質疑する者
メニューーを見ると、ブレンドコーヒーが1杯1200円もする。
そんな個室型談話喫茶で、僕は遠藤健二を待っていた。
彼は、僕が会社に入社した当時の採用担当者だった。僕より9つ年上で、今は人事課長というポストを担っている。
コンッコンッ
ちょうど約束の18時を迎えた頃だった。
「お連れ様がお見えになりました。」
軽いノックと申し伝えに続いて、個室の扉が開いた。
着物姿の案内係の後ろに、明らかに不機嫌な表情を浮かべた遠藤が立っていた。
「失礼します。」
案内係が退出し、二人きりになった事を確認すると、遠藤が口を開いた。
「おまえ、こんな事をしてただで済むと思ってないだろうな。」
「そりゃあ、人事課長様をこちらの都合で呼び出させて頂いた訳ですからね。当然、しかるべき覚悟があっての事に決まってるじゃないですか。」
「‥‥覚悟‥‥ね。」
一応凄んで見せた遠藤も、こちらの覚悟を確認するとトーンを下げざるを得なかったようだ。
遠藤が、怒っているのは当然の事だった。彼にも当然会社から僕に関わらないように指示が出ている筈だ。そして、人事課長である彼は、自らの私生活にも細心の注意を払って生活している。弱点など、そうそうあるものではない。
そんな遠藤を呼び出すのに、僕は彼ではなく、彼の大切な者に対する攻撃をちらつかせたのだった。
遠藤には中学生の息子がいた。僕は彼に対して、その息子が映っているある動画の存在を告知していた。
「本当にそんなものがあるのか?」
「ええ。」
「だったら観せてみろよ。」
「そうですね。やはり、観ないと信じられないのは当然ですよね。‥‥どうぞ、こちらです。」
僕は、そう言ってスマホの動画画面を差し出した。
そこに映っていたのは、学生服を着た4人の少年だった。
そのうちの3人が1人の少年を囲んでいる。
「てめえ、ムカつくんだよっ!」
そう言って3人のうちの1人が、囲まれている子のみぞおちに前蹴りを放った。
お腹を押さえて座り込んだ少年に、3人は追い打ちの蹴りを入れていく‥。
「止めてよっ。」
少年の言葉に耳を貸さず、彼等の攻撃は続く。そして、最初に前蹴りを入れた少年の顔がズームでアップになった。
「もう、いいっ!止めろ!」
遠藤の制止を受けて、僕は動画の停止マークをタップした。
「言うまでもないとは思いますが、これって苛めですよね。」
遠藤は、それについての返事はしなかった。
だが、その代わりに言った。
「何が望みなんだ。」
理解は早い。
「僕の質問に、正直に回答してくれればいいんですよ。そうすれば、この動画の公開はしません。」
「削除はしないのか?」
「残念ですが‥。ただ、僕を裏切ったり、陥れたりしない限りは絶対に公開しないと約束します。」
「‥‥絶対なんだな。」
「ええ。」
「解った。‥‥で、聞きたい事にというのは何なんだ。」
遠藤は質問を受ける事を承諾した。
手元のスマホの画面を見ると19:00と表示されている。
遠藤が帰ってから15分が経っていた。
コンッコンッ
今日2度目のノックが、2人目の待ち人の到着を僕に悟らせた。
やって来たのは福本英治、今回の僕も参加していた大型物件販売推進プロジェクトチームの一員だった。
そして、こいつが例の案(会社の車に広告を貼り付け、それで現地に通う。)を提案した人物だった。
勲さんに言われて僕も解った。自分は予め用意された計画によって陥れられたのだと‥。つまり、あの日に起きた事に偶然などないのだと‥。
ならば何故あの日、僕は死体の第1発見者となったのか?
それはあの日、あの時間に会社の車を利用すべく、駐車場を訪れたからである。
そして、そうなった原因は福本がチーム内の会議で直前にあんな案を提案したからなのだ。
福本が席に着き、注文を済ませ、案内係が退席した。
「時間をかけるつもりはないから、悪いがさっさと質問させて貰うぞ。」
福本が体制を整えるのを待つ事もなく、僕は質問の告知をした。
「‥‥ああ。但し、約束は守ってくれよ。」
「勿論だ。」
「なら、いい。」
僕が知りたいのは、ただ1点だった。
あの案の提案を彼にさせたのが誰なのか?それだけだった‥。
コンッコンッ
今日3度目の待ち人の到着を知らせるノックがされた。
福本が帰ってから20分が経っていた。
「ようっ。」
案内係の後ろからその姿を現したのは、勲さんだった。