告白する者②
「それは、どういう意味ですか?」
私は彼に問いかけた。
すると、彼は炬燵布団の中に投げ出していた足を引き抜き、正座をしてみせた。‥‥そして、言った。
「先輩を警察OBと見込んで、正直にお話し致します。」
そして話し出したその内容は、私を驚愕させた‥。
「実は、今日こちらへ伺ったのは、渡辺さんが拾得し交番に届けたお金の落とし主が現れたという報告を彼にする為だったんですが‥‥、実は‥それは嘘なんです。」
「何ですって?」
「本当は、落とし主なんて現れていません。その拾得金なんですが‥‥、私が必要に迫られて使ってしまったんです。」
「必要に迫られてって‥‥、いったい幾らのお金を‥‥」
「‥‥百万円です。」
「ひゃ‥百万円?‥そんな大金をいったい何に?」
「妻の実家の関係で‥ちょっと‥」
そう答えた彼の左手の薬指に、指輪はなかった‥。
そもそも、拾得物は記録を付けて一元管理されるのだから、預かった物を途中で使い込む事など出来ない筈だ。つまりこの男は、そのお金が届けられた時に、即座に横領する事を決断し(それは一時的な拝借のつもりだったかもしれないが‥)、意図的に記録をしなかったという事なのだ。
「それで‥‥お願いがあるんですが。」
「お願い?‥‥私にですか?」
正直、お願いの内容は容易に予想がついた。
「私に、お金を貸して下さい。」
予想通りだった。
「やはり、民間人の渡辺さんを欺く訳にはいきません。それに、万が一私のした事が公になったら、警察という組織全体の信用失墜にも繋がりかねません。それを防ぐには、お金を用意して、渡辺さんにお渡しする必要があるのです。だから‥‥」
彼はもっともらしい事を言った。だが、彼の本質は其処にはない事は明らかだった。
そもそも、この男が元警察官で、宝くじに当選した私に今夜会った事は偶然以外の何ものでもないのだ。そんな偶然がなかったら、彼は渡辺さんを騙したに違いないのだ。
「解りました。」
「本当ですか?」
彼は歓喜の声をあげた。だが、私の答にはまだ続きがあった。
「ただし、条件があります。」
「条件‥ですか?」
「ええ。なに、簡単な事ですよ。貴方の奥様に電話で確認をさせて欲しいのです。」
条件を聞いた彼の表情が、明らかに曇った。
「それは、ちょっと‥」
「何故ですか?」
「妻は‥‥体調を崩してまして‥。」
彼の言い訳は、到底私を納得させるものではなく‥‥寧ろその口調から、彼が嘘をついているという確信をした。つい今しがた考えついた嘘故の、細かいつじつま合わせ不足が露見した恰好だった。
「でしたら、お金をお貸しする事は出来ません。」
私は、彼の申し出を断った。
「そんなっ‥‥」
そう言ったきり、彼は黙り込んだ。
だが、十数秒の沈黙後だった。
彼が口を開いた。
しかし、その口調は変わっていた。先程までの他人に懇願する時のそれではなく、寧ろ高圧的なものだった‥。
「いいんですか?」
「‥‥何がです?」
「警察に迷惑がかかりますよ。」
「仕方がないじゃないですか。」
「‥冷たいで人すね。でも、本当にいいんですか?」
「仕方がないと言ってるじゃないですか。」
「私、貴方が宝くじに当選した事を、きっと色んな人に喋りますよ。」
「‥‥!?」
実は、先程自分が宝くじで高額当選をした事実を知った時から、私が一番恐れていたのは、この事だった。
過去に宝くじで当選した人達が、必ずしも幸せになっていない事を私は知っていた。その当選金を目的に強盗に会った者もいる。その当選金を巡って家族や知人と揉めて、断裂状態になった者もいる。‥‥だから、当選者の殆どは自らが当選したという事実が他人に知れないように努めるのだった。そうしなければ、その人物の平穏な生活は破綻してしまうのだ‥。
60歳をとうに過ぎている私にとっては、余生を平穏に生きていく事が何よりの望みだった。この男に当選の事を吹聴されたら、そんな私の希望は台無しなってしまう‥‥。
「それは‥‥やめて下さい。」
「そうは行きません。貴方の友人、知人、御家族、御家族の知人‥、出来るだけ大勢に話しますよ。どうせ捕まるんだ。今さらそんな事で罪に問われたって構いませんし‥‥そうだ、SNSで公にしてしまうのが1番効果ありそうですね。」
‥‥なんて男だ。
この男は私だけではない、私の一人息子の人生まで台無しにしようとしている。
「解りました。」
「‥はい?何ですって?」
「お金を貸します。‥いえ、差し上げますから‥」
「嫌だなあ、下さいなんて言ってないじゃないですか。貸していただければ、それでいいんですよ。‥‥口約束でですけどね。」
仕方がなかった。私にとっては、他に選択肢は無かったのだ。
「それで、お幾らお貸ししたらいいんでしょうか?」
「‥‥そうですね。じゃあ、取り敢えず200万円お願いします。」
彼が要求した金額は、彼が必要とする金額より100万円多かった。それだけではない。『取り敢えず』とこいつは言った。これは、今後も要求が続く事を意味しているのだ。
‥私は悟った。こいつは今回たまたま魔が差して行ってしまった過ちを何とかするためだけに、こんな事をした訳ではない。こいつは、元々の悪人なのだ。このままでは‥この悪人のせいで、自分の残された人生‥‥、いや、息子の人生すら滅茶苦茶にされてしまうかもしれない。
‥‥私は、決断を迫られていた。
「解りました。では、明日にはお金を用意して置きますから、今日のところはお帰り下さい。」
「いいでしょう。じゃあ、明日という事で。」
彼はそう言って立ち上がり、私に背を向けた。
その瞬間だった。私は傍らにあった作業用の軍手を両手にはめ、後ろから、彼の首を渾身の力で絞めた。
声にならない声をあげ、一瞬激しく抵抗をしたが、数秒後‥‥彼は脱力した。呆気なく‥‥死んでしまった。