予感がする者
2人の刑事は、被害者宅にいた。
「松上さんは、どう思いました?」
「何が?」
「今日のあの渡辺って若者ですよ。」
「何か引っかかるのか?」
「まぁ、色々と‥。」
「へぇ~。」
「だって、彼は現場から立ち去ってるんですよ。」
「職務上、遅刻は許されなかったって言ってただろう。」
「おまけに、最初は害者の事を知らないって言いましたし‥。」
「制服着ていない警官の顔なんて、いちいち覚えていないさ。」
「決定的なのは、100万円拾って交番に届けたって言ってましたけど、そんな拾得物の届出なかったじゃないですか?」
「だが、彼は拾得物預り書を持っていると言っていたろう。それを見せて貰うまでは、何とも言えんだろう。」
「何よりも、あの落ち着きが腑に落ちないんですよ。」
「俺には、落ち着こうとしてるように見えたけどなぁ。」
「そうですか?」
「それよりお前、わざと『本当ですか?』って何度も言ってただろう。」
「判りました?相手の感情を逆なでして、ボロを出させたかったんですよ。」
「ふ~ん‥‥じゃあ、効果なかったな。」
「まぁ今回は‥。」
「止めたら?あれ‥‥相当感じ悪いぞ。」
「え~」
「んなことより、何か事件に繋がるような物がないか、しっかり探せよ。」
「はい、はい。」
勤務先の派出所からは電車で2駅、駅からは徒歩8分程の木造モルタル製の2階建てアパート1階の102号室が彼の自宅だった。彼の同僚の話では「相場からしたら随分安い家賃なんだぜ。」と彼は得意げに自慢していたらしい。部屋の間取りは1Kで、玄関の右手に簡易キッチン、左手に最近では不人気なユニットバスがあり、奥に6畳の和室があるといった具合のものだった。
和室の中央に炬燵が置かれており、テレビとその台として使用されているカラーボックス、高さ50cm程の食器棚、プラスチック製のゴミ箱‥‥確認出来るのはその程度の、言ってみれば物が少ない殺風景な部屋だった。
果たして物証のような物が見つかるかどうかはともかくとして、何かを探しに来た人物にとっては見る場所が少なくて済む、手間がかからない部屋だった。
「しかし、ろくに物が無い部屋ですね。まあ、こっちにとっては仕事し易くて助かりますけど‥あんまり、物欲がないんですかねぇ、今回の被害者は?」
軽口を叩く柏木というこの若手刑事の相手をするのが、松上には面倒だった。それでも、(某有名大学卒の将来の幹部候補生である以上、多少は貸しでも作って置いた方が、後々自分の便利なコネになるかもしれない‥。)そんな計算もあって、仕方なく会話応対していた。
「成る程、物欲がないか‥‥その可能性もあるな。」
「でしょー。」
「ただ、物欲がないのではなく、間違った金の使い方をしてる可能性もあるんじゃないのか?そして、今回の害者はどうやらそっちのようだな。」
そう言って、松上はゴミ箱を手にとった。
そして、その中身が見えるように柏木の方に差し出して見せた。
その中にあったのは、破り捨てられたら数十枚の馬券購入用のマークシート用紙と宝くじ券だった。
ギャンブル好きの警察官と記録に無い拾得物の100万円‥‥彼等が属する組織にとっては、その先のストーリー展開を考察する上で非常に望ましくない要素だった‥。
ピピピピ、ピピピピ‥‥
ソファー前のテーブル上のスマートフォンが、ノーマルな電子音で着信を知らせてきた。
ワイシャツ姿のまま寝てしまいかねなかった僕にとっては、ある意味丁度いい頃合の警笛となってくれたのだが、問題は発信主だった。
画面に表示されている発信者は、夕方報告を入れた直属の上司の名前だった。正直、こんな時間に電話してくるのは珍しいし、この人物からこれまでに仕事以外の用件で電話を貰った記憶はない。嫌な予感がした‥。
「はい、渡辺です。」
「あー、水沢です。夜分に悪いね。」
「いえ、それより、何かあったんですか?」
「ああ。というか、僕も上司から今指示を受けたばかりで、詳細は判らないんだけど、渡辺君に明日朝から本社の方に出社して欲しいとの事なんだ。」
「えっ、でも会場の鍵は‥?」
「ああ、そっちは別の担当にスペアキーを持って行かせるから大丈夫だよ。‥‥しかし、急だよなぁ。」
「‥‥そうですね。」
「まぁ、そういうこと事なので、宜しくね。」
そう言うと、いつものように余分な話はせず、水沢係長は電話を切った。
(『そういうこと』って何?‥‥要は係長は何も知らないって事だろ‥。)
その後、シャワーを浴び、パジャマに着替えた僕は布団に入った。時計の針は11時30分を指していた。
出勤先が本社に変わったため、睡眠に充てられる時間はたっぷりとあった。‥が、本社から呼び出しをされた理由が解らず、考え出してしまった僕が寝付くには、それから2時間を要した‥。




