は狭い馬車の中で立ち上がって、自然と声を張り上げていました。


「だって、次会えるか、分からないから。会っても、言えるか分からないから。その時まで……覚えてるか分からないから。だから、だから……僕、会えたら伝えるんです!」


 魔王さんは最初こそ驚いたようにしていましたが、すぐにいつもの強い目線で僕を見ます。

 僕は、自分の心に聞きました。少なくなった記憶の水盆の中身を覗いて、そしてその言葉が思い浮かびました。


「会いたかった、って!」


 この時、魔王さんがすごく辛そうな顔をしたのを、僕は見ました。何か悪いこと言ったのか確認しようとしました……

 その時です。


 馬車が大きく跳ねて、僕は荷台の中で尻餅をついてしまいました。痛いお尻をさすっていると、魔王さんは僕に手を貸して立ち上がらせてくれました。

 そして、少し隠れていて、と、僕に指で示した後、荷台の外へ出ました。


 少しすると、知らない男の人の怒鳴り声が聞こえてきました。

 通行料がどうとか……食料がどうとか……盗賊のエネミー……なのでしょうか? いや、きっと……プレイヤーキャラクターだ。僕は息をひそめて、耳を傾けました。


「いいから金を出せ! あと食料だ! 女も居たら差し出せ! ついでに死ね! おう、大地人のおっさん、貴様から死ぬか?」

「あ、あげられる物は差し上げます、ですので、命だけは……せめて命だけは!」


「あのー……ちょっといいでしょうか?」

「あ? なんだ、このひょろいのは?」

「えーと、一応、冒険者です。ああ、手持ちのお金でしたら、今から買い物に行く予定でしたし、2万ほどは有ります。これでどうでしょうか?」


 かすかな沈黙と、嘲る笑い。


「おう、よく持ってるじゃねぇか! よこせ! 隠してる分と装備もな!」

「え? 装備もですか? それは困ります。服ぐらいは残してくれません? 水も付けますから。あ、男の汗の匂いのする服が欲しいなら別ですが……」

「いいから有り金全部出せ!」


 いくつかの布擦れの音、嘲笑、怯えた行商人の震え声。


「よーし、やはり良い装備も持ってるな。……じゃ、殺せ」


 聞こえてくる、何かを殴打する音。呻く声、怯えた声……狂人の笑い。

 僕は怖くて動けませんでした。過去に傷つけられた記憶。恐ろしい死の感触。抉れ引きちぎれ壊れる自身の体の感覚……思い出すだけで動けなくなるほど、それは恐ろしい物でした。


 この世界では死にません。冒険者と一部のモンスターだけは、再度生き返るようにできています。しかし、この世界で冒険者が死ぬと、記憶の一部が無くなります。それはほんの些細な量。ほんの小さな記憶が……。でも、僕の様に何千と死ねば……記憶は穴だらけになる。自分の事すら思い出せなくなる……。


 怖かった、というのは言い訳に過ぎないのかもしれません。

 僕は神祇師(かんなぎ)という障壁を張る職、つまり、バリアーで味方を護る職のキャラクターを作りました。つまり、この時、このタイミングで、僕は出て行って、魔王さんを護らなくちゃいけないはずなんです……はずなんです。


「ああん? ちっ、このタイミングでか……仕方ねぇ。馬車の積み荷、オレのもんだからな。後で取りに来るからここで待ってろよ! 覚えとけよ、オレ名義で抑えたからな!」


 馬車が大きく揺れて傾きました。

 そして、帰還魔法の音……去ったのでしょうか?


 行商人さんがそっと、荷台を覗いてきました。


「ぼ、冒険者さん……その、お連れの方が……」


 僕は、恐る恐る外を見ました。

 血まみれで、腕などはあらぬ方向に曲がり、傷だらけで、目に生気がない……

 そして、この世界での死を意味する蛍に似た光の粒の飛散……


「あ、ま、魔王さん……? 魔王さん!」


 僕は荷台から飛び出して、回復のためのスキル、<治癒の祈祷>を使用しようとしましたが「対象のHPが0のため、そのスキルは使用できません」と出るだけで、全く発動しません。

 僕は自分の荷物の中から、蘇生をするためのアイテムを探していました。でもありません。また復活するのが僕ら冒険者、とはいえ、僕は死を恐れていました。それは他人の死も同じことです。僕は、魔王さんの死を目の前にして、怖くなっていました。


 駄目なのだろうか、と思っていた次の瞬間、魔王さんの髪が紅く色づき、頭部に獣のような耳と腰からは大きな尻尾が一つ。そして、近くに散っていた光が集まり、魔王さんの体に沁み込むように溶けて行きました。

 魔王さんは起き上がり、深く息をついて、そして一言。


「いやぁ……殺されるところだったよ」

「え? え? あ、あの……」

「んー? 魔王は一度死んだだけじゃ死なないのさ。ビックリした? あ、とりあえず、回復をお願いできないかな? 説明もしなきゃだし……あと、買い物は中止だね」


 僕は、行商人さんに馬車の荷台を借りて魔王さんに<治癒の祈祷>をかけながら、事態の説明を受けました。魔王さんの耳と尻尾は引っ込み、また狐尾族に見えない格好に戻りました。装備はどこからか取り出していました。曰く「予備のバッグに装備を避難させてた」とのこと。……なんか、こうなる事を予測できてたかのような……。


 今のは戦士職である武闘家(モンク)の緊急蘇生スキル<インドミタブル>だそうです。一日に一度、しかも確率で発動するため、結構危なかったそうです。

 それを、狐尾族の種族特技でコピーしておいたんだとか……コピー内容を切り替えるのもなかなか時間が必要って聞いたんですけど……大丈夫なんでしょうか?


「でも、ならなんで反撃しなかったんです?」

「え? いや、荒事は苦手で……勝てそうになかったからね。ははは。……ビビってただけですスミマセン」

「もう! 死ななかったからよかったようなものを!」

「……大丈夫。死なないよ」


 魔王さんはそう言いながら、僕を優しく見つめていました。

 行商人さんは、何か気まずそうにしていました。


「死なない死なない。とまぁ、それはそれとして……」


 魔王さんは回復も中ごろで立ち上がり、馬車に近づきました。


「これは酷いなぁ。車輪が真っ二つかぁ……これは……直せるかなぁ?」

「冒険者さん、直せるんです?」


 行商人さんが魔王さんに詰め寄ります。


「いや、素直にイセから応援を呼ぶべきでしょうなー」

「そ、そんな……そんな流暢な事をしていたら、あの冒険者が帰ってきますよ!?」


 魔王さんは、ふっと鼻で笑って言いました。


「いや、それは無い。させない……今までも……そうだった」


 僕はその表情が、纏う雰囲気が冷たくなったのを感じました。どこか、怖い、そんな感じがしたのです。


「まぁ、ともかく、行商人さんだけ退避を。我々は戻ります」


 そう言って、馬の形をした笛を三つ取り出し、一つを行商人さんへ、もう一つを僕へ、最後のを自分で咥えて吹きました。音は鳴ってませんが……?


 と、どこからか馬が現れ、魔王さんの前で止まりました。


「とりあえず、必要最低限の荷物だけ持って、呼び出した馬でイセに応援を求めてください。ああ、荷物を今一度あの冒険者が襲いに来ることは有りませんよ。そこはワタクシ共にお任せを」

「お任せを、ったって……あんた、今ボコボコにされてたんじゃ……」

「さ、夜狐くん、帰るよ」

「え、あ、は、はい……」


 魔王さんに急かされて、僕は笛を吹き、現れた馬に乗りました。(なかなか乗れずに魔王さんに乗せてもらいました)

 そして、心配そうにしている行商人さんを他所に、僕らは来た道を戻りました。






◆ピアセリア



 俺が魔王城(と魔王が勝手に呼んでるこの学校)に残されたのは、魔王曰く「すぐに下世話な者が来るから」とのことだった。

 こういう魔王の予言じみた物はよく当たる……


「おい見ろ、ここは購入されたゾーンらしいぞ。ということは、お宝も有るかもしれねぇ」

「それだけじゃねぇ……あそこにいる褐色のメイドちゃん、良い脚してるぜ」

「殺したらどういう声で鳴いてくれるのかねぇ、へへ」


 思ったより下種で処理がしやすそうだ。

 思わずため息を一つ。

 そして念のために宣言。


「ここは私有地だ。戦闘行為は限定的にしか許可されていない。即刻去らねば力による対処を行う」

「あ? こいつ、男だ……」

「なんだよ、男か。男のくせにスカート穿いて……気持ち悪り。へっ、オカマちゃんか?」


「警告はしたぞ」


 やってきたのは冒険者が3人。

 暗殺者(アサシン)吟遊詩人(バード)妖術師(ソーサラー)、って、回復役もないし壁役も無しか……おそらく、支援役を兼ねる攻撃職の吟遊詩人のバフで火力を高め、物理攻撃職最高火力が出る暗殺者と魔法攻撃職最高火力が出る妖術師で押し切る脳筋戦術なんだろう……

 楽勝だな。


 相手が臨戦態勢をとるより早く、相手に向かって歩き始める。

 と、敵妖術師が案の定デカい魔法を放ってくる。まぁ、ここまでは読めてる。

 跳躍してそれを回避する。盗剣士(スワッシュバックラー)の移動スキル、<ユニコーンジャンプ>ならそれを飛び越えるのは容易だ。

 すぐに隙の少ない魔法で牽制を放ってくる妖術師を、ここは冷静にHPで受けて……仕留める。


 妖術師の手から放たれた電撃が腹や顔を掠めるが、気にせずに、ナイフで斬りつける。

 妖術師はHPが少ない。よろめきながら後ろに引こうとするところを、更に詰めて連撃を叩き込む。


「うっ……つぇぇ……」


 妖術師が倒れたのをほか二人が確認する前に、暗殺者へスカートの中からナイフとフォークを投げる。暗殺者の首や腹に刺さり、隙が生じる。その隙を……


「はは、遅いな、お前」

「ひ、ひぃ……」


 二本の剣を組み合わせ、刃渡り60cmの大鋏、俺のメイン兵装を取り出し、突き刺したナイフを起点に歯を捩じらさせて引きちぎる。

 そして最後の一人……!


 が、向きなおった瞬間に体が急な眠気に襲われる。


「へへっ、俺から始末しなかったのを後悔するんだな。眠っちまえ!」


 吟遊詩人が取り出したベルを振りながら近づいてくる。

 <月照らす人魚のララバイ>。吟遊詩人の歌唱スキルの一つ、強力な行動制限能力を持つ。

 吟遊詩人の役割は攻撃力アップのバフをかけるわけじゃく、行動制限のデバフをかけるのが目的だったか……しくじったな。


「よく見たら美人だなぁ。俺、美人が泣き叫ぶのが好きなんだよ。眠らせちまうのは残念だが、それは起きた時に最高に良い悲鳴が聞けるってことだもんなぁ……楽しみだぜ」


 勝ち誇った顔で吟遊詩人は近づいてくる。

 あと、一歩、こっちに来い……来い……


「冒険者ってのは死んだら大神殿に戻っちまうのが問題だよな。そこを楽しめないなんてよ」

 完全に射程圏内に入ったのを見計らい、俺は口を開く。

「はっ……吐き気を催すほど下種だな」

「あ?」


 メイド服に付与してあるマジックアイテム効果を発動させ、油断しきった相手の喉笛にナイフを突き刺す。怯んだところを、逃がさない!


「失せろ。下種め」

「ま、まって」


 そのまま、大鋏で首を刎ねた。


 マジックアイテム、『瀟洒なメイド服』……効果は自身に不利な効果の一定時間無効化。元々ネタの為に手に入れたアイテムだったが、いざという時は生命線になるアイテムだ。

 ……強いから、このメイド服を着ているわけじゃないんだがな……


「ずいぶんと派手にやってくれたようだな。仕方ない、代わりにお前を倒させてもらうぞ」


 背後から聞こえた聞き覚えのない男の声。

 振り返ると格闘家姿の大男に回復職系の姿の大男。敵の増援らしい。さっきの三馬鹿襲撃者より強そうだ。……盾役と回復の大男コンビ、さて、どう倒すか。

 問題は『瀟洒のメイド服』の“自身に不利な効果の無効化”時間があと30秒もないこと。……なら


 跳躍から懐に潜り込んでからの、速攻!


 武闘家の回避能力の高さでは、当てるのは難しい。だからこそ、一撃で仕留める必要がある。回復職も同時に仕留めたいが『ピアセリア』は複数攻撃は苦手だ。要するに、この一撃で、<エルダー・テイル>中屈指のHPを持つ職、武闘家のHPを削りきる必要がある。


 構えた武闘家の肩を踏み台に、高く飛び上がる。同時にスカートに仕込んでおいた“追撃”用のファークとナイフをばら撒く。

 本来、追撃マーカーは、武器、無手ならばカードだが、サブウェポンとして常備している投擲武器でもマーカーは付けれる。ゲーム時代は装備の切り替えが必要でなかなか出来ない行動だったが、ここは“ゲームに近いがゲームじゃない”。できなくはない。

 格闘家の男の体に、大量のフォークとナイフ、追撃マーカーが突き刺さる。

 <オープニングギャンビット>……大量のMPを消費する代わりに、それこそ大量の追撃マーカーを設置する予備動作。追撃一個につき受けるダメージは約1000。10も割れれば格闘家だろうとお釣りがくる。本来は、一度の攻撃につき追撃は一個一個発動する物だ。しかし『ピアセリア』はこの追撃を一度に割って大ダメージを叩き出すよう作った。


「俺を倒す、だっけか? じゃ、お前からだ」


 大鋏にしていた二刀を今一度二本の剣に戻し、連撃を越える連撃を! <ブレイクトリガー>!

 目にもとまらぬ連撃を繰り出し、追撃マーカーを弾いて行く。回復職が反応するより早く、もっと早く!

 武闘家のHPが激減し、そのまま減少していく。が、減少が遅くなる。


(くそ、この回復職、施療神官(クレリック)か)


 施療神官は、ダメージを受けることをトリガーに回復する魔法をあらかじめかけておく回復職だ。不意打ちだったので、最初の数発は対処できなかった、という事なのだろう。

 だが、圧しきれる!

 <ダンスマカブル>、盗剣士のダメージブースト特技の一つだ。武器攻撃スキルトップの火力を持つ暗殺者の<アサシネイト>には及ばないが、実質それに次ぐ火力が出る。盗剣士の切り札だ。

 爆ぜた追撃数12、連撃によるダメージの蓄積、<ダンスマカブル>による押し込み。それは施療神官の回復スキルを上回り、武闘家を鎮めるには十分だった。

 武闘家は倒れ、光の粒子を放ち始める。


(これで、あとはお前を押し切れれば……!)


 そのまま施療神官を倒そうとした、次の瞬間。

 足元から業火が飛び出し、そのまま“強制移動”を受ける。


(なんだ!? 施療神官のスキルじゃない……!)


 施療神官との距離が開いたところに、溶岩の球体が迫ってくる。

 <オーブオブラーヴァ>……だったか、たしか、妖術師のスキルだ。おかしい。さっき妖術師は倒したはず。という事は……


 その予感が正しいとばかりに、黒いローブ姿の男が新たに現れる。


(増援に次ぐ増援とか……! あのヘッポコ魔王! 解ってたんなら俺にも増援をよこせ!)


 『瀟洒なメイド服』の効果は残り8秒といったところ……せめて、施療神官を落とす!


 今一度施療神官に向きなおりとびかかる。本来なら、HPが全12職中最も低い妖術師を倒しに向かうべきだろう。だが、ああやって姿を現す妖術師はだいたい何か用意している。たとえば、移動妨害系……一番苦手なタイプだ。あるいは姿を晦ます系のマジックアイテムなんてあれば、この残り時間を棒に振るう。

 なら、今は確実なところを……!


 とびかかり際にナイフを投げて追撃マーカーを付与。一気に詰め寄り、得意のインファイトへ。

 施療神官が剣を取り出して構える隙も与えない。そんな暇はこっちにもない。

 施療神官が呻く。

 残り5秒……


「うっ、くそ……」


 施療神官が回復を行うより早く、強く攻めればいい。妖術師までは落とせないだろう……その後は、その後はきっと……だからこいつだけは!

 残り少ないMPを絞ってスキルを繰り出し、施療神官のHPを削る。

 妖術師がこっちの足元に雷撃を飛ばし、距離を空けようとするのをくらってでも距離を詰め直す。

 あと3秒……


 だが、施療神官が宣言する。


「舐めやがって、<セイグリットウォール>!!」


 <セイグリットウォール>……施療神官が使う、使用者の魔力依存の防御魔法。施療神官の防御を跳ね上げさせる魔法の一つ……


 あと0秒……


「うっ、くっ……」


 視界がかすむ、まぶたが重い。『瀟洒なメイド服』の効果が切れた。そして、そのタイミングが分かったのか、襲撃者たちの手が止まった。


「まったく、なんて奴だ……武闘家は<リザレクション(蘇生魔法)>しておかねぇとな。はは、俺から倒すんだったなぁ、ごくろうさん」


 バランスが保てない。

 妖術師は悠々と近づいてくる。


「で、また“遊ぶ”のか? お前も物好きだな」

「当り前だ。人を斬る感覚……覚えるとやめられないぜ? 旦那もどうだ?」

「いや、止めておく。それより、さっさとこの場所から掻っ攫うぞ」

「へっ、俺はこのメイドちゃんを切ってからにするぜ……一撃で殺しても良いが、出来ればちょうど起きるぐらいが良いな……へへっ」


 男が剣を構えて振りかぶる。


 朦朧とする意識の中、振り下ろされる剣を見ながら、俺は肝心な時に来ない奴の事を思った。






◆夜狐



 馬で駆けること数分だったでしょうか? それほど長くは無かったと思います。

 拠点である学校に戻った僕らがみたのは、入り口にさほど近い場所で、血だらけのピアセリアさんと、それを弄ぶ大男が二人。

 斬っては回復し、回復しては斬る。殴る蹴るをしては回復する。どうやら、武器に付与された効果のせいか、ピアセリアさんの目は虚ろで焦点が合っていません。

 僕は馬から落ちるように降りて、ピアセリアさんの元へ向かおうとしました。


「ピアセリアさん!」

「待て!!」


 突如、背後から強い声で僕は呼び止められました。

 それは、どこかヘッポコでお笑いっぽい感じの、あのなよなよした魔王さんから発せられた声でした。

 いつもとの違いも有って、僕はびくつきながらも、その声に従いました。

 魔王さんは馬から降りて、僕に軽く笑ってから、大男に近寄って行きました。

 その大声での制止に、大男たちも魔王さんの方を見ています。

 剣を持った男が言いました。


「おや? これはこれは、さっき俺に装備引っぺがされたされた奴じゃないか」

「……誰でしたっけ?」

「ああ? さっき斬り刻んで殺してやったろうが! なすすべなくよう! ……あの行商人もこれが終わったら斬りに行くんだ……へへ」


 魔王さんはそれを聞いてもなお、ずかずかと近づいて行きます。


「もう一度切れば、思い出すか?」

「あ、すみません。下賤な奴など覚えて居たくないんです」


 一瞬でした。

 魔王さんは数十メートルを瞬間移動し、いつの間にか大男の胸に短剣を突き刺していました。


「な、おま……どうやって……」


 同時に、男の体の穴という穴から炎が吹き出し、近くにいたもう一人の男を巻き込みました。

 その事態に、大男二人が魔王さんから距離を取ります。律儀にピアセリアさんを引きずって。思えば、そのことが、魔王さんの逆鱗に触れたのだと思います。


「どうやって? はっ、なんと愚かな質問だ。答えてやっても良いが……貴様らの命と引き換えだ……」

「ほざけ! いきなりデカい口を」

「黙れ下種。誰が口をきいて良いと言った」


 突如響く地鳴り。ところどころひび割れる大地。揺れる地面より吹きだす水流、怒涛の濁流。


「控えよ。吾が、魔王が面前であるぞ。無礼は……一度しか許さぬ」


 津波を思わせるその濁流は大男二人を余裕で押し流し、ピアセリアさんだけをその場に残しました。魔王さんはそのうねる濁流の上を、まるで普通の地面のように歩いてピアセリアさんの元へたどり着きました。


「無事、ではないな……ピアセリア」


 魔王さんが倒れ伏すピアセリアさんの傍で膝をついて、彼の上半身を起こして聞きます。


「おぅ……今、動けねぇ……施療神官の剣、毒が有る。もう一人は武闘家だ。あと、悪い……しくった。妖術師が内部に入った」

「委細承知。他愛なし。……夜狐に癒してもらえ」


 僕はハッと我に返り、ピアセリアさんの回復のために駆け寄りました。

 ピアセリアさんの元を離れようとする魔王さんに、ピアセリアさんは言いました。


「待て、魔王……ナイト、待って……」

「……」


 魔王さんが足を止めたを見て、ピアセリアさんが言います。


「俺は無事だ。死んでない……だから、怒るな」


 魔王さんはそれを聞いて鼻で笑ってまた進みます。


「いや、残念だがそれは無理だ。既に、この身を傷つけられたと等しく激昂して居る……生かして帰せるほど……吾は善君ではない」


 地面が揺れ、立ち上がろうとした大男たちを魔法の鎖が地面に引きずり倒す。


「まずは頭を垂れよ。魔王が御前であるぞ」

「く、くそっ、妖術師……なのか? 魔王だと? ふざけやがって、さっき手も足も出ないで俺に負けたろうが!」


 這いつくばる大男を見下ろす様に、魔王さんはすぐ傍で立ち止まりました。そこに施療神官が倒れながらも剣による突きを放とうとしましたが、魔王さんに届くことは有りませんでした。

 魔王さんの体は、いつの間にか氷の渦で巻かれていて、その渦が、男の手から剣を弾き飛ばしました。


「で? 終わったか? 下種め。どう死にたい? 痛みで死ぬか、恐怖で死ぬか」

「な、なんだお前は……本当に妖術師なのか? お前、お前……! お、おい、武闘家! 俺を、<ロングレンジカバー>で護れ! はやく!」

「ははっ、最初に流した時点で、スキルの届かぬ範囲に流したに決まっているだろう? で、だ……」


 魔王さんは施療神官に顔を突き付け言いました。


「そろそろ、効いてきているだろう?……最初の一撃、<インフェルノストライク>は炎による延焼ダメージを与える魔法剣だ。マイナースキル故、知らぬとも無理はないがな」

「だ、だからどうした、そんなもん回復を……」

「させると思うか? 今から、お前にはHP減少の毒も付与してやろう。全身が火傷を負ったように苦しみが走る毒だ。さぞ、貴様の趣味に合うだろうな……<ドレッドウェポン>」


 魔王さんの短剣がぶすぶすと黒い煙を上げ始め、それで施療神官を軽く傷つけました。

 途端、施療神官が苦しみで叫びだし、毒を回復しようとするのを……


「<ディスペルマジック>……」


 <ディスペルマジック>は、確か対象が使用しようとした魔法を無効化する魔法です。つまり、毒と延焼で苦しむのを回復しようとするのを、無効化するということ……

 施療神官の叫び声が響きます。


「おや、これはうるさい。吾の趣味ではないな……。死にたいか? お前のHPではあと数分はその苦しみが続くなぁ……死にたいか? ははっ、良いだろう……この魔王の慈悲と愛を噛みしめて……逝け」


 再度、あの濁流を生み出し、今度は施療神官を天高く撃ちあげました。

 魔王さんはそのまま尚も縛り付けられている格闘家へと足を運びます。その背後で、大きな音を立てて施療神官が落下し、落下ダメージによって光の粒子へと変わりました。


 武闘家は絡みついていた魔法の鎖をなんとかほどき、立ち上がって魔王さんに言いました。


「た、頼む。俺は……そう、こいつらに雇われていただけで……そのメイドちゃんだって、本当は介抱しようとしていたんだ」

「聞く耳持たん」

「いや、俺はそもそも反対したんだ。頼む、許してくれ」

「聞くに堪えん」

「許してくれ、頼む! この通りだ!」


 武闘家は額を付いて魔王さんに言います。


「も、もうここは襲わない! そういう風に皆にも言う! だから、だから、見逃すか、殺すならすぐに殺してくれ!」

「……で?」

「……へ?」


「その下手な演技は何時まで続けるんだ? それとも、持ってる投擲武器を投げてみるか?」

「く……くっそぉぉぉおおおおお!」


 武闘家が立ち上がり武器を投げるより早く、魔王さんは魔法の鎖で武闘家を地面に這いつくばらせました。


「だから言ったろうが……誰が、吾が面前で表を上げて良いと、そう言った? 吾が尊顔を拝するにあたりその醜態、二度目は……許さぬ」


 地面を割って現れた濁流が魔王さんと武闘家をドーム状に包み込み、すさまじい水流の音と共にはじけ飛び、水しぶき混じりの風と光の粒子をばら撒きました。後には魔王さんだけを残して。


 魔王さんはそのまま、こちらに目線を向けると、そのまま魔法で何処かへ消えてしまいました。ピアセリアさん曰く、侵入した妖術師の精神がやられてないか心配、とのことでした……


 魔王さんは、魔王でした。






◆D-k-night



 さて、魔王城に紛れ込んだネズミの始末をせねばならない。

 妖術師らしい。同職の好で生かして帰すか? いや、いい具合にピアセリアと夜狐を置いて来れた。

 何をするかと聞かれたら、それは一つだ。

 誰に、けしかけられたのか、だ。まぁ、大方予想はつくが“まだアヒルはそこまでの時期じゃない”はずだ。アヒルが勢力をここまで拡大するのは“あと一月先だった”はず。では、後ろ盾は誰だ? それを聞き出さなければならない。


 立ち入りを禁止している屋外倉庫を探り、すぐに敵妖術師を見つける。


「屋外倉庫に目を付けるとはお目が高いですね、妖術師さん……」

「な、なんだここは……まるで……まるで……」

「ここは僕の私的な研究所ですよ。で、まだ人には見せてないんです。一般公開はあと二月先ですね。今の人たちには“オーパーツ過ぎる”でしょうから。さてさて、どうしましょうか? 冒険者って、死なないんですよね……口封じ、困ったな……」


 眼鏡を親指と中指で掴み、掛け直す間、妖術師は研究所の様子に目を奪われていた。


「お前の、研究所? お前はなんだ? どこでこんな技術を覚えた!? お前は、お前はいったい……」

「……サブ職魔王Lv98……そんな輩ですよ。ああ、あと……」


 話しの途中で妖術師がスキルで攻撃してくる。

 <ブレイジングライナー>か。氷属性の<フリージングライナー>の炎属性版、喰らうと“強制移動”の効果を持つスキル……まぁ、僕の主兵装だね。ただ……僕のよりはるかにしょぼい。仕方ないけど。


 僕は自身が作成したエネミーの能力を起動させる。


「<黎明魔王の懐中時計>よ、時を止めよ」


 世界が灰色に色づいて、世界が息をするのを忘れる。放たれた魔法は宙で止まり、空気が水中のように抵抗してくる中、僕はゆっくりと妖術師の傍に行き、妖術師の魔法剣スキル<アイシクルインペール>を使い、恐怖にこわばった妖術師を貫く。妖術師はそのままの表情のまま、血を吹きだすことも無く止まっている。


「世界よ、息吹け。この魔王が許す」


 <ブレイジングライナー>は誰も居ない空間を薙ぎ払い、自分に何が起きたのか分からないと胸を押さえて、突如背後に現れた僕から距離を取る妖術師。さて、彼には何が見えているのだろうか?


「話は最後まで聞きましょう。ま、いいや。さて、では……心を殺されるには、“疫病”か“召喚”の<常蛾>、どちらがいいかな? 不法侵入者さん?」


 妖術師が逃げ出そうとするのを、作り上げたエネミーで取り押さえる。僕は無様な悲鳴を早々に止めさせた。






◆夜狐



 翌朝、僕が食堂に入ってみたら……


「あ、あの……ピアセリアさん……そ、そろそろ限界……」

「あ? 椅子が口答えすんな」

「はい。……うぅ」


 また魔王さんが椅子にされてました。

 昨日の迫力はどこへやら……


「あ、や、やぁ、夜狐くん。よく、ね、眠れ、たかい?」

「は、はい……その、大変そうですね」

「う、うん……結構やばい」


 ピアセリアさんはかなり立腹の様で、汗だくになってる魔王さんをしり目に、すました顔をしてます。


「ん、昨日は助かったぜ、夜狐。回復ありがとうな」

「ちょ、……ワタクシも助けに入りましたよ?」

「おう、あと10分早く来てから言えや」

「そんな殺生な……」

「うるせぇ、椅子が喋んな」

「はい……うぐぅ……」


 あんな強くて怖い魔王さんにこんな態度がとれるピアセリアさんは……

 僕はピアセリアさんに言いました。


「魔王さん、魔王さんって、その……」

「ん? 何かな、夜狐くん」

「ピアセリアさんの事、好きなんですね」

「はぁ!?」

「うぐぇ!!」


 突如ピアセリアさんが魔王さんを足蹴に立ち上がり、それと同時に魔王さんが地面にへばりました。


「何を言ってんだよ!? こんなにも、こーんなに足蹴にしているのに!」

「そうですねピアゼリアさん足蹴にし過ぎ痛い痛い痛いイタタタタタ」


 と、二人が僕を見て固まりました。既視感がある光景です。

 そして二人がまた向うをむいてひそひそ話……既視感です。


「今、今見たか、魔王」

「見ましたよピアセリアさん。どういう訳か……」

「夜狐の笑顔、頂きました! Yes!」

「え、でもなに? 夜狐くん、ワタクシがド突かれてるのを見て笑ってるの? やっぱり」

「そりゃそうだろ。じゃなきゃ、あんな“前振り”こねぇって」

「そ、そうなのかなぁ……」

「というわけで、ド突けば良いと」

「それいつもの事やで、ピアセリアさん!」

「うるせぇこの野郎!」

「ぎゃあぁ!」


 またいつの間にかデフォルメした魔王さんをピアセリアさんが足蹴にしてます。

 なんだか、ほほえましいです。


 と、突然、ピアセリアさんが止まりました。


「お? 念話だ。セウスか……はーい。どった?」


 ぐったりした魔王さんを踏みながら、ピアセリアさんは何度か頷くと、僕に言いました。


「夜狐、玄関に行け。……出迎えてやれ」


 最初は何を言っているのか分かりませんでした。でも、意味が分かると、僕の体は勝手に動いていました。

 食堂を出て、長い廊下を走って、その先へ。玄関へ……


 あの時約束した人を迎えに行くために!






◆ピアセリア



「で?」

「で、とは?」


 俺は、夜狐が走り去った後、魔王から足をどけて聞いた。


「いや、だから……お前が“何を抱えてるか”だよ」

「……ほえ?」

「とぼけんな」


 俺は相変わらずデフォルメの魔王の頬を掴んで引っ張った。


「お前なぁ、せめて真面目な姿に戻るなりしろよな……」

「ひや、痛ひれふ、ヒアヘリアつぁん」


 頬を引っぱるのを止めると、魔王は頬をさすりながらいつもの頭身に戻った。


「んー、特に何もないですよ。ピアセリアさん」

「……言いたくない、って顔だな」

「う……」

「はぁ……」


 こうなると、梃子でも言わないのが魔王だ。

 まぁまぁの付き合いになるが、確かに深く詮索しあわない事は暗黙の了解だった。……とはいえ、諸事情で俺の事情は全部筒抜けだが……


「ま、言いたくないなら聞かねぇよ」

「……ごめん」


 少々の沈黙。


「あ、あのさ……その……」


 魔王が沈黙を破った。


「言いにくいことなんだけど。……言っても信じてもらえないことかもしれないんだけど……」


 俺は魔王から目線を逸らした。

 なんとなく、だ。ただなんとなく、そのまま、こう相手がすり寄ってきたタイミングで、思わず突き飛ばしたくなるものなのだ。

 いつもいつも「いつかね」とか「言いたくない」とかで、俺に言わない事を、今こいつはおずおずと、まるで告白でもするようにもじもじしながら言うタイミングを見計らってる。こうなると、どうにも突き飛ばしたくなる。

 いつもは、話してくれないし、こっちの話しも半端にしか聞かないくせに……自分の時だけ調子がいいんじゃねぇの?


 いつもなら、ここで俺が「うるせぇ!」で終わるんだが……


「おう……言ってみろよ。聞いてやる」


 なんとなく、夜狐の存在が頭に浮かんだ。

 あいつは会いたい相手に、何を言うべきかももう薄れて出て来なくなったと言ってた。


 ……言いたいことを思い出せなくなる。胸に秘めた言葉も、言い淀んだ言葉も、言うのを躊躇った言葉も……言えなくなる。

 それが俺の身に、あるいは魔王の、ナイトが今言おうとしている事を忘れたら……俺も後悔するかもしれない。

 次は……聞けないかもしれない。それは……怖い。

 今まで聞いてなかったけど……聞いてみようか。今は聞けるかもしれない。


「……うん」


 ってか、こいつ、この手の大事な話をする時は毎回萎らしくなるんだよな……なんだか……なんだか……


「えっと、その……ね、どっから話したらいいのか……」

「やっぱやめだ。ムカつく」

「えぇー!? な、なにが!? え? ええっ!?」

「ムカつくんだよ! このヘッポコ魔王がぁぁああ!!」


 思わず、魔王に<オープニングギャンビット>を使用した。

 やりすぎたような気も少しする。でも、正直スッキリした。





というわけで、何時か公開すると言ってたいた二次創作作品です


……良いのか、この作品が世に出ていいのか?

というか、他の連載は? いや、他にやるべきことは? そもそも、このアカウントまだ使うん?

様々な疑問と不安を胸にトンデモ二次創作、テイクオフ!!


ちなみに、BL的なことはまだBL臭レベルでしか起きません

あと、この作品はR-15グロですが、R-18エロにするつもりは毛頭ございません。悪しからず


ともかく、まずは数話書いてみて、着地地点が見えたらいいなぁ……とか思いながら、気が向いたら書いて行こうと思っております。

少々原作の小説家になろうでの書かれ方を意識してみましたが、どうでしょう?

なかなかワタクシのスペックがヘッポコで大変ですが、また書ける時に書きます!

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