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通報者  作者: 末広新通
21/25

貸す者

 僕はレコーダーの再生を停めた。

「成る程、松上が帰った理由が分かりました。」

そこに記録されていたのは、警察による犯人捏造の証拠、不祥事隠蔽の証拠だった。もし、これが公表されたら、大衆からの批判に晒され、権威を失墜する事になりかねない、恐ろしい爆弾だった。

ただ、同時に、当然の疑問が其処にはあった。

「でも、何でこんな音声が録音されているんですか?何故それを勲さんが持っているんですか?」

僕は、その疑問を勲さんに投げかけた。

「まあ、ちょっとしたツテでな‥‥」

勲さんらしくない、歯切れの悪い返事だった。

だが、それ以上は聞くのをやめた。

どうして入手したものであろうと、結果として、それが僕の無実を勝ち取ってくれた。その事実だけでいいじゃないかという思いが僕にはあった‥。

 代わりに、別の質問をした。

「さっき、帰り際に松上が言った『とぼけっ』ってどういう意味なんですか?」

「ああ、あれは岩手の辺りの方言で『馬鹿』って意味なんだ。」

「へえ~、そうなんですか。」

こちらへの答は、すっきり納得出来るものだった。

「よし、じゃあ、こんな高い場所代がかかる店はとっとと出て、その辺で飲み直すか。」

「はい!」

僕達は店を出た。




 僕等が居酒屋を出た時、時計の針は11時を過ぎていた。

今日の勲さんは、よく飲んだ。元々酒好きではあるが‥‥量もピッチもいつものそれを遥かに上回っていた。

店を出る頃には、さすがに足元もおぼつかない状態だった。

そんな勲さんを、僕はタクシーで自宅へ送り届けた。

車中の勲さんは、時折目を閉じたまま「‥よかった‥よかった‥」と繰り返し寝言のような言葉を漏らしていた。その言葉が、僕に何とも言えない安堵感を与えた。同時に勲さんへの感謝の気持ちで、涙がこみ上げてきた‥。


 事前に連絡しておいた事もあって、到着した僕達を敦子が迎えてくれた。

2人で勲さんを奥の部屋に運んだ後、事務所のソファに腰掛け一休みしていた僕に、敦子がお茶を入れてくれた。

「良かったわね。」

「ああ、本当に良かった‥。勲さんのお陰だよ。」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいわ。元々私のせいで、直君をこんな目に合わせちゃったんだから‥‥」

「そんな事言わないでくれよ。敦子のせいなんかじゃないさ。」

「ありがとう。」

「ハハハッ‥」

「フフフッ‥」

僕は傍らの彼女を引き寄せ、軽くキスをした。

久々に訪れた‥‥心からの幸福感だった。

 ふと見ると、テーブルの上‥僕の眼下に不動産物件の管理ファイルと物件情報チラシが置かれているのに気づいた。

「あっ、これお父さんに頼まれて整理してたの。」

僕の目線がそれを捉えた事に気づいた彼女が言った。

「お父さんね、自分が所有している不動産物件もいくつか持っていてね、それについては相手を見て賃貸案内をしてるんだって。」

「ふ~ん、管理だけじゃなく、自前の物件も持ってるなんて‥勲さんは、やっぱりたいしたもんだな~。」

僕は感心した‥‥が、その時、置かれている1枚のチラシに目がとまった。

「あっちゃん、これは?」

「あっ、その部屋は最近空いたらしいのよね。」

「最近空いた‥‥。」

 近隣相場より、随分安い賃料が設定されているその物件の住所に、僕は覚えがあった。

前に聴取を受けた際に、松上から聞いた被害者の住所が、確かこんな住所だった気がするのだ。

「どうかしたの?」

「いや、安いな~と思って。」

言葉とは、別の事を僕は考えていた。

そして、考えた結果、僕の頭の中に1つの仮説が生まれた。


 勲さんは備えていた。

自分達に何かが襲いかかっても、それに対抗出来るだけの備えをしていた。今回の件でも‥‥勲さんは様々な相手の弱みを用意していた。それらはどうやって入手されたのか?

 勲さんは、自身の賃貸住宅を安価で特別な相手にだけ案内しているのではないか?

その特別な相手とは、警察官、教師、ジャーナリスト、将来有望な学生等々など、権力者や情報への精通者といった各々が何らかの有用性を備えている人達ではないのか?

そして、それらの人達が住む事になるその部屋には‥‥盗聴器が仕掛けられているのではないか?


勿論、全て仮説であり、証拠など何1つない。

だが、この仮説通りだったなら、今回のあの音声を勲さんが所持していた事も含めて、全て納得がいくのだ。

ただし、僕はこの仮説を勲さんに問いかけて見ようとは思わなかった。僕が助けられた事実だけを受け入れ、考える事を止める事にした‥。


「気に入ったんなら、この部屋に住む?」

「いや、それはいいや‥。」

何も知らない彼女の提案を、僕はやんわりと断った。




 真犯人が自首をしたのは、その翌々日だった。

その人物は、僕と勲さんが推察したとおりの人物だった。




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