第八話 モヤモヤ
季節はもう、春から夏へと移り替わろうとしている。
山の緑も日に日に濃くなって、新緑の季節。
新たに芽吹く命のように、あたしと先輩の恋も進展したらいいのに。
…そう思っていた、春。
ギラギラと照り付ける太陽のように、あたしも先輩と熱い恋がしたい。
…そう思っていた、春。
だけど、恋に敗れた春。
簡単に諦めのつかない恋なら、無理に諦めることない。
ずっと好きでいてもいい。
あの日の弥生の言葉が、あたしに勇気をくれる。
だけど、想うだけ、見つめるだけの恋は、決して相手に届くことはない。
伝えなければ伝わらない、あたしの気持ち。
どうしたらこの気持ちを、胸のモヤモヤを、先輩に伝えることができるだろう…?
前に踏み出す勇気を、弥生は教えてくれた。
「あたし、やっぱり陸上続けることにした」
真治と別れたことを、あたしに告白してから数日。
ずっと部活を休んで、真治と同じ陸上を続けるかどうかで悩んでいた弥生。
続ければ大会などで、出会ってしまう。
もしかしたら、隣には自分以外の女の子がいるかもしれない。
そういうのを見るくらいなら、陸上を辞めた方がいいのかも…と、弥生は悩んでいた。
ずっと難しい顔をしていた弥生だったけど、今日は笑顔。
その表情から、決意のようなものも感じられる。
「いいの?」
だけど、素直に喜べないあたしは問い返す。
彼女と一緒にいる所を目撃するのは、結構辛いから。
「うん。平気。
あたし、やっぱり走るの好きだから」
弥生は真治への想いを、走ることで忘れようとしているのかもしれない。
でなければ、走ることそのものが真治へのメッセージなのかもしれない。
自分が一番輝けるもので、もう大丈夫と、伝えたいのかもしれない。
真治と同じ陸上を続けること、それは、弥生が前に向かって歩き出そうとしている証だから。
「そっか。
…じゃあ、頑張ってね。」
あたしも、笑顔でそう答えた。
「うん。
今から、部活行ってくるね!」
カバンを手に、足取りも軽く弥生は教室を出て行く。
その後ろ姿を見つめて思う。
あたしには、何があるだろう?
夢中になれるもの。
「頑張って!!」
迷いを吹き飛ばして、走り出した弥生に向かって。
自分の心にも問い掛けるように、ひとり呟いた。
あたしも、うじうじ悩んでいてもしかたないんだよね。
――前に、進まなきゃ…。