同居する者
「おう、直樹。どうした。」
勲さんは、食堂に入ってくるなり、奥のソファーに座っていた僕に気付き、声を掛けてきた。丁度入り口付近からは死角になっていた彼女の存在には気付かなかったようだ。
「あっ、勲さん。お客さんがお見えになってますよ。」
「はぁ?‥‥俺にお客さん?」
首をかしげ、こちらへ向かって近づいてきた勲さんの足が‥‥止まった。
「敦子!」
「おとう‥‥さん?」
二人のリアクションには明らかな違いがあった。そして、その違いが何を意味するのか、僕には何となく解った。
勲さんには、一目で目の前の彼女が自分の娘だという事が判っていた。それに対して、彼女は赤木勲という人物が自分の父親である事は知っているが、その容姿を知らない、若しくは覚えていないため‥その確認を行っているという感じだったのだ。
察するに、2人は訳ありの父娘なのだろう‥。
「じゃあ、僕はこれで‥。」
自分はここにいない方がいいと僕は思った。
「あっ、渡辺さん、本当にありがとう。助かったわ。」
お礼を言う彼女に、笑顔を作って頷いて見せた後、僕は食堂を後にした。
後で解った事だが、勲さんには、学生時代付き合っていた彼女との間に出来た子供がいた。‥その子供が敦子さんだった。
然しながら、当時、学生同士の結婚に強く反対した相手の両親は、勲さんと自分の娘の結婚を断固として許さなかった。
そして、勲さんから娘を引き離したうえで、その子供である敦子さんを自分達の養子として育てる事にしたのだった。
その後、敦子さんの実の母親は、別の男性と結婚した。今では子供も生まれ、新しい家庭を築いている。
そんな敦子さんにも、23歳を過ぎた頃に転機が訪れた。
まず養父が‥そして2年後に、養母が亡くなったのだ。
亡くなる前に、養母は敦子さんに本当の父親の事、その人物には娘と会う事を許さなかった事、その人物から毎月お金が送られて来ていた事を伝えたらしい。きっと、敦子さんが孤独な身の上になる事を案じたのだろう‥。
やがて49日が過ぎた時に下した彼女の決断、それが実の父親に会ってみるという事だったのだ。
彼女が実の父親に会うのは、これが初めてだった。
しかし、勲さんは実は何度も彼女に会いに行っていた。いや、正確に言えば、成長していく彼女の姿を定期的に見に行っていた。
この日、2人の間でどういった会話が交わされたのか、僕には解らない。ただ、結論として、2人は親子として一緒に暮らしていく事を決めたのだった。そして、その共同生活のスタートを2年後としたのだ。
僕が食堂を出て部屋に戻ってから、1時間半位が経っていた。
コンッ、コンッ
部屋のドアをノックしたのは、勲さんだった。
敦子さんを駅まで送り、戻ってきたところだったらしい。
「敦子が世話になったな。お礼を言っとくように頼まれたよ。」
「そんな‥、大した事してないですよ。」
「そうそう、あと、敦子がお前のメールアドレスを教えて欲しいって言って来たから、教えといたから。」
「はい?」
「それじゃ、お休みな。」
僕の反応に構わず、勲さんは自らの部屋に帰って行った。
思わぬ報告をされた僕は、その夜、なかなか寝付けなかった‥。
その翌日、彼女からメールが送られてきた。
『昨日は本当にありがとネ!お礼に食事でもご馳走させて貰いたいんだけど、今週の金曜の夜とかはどうですか?』
昨日の今日という事もあって、正直ちょっと驚いた。そして、彼女が行動派である事がよく分かった。
彼女が僕と会う目的は、純粋なお礼かもしれないし、父親の事を知人の僕から色々聞く為かもしれないし、もしかしたら異性としての僕に興味を抱いてくれたのかもしれない。
ただ、いずれにせよ、僕にとってはちょっと嬉しい誘いだった。
『大丈夫です!楽しみにしています!』
迷う事もなく、僕は彼女に返信メールを送った。
その金曜日をかわきりに、僕と敦子さんは定期的に会うようになっていった。当初の彼女の目的がなんであったのかは結局の所、判らない。ただ、会う回を重ねる毎に僕と彼女の仲は深まっていった。彼女の僕に対する呼び方も『渡辺さん』から、『直樹さん』、『直君』へと変わっていった。
勲さんが、彼女との共同生活を2年後にしたのには、勲さんなりの思惑があっての事だったと思う。
彼女と安心して生活していくための、土台造りにその2年間をかけて、様々な備えを施したに違いない。
2人が同居を始めて1年後、勲さんは今の不動産屋を開業した。敦子さんもそれまで勤めていた会社を辞めて、事務員として父をサポートする選択をした。
今や、敦子さんの彼氏となった僕にとって、そんな2人はかけがえのない身内のような存在だった。




