連れて来た者
「いや~、お早い退社ですねぇ。」
柏木が軽口を叩いて、僕を迎えた。
「ええ、おかげさまで。何か御用ですか?」
半ば意図的に、僕は不愉快だという物言いをした。
「まあまあ、そう露骨に嫌悪感を見せないで下さいな。柏木、お前も失礼な事を言うんじゃない。そんな言い方をして、渡辺さんに録音されたら、どうするんだ。」
「あっ、そうでした。録音されちゃうんでしたね。」
「‥ったく。」
相変わらず、松上の奴は、物腰は低いが嫌な所をついて話してくる。
「いえね、ちょっとお聞きしたい事が出てきましてね‥。」
「それって任意のやつですか?」
「まあ、そうですね。」
「だったら別の機会にして貰えませんか?これから人と会う約束があるんで‥。」
「これから?お仕事の関係ですか?」
「いえ。」
つい、正直に答えてしまった‥。
松上の肩口がピクリと僅かに反応した気がした。
「だったら、その方との用が済むのを待ってますよ。」
「どの位かかるか判りませんよ。」
「構いません。正直、どなたにお会いになるのかも少々興味ありますしね‥。」
僕にはなんとなく直感していた。今日のこの男に引き下がる気など毛頭ない事を。恐らくは、何らかの切り札も用意されているであろうという事も‥。
「わかりました。だったら好きにして下さい。」
「御協力感謝します。」
例の談話喫茶があるのは、電車で2駅の駅前商店街だった。
地下にある店舗入口へ向かう階段の手前で、松上達とは別れた。
「では、我々は向いのファーストフード店にいますので、用が済んだら声を掛けて下さいな。ああ、急がなくていいですからね。いつまででも待ってますから。」
「わかりました。では、あとで。」
店内に入店し、僕はいったん奴らから解放された。
約束の18時半には、まだ10分程早かった。
予約してあった個室の席に収まると、僕はすぐに勲さんにメールを打った。
『例の刑事2人が、店の向かいのファーストフード店に待機しています。お気をつけ下さい。』
個室に一人‥‥、防音が行き届いている室内の静寂とは裏腹に、僕の頭の中では、騒々しく自問自答が繰り返し行われていた。
勿論、テーマは招かれざる客への対処法だ。
どうする?
勲さんとの話が済んだら、裏口から店外に出てばっくれるか?
いや、後ろめたい事がないのにそんな事するのおかしいだろう。
じゃあ、どうする?
相手の質問に真っ向から対応してやりゃあいい。
大丈夫か?
相手がどんな武器を仕込んでるか分からないんだぞ。
お前にそんな緊急時対応力なんてあるのか?
じゃあ、どうする?
勲さんに相談してみたら?
勿論するさ。
それでも結局対応するのは、自分だろ。大丈夫か?
そんな事、分かってるっての!
コンッコンッ
いつの間にか18時半を過ぎていた。
どうやら勲さんが到着したようだ。
「お連れ様がお越しになりました。」
「失礼します。」
案内係の声に続いて、扉が開けられた。
「待ってましたよ。勲さ‥‥!?」
僕は、かけた言葉の行き場を途中で失ってしまった。
そこには、確かに勲さんがいた。
しかし、その後ろに連れ立つように2人の人物が立っていたのだ。
あろう事か、その2人とはファーストフード店にいるはずの松上と柏木だったのだ。
「勲さんっ、その2人は‥。」
「ああ、直樹もとっくに知った顔だろ。刑事の松上さんと柏木さんだ。」
「勿論知ってますよ。でも、何で‥‥」
(話が違うじゃないか。ファーストフード店で待っているって言ったくせに‥。騙しやがったな。)
当然にして、そう考えた僕に、思いがけない言葉が勲さんから掛けられた。
「いや~、直樹から2人の特徴は聞いていただろ。
店の前まで来たら、そのイメージの通りの2人が、向かいのファーストフードの窓際にいるじゃないか。
だから、せっかくだから俺が一緒に話しましょうって誘ったんだよ。」
予想外の事だった。
声を掛けて2人を店内に連れてきたのは、勲さんの方だったのだ。
「なんか、すいませんねえ。待っているって言ったのに。これじゃ、まるで僕等が渡辺さんを騙したみたいですよね。」
詫びる松上に、僕は苦笑いをするのが精一杯だった。