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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第八章『恐怖』
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バーゼルト

またまたお待たせしました。


 着きましたよ着きました。ええ、やっと着いたんです。

 え? どこにって? そりゃあもちろん――――どこ、なんだろうな。

 本当にもう、ここは一体どこなんだろうか。俺達はたしかに軍事国バーゼルトに向かっていたはずなのだ。

 軍事国だ、軍事国……ならず者の国であるはずがなかったんだが、ここは完全に、そういった人間の集まりだ。

 昼間っから酒を飲んで騒ぎ散らし、道のど真ん中で斬り合う奴なんかもいる。無法地帯というべきだろうか。


 道には残飯が散らばり、何日も放置されていたのか、悪臭を放っている。

 ひと目を気にせず立ちションベンをしている輩も目に入るし、俺の連れには毒だ。

 建物は石造りの頑丈そうなものだが、汚物をつけられ見るに耐えない姿だ。

 俺の想像していた綺麗且つ防御感のある場所とは全くもって異なっている。


「エリカさーん、こりゃあどういう事でしょう?」

「し、知らないよー……聞いた話では、綺麗でちゃんとした所ってことなんだけどさー……」


 俺の投げた質問に、エリカが弱々しく答えた。

 たしかに、そうなのだ。俺が聞いた話でも、軍事国バーゼルトはしかと統制されている国だと。

 だが、この有り様は何だ。統制のとの字も見えない。


「やはり、そうじゃったか」


 ヴィオラが意味ありげに呟いた。全員の視線がヴィオラに注がれ、ヴィオラは諦めた様に肩をすくめる。


「どういう意味だ?」

「王が死んだという噂が流れていたんじゃが、曖昧且つ不確かな情報だったせいか、言わんでも良いかと思っての」

「噂? 王が死んだのに、噂で済むのか?」

「そこなんじゃ。王が死んだら大騒ぎになるはずなのじゃが……誰かが情報操作をしたんじゃろう。おそらく、王の替え玉でも使っての」

「迷惑な話だな」


 王が死んだという事実を隠す理由……メリットは何だ。

 隣国と仲が悪いだなんて話は聞いたこともないし、わざわざ替え玉なんて事をしないでも、普通に継承すれば良かったのに。


「まあ、知りたければ王に会うしかないじゃろう」

「知りたければ、ねぇ……」


 正直な話、とても知りたい。好奇心というのは抑えようとしても駆り立てられるもので、知りたいという欲求を抑えるのにはかなりの労力がかかる。

 だが、王と会うなんて事、安安と出来ることでもない。

 ヴィオラの地位を盾にすればできないでもないが、王の存在を隠す程なのだから、それは難しいだろう。


「とりあえず、宿探しだ。治安の良さそうなとこがいいから、中央に行ってみようか」


 全員を引き連れ、なるべく争いの輪を避けながら中央へと向かう。

 絡まれる事もなく中央に辿り着いたが、余計に人がごった返して足元に汚い水たまりを作ってしまいそうだ。


「ご主人様、大丈夫ですか? 抱っこしましょうか? おんぶですか?」

「……いえ、大丈夫です」


 既にお姫様抱っこの構えをとったノエルが俺の横に現れるが、遠慮しておく。

 女の子に抱かれる少年の図は、後々ヴィオラに馬鹿にされる光景になる事間違いなしだ。


「シャルルや、掲示板を見てみ」


 ヴィオラの言うとおり、中央広場にでかでかと構えられた掲示板に目を向ける。

 ここで、人が群れていた理由に気づく。あの張り紙のせいだ。


「闘技場にて大会を開催……優勝者は王に謁見が許される。賞金は金貨二百枚……」


 俺は全員が内容を理解できるように、張り紙に書かれていた事をそのまま声に出した。

 この大会に出場すれば、俺は王に会えるわけだ。

 俺の「気になります!」も解消され、賞金も貰える。

 出るべきか、目立たぬ様に控えるべきか。


「シャルル……出場……する……?」


 ニーナが耳をピクピクをさせながら首を傾げた。本当に鼻の効くお嬢さんだな。


「……いや、出ない。目立つ行為はあまり取りたくないからな」

「名前……変えて……出ればいい……」

「でもな、やっぱり控えた方がいいと思って」

「別にいいんじゃないか? お前は戦うのが好きだろ。心労解消として出ればいい」


 獣人の二人が出場を推してくる。何故だ。逆に出たくなくなる。


「カレン、俺出ないほうがいいよね? ね?」

「やりたい、ように……やればいい、と、思う……」

「ふぇぇ……」


 俺を止める人はいないというのか。少しの希望を含ませながら、ポトフ三人衆に視線を送るが、サムズアップを返された。

 俺が求めてるのはエンカレッジメントじゃないのに……。


「まあ、その髪色をどうにかすれば何とかごまかせるじゃろ」

「俺の特徴って髪の色だけなの……」

「そう言われても、お主の顔はぼやけて良く分からん」

「衝撃の事実。カレン、俺の顔ってぼやけてる?」

「……かっこいい、と、思う」


 目を逸らしながら言われても説得力の欠片もないんだよ、カレンちゃん。

 ああ、俺の顔ってモザイクかけられてたんだ。何かすごく悲しくなってきた。

 ……いや、まてよ。エロゲ・ギャルゲの主人公というのは顔が隠れている割にモテる。

 逆に言えば、顔が隠れているからこそモテているのでは……!?

 くっ、俺がモテるのは、シャルルの顔がギャルゲの主人公顔だったからか……!


「こほん。まあいい。とりあえず、髪は違う色に染めて、出場してみるよ」

「少しは暴れに暴れてすっきりしてこい」

「後は任せたぞい、ヴィオラ」


 俺はそう言い残して、全速力で大会の開催される闘技場なる場所へと走った。

 強い奴とやりあえると思うとウズウズして、口元が緩んで仕方が無い。

 シャルル。面白いこと、見つけてやったぞ。これで少しは満足してくれよな。




 ――――――




「参加は無料でございますが、命の保証はいたしません。全ては参加者当人による責任であり、我々運営側は一切の責任を負いません。此等を把握の上でご参加になられますか?」

「問題無いです。参加します」


 闘技場の入り口は参加者用と観客用に分かれており、俺が参加者用の窓口から参加登録を済ませた。

 命の保証をしない、という事は、逆に言えば殺ってしまっても問題ないという事だ。

 これで、手加減は必要ないという事になるが……やはり、手加減はするべきだろうな。

 フェアな戦いが決闘というのであって、アンフェアノールールはただの喧嘩だ。


「大会の開始時刻は明日の正午です。尚、不戦敗になった場合、金貨五十枚の支払いをしていただきますので、ご理解の程、よろしくお願い致します」

「分かりました」


 俺は窓口の女性に礼を言ってから、闘技場なる場所を出た。

 流石、人がサクッと死ぬ場所。受付も淡々としていらっしゃる。

 とりあえず、俺はピアスに触れ、ヴィオラとの通話を念じた。会話をしながら、中央へと戻る。


「なんじゃ、もう終わったのか」

「ああ。開始は明日だから今日は明日の準備って事になる」

「活き活きとしておるのう、お主や」

「そうか?」

「今までで一番楽しそうな声じゃ。お主はおなごよりも、血の方を好いとるようじゃの」

「拙者は童貞故、女子といると息苦しいだけでござる」

「そうかい童貞や、早く帰ってこい。宿の名はウラモじゃ」

「ス◯モ?」

「ウラモじゃ」

「ああ、ウラモね、分かった、了解」


 某ショッピングモールに名前が似ているが、気にしないでおこう。

 とりあえず中央にまで戻ってきたが、ウラモとかいう宿屋はここからでは見えない。


「あの、すみません。ウラモという宿屋をご存知でしょうか?」

「北に数分歩いたところにあるよ」

「ありがとうございます」


 近くを通りかかった男性に声を掛け、ウラモの居場所を探す。

 北に数分、と言われたので、とりあえず北に進んでみたはいいが、人混みが拙い。

 群衆の中心で汚物をぶち撒ける事だけは避けたい。

 人酔いは治癒で治せないのが痛いところだな。


「あった……」


 宿を見つけた頃には既に人の波にもみくちゃにされた後。

 俺は街中のオアシスへと跳び込むように足を踏み入れた。


「うぷっ……あ、ポトフ……」

「兄貴!」


 ポトフ三人衆が俺の肩を支えながら、二階へと連れて行ってくれる。


「すまないな……」

「兄貴のためならこれくらい何てことないっすよ!」

「お前らは舎弟に昇格だ……」

「ありがとうございます!」


 素直な舎弟を持って、俺はいい気分だ。涙が出そうになるね。

 だなんて事は口に出さずに、ポトフ三人衆の借りた部屋へ連れられる。

 どうせ女子組の部屋は満員だろうし、これで良かったのかもしれない。

 俺は窓際にある椅子に腰を下ろし、息を落ち着けた。


「カレンたちは?」

「隣の二部屋です」

「そうか。俺は……今夜はここで過ごす事にするよ」

「ホントですか!?」

「ああ。お前らとも話してみたいしな」


 俺が言うと、ポトフ三人衆は目を輝かせた。

 とりあえず、ヴィオラに俺はポトフ三人衆の部屋にいる事を伝え、背を伸ばした。

 力を緩めると一気に脱力し、背もたれに体重を預ける。


「空が青いな……」


 そんな詩的な言葉を呟いてみても、外の喧騒は修まらない。

 統制された国がどうしてこうも堕落してしまったのか……私、気になります!




 ――――――




 皆で夕食をとった後、各自解散する事となった。

 俺がカレンたちの部屋を通りすぎようとした時、不意に袖が引っ張られる。

 反射的に足を止め、数歩後ろに下がった。


「どうした、カレン?」

「……」

「まぁ、何だ……サラもいるんだろ? 今日ぐらいは一緒に寝てやれ」

「ん……分かった……」

「悪いな。お休み」

「おやすみ、なさい……」


 俺はカレンの頭を軽く撫でてから、その場を去った。

 カレンのしょんぼりとした顔がフラッシュバックされる。

 俺はポトフの部屋に飛び込み、そのまま地面に体を叩きつけた。


「うわぁぁぁぁぁああぁん! うわぁぁああぁん!」

「あ、兄貴!?」


 地面で転がり始める俺を見て、ポトフ三人衆が駆け寄ってくる。

 俺は転がるのを止め、仰向けになって笑ってみせるが、ひきつっている事ぐらいは自分でも分かった。


「お兄ちゃん離れ計画だ……これは、お兄ちゃん離れ計画なのだ。そして、俺の妹離れでもあるのだ……分かるか?」

「はあ……なんとなく、分かります」

「ううっ……」

「兄貴!? 泣かないでください!」


 ダメだ。カレンが俺から離れていくと考えただけで目が滝に変わってしまう。

 だが、ここは抑止して、しっかりと俺にならなくてはならない。

 俺は何事も無かったかのように立ち上がり、完璧なる笑顔を作ってみせた。


「冗談だ。昔こういう事をする物語の主人公がいてな。どんなもんかと試してみたんだ」

「そうでしたか……びっくりさせないでくださいよぉ」


 ポトフが揃いに揃って安堵の息を漏らす。

 俺は椅子に腰を落ち着かせ、三人衆を好きな所に座るよう言うと、ポトフ三人衆は揃って一つの寝台で寄り添い合った。

 汚い絵面――元い、仲よさげに座っているこいつらを見て、少し羨ましく思う自分がいた。


「さて、お前らの話、聞かせてくれ」

「いやぁ、これは長~くなりますよ?」

「構わない。俺はどうせ眠くならないから、好きなだけ話してくれ」

「分かりました! 自分らの出会いはですね――」


 カット! 本当に長いので、要約しよう。

 ポトフの物語は、フルト村という小さな村から始まる。

 まず、リーダー格のトニー。彼は背が高く、気の優しい性格からか、女を惹きやすい男だったらしい。

 だが、そのせいか、友だちの一切ができず、付き合う女も彼に飽きては変な噂を村中にばらまいて、金を巻き上げてはトニーを道端に捨てる事をしていたらしい。

 二度言うが、気の優しい性格だった彼は、五度も同じ事をされたそうだ。悪い言い方をすればバカである。


 次にガリ男のフランクと小太りのポーロ。二人はガズ村という所で育ったらしい。幼馴染で、小さい頃から一緒に遊んでいたそうだ。

 しかし、そのせいか、『デブとガリ』等というコンビ名を付けられ、凸と凹(・・・)で同性愛者だとバカにされたいた。

 それからもイジメはエスカレートし、耐えられなくなった二人は両親の援助の元村を出て、尚も二人で支えあって旅をした。


 とある日、まともな装備も持たぬまま森へ立ち入り、魔物に襲撃された。そこを救ったのが、偶然通りかかったトニーである。

 彼もまた、まともな装備を持っていなかった。それどころか、素手で魔物を倒したんだと。

 それから三人は力を合わせ、幸せを恨みながら、果報者狩を始めたそうだ。


「俺達は全力で兄貴を支えます。盾となり、矛となり、馬となりましょう」


 堅っ苦しい言葉で締め、途端に真面目な顔をするポトフ三人衆。

 俺は指先で頬を撫で、咳払いをする。


「完全に信用したわけじゃないからな」

「分かってます。でも、俺達は本気です」

「まぁ、肩の力を抜け。あんまり堅くなるな。正直言って、俺がそこまで大きな事をしたとは思えない。だから、お前らの忠誠心は逆に怪しく感じちまうんだ」

「今まで見えなかった物が見えるようになる。それって、凄く大きい事だと思います。気づけなかった繋がりが、糸が、見えるようになった事、それは俺達にとって大事な事なんです」

「そう、か……」


 俺は返す言葉を失った。ここまで純粋に物事を見れる人間がいる事に、素直に驚いていた。

 人を恨んでいたのも、彼らが純粋だったからこそだ。

 近くにあったのに、透明だった物に気づけた。それだけで救われたのだと、彼らは言っているのだ。


「話、聞かせてくれてありがとな。寝てもいいぞ?」

「では、お先に。お休みなさい」

「ああ、おやすみ」


 俺は明かりを消し、椅子に座り直す。

 外の冷たい風に当てられながら、友情というものがどれだけ綺麗なものなのかを考える。

 だが、俺にはやっぱり考えられなかった。

 人との友情を作った事がないから、感じた事がないから、俺は――透明だから。

 誰かと友だちになったとは言えども、友情という物をしんみり味わった事なんて一度もないし、ありがたいと思った事もない。

 俺の心は塗りつぶされているのか、空っぽなのか、良く分からない。

 そして、俺はもう二度と考えようとしないのかもしれない。

 自分を知るのは、恐いから。

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