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通報者  作者: 末広新通
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告白する者③

 目の前には、動かなくなった男の体が横たわっていた。

私は、自分が犯した事の重大さは認識していた。当然、殺人犯として罪を償わなければならない。

ただ、出来るだけ‥‥息子には迷惑をかけたくなかった。

それで、自首をする前に警察時代の同期で、現在も副部長を務めていた藤波に電話をした。勿論、今のこの仕事を世話してくれた彼への謝罪をしなければいけないという気持ちもあった‥‥。

 電話口の向こうで、藤波は絶句していた。

当然だろう。警察官が拾得金を横領し、その補填をするために元警察官を脅し、結果、脅された元警察官がその警察官を殺害したのだ。彼からしたら、大変な不祥事が発生したのだ。

やがて、藤波は絞り出すような声で言った。

「今から、其処へ行くから‥‥待っていてくれ。」


 約30分後、藤波はやって来た。

彼は一人ではなかった。彼と一緒に現れた男に、私は見覚えがあった。名前は確か‥‥松田、この不動産会社の厚生課長をしている男だ。この管理人の仕事を藤波に世話して貰った時に、紹介された記憶があった。

管理人室に入ると、藤波は尋ねてきた。

「それで、死体は?」

「今は、押入の中だ。‥‥見るか?」

「いやっ、いい。‥‥それより、これからの事だ。時間だって限られている。」

「そうだな。まあ、明日俺は自首するから‥‥、それで息子についての相談なんだが‥‥」

「おい待てっ、何勝手な事言ってんだ。そんな事されちゃ、こっちが困るんだよ。」

「‥‥すまないな。お前達には迷惑をかける事になって本当に申し訳ないと思う。けど、やってしまった以上は仕方ないだろう。」

「いや、仕方ないじゃ済まないんだ。横領を働いた警察官が元警察官に殺されただけじゃない。

今回、横領されたのは警察の天下り先の社員で、しかも殺人犯は天下りした元警察官、更に殺人現場は社員寮なんだぞ。

真実が公になったら‥当然、警察の天下り人事についても世論から厳しい非難を受ける事になる。天下りを受け入れていたこちらの会社も勿論同じだ。

それだけは避けなければならない‥‥。」

「じゃあ、どうしたらいいんだ?」

「そのために、松田さんにも来て貰ったんじゃないか。ここに向かう車中で、僕と彼で色々と出来る限りの知恵を出し合ってみたんだ。

‥‥そして、1つの打開策を考えついた。悪いが、君にはこれに従ってもらうよ。」

 そして私は、彼等が考えた策についての説明を受けた。

しかし、それは警察と大手企業を守る為に、罪もない一人の若者を殺人犯に仕立て上げるという‥とんでもない隠蔽策だった。

「そんな事‥‥出来ない。」

そう言った私に、藤波が言った。

「警察の信用失墜を防ぐ為、つまりは国の為なんだぞ。それに‥‥これなら、君の息子は何の迷惑も被らないで済むじゃないか。」

私は返す言葉を失ってしまった。

結局、私は自分の息子の幸せと一人の若者の人生を天秤に掛けてしまったのだ‥。

‥‥そして、その策は実行される事になった。



 実行日は、その翌々日だった。

「はい。では、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

その日から早出だった渡辺さんを、私は玄関口で送り出した。

彼が出掛けて3分が経ったところで、私はすぐに寮の裏手に向かった。其処には、そのオーナーの死体をトランクに収納した黒のノートが駐車してあった。

 私はすぐに、その車に乗り込みエンジンをかけた。

向かった先は、会社の駐車場だった。

駐車場に着いた私は、端に駐車してあった派手な宣伝用広告が設置してある車の隣に、自らの車を停めた。そして、トランクから運び出した死体を、一旦運転席に座らせ、その状態から肩口を押して助手席側に倒れ込ませた。それから、車の外に出て助手席側に回ると、ドアを少しだけ開け、死体の左手を引っ張り、その手首から先が外にはみ出た状態にした。

幸い、まだ渡辺さんは到着していない。

私は急いで駐車場の外に出て、隣接する隣のビルの陰に隠れた。

そして、その3分後に渡辺さんはやって来た。

彼が駐車場内に入って行くのを確認した後、私はその場を去った。

こうして、彼は死体の第1発見者となった。そして、善良な一国民の彼は‥通報者となった。

やがて、寮に向かう帰路にあった私の元に、渡辺さんから電話がかかってきた。寮の電話を私の携帯電話へ転送設定してきたのが功を奏した。

私は、彼から死体発見の連絡と状況説明をされ、自分の代わりの事後対応を頼まれた。自分が陥れられようとしているとも知らずに‥‥その片棒を担いでいる私を頼ってきた彼を裏切る事に、心が酷く痛んだ。

 その後、私は彼の乗った広告が設置された車が駐車場を出て行くのを確認してから、現場に戻り警察の到着を待った。

 私の役割は、これで終わった‥‥筈だった。


 藤波から連絡が入ったのは、その翌日だった。

「悪いが、お前にもうひと働きしてもらいたい事が出来た。」

彼の依頼内容は、証拠の隠滅だった。

渡辺さんの部屋に保管されているであろう、あの警察官が個人的に作成した預り証の回収だ。

ここに至っては、もはやその指示に従うしか‥私に選択肢は無かった。

彼の出勤中に、管理人室に保管されている非常時用の合鍵を使って、私は渡辺さんの部屋に侵入した。

「‥‥あった!」

目的物を発見した私は、思わず声を出してしまった。

その預り証は、白い封筒に入って机の引き出しの中にしまわれていた。

私はそれを持ち去った。




 だが、それらの全ては徒労に終わった。

ついさっき、藤波からあの日以来の電話が入った。


「すまん。‥‥あの若者を犯人に仕立て上げる事は‥‥不可能になった。

恐らく、君を庇う事も‥もう出来ない。

僕としては、なるべく警察という組織がダメージを負わないように、殺害動機を歪曲させるのが精一杯になると思う。

‥‥本当に、すまない。」


 受話器を置くと、私は1つ大きく息を吐いた。

正直言うと、胸の中のつっかえが‥やっと取れたというのが本音だった。自分が世話になった警察や息子に迷惑をかける事は申し訳ない限りだ。

だが、罪を犯した自分が捕まり、無実の若者の疑いが晴れるというのは‥至極当然で、正しい事だった。

何より、元々自分がとろうとした行動の通りになっただけではないか。


 私は、出頭に向けての準備を始めた‥‥。


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