神様の存在
第十一章 神様の存在
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『私は作られた人間。私は人を殺すためだけにこの世界に産まれてきた』
どこからともなくそんな 声が聞こえてきた。
「ここは、どこ?」
私が目を開きそう言うと、そこは何もない暗闇の世界。あたりをずっと見渡してみるが、どこに行っても暗闇が続いている。
そんなところに私は気が付くと一人立っていた。
『私は感情など持ってはいけない、ただの人殺しの機械。だから笑ったり泣いたりする感情は持落ち合わせてはいけなかった』
またそんな声が聞こえてきた。
「あなたはいったい誰なの?誰が私に呼びかけるの?」
私はそんな暗闇に疑問を問いかけてみる。
『でも、あなたは違った・・・』
それは私の背後から聞こえた。私が慌てて振り返ると、そこには幼い少女の姿があった。白いワンピースに麦わら帽子をかぶるその少女は、動揺した私を見ながらかすかに笑う。
『あなたはその決まりを打ち破ってしまった 』
その少女は口を開いてそう言う。私は目の前に立つ少女を見たことがあった。
それは
「あなたは、幼いころの私?」
私がそう言うと、少女はにこりとまた笑う。
『私はあなた、でも違う。本当のあなたが私なの』
少女がそう言い終わった瞬間、あたりの暗闇だった光景が一瞬のうちに変わる。それは夕暮れの平和そうなどこかの民家が立ち並ぶ一本道の坂道だった。その風景は私と少女を包み込む。
「早くしなさ~い!置いていくわよ~!」
私のすぐ後ろの上り坂の上で女の人がそう言った。
「待って!お母さん!」
少女はそう言うと、表情が急に無邪気になり、麦わら帽子を手で押さえながらお母さんと呼んだその女の人の方向へと走っていく。私はそんな光景を目で追うことしかできなかった。
少女が坂を上りきると、自分のもとに走ってきた女の人は、少女をギュッと抱きしめた。
暖かな幸せな光景。そんなことをふと考える私。
「今日はどんなことをして遊んだんだ?」
そう言ったのはお母さんと呼ばれた人の横に立つ男の人だった。
「えーとねお父さん、今日は皆とかくれんぼをしていたの!」
どうやらこの男の人がお父さんらしい。少女は無邪気にそう答えると男の人は「そうか、そうか」と言ってうなずいた。
「さあ、帰ろうか・・・」
「うん!」
少女は父の問いかけに答えると、三人が手をつなぎながら夕日の方へと歩みだした。
「待って!」
私はとっさにそう叫ぶと、どこからともなく強い風が吹き、その風は少女がかぶる麦わら帽子を簡単にさらってしまう。
「あ、私の帽子!」
少女はそう叫び父親と母親の手を離すと、その吹き飛ばされる帽子に手を伸ばそうとするが、届かない。
風でさらわれた麦わら帽子は、私のすぐ後ろまで飛んでいき、音もなく落ちてしまった。そして坂の上にいた三人は姿を消し、またあたりが暗闇へと戻ってしまった。
残ったのは私のもとへと飛ばされたこの帽子だけ。
私は複雑な思いをしながらその帽子に手を伸ばそうとすると、そこには私以外にもう一つだけ手があった。
「え?」
私は思わず口にだすと、その手は迷わず帽子を取った。
「はい、これ、お姉ちゃんのでしょ?」
どこか聞き覚えのある声が聞こえる。目線を手から帽子からどんどん上にあげていくとそこには無邪気に、帽子を渡そうとするトウヤの姿があった。
私が帽子をトウヤから受け取るとまた周りの風景が変わる。
そこはトウヤと初めて会ったあの高い建物が並ぶ街の路地裏だ。青空がまぶしく、そこから太陽の光が差し込んでくる。
「なんで、トウヤがここにいるの?」
私は驚きを抑えられないというようにトウヤに問いかける。
「おねえちゃんが、僕のことを呼んだからだよ!」
「私、トウヤのことを呼んだ?」
「うん、心の中でね」
そうなのかな?私トウヤのことを心の中で呼んだのかな?
「トウヤ君・・・私、トウヤに言わなければいけないことがあるの」
「何?おねえちゃん」
「私ね、トウヤと会えて、友達になれて本当に良かったと思っているんだよ。あんな嘘までついて、卑怯なのは分かっているんだけど、ずっと友達でいるっていう約束も破ってしまったけれども、私が最初の最後の友達が、トウヤで本当に良かったと思っているんだよ」
私は胸に手を押し当てると、少し涙をこらえながら言った。
「僕もだよ、お姉ちゃんみたいな友達を持って幸せだったよ」
そうトウヤが言った瞬間だった。周りの風景が暗闇に戻ったと思うと私の体から小さな光を放ち空へと上がっていくのが分かった。そして私の足の先からだんだん消えだす。
「え、なに?」
私は消えていく体を見ながらそう言う。
「お姉ちゃんはね、もうすぐ向こうに行っちゃうんだ。でも何も心配しなくってもいいんだよ。終わりが来ただけだから」
「私、もうトウヤとは会えないの?」
抑えていた感情がまたふつふつとよみがえってきた。それは悲しいという感情。
「うん」
トウヤは涙を抑えられないという私の姿を見てただうなずく。
「もう、トウヤと一緒に、話したり、笑い合ったりできないの?」
「うん」
「そんなの、嫌だよ!せっかくトウヤと友達になれたのに・・・。そんなの嫌だよ!」
とうとう我慢が出来なくなってしまって私は、両目を手でこすって泣き出した。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。僕も、もう少ししたらそっちに行くから」
泣いていて声がうまく出ない。こんなにもまだトウヤに伝えたいことがいっぱいあるのに。
「お姉ちゃん、また会えるんだよ。それがいつになるか分らないけど」
私は何も答えることができなかった。うんと言ってうなずくが、その声も涙ぐんでいてくぐもっていた。
「だからそんなに泣かないで。その時は、今度はいっぱい、いっぱい一緒に遊ぼうね!」
私は顔を上げてトウヤを見るとその顔はさっきと変わらない笑顔だった。
「ねぇ、おねえちゃん。その時はまた、僕と友達になってくれないかな?」
トウヤはそう言うと私の前に手を差し出す。
「うん!」
今度ははっきりと答えることができた。私の本当の気持ちを。
そして私は、その差し出した手を握った。
「約束だよ」
トウヤがそう言うと私は精一杯の笑顔で
「うん、約束・・・」
と言うと、私の体はとうとう光の粒となりこの空間にまいあがり消えて行ってしまった。
私は神様の存在を信じてみたくなった。こんな素敵な出会いを私なんかに与えてくれたそんな神様を・・・。そしてまたトウヤと会えることを信じたい。
そう私は心の底から願った。