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通報者  作者: 末広新通
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孤立する者

 僕は会議室を出た。

ようやく解放された?‥いや、それどころではない。

事態は悪化していた。

 このまま、自分の身の潔白の証明を警察に委ねるなどという事は、愚かな選択に他ならない事をたった今‥思い知った。

 自らが行動を起こさなければいけないという事は確かだった。

しかし、何をしたらいいのか?誰を頼るべきか?最善策について模索しながら、気が付くと僕は営業課の部屋の前まで戻って来ていた。

その時だった‥。

ドアノブに手を掛けた僕の耳元に中の会話が聞こえて来た‥。

「しかし、実際どうなんだろうな?渡辺が犯人という可能性があるって事なのか?」

「少なくとも、警察は有力な容疑者って見てるようですね‥。」

「昨日一緒に飲んでる時の感じは、どうだったんだよ?」

「そうですね。動揺はしていた感じでしたが‥‥僕には、内に秘めた罪悪感のような物は感じられませんでした。」

「じゃあ、白って事か?」

「‥自信は無いですよ。」

「オイオイ、その為に早くあがらせて一緒に飲みに行くように指示したんだから‥ちゃんと聞き込んでくれよ。」

「すいませんねぇ、役不足で!」

「まぁ、いずれにしても‥会社の上層部からの指示が出てんだから余計な事は言うなよ!警察にも、渡辺にも‥。」

「判ってますよ。俺らも所詮サラリーマンですからね‥。会社としては事を大きくしたくないんでしょうね‥。」

「その為に、人身御供となる人間がいてもしょうがないって事ですかね?それとも、もっと深い事情でもあるのか‥。」

「いっそ、渡辺さんが真犯人であってくれた方が‥僕らも罪悪感に苛まれないで済むんですけどね。」

「同感だ。」

 

 そして、どうやら会話は途絶えたようだった‥。


沈黙状態を5秒程確認した後、僕はノブを回し、ドアを開け入室した。

「あっ、長かったですね。」

天野の奴が、白々しく声を掛けてきた。

(‥ただの傍観者が。)

「顔色悪いぞ、大丈夫か?‥色々聞かれたのか?」

(水沢‥‥心配しているのは僕の事ではなく、自分の管理責任の事なんだろう‥。)

 時計の針は、午後の1時を既に回っていた。

「あの‥、ちょっと体調がすぐれないので、早退させて頂いても宜しいでしょうか?」

僕が申し出ると、水沢は後ろの課長の方を振り返って見た。

そして、課長が軽く頷いたのを確認した後、これを了承した。

(自分が「大丈夫か?」って言ったくせに‥。)

「天野、寮まで一緒に行ってやれるか?」

「結構です。」

偽善者の指示に対する天野の返事を待つ事なく、僕は不要の意思表示をした。

「では、失礼します。」

そう言って、彼等と目を合わす事もなく、僕は其処を去った。

勿論、本当に体調が優れなかった訳などない。

いや、仮に体調が悪かったとしても、悠長に回復を待っている場合などではないのだ。


[此処に僕が頼るべき者など存在しない。]それを悟った僕には他に向かうべき場所があったのだ。

僕にとっては唯一残された選択肢‥‥この状況下においてでも頼りうる人物の処へ、僕は向かった。



 目的地に向かう車中、僕は考えていた。

そもそも、何でこんな事になったんだろうか‥‥?

そうだ、あんなお金さえ‥拾わなければ良かったんだ。

そうすれば少なくとも僕と被害者に面識など無かった筈じゃないか‥。


 あの日、僕は付き合っている彼女とランチを一緒に食べようと約束をしていた。

僕と彼女は、僕が本社出勤の時に、時々、近くの公園で待ち合わせをし、昼食デートを愉しんでいたのだった。

2人の待ち合わせ場所は決まっていた。公園の中央にある噴水横のベンチだった。

その中でも、一番左横のベンチはその時間帯に唯一陽が当たらないベンチで、其処が彼女のお気に入りだった。紫外線を嫌がる女性特有の選択だった。

 彼女はいつも、自分の働いている所から電車で定刻にやって来る。あの日、僕がいつものベンチに行くと、彼女はまだ来ていなかった。時計を見て、まだ約束時間の5分前だった事を確認した僕は、お気に入りのベンチに座って彼女の到着を待つ事にした。

そうして、時間潰しにスマホで当日のニュースを閲覧していた僕が足を組もうとした時‥‥、右足の踵に何かが当たった。

(‥ん?)僕が確認すると、其所に例のリュックサックがあったのだった。それをベンチ下から取り出したちょうどその時、

「ごめ~ん、待った?」

彼女が小走りでやって来た。

「あれ、何?そのリュックサック。」

「ああ、このベンチの下に置いてあったんだ。」

「やだっ、きっと誰かの忘れ物よ。」

「そうか‥‥、きっとそうだな。」

「中は見た?」

「いや。」

「見てみたら?大切な物かもしれないし、もしかしたら落とし主が分かるかもしれないじゃん。」

「そうだな。」

彼女に促されて、僕はリュックサックの中身を見た。

そして、あのビニール袋に入った100万円を見つけたのだった。

そして、お金の他には一切何も入ってはいなかった。


「どうしようか?」

「貰っちゃったら?」

「ばっ、馬鹿言うなよ!」

「ふふっ、冗談よ。」

「勘弁してくれよ。」

「そこの交番に届けましょ。このまま置いたら、悪意を持った人に盗られちゃうかもしれないし‥、落とし主の元に還る可能性はそれが一番高いと思うわ。」

「‥そうだな。」

そして、僕は交番に向かった‥。



 今思い返しても、自分が何か間違った事をしたとは思えない。

それでも、今の自分の置かれた状況を踏まえて‥考えずにはいられなかった。

あの時、彼女の提案に乗らず、そのまま放置して置けばよかったのだろうか?




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