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通報者  作者: 末広新通
7/25

困惑する者

 「じゃあ、また明日な。」

 寮に戻った僕は、天野と別れ、自分の部屋に入った。

部屋着にきがえ、ソファーに座り、テレビのリモコンスイッチを入れる。帰宅後の彼のルーチン化した一連の作業だった。

視線はテレビに向けられていた。だが、そこに映し出されたニュース映像も、アナウンサーの言葉も僕の耳には届いてはいなかった。

(もしかしたら、自分は容疑者の一人‥?)

突然芽生えた不安感により、気持ちが落ち着かなかった。

できれば杞憂であって欲しかったが、やはり、考えれば考える程その可能性は否定出来なかった‥。

 (そう言えば、例の預かり書、何処にしまったっけ?)

自らの証言の裏付けの一つである拾得物預り証の事を、ふと思い出した。

(また、刑事が来たら、見せた方がいいからな。確か白い封筒に入れて机の引き出しにしまってておいた筈‥。)

僕は、引き出しの中を見た。

(あれっ‥。)

あると思っていた場所に、それはなかった。

(おかしいな?鞄の中だったかな‥‥?)

鞄の中を確認してみた。‥隅から隅まで‥。

然しながら、其所にも見つからなかった。

自身の記憶を辿ってみる‥。やはり、引き出しの中にしまったと認識しているのだが‥3ヶ月近く前の事であり、正直絶対と言えるものではなかった。

それから約一時間、部屋中の考えられる場所を全てあたってみた。だが、成果は得られなかった‥。

探しながら、僕は考えていた。

(そもそも、自分は善意の通報者の筈だ。後ろめたい事など無い。それなのに、何でこんな思いをしなければならないんだろうか?預かり書だって仮に間違えて捨ててしまったとしても、当然警察の方に控えがある筈じゃないか。)

‥‥やがて、僕は探す事を止めた。



 そして翌日‥‥、例の2人の刑事が会社を訪れた。


 予感はあった。そして、会社もそれを想定して僕に本社勤務を命じていた。

それでも実際にそうなると、やはり気持ちは落ち着かなかった。

 部屋の入口付近であの柏木という若い刑事が、課長と何やら話をしているのが見えた。その間、年輩の松上の方は部屋の中に向けてキョロキョロと視線を送っていた。

やがて2人は、課長の案内を受けるような形で何処かへ移動していった。

15分程度で課長は戻って来た。そして、刑事からの聴取依頼に応じるべく対象者を呼んだ。

しかし、呼ばれたのは僕ではなかった。

「おい、水沢係長。警察の方が呼んでいるから5階の第三会議室に行ってくれ。」

「わ、私ですか?」

「ああ。」

不意を突かれ、あからさまに動揺した様子を見せ‥‥係長は部屋を出て行った。

 約15分後、課長の席の内線が鳴った。応答した課長はほんの数秒で受話器を置くと、言った。

「次は天野、第三会議室へ行ってくれ。」

元々、営業課の部屋には4人しかいなかった為、残されたのは恐らく先に聴取を受けたであろう課長と渡辺の2人だけであった‥。

 そして15分後、再び課長の席の内線が鳴り、僕が呼ばれた。


 コンッコンッ

「どうぞ、入って下さい。」

部屋のドアを渡辺がノックすると、中から2日前に聞いた声が入室を促した。

「失礼します。」

そう言って中に入ると、其所にいたのは2人の刑事だけだった。

(成る程‥、聴取した内容が分からないように、水沢係長と天野は営業課の部屋には戻さなかったって事か‥。)

僕は理解し、そして気持ちを引き締めた。

「どうぞ、お掛け下さい。」

固い口調で柏木が言った。

「お仕事中のところ、すいませんね。」

松上が、軽く愛想笑いをしながら、フォローを入れた。

我関せずの柏木は、あからさまに背筋を伸ばし直し、聴取を始めた。

「早速ですが‥。」

「あなたは、故人の手が車のドアからはみ出ていたと言いましたよね。」

「はい。」

「あなたが気付く程、結構目立つ状態だったという事でいいですか?」

「‥‥はい。」

「内田巡査‥あっ故人の名前ですが‥‥彼とは面識があったという事でいいですか?」

「‥‥はい。一度だけですが。」

「あなたは、ギャンブルはやりますか?」

「競馬は年に何回か‥、他はやりません。」

「あなたは内田巡査の死体を発見した日、私達があなたにお会いした日ですが‥、予定より早く仕事を終えてますね?」

「‥‥はい。精神的に疲れていたので‥。」

「しかし、自らの上司にはそれを黙っていましたね?」

「‥‥そう‥ですね。」

「あなたは、4日前の夜22時頃、どこで何をされてましたか?」

「寮に‥自分の部屋にいたと‥思います。」

「あなたが拾得したお金を交番に届けた際に受け取った預かり書は、今日はお持ちですか?」

「‥いえ。」

「自宅に置いてあるという事ですか?」

「‥いえ。実は紛失してしまったようで‥。」

「無いんですね?」

「‥はい。」

ここまでの質問を一気に済ませると、柏木は左横の松上の方にチラリと視線を送った。

それが合図だったのか‥‥やれやれといった表情で、松上が口を開いた。

「渡辺さん、我々は既にある程度今回の犯人像を絞り込んでいるんですよ。

具体的に言うと‥‥まず、殺された内田巡査と犯人は面識があった。これは、彼が正面から首を絞められて殺されたという事が示しています。

次に内田巡査と犯人の間には何らかの金銭トラブルがあった。これは彼の最近のお金の使い方から推測出来ます。ろくに蓄えもしていない彼が、最近宝くじや競馬に相当な金額を注ぎ込んだ形跡が見られるのです。

あと、内田巡査が亡くなったのは、あなたから通報があった日より2日前なんですが‥‥」

「2日も‥経っていたんですか?」

「ええ、あなたも彼の手が既に冷たくなっていたと言ってましたよね。普通、人が亡くなって一切の体温が失われるにはその位は時間がかかるんですよ。

つまり、亡くなってから2日経った状態の彼をあなたが発見して、通報したという事になります。

ここで不思議な点が一つあります。あからさまに被害者の手がドアからはみ出ていたにもかかわらず、あなたが発見するまで誰も気付かなかったという事です。

つまり犯人は、あなたが発見したその直前に死体自体を運び込んだか、若しくは直前に予め其所にあった死体の手をドアの外へはみ出させたという可能性が高いという事になるのです。」

「それって、つまり‥。」

「はい、あなたが死体を発見する直前、或いは発見した時に犯人はあの場に居たという推測をしているのです。」


背筋に、一瞬寒気が走った‥。


 しかし、肝心なのは実はこれからだった。

松上の話はまだ終わってはいなかったのだ‥。

「ちなみに、今の推測以外にも可能性として考えられるケースがあと一つ残されています。

そして、このケースにおいてはあの場にいたのは渡辺さんだけで説明がつくのです。」

ここまで喋り終えると、松上は表情を緩め笑って見せた。

そして、僕の表情をのぞき込んだ。

隣の柏木に至っては、20センチ程前に身を乗り出した。明らかに故意に‥。

松上が最後に言ったケースというのが何を意味するのかは、解っていた。

「犯人が君なら‥‥」

彼等がその言葉を飲み込んでいるのが解っていた‥。


「‥渡辺さんっ。」

沈黙に耐えかねて口を開いたのは、やはり柏木だった。

「私達の言っている事が解りますよね。」

「‥すいません、ちょっと色々考えてしまいまして‥。あの時傍に誰かがいたなんて考えてもみませんでした。もっと辺りに注意してれば良かったんですが‥。」

僕の答えは、柏木が求めていたそれではなかった。

 実際、この時僕は自分の置かれた状況について、考えを巡らせていた。

被害者と面識がある人物‥。被害者と金銭トラブルがあったかもしれない人物‥。ギャンブル(年に何回か競馬をやる程度なのだが‥。)という被害者と接点を持つ人物‥。被害者が殺された時間の犯行が可能だった人物‥。不自然な発見状況に合点がいく人物‥。

眼前の刑事が僕に行った質問の意図、その後に敢えて説明した彼等が想定している犯人像‥‥彼等が自分を有力な容疑者としているのは明らかだった。


「あの‥‥まだ、質問はありますか?」

「はい?」

怪訝な表情をして見せた柏木を制して、松上が言った。

「そうですね‥元々任意の聴取ですし、渡辺さんも落ち着いて考える時間が必要でしょうから、今日はここまでにしましょう。

我々も、今日は朝からこちらの建物にいる方全員に聴取をしたんで、正直疲れました。」


「‥では、失礼します。」

僕は席を立った。

内心は混乱していた。ただ‥取り敢えず、早くこの部屋から出たかったというのが本音だった。




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