第三話 暴走少女
大変です。
「どーいうこっちゃ――――ッ!!」
もう一度言います。私――桜井美沙樹は今もの凄く大変です。
「ど、どうしたんですか、朱里ちゃん? そんなに荒ぶってはせっかくの可愛い顔が台無しですよ?」
一瞬の事でした。
先ほどまで私は昨日の完璧な告白の達成感からか、頬が緩むのを我慢するために表情筋に全神経を集中させて雲の動きを追うことで何とかニヤケ顔を晒すことなく昼休みを過ごしていました。
曇って綿菓子に似ているなぁ、綿菓子は意外と好きで昔はモフモフと食べていたなぁ、でもお祭りに行くと決まって迷子になるので大変だったなぁ、などと古き良き時代を振り返っていた私はきっと誰からも怪しまれない態度を演じ切れていたはずです。
そんな私を、突如教室へと戻って来た朱里ちゃんが引っ張り上げたのです。
私と朱里ちゃんは転校してすぐに友達になっていますし、親友、といっていい間柄のはず。だというのに私を屋上まで強制連行する時の朱里ちゃんの顔はちょっと言い方を考えても、あまりお見せできない形相でした。は、初めて朱里ちゃんの顔を見て怖いと思ってしまいました。何か機嫌を損ねることをしたのかと、猛省している間に教室から連れ出された私を誰が責められましょうか。
何も言わずに成すがまま屋上まで連行された私の目の前で今もまだ朱里ちゃんが荒ぶっている、という有様なのです。
ほ、本当にどうしたのでしょうか……?
「アンタに可愛いなんて言われても嫌味にしか聞こえないわよ! 転校初日から何人に告白されてんのよ!」
「十五人ほど、でしょうか……?」
自分に自信の持てない私からすれば全くもって不思議な話なのですが、今言った通り、何人かの心広いお方に告白されたことがあります。それも転校して直ぐに多くの人から手紙を貰ったせいで人数が覚えられないほどでした。せっかく勇気を振り絞って告白して頂いたのに申し訳ない限りです……。
で、でも返事には精いっぱいの誠意をもって答えたつもりなのですっ。ごめんなさいの謝罪から始まり、何故あなたとは付き合えないか真心を込めて丁重に説明しました。……そうすると告白してくれた男子生徒は途中で空を見上げていらしたのですが、あれは何だったのでしょうか? 訊ねても「上を向いていたら零れないものがあるんだ」とよく分からない返事のみで、未だに真意はつかめておりません。……何かの謎々でしょうか?
「月に二人ペース!? あまり詳しく聞いてなかったけど、どんだけよ!? まぁ恋する乙女オーラ全開のアンタはそりゃ可愛いわよ! 同性から見て嫉妬するのが馬鹿らしくなるくらいよ! ふざけんなっ!」
「あ、ありがとうございます……?」
褒められているのか怒られているのか微妙ですが、可愛いと褒められればたとえお世辞でも嬉しいですね。
問題なのはなぜか私が里見くんにそういう感情を向けていることが既に大多数の女子に隠せていないことでしょうか。自分では天才子役も裸足で逃げ出す演技力を駆使していたはずなのですが、朱里ちゃんには、
「ええぇっ!? 隠す気あったの、あれで? うそでしょ? 嘘だと言ってくれた方が安心するわー」
などと素で驚かれてしまい、ショックのあまり寝込んでしまうほどでした。まぁ、そのおかげで協力してもらえ、無事に告白を成功させられたのですが……って、あっ!
「そ、そうです! 実は朱里ちゃんに報告することがあって……! 昨日、無事に里見くんに告白できたんです!」
「どこが無事にだ――っ!」
「ひゃうっ!?」
立ち上がり吠える朱里ちゃんに、反射的に頭を庇う体制になってしまう私。
「可愛らしい悲鳴を上げたって無駄よ! 今日という今日は行ってやらないと気が済まないわ! ……どこの誰が好きな人に嫌いなんて告白するのよ――っ!!」
ぜーはー、ぜーはー、と大声で叫びまくった朱里ちゃんが息を荒くしています。
運動音痴な私と違いテニス部で鍛えている彼女の肺活量には驚くしかありません。ちょっと耳がキンキンするほどの声量でした。
呆然と朱里ちゃんを見つめていると、呼気を整えた彼女が座りなおして私を鋭い視線で貫きました。
「話しなさい。何をどう間違ってそんな告白をしたのか、全部」
「わ、分かりました」
元々朱里ちゃんには色々と協力してもらった恩があったので黙っておくつもりなどなかったのですけどぉ……それに間違ってなどないですよぉ……と内心で反論しつつ(怖くて本人に言い返せませんでした)説明を開始。
「朱里ちゃんに言われて告白を決心した私は夏休みの間にどうやって告白をすればいいのか考えました」
夏休み前に二人で喫茶店に行った時のことです。巧妙な誘導に引っかかってしまった私を朱里ちゃんと里見くんに気持ちを伝えることを約束してしまったのです。
「そうね。まずそこからよね。てっきり恥ずかしがり屋のアンタは夏休みにどこかで約束でもしてこっそり告白するつもりだなんて考えたあたしも浅はかだったのよね……。どこに二か月もかけて告白の準備をする奴がいるのよねぇ……」
遠い目をする朱里ちゃん。
何やら失礼なことを言われている気がしますが、昼休みもあまり時間が残されていないため脱線することなく話を続けます。
「告白なんて初めてで必ず成功させたかった一世一代のプロジェクトのため私は頑張りました。まず初めに参考資料を集めましたね。事前準備は大切ですから、本屋に行きました」
「……そこまでは普通ね。ちょっと真面目過ぎる気がするけど」
「慣れない種類の本を買う必要があったので沢山ある本のどれにすればいいのか混乱して目を回した私は取り敢えず、気になった本を全部購入することにしました」
あれがきっと大人買い、というものなのでしょう。店員さんも驚きで目を見開いていました。書店で一万円近くも使ったのはあまり裕福ではないお財布事情のため苦しかったのですが、背に腹は代えられませんでした。
「最初に目についた恋愛指南書のハウツー本に告白をメインテーマとした短編集も参考に一、二冊、それと相性占い本など色々と……」
「うわ、告白するために本気でそういうの買う人初めて見たわ。で、結果はどうだったの? ……ごめん、アンタのその表情を見てから言うべきだったわ。ドンマイ」
「そんな表情に出てますか?」
もにもに、と頬を触りながら確認すると、彼女は大きく首を横に振りました。
「ううん、アホな告白をやり切ったくせにドヤ顔のアンタがちゃんと参考にできたはずがないわよね」
「し、失礼ですね!」
とはいえ、あまり役に立たなかったので、せめて他の人に活用してほしいとの願いを込めてそれらの本を馴染みの古本屋に売りに行った身としては強く言えません。……親しくしてくださっている古本屋のおばちゃんに本を渡した時の表情がとても印象的でした。ちょっと気まずくて、それ以来古本屋には行けず仕舞いです。
あまり話を伸ばすのも鋭い朱里ちゃんを前にすると得策ではないと判断した私は少し強引にですが話を進めます。
「グーグルさんにもお手伝いを願ったのですが、目立った収穫がありませんでした」
「そうね。普通の人向けの本や全国共通で利用されてるグーグルさんを見てもアンタには理解できないわよね。それと、グーグルもって言ってる時点でさっきのあたしの言葉は合ってるって事認めてるからね」
「す、すこぶる失礼です、朱里ちゃん! それにちゃんと役立つ情報を得られたんですから!」
「へー、ふーん、ほー」
冷たくあしらう彼女に反論しますが、事実何もピンとこなかった私の反論は意味などないでしょう。朱里ちゃんの表情も勝ち誇ったままです。
しかし、天に見放された私にも救いの手が差し伸べられたのです。
ふふん、と私も自慢げに笑みを浮かべてやります。
「まったく信じてないですね? でも本当なんですから。夏休み中に見たドラマの事です」
「あれ? 美沙樹ってあんまりテレビ見ないって言ってなかった?」
「家族で食事中に見ていたんです。だから、本当に偶然だったんです」
食事中にテレビを見る事自体が稀なので、あれこそ真に運命の出会いなのでしょう。
「途中からしか見ていなかったので話の方は詳しく理解できなかったのですけど、主人公が自堕落な生活を送っていて、その男の人とお嬢様が口論をしている場面でした」
「ああ、それもしかして月9のドラマじゃないの?」
「あっ、はい。多分それです。その中で主人公が凄い勢いでお嬢様に罵倒されるシーンがあったんです」
その時脳裏に焼き付けた映像を思い出しながら続けます。
「その時に主人公がお嬢様に『お前は俺の事嫌いなのか?』って尋ねる描写がありました」
「最終回のラストじゃない。そんな場面から観始めるって……」
「だから偶然テレビを付けたら始まっていたって言ったじゃないですか。……その返事のお嬢様が『好きの反対は無関心なのよ。嫌いになってるだけ感謝しなさい』って言って不敵な笑みを浮かべていました。それを見て、ある重大なことに気付いたんです」
「重大なこと……?」
不思議そうに首を傾げている朱里ちゃんに私は哲学者にでもなったかのような気分で自説を説きます。
「自慢ではありませんけど、私は全然男子生徒と喋ったことがありません」
「そうね。本当はただ挙動不審になるのを避けるために男子と距離を取ってるだけなのに、なんか知らないけど大和撫子だとかクールビューティーだとか盛大に勘違いされてるわね。マジスゲーわ、アンタ」
「それは里見くんにしても同じです」
「そうよね。修樹が近づいて来ただけで逃げてたアンタが会話する機会なんて得られるはずもないわよね。あの足の速さを体育で役立てればとずっと思ってたわ、あたし」
「よく考えてみれば、私と里見くんの接点は皆無。だとすると彼の私への感情はきっと無関心が一番近いです。そんな状態で告白しても成功するはずもないですよね!」
「…………そうだったわねぇ。美沙樹の迷想っぷりはあたしが一番理解してたのに放置したからこんなことになったのよね。何となく言いたいことが分かっちゃうあたしもアンタに汚染されてるのかなぁ……」
何か悟った様子で瞳から光を消してしまう朱里ちゃんに、私は一気に捲し立てました。
「だからまずは嫌われてしまえばあとは下がらずに好感度は上がる一方! それに告白されれば無関心でいるということもあり得ません! どうですか!? 私が夏休みの充実した時間を使用して考え抜いた完璧な恋愛戦術は!? これでもう暴走少女なんて不本意極まるあだ名は撤回していただき――」
「こんの……おバカ暴走少女が――――ッ!!!」
彼女の怒声は屋上から学校中に響き渡りました。




