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第四話 食堂×談話①

 時間の経過とはかくも偉大な物である。

 約四十六億年前に地球が誕生し、およそ生物などが存在しうる場所ではない空間が何十億年もの時間を費やして生命が生息可能な空間を生み出した。

 八百万~五百万年にアフリカで生息していた猿人類が数百年の歳月を経て他の動物を寄せ付けない高度な知能を保持する人間となった。

 文明が生み出され、西暦という紀年法が作り出されてから二千年の間に人々の生活環境は激変した。

 特に第二次世界大戦終戦後の情報化社会としての日本の科学技術の発展など凄まじくまさしく日進月歩だ。 

 まぁこれまで偉そうに語って来たこと全部、日本史の授業で仕入れた知識でしかないのだけど、ともかく、僕が言いたいのは時というのはそれほど価値のある物だろうということだ。時は金なりなんて言葉があるけど、正にその通りだと思う。時は金と同じように貴重であるから浪費しないようにする戒めを意味する言葉だけど、似たようなものだ。僕としては前述したような変化をもたらす時の方がむしろ金よりも価値があるはずだと考えているほどだ。もっとも、最近では金を使って時間が買える、なんて摩訶不思議な表現も出回っているのだけど。

 そして僕が特に重要視していることがある。

 それは――時間が解決してくれる問題がこの世には多く存在する、ということだ。

 待てば海路の日和ありという諺が意味する様な運任せ、天任せな希望論ではない。

 現状の己が能力では達成不可能と思える難題も、長期間に渡り人々の身体に巣食う悪質な病気も、そしてまた一度壊れたり罅の入ってしまった人間関係も時間の経過と共に解決に向かうこともある。

 努力すれば絶対できる、などと嘯くつもりはない。しかし掲げた目標に取り組む意志的生活を継続させれば、その成果が実ることがあるのも、その可能性が飛躍的に高まるのも事実なのだ。

 前置きが長くなった。簡潔に言おう。

 ――僕は性急な解決が望ましくない問題もこの世には沢山あると思う。人間関係なら特に、だ。

「修樹、昼飯付き合いなさい」

「……」

 ――だというのに、ゆっくりと解決しようと思っていた弾道ミサイルレベルの大問題を決意してから半日で容赦なくぶちかまされた僕の気持ちを誰が理解できようか。

 この場所から逃げ出したいです、はい。

「……俺、向こうで食ってくるわ」

 僕の向かいで普段のぼけーとした態度からは想像が付かないほど迅速に手際よく逃走していく遼平。一緒に食堂で昼飯を食べようと持ってきていた弁当を片手に別の友人の元へと避難していく。僕も彼の行動に是非ともあやかりたいのだけど、眼前で満面の笑みを浮かべている清水さんの眼力によって金縛りをかけられてしまっている。……メデューサか、君は。

 昨日、推察できていない理由によって怒り心頭となっていたはずの清水さんが笑っているのなら一安心――と言いたいけど、残念ながら今の彼女の完璧過ぎる笑顔はそんな淡い期待を粉々に打ち砕いてくれる。どう考えても目が笑っていない。怒りが収まっていないのなら無理して話しかけてくることもなかろうに。

 そして、そんな清水さんの後ろで、こちらはまた対照的に恐ろしいまでの無表情になっている桜井さんが立っている。

 おそらく付き合って一緒に食べる相手というのは清水さんだけではなく桜井さんも含まれるのだろう。この状況から察するに。

 感情を押し殺した能面のような表情ですら清楚なイメージと合わさって悪くない見た目になるのだからさすが桜井さんと賞賛したくなるけど、嫌な相手と食事するのにそんな表情をする必要があるのなら話しかけてこなければいいのに、というのが素直な意見だ。

 何で僕は怒りを買っているであろう相手と、嫌われているであろう相手に昼飯を誘われているのだろう?

 当事者たる僕ですら彼女たちの真意を測れないのだから、傍観者が疑問に思うのは当然の事。清水さんと桜井さんという、このクラスでもそれなりに人気の高い二人が突然僕を昼食を誘う事態に、男子を中心としてさり気なく、しかしはっきりと視線が注がれている。

 逃げたい。呑気に昼飯を食べたい。

 しかしながら、このように注目を集める中、この二人を納得させられるであろうお断りの言葉は思いつかなかった。

「りょ、了解……」

 静寂に包まれた教室に、僕の囁くような声はよく響いた。



 昼食は食堂で頂くことになった。

 桜井さんは弁当を用意していたのだけど、僕と清水さんは食堂組だ。購買でパンやおにぎりを購入して教室に戻る選択肢も取れないことはなかったけど、この二人と一緒に食事を取るだけでも大変だろうに、そこにクラスメイトの興味と疑惑の視線がプラスされるのは御免だった。ストレスで胃に穴が空いてしまう。既に空きそうなのは否定できないけど。

 幸い、その提案自体は二人にあっさりと通った。彼女達もそのつもりだったようなので、弁当を作って来た桜井さんには手間なので申し訳ないけど食堂まで移動することに。

 互いが互いの動向に気を配っているかの如く、緊張の糸が張り巡らされた僕たち一行の道中は終始無言。一人で歩いている時よりも無音のように思えるほどだ。いつもは気にならない周りの話し声などに気を使っているからなのだろう。その理由は言わずもがな。

「はあ……」

 二人には聞こえない声量で溜息を付く。本当に、何故こんなことになったのだろうか。友好関係は広く、問題は起こさずに勉学に励むことをモットーに真面目に取り組んできたのだけど、どこで何を間違えたのやら。

 そうこうしている内に、中庭を経由して食堂へと到着。体感時間にすれば普段の倍の道のりだった。

 自然と早足になってしまっていた僕が先頭に、食堂の扉を開く。

 そして、教室ほどではないにしても注がれる視線の数々にもう一度溜息を吐きだしそうになるけど、こちらは胸中だけに留めておく。

 二学期に差し掛かる時期にもなれば、食堂にやって来るメンバーはだいたい固まる。また地元でもそこそこに新学校であるこの学校の学内食堂はお世辞にも広いとは言い難い。ぶっちゃけ、狭い。値段は安いけど味は普通であることから、大半の生徒は弁当を自前で用意しているのだ。そのため、食堂内に置かれているテーブルは誰が利用するか決まっているような暗黙の了解指定席まで存在するほどであり、食堂組の人間ならあまり顔を見せたことのない生徒は識別可能となる。

 ましてや今僕の後ろにいるのはあの桜井美沙樹さんだ。漫画やアニメのヒロインにありがちな『学園一の美少女』などと呼ばれているわけではないけど、それでも三年生、一年生の間でも『今年の春に転校してきた二年生の女子生徒は可愛いらしい』程度の情報は出回っており、事実、告白して桜井さんに撃墜された生徒の中には二年生以外もいたはずだ。

 そんな彼女が更に学年内ではそこそこ人気のある清水さんと同伴して、平凡の極地に君臨するであろう僕と一緒に食堂にやって来たのだ。訝しむ生徒がいるのは何ら不思議ではない。何故なら、当の本人である僕も不思議に思っているのだ。うーむ、誰か答えを知っているなら教えて欲しい。

「あそこでいいんじゃない」

「ん? ……あ、あぁ、そうだね」

 突然背後から清水さんに声を投げかけられて理解が遅れる。座る場所について言っているのだと分かり同意の言葉で返事をする。彼女と僕の目線の先には丁度空席の四つ掛け長テーブルがあった。

「美沙樹、席取っといて」

「あ、はい」

「それと、そのカチカチの表情何とかしときなさいよ。……行くわよ、修樹」

「うっ……わ、分かってますよぅ」

 二人が会話し終え、清水さんに引っ張られる形で売り場へと移動する。座席確保を依頼された桜井さんは頬をむにむにと触りながら着席している。無表情で妙に可愛らしい動きを取っているからか、漠然とシュールな光景だ。

 そういえば桜井さんは男子だけではなく女子が相手でも敬語で話すのだっけ、などと考えながらメニューを眺め、日替わり定食に決定。清水さんも定食のようで同じ注文窓口で働き手のおばちゃんに頼む。

 二人並んで待つ間、僕から話しかける。できれば桜井さんがいない場所で清水さんと話をしたい所だったのだ。

「ねぇ、清水さん」

「どうしたのよ?」

「いや、どうしたの、と質問したいのは僕の方なんだけど。何で昨日怒ってた君が、よりにもよって僕を嫌ってるはずの桜井さんと一緒に僕を昼飯に誘ってるの? 新手の嫌がらせなら是非とも誠意ある謝罪をしたい所なんだけど……」

 昼休み開始直後から気になり続けていた質問をすると、彼女は目を泳がせた。

「あー、別にあたしは修樹に怒ってたんじゃなくて……それにまぁ、あの子にも色々と理由があるのよ、理由が。嫌がらせじゃないから安心して」

「……どんな複雑な理由があれば嫌いな相手と食事をすることになるんだ……?」

「あー……それなんだけどね、修樹」

 僕の追及に、彼女は言いにくそうにしながらも視線を正面に戻した。彼女と視線が交錯し、それだけで本気の具合が伺える。

 困惑に満ちた表情を抑え込み、僕も真剣な眼差しをもって向き合う。

 僕が静聴する意思を見せたことで、彼女が口を開いた。

「美沙樹はね、凄く馬鹿なの」

「申し訳ない。話が飛んでないか?」

 僕の誠意を返してほしい。なにを真面目な表情で今日一番不真面目な話題を提供しているんだ。

「ううん。馬鹿なんて言葉じゃ足りないとあたしは昨日理解したわ」

 僕の突っ込みを軽く無視して何やら一人納得した様子でうんうんと頷きながら続けている。激しく突っ込みたくなった。

「桜井さんも清水さんにだけは言われたくないと思うよ。去年の三学期末試験で土下座する勢いで僕に助けを請うてきたのはどこの誰だったっけ?」

「そ、その節は大変助かったわよ。さすが学年でいつも五位圏内に入ってるだけあるわよね、あれだけ点取れたの初めてだった。……頭が良い人って教えるのは下手って言うけど修樹の説明は分かりやすかったわ」

「この学力の差は単純に努力してる時間の差だよ。こんな学校に、他人に教えることができないほど天才肌の生徒なんていないと思う。僕、帰宅部だから勉強する時間はあるしね」

「嫌味になりそうなことを、嫌味にならない顔で言うわよね、アンタって。……話が逸れてるわ。えっとね、美沙樹のお馬鹿加減は学力とは関係ない部分よ。ちょっとだけ突拍子もない奇抜な、他人が想像もできないような考え方をするだけなんだけど」

「どこがちょっとなんだ」

 突拍子もない、奇抜、他人が想像できないの三連コンボにちょっとを添えても説得力が弱いことこの上ない。

「もうっ、一々突っ込み入れないでくれる? 話が進まないでしょ」

「……オーケー」

 突っ込みを入れたくなるような発言をした張本人から呆れたように指示されるのは不本意極まりないけど、話が進まないという点には同意できた。仕方なく、無言で彼女の話の続きを待つ。

 しばらくして彼女はポツポツと言葉を紡いだ。

「美沙樹のあの告白は彼女なりの考えがあっての事なんだけど……ちょっと色々と考えすぎただけで、別にアンタの事、本気でそう思ってるわけじゃないから」

「そっか……」

 そう思っているの『そう』がどのような感情か、聞かずとも察せられる。

「えーと、その……ろくに話したこともないアンタに察しろなんて無理は言えないけど、美沙樹はいい子だから。少し変わってるけど、明るくて優しくて……。男子が思ってるような性格じゃないけど、そこも含めて絶対に他人を不快にさせる事なんてないし、アンタも話せばきっと分かると思うから、できれば仲良くしてほしいなぁ、なんて、思ったり、しなかったり」

 あはは、と乾いた笑い声を出している彼女の視線があからさまに僕から逸らされているのはきっと先ほどまでとは別種の感情を抱いているからだろう。彼女の頬が朱に染まっているのは気のせいではないはずだ。昨日から思っていたことだけど、やはり友達思いな人だ。

「あぁーもぅ! 何かスッゴイ恥ずかしいじゃないの! 何か話してよぉ!」

 と、微笑ましい視線を浴びせていると、沈黙に耐え切れなくなったのか、清水さんが僕に向けて理不尽な怒りを向けてくる。

「指摘を入れれば黙っておけと言い、無言で聞き届けたら話題を提供しろとは都合が良すぎやしない……?」

 なんて口からは呆れ声で返事をしつつも、彼女の発言が純粋な善意から出てきたものであるのだろうし、一昨日から僕を悩ませ続けていた問題が多少なりとも解決したのだ。僕も真面目な返事で応えるとしよう。

「まぁ、清水さんの言いたいことは理解したよ。桜井さんの方にどのような意図があるのかは分からないけど、僕なりに善処するね」

「……アリガト」

「感謝されることでもないって。僕だってクラスメイトと仲良くなれるならそれに越したことはないからね」

 だからこの話はこれで終わりだ、と僕が告げると同時に、カウンターに二人分の定食が並べられる。

 狙っていたかのようなタイミングに感謝する。僕も清水さんも色々と気まずくなってしまっていたので、この空気を壊す目的も兼ねて移動したかった。

 配膳トレイを両手で持って、僕は清水さんの後ろを歩く。

 その時、僕はあることを考えていた。

 ――理解できたのは、清水さんの言ったことだけだった。

 清水さんが嘘を付いているなどと疑ってはいない。そしてまぁ……これは告白された時に僕も思っていたことだけど、桜井さんが本気で僕を嫌っているのは不思議だったのだ。桜井さんとの付き合いが皆無だった僕の自己完結的予想より、半年間友人として接してきた彼女の言葉の方が説得力がある。色々と考えた結果、告白してきたのも、清水さんの言う通りなのかもしれない。いや、その通りなのだろう。

 なら、桜井さんはどんな考えから僕にあのような告白しようと思ったのだろうか?

 無論、この疑問は清水さんに向けるべきものではない。彼女が『色々と考えて』と言葉を濁したのは答えられない意思を暗に示していたのであろうし、こんなことを本人以外に訊ねるのは失礼だ。紛いなりにも告白は面と向かってされたのだ。こちらも直接話すのが礼儀というものだ。

 また気を伺って訊ねてみるかなどと考えながらも――そんなことをしなくてもいいのではないか、と卑怯なことを考えている自分がいることに気付いていた。

 ――まったく嫌になる。

 

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