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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第一章『師弟』
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し、静まれ......俺の腕よ......怒りを静めろ!!

 俺がこの世界に来てから二年が経過したと思う。

 エヴラールと出会い、修行をし、レイノルズでカイに出会った。

 冒険者となり、レイノルズを出て、ヴェゼヴォル大陸へと渡り、アルフに出会い、魔術の修行を重ねた。


 最初は順調だった。

 焦ること無くゆっくりと旅を楽しんでいた。

 だが、最近になって問題が発生した。


 俺は一年の実戦経験を積み、エヴラールとの修行も重ね、剣術三流派の五段を完璧にモノにした。

 しかし、五段をモノにして以降、俺の剣術の成長が止まったのだ。

 更に一年も修行を続けていたというのに、五段から六段へ上がれない。


 六段は基本的に、今まで覚えた技の最終型、集約形だ。

 俺は一段から五段まではマスターしているのに、六段まで上がれない。

 雷霆六段は強撃に全てを掛けたもの、烈風六段は速撃に、碧水六段は防御に全てを掛けたものだ。


 エヴラールが考えるには三つの理由があるそうだ。

 一、身体がまだ完全に出来上がっていないから。

 二、三つ使えるが故に、一つのものに全てを掛ける事が出来ない。

 三、単純に経験と練習不足。


 理由を聞いてから納得はしている。

 一つ目、俺の精神はもう大人だが、身体はまだ七歳だ。

 無理な運動を身体に制御されているのかもしれない。

 二つ目、俺は元々器用な方ではないから、切り替えが未だに上手く出来ていないのだろう。

 そして三つ目、俺はこの世界にきて二年しか経っていない。

 戦闘経験も知識も浅いのだ。


 納得はしている。

 しているが、何故か俺は焦っている。

 俺にも理由は分からないが、力を求めようとしているのだ。


 多分、俺の身体に潜むダークサイド的な何かが完全な力を手に入れようと疼いてるのかもしれないな。

 まずい……いるのであれば、祓わなければ!


「シャルル、何をしている?」


 両手を合わせ、『南無阿弥陀仏』と唱えているのをエヴラールに見つかり、声をかけられる。


「魔術詠唱の練習です」


 この世界に仏教は存在しないので、適当に誤魔化した。

 まぁ、かといって、俺が仏教徒という訳ではないのだが。


「お前は無詠唱で出来るだろう?」

「出来ても、詠唱ぐらいは覚えておきたいんですよ」

「そうか」


 詠唱を覚えておきたいなんて、全くの嘘なんだがな。

 しかし何故だろう、エヴラールを騙すと胸が痛む。

 俺は案外いい人なのかも知れないな。

 ……自分で何言ってんだ俺。




 話は変わり、俺達は今、魔王が統括する国『ジノヴィオス』にいる。

 国の中心にあるのは大きな魔王城。

 黒いオーラが出ているわけでも、不気味な外見でもない。

 魔王が住んでいる城という感じはしない。


 俺は今、一人で買い物に出かけている。

 エヴラールが許可してくれた。

 我が師の肩が恋しいが、もう乗せてはくれないのだ。

 七歳だし。


「これください」


 小腹が空いたので、露店で苺の入った甘いパンを買うことにした。

 手持ちの紙幣は十枚。

 パン一つは二、三枚だ。


 俺はお金を払い、早速パンを頬張った。

 口の中に苺の酸味と甘みが広がり、それを調和するパンの味。

 ものすごく美味いのだ。


「ん~、うんめぇな。ブルーベリーっぽいのも今度買っ――」


「――うかな……は? な、何が起きてるとですか」


 俺は混乱して、思わず間抜けな声を漏らす。

 さっきまでパンを楽しく食べていたというのに、俺は気づけば大広間の様な場所にいた。

 アルフと最初に会った部屋よりも大きな場所だ。


「おい、お前」

「ぶっ!?」


 突然後ろから声がして、思わず吹き出してしまった。

 戦闘体勢に入り、飛び退きながら声のあった方へと顔を向ける。

 そこにいたのは、仁王立ちをして異様なオーラを纏っている背の高い男だ。


「悪い反応ではない。だが、キレがないな」

「……誰ですか? 僕に何のようですか」

「質問は一つずつするもんだぜ。まあ、寛容な俺様は答えてやる。俺様は魔王ジノヴィオス、わかるよな?」

「ま、魔王!?」


 意味がわからない。

 どうして国に入ったばかりの俺が、魔王の目の前にいるんだ。


「お前をここまで転移させたのは、俺だ。俺はこの国にいる人間を何時でも好きな場所に転移させる事が出来る」

「あ、ありえない。初心者雑魚プレイヤーである俺が、いきなりラスボスの間へ来るなんて……!」

「らすぼす? ぷれいやー? よく分からないが、とにかく俺は魔王だ。お前を呼び出した理由は幾つか聞きたいことがあるからだ」

「聞きたい、こと?」


 魔王が直々に聞くこととは何だろうか。

 もしかして、本命は俺じゃなくてエヴラールだったり。

 そちらの方が可能性は高い。

 エヴラールの詳細を聞くつもりなのかも。

 ……等という考察は次の言葉でぽっきり折られる。


「お前のことでだ」

「お、俺ですか?」

「ああ、お前に異常性が見えた」


 異常性。

 エヴラールにも言われた事だ。

 成長速度や語彙、魔術量など。


「異常……魔術量、とか?」

「それもあるが、別の理由だ。お前の名前、なんという」

「シャルルです」

「シャルル、今俺様と会話しているのはお前だろう。だが、もう一人、お前の中に眠っている者がある」

「眠っている? どういう事でしょう?」

「寛容な俺様は一から説明してやる」


 一々上から目線な魔王さまの説明は主に、人間の魂についてだった。

 この世界では、肉体が魂の器とされている。

 一つの器には魂が一つ。

 それが普通だ。


 だが、俺の中に異常が見えた。

 魂が二つ存在している事だ。

 今現在、身体を動かし、脳を働かせているのが俺。

 だが、俺の他にもう一人、この器に魂が入っているらしい。

 こういうケースは百年前にもあったそうだ。


「これを持っていろ」


 そう言われて渡されたのは、黒く光る宝石の様な物だ。

 ずっと見つめていると、吸い込まれてしまうのではないかと錯覚する何かがある。


「お前を呼び出した理由はこれだけだ。また明日ここに転移させる。いいな?」

「はいさ」


 返事をすると、一瞬で景色が変わり、俺は元いた場所に戻っていた。


 俺は黒い宝石をコートの内ポケットに入れ、宿へと戻る。

 にしても、魔王は城から俺の体内の魂を察知したのか。

 国の何処にいても好きな時に転移させる事ができるという事は、この国全体が見えるという事か。


 流石は魔王だな。

 きっとエヴラールよりも強いんだろう。

 だが、一度だけ戦ってみたいとは思う。

 そしてできれば、魔王の能力も吸収できればと思う。


「随分遅かったな」


 宿に戻った俺に、エヴラールが言った。


「ええ、ちょっと色々見て回っていまして」

「そうか。お前も大きくなったし、色々見て回り、知ることは大事だな」

「はい。それで、エヴラールさん、お願いがあるんですが」


 実は前々から思っていた。

 剣術、魔術、色々習った。

 剣術は今ではどうしようもないし、今までの練習を繰り返すだけだろう。

 魔術もまだまだ勉強できる事がたくさんあるが、氷王から一級判定を貰えば焦る必要もないだろう。

 だが、物足りないものが一つだけある。


「なんだ?」

「もう少し攻撃性の高い体術を教えていただきたいです。駄目ですか……?」

「……いいだろう」

「ありがとうございます!」


 エヴラールの承諾を得た事で、俺は今日から体術の訓練を開始する事になる。

 今まで習ってきた体術は、カウンターや防御だ。

 自分からはあまり攻撃をしないものばかり。

 だが、俺は自分から攻めることも大事だと思う。

 俺はRPGゲーム等ではステータスをATKとSPDに全てを振る。

 攻撃と速さは最大の防御だ。

 だから俺は、自分から発言して頼んだ。

 図々しくすると、決めていたしな。




――――――




 体術の訓練後、俺は宿に戻ると、『治癒魔術』で痣や痛みを治す。

 慣れない動きや力の入れ方で疲れてしまった。

 痣や傷は治癒魔術で簡単に治せてしまうから、特に問題はない。

 だが、内面の疲れは治癒魔術では取れないのだ。

 俺は静かに眠りについた。

 はずだったが、


「こんにちは、お兄さん」


 そんな声が俺の耳に届いた。

 気が付けば、俺は白い空間の真中にいた。

 そして俺の真正面に立つ……俺。

 いや、俺ではない。

 金色の髪、向日葵色の瞳、そして子供の身体を持った、今世の俺と同じ姿のやつだ。髪色を除いては。


「……お前は、俺の中にいるもう一つの魂ってやつか」

「そうだよ」


 俺は自分の体を見下ろす。

 前の世界にいた頃の体になっていた。

 懐かしくも感じるが、いい気分ではない。

 そして服装がこの世界のものだという事が違和感を感じさせる。


「僕はお兄さんとずっと一緒にいたんだよ」

「……そうだろうな」

「僕は五歳まで意識を持っていたんだ。だけどね、お兄さんが突然、僕の体に入ってきたんだよ」

「な、なに? なんだって?」

「だから、僕は五歳まで自分の体が使えたんだけど、お兄さんが入ってきてから見るだけになったんだ」

「……」


 ま、待ってくれ。

 それが意味するのはつまり、アレだ。

 俺が思っていたものとは違う。

 つまりは、俺は――こいつの体を乗っ取ったことになる。


 五歳まで意識があったという事は、それまではあいつがこの体を使っていたんだ。

 だが、五歳――俺がこの世界に来た時から、体の主導権が俺に移り変わった。

 だからあいつは見るだけの日々を過ごしてきた。

 俺は、だから、体を……あいつから奪ったことになる。


 俺は新しい体を神から授かったものだと思っていた。

 この世界に生きるための新しい体を。

 魔力を宿した新しい体を。

 だが、実際は違う。

 俺の魂がこの体を器にして動かし、元々いた魂は主導権を失ったのだ。


「お兄さん、僕はそれでも構わないんだよ」

「なんでだ? お前は体を奪われたんだぞ? 俺に」

「いいんだ。きっとあのまま僕がこの体を使っていても死んでいた。見たでしょ? 僕がどんな状態だったか」

「……過去に何があったんだ? お前の両親は――」

「教えない」


 俺の言葉が遮られる。

 その声には、決意があった。

 誰にも語らないという、強い意志を感じた。

 だから俺は、追求はしない。


「僕の体はお兄さんにあげる。でも二つだけお願いがあるんだ」

「ああ、何でも聞こう」

「死なないでほしい。それから、楽しませてほしい」

「……分かった」

「約束だよ? 指切りしよう」


 俺達はゆっくりと歩み寄り、指切りを交わす。

 俺は誓った。

 絶対に死なないと。

 元々の体の主であったこいつに、ひどい目にあったこいつに、俺が出来る事を代わりにしてあげたい。

 最初の願いが『死なないで』であるならば、俺は絶対に生きてみせる。

 ……楽しませる方法は分からないが、そちらも努力しよう。


「約束だ」

「うん、約束」


 そして、俺は夢から覚める。




 目を覚ますと、いつもよりスッキリしていた。

 肩の重みが消えた気がする。


「――絶対に生きよう」


 俺は改めて口にした。元々死ぬ気なんて微塵もないが、生きる為の努力をしようと思う。

 エヴラールは相変わらず俺よりも先に起きていて、剣の手入れをしていた。


「おはようございます」

「おはよう……どうした、晴々とした表情をしているな」

「そうですか?」

「ああ、今まで見たことないくらいに、スッキリしている」

「ちょっと、覚悟した事があるだけです」

「そうか」


 エヴラールは短く返事をすると、また剣の手入れを始めた。

 俺は外の空気を吸おうと、外着に着替えてから宿を出た。

 と、思ったが、扉を出て足を踏み出せば、魔王城だった。

 朝っぱらから呼び出すとは。


「シャルル、どうだった」

「やっぱり、あの石はそういう物だったんですね」

「ああ。とにかく、話はできたようだな」

「おかげさまで」


 あの石がなければ、この事実に気づかずにのうのうと暮らしていた事だろう。

 気分がスッキリした事もあるし、魔王には感謝だ。


「俺の用事はそれだけだ。またいつか会おう。その石は……お前にやる」

「本当にそれだけなんですかい。まあ、いいですけど。多分、二度と会いませんよ」

「むっ、何故だ」

「もう来ませんから!」

「フハハッ! そうか、そうかッ」


 そして、俺は宿の前まで転移していた。

 きっと魔王とはまた会う。

 勝負を仕掛ける予定もあるし。

「二度と会わない」と言っておきながらひょこっと現れればドッキリ大成功だ、きっと。

 そうして、俺は散歩をした後、エヴラールと体術の訓練をした。




 話は変わり、魔王の統括するこの国は、ヴェゼヴォルの真中に位置している。

 俺達はレイノルズから時計回りに移動して、ここに辿り着いたわけだ。

 そして、そのままヴェゼヴォル大陸を一周する予定だったが、予定変更を修行中に伝えられた。

 ルーノンス大陸の王国から、重要な仕事の依頼が来ているらしい。

 だから、俺はヴェゼヴォル大陸一周を諦めることにした。


 だが、まあ、ヴェゼヴォル大陸半周は良い経験になった。

 アルフとの出会いもその一つだが、実戦経験を積めたのも大きい。


 後のほうから、ヴェゼヴォルの魔物はルーノンスの魔物よりも強いと聞いた。

 道はあまり整備されていないし、荒れた環境で育ったから、ルーノンスの魔物よりも気性が荒いんだと。

 兎にも角にも、俺達はルーノンス大陸へ戻る事となった。

御意見、御感想、駄目出し、何でも何時でも歓迎しております。


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