第三話 ため息
はあ…。
と、思わずついたため息に、『幸せ逃げちゃうよ』と、言いながら、苦笑いを浮かべて弥生が近づいてきた。
窓際の自分の席で頬杖をついて、ため息ばかりのあたし。
あたしの視線の先の、一組の男女の姿を確認したであろう弥生が、『それでか』と短く呟いた。
「まあね。
自分でも諦め悪いなーって、思ってるんだけどさ」
弥生に視線を移して、言葉を返した。
ずっと想い続けていた、大好きな先輩には彼女ができていた。
そのことを知ったのは、入学して一週間経つか経たないかの頃。
中学時代は、サッカー部で活躍していた先輩だから、高校でもサッカー部に所属しているに違いないと、練習を見に行こうとして何気なく向かった玄関で、仲の良さそうな二人に出会ってしまった。
先輩の姿にあたしは思わず緊張して固まってしまったけれど、あたしの存在に気がつくはずもない先輩は、彼女に微笑みながら、彼女と手を取り合い玄関を後にした。
あの日、二人と鉢合わせてからというもの、あたしはため息ばかり。
一歩でもいい。
先輩に近づきたい。
そう願って受験したことさえ、後悔せずにはいられない。
また偶然、二人が一緒にいるところを目撃するのがイヤで、こうして二人が帰るのを確認してから下校するようになった。
中学時代は先輩と一緒にサッカー部に所属し、高校でもサッカー部に入部した、あたしと同じクラスの男子情報によると、先輩は部活を辞めてしまったみたい。
原因は、レギュラーの座を奪われそうになった三年生部員からの『嫌がらせ』。
その時に先輩を支えたのが、当時サッカー部のマネージャーをしていた彼女だったという。
先輩と彼女は一緒に部活を辞めて、今に至るそうだ。
高校生になったら、先輩が所属する部活のマネージャーになろうと決めていたのに…。
先輩と、あたしとを繋ぐ接点は何もなくなったに等しい。
仲良くなれるなんて不可能としか思えない。
はあ…。
また出たため息に、弥生が答えるように呟いた。
「…切ないね…」
夕焼けが眩しい教室は、余計にあたしを切ない気分にさせる。
先輩に好きな人がいるなんて、思いもしなかった。
その人と付き合ってるなんて、考えたこともなかった。
先輩と仲良くなれたら…。
先輩の隣にいられるんじゃないか…なんて。
夢見ていた自分がバカみたいに思えて、情けなくて泣けてくる。
窓辺を照らす夕日を見つめて、あたしも呟いた。
「切ないよね」
二人の姿は、小さくなって消えていった。