表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
通報者  作者: 末広新通
4/25

帰宅する者

 「どうも、御協力ありがとうございました。」

 ようやく、二人の刑事は帰って行った。

時間にして30分位の聴取だった筈だが、僕には随分長い時間に感じられた‥。

果たして、あの2人の刑事は僕に対してどんな心証を抱いたのだろうか‥。

 殺された警官には1度だけ会った事がある事、それが拾得したお金を届けた時であるという事‥僕としては、ありのままの事実を答えたのだが、あの柏木という刑事は納得しているような感じには見えなかった。

何より、去り際に「では、また。」などと言って帰って行ったのだ。


 僕はとりあえず、仕事に戻った。

考え込むと憂鬱になってくる‥。だから、仕事に戻って気を紛らせる事にしたのだった。

今となっては、石橋さんに話を聞くのも寮に帰ってからでいいとも思った。

昼食を終え、持ち場に戻った担当達も、この件について僕に何かを聞いてくるという事はなかった。サラリーマンという組織に属する仕事柄、こういった空気を読む力には彼等は長けていた。


 夕方5時を過ぎたところで、僕は予定より若干早く本日の業務終了の指示を出した。担当達は一瞬「あれっ?」とでも言いたげな怪訝な表情をした。だが、彼等の頭の切替は早い。「じゃあ、時間も早いし何処かで軽く飲んでく?」などと話しながら、嬉しそうな顔をして帰って行った。今日の招かれざる訪問者の事でも酒の肴にして飲むのかもしれない‥。

 僕の方は。会場のセキュリティセットを行った後、取り敢えず家路についた。

その途中50分程経ったところで、上司への報告の電話を入れた。

「これから会場を閉めて帰ります。初日としては中々の来場者数で、週末は更に期待できそうです。」

などと適当な報告をしておいた。


 それから約20分後、僕は本社の駐車場に帰ってきた。

そして、朝出かけた時とは違う位置に車を停めた。

朝車が停めてあった辺り一帯には〔立ち入り禁止〕の表示、黄色のテープ、ブルーシートが施され、周囲を威嚇していた。ブルーシートの中では、まだ鑑識でも行っているのだろうか‥数人の人間が動いている気配がした。

瞬間、日中の仕事をしていた時間が抜け落ちて、朝死体を発見した時と現在が時間軸上で繋がったような感覚に陥った‥。死体の手を触った時の冷んやりとした感覚が蘇り、頭がぼーっとしてきた‥。そのせいかもしれない‥どう道を歩いたか明確な記憶がないのだが、気付くと僕は寮の玄関前まで来ていた。


 革靴からスリッパに履き替えると、僕はそのまま玄関ホール脇の管理人室へ向かった。

窓口に設置してある呼び鈴を押すと、数秒の沈黙の後に窓口のカーテンが除けられ、こちら側を覗く石橋さんの顔が現れた。

「ああ、渡辺さんか。さあ、‥中に入って。」

促されて、僕はドアを開け管理人室内へ入った。実のところ、管理人室の中に入るのは、これが初めてだった。

 石橋さんは、住み込みで管理人職に就いており、言ってみれば管理人室イコール石橋さんの自宅であった。

僕は奥の和室に通された。部屋の中央には炬燵が置かれており、そのテーブル台の上には木製の容器に入った茶菓子が置かれていた。僕が小さい頃に慣れ親しんだ実家の情景に似た雰囲気で、どこか懐かしさを感じさせるものだった。

部屋の端には仏壇が置かれ、其処には以前50代で先立たれたと伺った事がある奥様とおぼしき人物の遺影が飾られていた。確か、現在の御身内は息子さん一人だったと記憶している。

「まあ、座って。」

石橋さんに促されて、僕は炬燵を挟んで石橋さんの正面に腰を降ろした。

「今朝は、無理なお願いをしてすいませんでした。お蔭様で仕事に支障を来さないで済みました。」

僕は取り敢えず、御礼を言い‥‥そして、率直に尋ねた。

「それで、どうなりました?」

「ええ、私が現場に着いたのは、渡辺さんから電話を貰ってから15分後位だと思います。」

「現状保存って言うんですか、その場をいじっちゃいけないと思って‥‥」

石橋さんの話では、その5分後位にまず警官2名がやって来たらしい。そのうちの一人が、車と亡くなっている人物に見覚えがあるとの事だったらしく‥同僚の警官の死体だと直ぐに判明したとの事である。

その後、大勢の警察関係者がやって来たとの事で、その中の刑事だと思われる2人から、石橋さんも事情聴取を受けたらしい。

石橋さんは僕から伝え聞いた事をありのままその刑事と思われる2人に答えたとの事であった。その上で、2人の刑事は僕の連絡先を石橋さんに尋ねたそうだ。

「わかりました。どうも、お手数をおかけしました。」

そう言って炬燵から立ち上がった僕に、石橋さんが

「大丈夫かい?何かあったら、言ってね。」

と 声を掛けてくれた。

「ありがとうございます」

僕は軽くお辞儀をして、管理人室を後にした。

 

 自らの部屋に帰った僕は、上着をハンガーに掛けると、ネクタイを緩め、そのままソファーに横になった。

気が重かった‥。自分は善意の通報者‥ただの第一発見者なのだが、妙な不安感に支配されていた。

(取り敢えず、明日会社の上司に報告だけはしておいた方がいいだろうな‥。)

これまで、そういう事は滅多になかったのだが、「明日出勤したくないなぁ‥。」とこの時の僕は心から思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ