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通報者  作者: 末広新通
6/25

呼ばれた者

 翌日、出社早々僕は応接室に呼ばれた。

「失礼します。」

恐る恐る入室した部屋の中は、タバコの匂いが立ちこめていた。その中で目にしたのは、昨夜の架電者の水沢係長でも、その上席の課長でもなく、長谷川部長だった。

部長と直に顔を合わす機会などなかなか無い僕でも、会社報の写真などでその顔は知っていた。そして、人づての情報で部長がヘビースモーカーである事は聞いていた。

「まあ、掛けたまえ。」

促されて、僕は着席した。

部長は手にしていたタバコを口に咥え、大きく息を吸い込むと、直後に鼻から煙を一気に排出した。

そして、まだ長めのタバコを眼前の灰皿に押し付けながら‥言った。

「渡辺君、早速だが、率直に聞いていいかな?」

「はい。」

「君が昨日、警察から事情聴取を受けたというのは本当かな?」

「はい、事実です。」

「成る程。‥それで、何を訊かれ、何と答えたか教えて貰えるか。な~に、言える範囲で構わないよ。」

言葉使いこそ多少の配慮が感じられたが、その語気は威圧感を胎んでおり、何かを包み隠す事など許さないという意味合いの命令であると僕は理解した。

僕は、昨日2人の刑事に話した事をそのまま部長に報告した。

「そうか、解った。君はただの通報者という事なんだな。」

「はい。」

「ありがとう。用件は以上だ、戻っていいよ。」

「はい、失礼します。」

僕は、軽くお辞儀をして退室した。

昨日、警察から会社の方にも問い合わせや聞き込みがあったのか?或いは、担当者の誰かが昨日のうちに本社の誰かに喋ったのか?‥いずれにせよ、昨日のうちに報告しておけばよかったと少々後悔した。


「どうだったよ。」

自らの席に戻ると、係長の水沢が声を掛けてきた。

「はぁ、昨日の朝の事と刑事に訊かれた事を報告しました。用件はそれだけらしいです。」

「そうか‥しかし、あれだよ。渡辺君も直属の上司の僕に昨日のうちに報告してくれなきゃ困るよ‥。それで、部長。僕の事は何か言ってた?」

「いえ、特に何も。」

「そうか。じゃあ今日は渡辺君、昨日のイベント会場来店者の傾向報告書でも作ってくれよ。」

「わかりました。」


 それから僕は、水沢に言われた報告書作成に終日を費やした。正直、集中して取り組めば1時間で十分な作業だったが、急なデスクワークで他にやる仕事がなかった為、必要以上に時間をかけてやり過ごしたのだった。

実は、作業をしながら応接室の方が気になっていた。僕が退室した後も、部長は部屋から出て来なかった。その後、営業課長、人事部長等が交互に部屋に入って行った。

やがて夕方になり、最後に水沢係長が呼ばれた。



 時計の針が17時を回った頃だった。

 ガチャ‥

応接室の扉が開き、中から水沢係長が現れた。その手で開けた扉を押さえ、部屋の中に向かって何度もお辞儀をしている。

続いて、ぞろぞろと中にいた人物達が出て来た。彼等はそのまま営業課の部屋からも退室していった。

全員が退室したのを確認すると、係長はふっーと息を吐き、やれやれといった表情で、自らの席に戻ってきた。

そして言った。

「渡辺君は、今週はこのまま本社勤務をするようにとの事だ。」

やや、怪訝な表情をしたであろう僕に水沢は続けた。

「また警察からの聴取があるかもしれないから‥‥との配慮らしいよ。あっ、今日はもうあがっていいから。」

なにか引っ掛かるものは感じたが、あまり深く考えない事にした。

(自分は後ろめたい事は、何もやっていないのだから‥。)という思いから、そう努めるようにしたのだった。

「では、お言葉に甘えてお先に失礼します。」

そう言って、僕は会社を後にした。


 「待って下さいよ~、先輩!」

本社ビルを出て数十メートル程歩いた時に声を掛けてきたのは、同じ営業係の天野だった。天野は2つ年下で、寮での僕の隣人だった。僕にとっては最も身近な後輩だった。

「先輩に便乗する形で、僕も早帰りになりました。せっかくですから、何処かで軽く飲んで帰りましょうよ。」

気分転換をしたかった僕にとっては、渡りに船の誘いだった。

「そうだな‥軽く行くか。」

「そうこなくっちゃ!この時間なら空いてるでしょうし、ハッピータイムでビールも一杯200円ですよ!」

僕等が向かったのは、馴染みの大衆居酒屋だった。

値段が手頃なのも理由の一つだが、この店は個室タイプの店で会話するのに勝手が良い為、よく社内の愚痴を言い合う時に使っていたのだった。

「それでは、お疲れ様~!」

案の定、空いていた店内の一番奥の個室の席に収まった2人は、生ビールジョッキを手に乾杯をした。このサラリーマン飲みの恒例の儀式が終わるや否や、天野が口火を切った。

「いや~、先輩が刑事から事情聴取を受けたって話で社内は大騒ぎですよ!」

「そうなのか?」

「どうでした?本物の刑事って奴は?」

「2人のうち1人は俺と同い年位なんだけど,そいつがガンガン質問攻めしてくるんだよ。しかも、わざとなのか人の神経を逆なでするような物言いをしやがるんだ。」

「へえ~、感じ悪いっすね。もう、1人は?」

「これが恐らく50代だと思うんだけど、質問は若い方に任せて、ずーっと人の事観察してんだよな‥。」

「ふ~ん。」

「いずれにしても、自分が疑われてるみたいで‥いい気はしなかったぜ~。」

「それにしても‥‥先輩、死体見つけた時、ビビりませんでしたか?」

「ばかっ、ビビッたに決まってるだろ!思い出させるなよっ!」

「そうッすよね。早く疑い晴れるといいですね。」

「‥‥そうだな。」

実は、この後輩の言葉で‥初めて僕は自覚したのだった。

自分が警察から‥‥もしかしたら会社からも疑われているのかもしれないのだという事を‥。



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