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通報者  作者: 末広新通
22/25

告白する者①

 あの日のあの男の訪問が、私を犯罪者に貶めた。

まさか、あの男に再び会ってしまうとは‥‥


 私は大手不動産会社の独身寮の管理人をしている。

元々は警察官だったのだが、定年を迎えるにあたって同期の副部長が再就職先を世話してくれたのだ。いわゆる天下り就職というやつだった。

 住み込みという条件は、孤独な私にはかえって良かった。

唯一の身内の息子は遠方で働いており、滅多に会う機会など無い。そんな私にとっては、まだまだこれからの働き盛りの若者達と、仕事上とはいえ関わりを持つ事で彼等から生気を分け与えて貰えた。彼等の力に少しでもなれる事に、やり甲斐も感じていた。

 そんなある日の事だった。

 ピンポーン

21時半過ぎに、入口のインターホンが鳴った。帰宅した寮生はいちいちインターホンなど鳴らさない。外部の者が訪ねて来るのにしては遅い時間だった。

「どちら様ですか?」

応答した私の問いかけに、数秒の時間差を経て返事があった。

「あっ、私、駅前交番の内田と申しますが、こちらに渡辺直樹様はいらっしゃいますでしょうか?」

(警官か‥。)

「どうぞ、お入り下さい。」

元同僚だという若干の身内感もあって、私はその内田という人物を迎え入れた。

警官だと名乗るその男は、制服姿ではなかった。

やや薄暗い玄関ホールで、私は彼と話した。

「あいにく、渡辺はまだ帰宅しておりませんが、どういった御用件でしょうか?」

「はい、以前に渡辺さんが届けられた拾得物の事で、御連絡したい事がございまして。そうですか‥‥、まだ帰ってないんですか‥。」

目的を果たせず、やや落胆したように感じられた彼の声のトーンに、私はつい同情してしまった。

「お仕事大変ですね。実は、私も元警察官なんですよ。

良かったら、中でお待ちになりますか?そろそろ帰って来る頃だと思うんですよ。」

「宜しいんですか?まさか、こちらにOBの方がいらっしゃるとは思いませんでした。ありがとうございます。」

結果、私は彼を管理人室の中へ招き入れる事になった。

「まあ、どうぞお座り下さい。」

 私の自宅部分でもある奥の和室に入ると、私と彼は炬燵を挟んで向かい合って座った。薄暗い玄関口とは違って部屋の中は明るかった。その時、私は初めて彼の顔をはっきりと見た。

「あっ‥‥」

思わず声を出してしまった。

元々の職業柄、私は一度でも会った事があれば、大抵の人物の顔はよく覚えていた。‥‥そう、この男には、会った事があったのだ。

そして、その直後だった。

「あっ、あなたは‥‥」

相手も私に面識がある事に気が付いた。

現役の警察官なのだから、職業柄、当然と言えば当然だった。


 私とその男が会ったのは、年末の駅前の宝くじ売り場だった。

元々は宝くじなど滅多に買わない私だったが、今の仕事に付いてテレビを観ている時間が増えた。そのせいか、この時期CMがやたらと流れる宝くじを、たまには買って見ようかと思い立ったのだった。軽い運試し位のつもりだった。

その日は最終販売日だった。閉店間際に彼はやって来た。そして、順番待ちで並んでいた私の後ろに並んだ。

だがその直後、悲劇が起こった。

私が購入を済ませたところで‥‥販売の終了時間を迎えてしまったのだ。

彼は慌てていた。窓口の販売員に食ってかかったが‥‥販売はして貰えなかったようだ。

‥目的を果たせなかった彼は、がっくりと肩を落としていた。

そのあまりの落胆ぶりに、私は同情して、自らが購入した宝くじ券の半分50枚を彼に譲る事を申し出たのだった。

見知らぬ私からの申し出に、彼は大喜びした。私にお礼を述べ、購入代金を支払い、宝くじ券を受け取ると、満足げな表情を浮かべて去って行った。



 あれから、1ヶ月近く経っていた。

 その彼が、再び私の目の前に現れた。

「その節は、どうも。」

取り敢えずの私の挨拶に対して、彼の返事は全く予想外のものだった。

「おめでとうございます。」

「‥?!」

一瞬、意味が解らず応答出来ずにいた私に、彼は更に大きな声で言った。

「1等、ご当選おめでとうございます!」

「えっ、‥‥1等?‥‥当選?」

「隠さなくてもいいですよ。連番で私の前の宝くじ50枚を持っている貴方が当選した事は分かっていますから。」

「‥‥ちょっと待って下さい。」

私は、仏壇の引き出しに締まってあった宝くじ券を取り出し、パソコンのインターネットで当選番号の照会をした。

‥‥彼が言った事は、本当だった。

私は、自分が当選した事実を、この時初めて知った。

しかも、その当選金額は前後賞をいれて3億円だった。

私は突然舞い降りた幸運に驚愕し、現実味を感じられず、唖然としていた。

「いま、初めてお知りになったんですか?」

「‥‥えっ‥‥ええ。」

彼からの言葉に、私は我に帰った。

「あっ、渡辺さんに御用でしたよね。‥なかなか帰ってきませんねぇ。」

思わず、取って付けたような言葉を私は言った。

だが、それに対しての彼の言葉は、予想外のものだった。

「いえ、その件は‥‥もう、いいんです。」

「えっ?」

思わず、私は聞き直した。

「いま何て言いました?」

「渡辺さんへの話は、もういいんです。」

そう答えた彼の醸し出す空気感が、先程までと少し変わっている事に、私は気づいた。



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