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通報者  作者: 末広新通
13/25

待っていた者

 「じゃあ、お休みなさい。気をつけてね。」

 家路につく僕を、敦子が見送ってくれた。走りだした僕の車が100メートル先の1つ目の交差点を右折するまで、バックミラー越しに彼女が手を振り続けているのが見える。僕より年上の彼女が可愛らしく、愛おしく感じられ、なんとなく後ろ髪を引かれる思いになる‥。


彼女と付き合い出して、もう3年になる‥。

初めて出会ったのは、4年前の11月だった。


 その日、比較的早い時間に僕は退社した。

(折角だから、帰ったらたまには部屋の片付けでもやるか‥。)などと考えながら歩いていた僕の視線の先‥‥、恐らくは寮の前の辺りに、彼女は立っていた。近づいて判ったのだが、正確に言えば寮の入り口の右端の壁に寄り掛かっていた。

赤いダウンジャケットにデニムパンツという出で立ちの彼女は、ピンクのニット帽と白いマフラーを纏い、右手をポケットに入れ、左手に持った携帯電話画面を見ながら身を屈めていた。11月にしては気温が低めの日で午後6時を回っているのだから、寒いに決まっている。

どれくらい前から居たのかは判らないが、彼女の佇まいは明らかに寮に帰ってくる誰かを待っているというものだった。

入り口前まで行くと、一瞬こちらに視線を送り、すぐにそれを手元の携帯電話画面に戻した。

やはり、寒いのだろう‥‥小刻みに体を振るわせて自家発電に努めている‥。

「あの、もしかして、この寮の誰かを待たれてます?」

僕は、彼女に声を掛けた。

恐らくは予期しなかったであろう見知らぬ男性からの声掛けに、彼女は驚き、反射的に後ずさりをした‥。

それでも、一応は待ち人の同僚だという認識はしていてくれていたようだ。小さな声ではあったが、一呼吸置いて、返事が返ってきた。

「‥赤木‥勲さんを待っています。」

待ち人の名前は、ちょっと意外な‥、だが自分がよく知る人物だった

「勲さんですか。だったら、まだ帰宅するのは1時間くらい後になりますよ。」

「‥そうなんですか。」

「良かったら、中でお待ちになったらどうですか?外は寒いですし‥。僕から管理人さんに話しますよ。」

「えっ‥、いいんですか?」

「任せて下さい。じゃあ、ちょっと待ってて下さいね。」

僕は、管理人室へ向かい、部屋の前のインターホンを押した。

「はい。」

すぐに部屋の奥から返事がして、直後に石橋さんが顔を出した。

「おや渡辺さん、どうしました?」

「すいません、実は友人が来てまして‥‥。食堂を利用させて貰いたいのですが‥。」

「ご友人‥ですか。」

石橋さんは、入り口の方に視線送った。

そのすぐ外に立っていた彼女が、笑顔で軽く会釈した。

その光景が石橋さんの目にどう映って、僕との関係をどう解釈されたのかは判らなかった‥‥が、

「‥判りました。食堂なら構いませんよ。」

結果、了解は得られた。

「助かります。」

僕は、彼女の方を向いて軽く手招きした。

中に入って来た彼女の足元に、玄関に用意されている来客用スリッパを差し出した後、僕は彼女に耳元で「僕の友人て事にしたんで‥」と伝えた。

スリッパに履き替えた彼女は「ありがとう。」と言った後、ニット帽をとり、ダウンジャケットを脱いだ。

帽子の中に押し込んでいたセミロングの髪が降ろされ、体のラインが浮き出るセーター姿になった事で、彼女の女性としてのアピール力が飛躍的に上がった。何より、明るい場所で見たその表情は僕にとって魅力的だった。

 管理人室の前まで行くと、彼女は石橋さんに笑顔でお辞儀をした。それから2人で廊下の突き当たり左手にある食堂兼リビングルームに向かった。その間ずっと彼女は体を僕に密着させていた。僕は『友人て事にした』と伝えたのだが、彼女は過剰に解釈したのかもしれない。ただ、僕にとっては少々嬉しい勘違いだった。


 部屋に入ると、右奥にあるソファーに僕と彼女は向かい合って腰を下ろした。

「あっ、まだ自己紹介してませんでしたね。渡辺といいます。」

「こちらこそ、赤木敦子‥です。」

(勲さんと同じ苗字‥‥ってことは‥)

僕の疑問を察したかのように、彼女は補足の言葉を付け加えてくれた。

「赤木勲は、‥‥私の父です‥。」

「勲さんの‥‥娘さんですか。」

もしかしたら‥‥とは思ったが、それでも僕には驚きだった。

「いや~、勲さんには、いつもお世話になってるんですよ。しかし驚きました。勲さんにこんな可愛い娘さんがいらしたなんて、知りませんでした。」

「可愛い?」

「ええ。」

「嬉しくないって言ったら嘘になるけど‥、恐らく私は渡辺さんより年上ですからね。」

「えっ‥‥、僕は23歳ですけど‥」

実年齢を申告する僕を、彼女はじっと見ていた。

その顔に笑顔は無く、口元を軽くへの字型にしていた。

「で、でも‥、やっぱり可愛いですよ。」

本心だったが、妙に言い訳っぽい感じになってしまった‥。

「いいわ。素直に褒め言葉として受け取っておくわ。」

「そうですよ。ポジティブに行きましょう!」

(やれやれ‥、魅力的な女性ではあるけど、結構勝ち気な性格なんだな‥。)それが、彼女に対する僕の第一印象だった。

「ここで待ってて下さい。服を着替えてきますんで。」

僕は彼女にそう言って、いったん自分の部屋に帰った。

スウェットに着替えたついでに、勲さんにメールを送っておいた。

『食堂にいるので、帰ったら寄って下さい。』

 食堂に戻った僕は、入り口脇にある自動販売機で缶コーヒー2本を買い、1本を彼女に差し出した。

「ありがとう。」

時間をおいた事で落ち着いたのか、素直なお礼だった‥。

「さっきは御免なさいね。親切にしてもらった渡辺さんに対して、私ったら本当に大人げなかったわ‥。」

「いえ、こちらこそ失礼しました。」

「ううん、渡辺さんは全く悪くないわ。いい歳の女のくせに‥恥ずかしいわ。」

「そんな‥。」

「ただ‥、私、コーヒーはブラック派なので、次回があったら宜しくね。」

「了解致しました。」

彼女は、自己主張をはっきりとする女性だった‥。世の中にはこういうタイプの女性が苦手な男性も多いだろう。しかし、僕はそうでは無かった。何より、注文をつけた際の彼女の笑顔は、僕に彼女の主張を受け入れさせるだけの十分な効果があった。

 僕の頭の中には、色々な質問が存在していた。

(彼女が勲さんの娘なら、なんで勲さんはずっと寮で独り暮らしをしているのだろう?)

(彼女と彼女の母親はどういう生活をしているのだろう?)

(今日、彼女がここに来た用件は何だろう?)

しかし、そんな野次馬根性丸出しの質問はしないでおいた。

僕らは傍らのテレビをつけて、その番組内容について話をしながら時間を潰した。

 そして、約40分後に勲さんは返ってきた。





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