運動会の応援は耳に残る
今回も日常パート。
ポトフ三人衆を引き連れ、俺達は移動を始める。俺の隣にはカレンではなく、クロエが座っていた。
サラが『お姉ちゃんと一緒にいたい』と控えめにお願いしていたので、カレンお姉ちゃんはクロエと交代してサラと一緒にいる。
「シャルル、私って、すごく薄いと思う」
クロエが何の前置きもなくそう告げた。唐突に話題を振られる事には慣れている為、問題はない。
「髪が?」
「髪はサラサラだよ! そうじゃなくて、影が!」
「いやいや、そんな事ないだろ。ほら、クロエは竜人族だし」
「それだけ?」
「他にもあるよ」
「例えば?」
「え~っと……」
クロエの個性は、その、なんだ。赤毛なところ、も竜人族である事だし、変体できるのも竜人族って事だし……。
「げ、元気なところ?」
「どうして疑問形なの。それに、それはリラで足りてると思う」
「あっ! スパッツ履いてるのは、シャルル的にポイント高いかも!」
クロエはスパッツを何着も持っていて、寝る時以外は常にスパッツを着用しているのだが、これも個性の一つだろう。
スパッツ――別名をレギンス。伸縮性があり、脚にフィットする長いパンツの事だ。スパッツは肌着なので、もちろん上からはスカートを履いているわけだが、俺的には生足よりもポイントが高い。
黒い生地で強調される太もも。見ているだけで撫で回したくなる。それはもう、手綱を放り投げて今すぐにでも。
「服装が個性だとか言われても、私ぜんぜん嬉しくないよ!」
「いいか、よく聞け。服装というのは人の性格を表していると言っても過言ではない。だらしない奴はだらしないし、小奇麗な奴は小奇麗な格好をする。髪型も然りだ。そしてクロエ、君は後ろで髪を結んでいるのに合わせてスパッツを履いている。あとはわかるな?」
「ちっとも分からない」
なん……だと……!?
女子にはポニーテールに合わせたスパッツの素晴らしさが伝わらないというのか……!?
「世界の終わりみたいな顔やめてよ! 私が悪いことしたみたいだよ!」
「……あっ! もう一つあった。クロエは素直だ!」
「それ、カレンちゃんにも、ニーナにも当てはまる事だと思うけど……」
「いーや、カレンはお姉ちゃん素直、ニーナは妹素直だ。クロエは幼馴染素直な」
「意味が分からないよ!?」
「言葉のままだろ。何がわからない」
「素直の前にくる幼馴染とか妹とか……」
「カレンは面倒見の良い系の素直、ニーナは甘えてくる系の素直、クロエは幼馴染系の素直だ」
「どうして幼馴染だけ幼馴染って単語が説明みたいになってるの……」
全く、クロエめ、質問ばかりだな。カレン、ニーナ、クロエ。左から順にクール、スイート、ポップの簡単な話だろう。
しかし、これ以上細かく言うと、クロエにドン引きされる事間違いなしだ。俺は紳士シャルル、下品な話はしないのさ。
「ま、とにかく、クロエにも個性はあるんだよ。やったねクロエちゃん!」
「むぅ……なんか、無理やり本を閉じられた気分……」
「その本は十八禁だから、もう読んじゃだめだよ」
「え、うん……」
不毛なやり取りをしている間に、村が視界に入る。先にポトフ三人衆に馬をあずけさせ、俺達はその間に荷物の確認と整理を済ませる。異常はないので、二台の馬車を馬屋にあずけた。
早速宿を取り、荷物を置いて落ち着いたところで全員に休むように伝え、俺は服を整えてから、宿を出て村を散策する事にした。
次の村へ、次の村へと行く度に、村の温度が下がっていっている気がする。この世界に四季はなく、季節感を味わいたいならどこかの土地へ行かなくてはならない。
冬は北、夏は南、春は東、秋は西。今俺達が向かっているのは北なので、進行するに連れて寒さが増していくのだ。
「シャルル」
しばらく歩いて小腹がすいたなと感じた頃、後ろから名前を呼ばれる。
振り返ると、そこには神父がふわふわと浮いていた。俺は前に向き直り、歩きながら問い返す。
「なんだよ」
「いや、わたくし、道中暇してたもんで。シャルルさんに話しかけても無視するし……」
「仕方ないだろ。お前に話しかけたら俺が変人扱いされる」
「もう既にされているではないですか?」
「ぐぬぬ……」
そう言われると、返す言葉もござらん。正直、カレンに好かれている事は俺でも分かる。しかしながら、他の娘たちの心情は良く分からない。
おそらく、『変人』だとは思われているだろう。それがマイナスに繋がっているのか、プラスに繋がっているのかは分からないが。
「あ、ていうか神父さんよ」
「はい?」
「『教会』とかって組織、聞いたことある? もしくは『魔神』とか」
「……」
軽い気持ちでぶつけた質問だったのだが、神父の顔が険しくなるのを見て、思わず歩く足を止めてしまった。
「何か、知ってるんだな?」
「……シャルルさんこそ、よく知っていますね」
「お前どうせ死んでるし、影響ないと踏んで言っておくが……俺、教会に狙われてるらしいんだ」
「あなたが、ですか……」
「ああ。だから、情報が欲しい。出来るだけ多くの情報が」
神父はしばらく考え込んだ後、意を決したように頷き、口を開く。
「教会は、魔神を産み出そうとしている組織です。魔神の器を探し、育成する。それが、彼らの目的。組織員のほとんどが魔術師で構成されていると聞いています。それも、無詠唱を使える魔術師が二桁もいるのだとか」
「話し方から察するに、人伝に聞いた話なんだな?」
「はい」
なるほど。神父でも詳細な情報を持っていなかったようだ。やはり、裏でこそこそ動いている組織なのか。
しかし、ほとんどが魔術師で構成されているとは初耳だ。しかも無詠唱ときた。厄介だな。
「それと、魔神関連ならば……『処刑者』という組織も聞いたことがあります」
「処刑者……?」
ここに来て新しい組織の情報。今までに一度も聞いたことがない、ヴィオラも教えてはくれなかった事だ。
「魔神の誕生を防ぐ組織です。平和的解決ではありません。器を、殺す事が、彼らの目的です」
「殺す……。教会は傍観し、捕獲、利用するのが目的。処刑者は魔神が誕生する前に殺すのが目的……か」
「そうなります」
これもまた初耳だ。俺を狙っているのは教会だけじゃなかったという事。そうなると、処刑者と教会に限らないかもしれない。
これからは堂堂として向こうからの襲撃を受けるのか、隠れてこちらから先手を取れるタイミングを見つけるか。
早期決戦を望むなら、前者だろう。向こうは俺が名乗れば必ず探しだして殺りに来るはずだ。そうなると、向こうのタイミングが分からないから、後手に回る事になってしまう。
ヴィオラの力を過信しすぎるのも問題だ。ヴィオラは一人しかいないわけだし、向こうは遠距離型、それでいておそらく大規模。
俺なら全方位防御も可能だが、そうすると攻撃に転じれない。失礼だが、リラやニーナでは力不足だろう。
「……わたくしは、喧嘩を売るのはやめた方がいいと思います」
「同感だ。これじゃあ影と戦うようなものだからな」
「あ、見てくださいシャルルさん。あそこの女の人、おっぱいデカイですね」
「おぉ……」
たしかに、デカイ。俺の目なら分かる。ノーブラだ。歩く度に揺れているだけでなく、おそらく布と擦れているのがいけないのか、突起物が若干浮き出ている。
「――って、今はシリアスな時なんですよ神父さん。止めてくださいそういうの」
「きゃっ、ケダモノッ」
「うぜぇ……」
――――――
「お、お兄ちゃん」
「はいはい、何ですかサラさん」
一度宿に戻った俺に、サラが駆け寄ってくる。指をお腹の前で絡ませ、もじもじし始める事数十秒、サラが裏返った声でこう告げる。
「一緒に、お散歩しようっ」
「イーヨー」
どこかのフランケン風に言ってみたが、ネタが通じない。サラが苦笑して首を傾げてしまっている。しかし、いきなり一緒にお散歩とはどうしたんだ。
カレンの方を一瞥するも、何食わぬ顔をしている。シャルルさんは分かっているんですよ。あなたが何か吹き込んだんでしょう?
とは言わずに、サラの手を引いて宿を出る。サラの頭を軽く撫でてから、俺はサラの前に屈みこんだ。
「肩のるか?」
「え、う、うん……!」
サラの股の間に頭をつっこみ、しっかり捕まった事を確認して持ち上げた。サラは何の影響か、背丈が伸びない。精神的には成長するが、肉体的な成長をしないのだ。
つまり、彼女はもう少し経てば合法ロリに……。
「お兄ちゃん」
「はいはい」
「最近疲れてるね」
「んぁ? そう?」
「うん……無理してる気がする……。お兄ちゃんは一人じゃないよ。お姉ちゃんもいるし……その、わ、わ、私も、いるから……」
「……ああ、そうだな」
自分で疲れているだとか、無理をしているだとか、そういう事は意識にない。まず、自然治癒のせいでほとんど疲れないし、吸血の副作用もある。
問題を一人で背負っているわけではない。ヴィオラにもちゃんと相談はした。情報収集だって人に頼っているつもりだ。
だが、ずっと起きている事が、悩んでいる事が、無理をしている様に見えていたなら、カレンを含めた仲間たちには悪いことをしたな……。
「それで、サラさん。一体お姉ちゃんに何を吹きこまれたのかな~?」
「う……お兄ちゃん、いじわるだ……」
「フハッ! どうとでも言え! さあ、言わないと太ももスリスリしちゃうぞ!」
「へ、変態、お兄ちゃん変態っ!」
「は、反対! 暴力反対!」
頭頂部をぽこぽこ殴られるのではなく、鋭いチョップを受けている。どこでこんなチョップの仕方を覚えたのかは知らないが、かなり痛い。
「……お兄ちゃんがいけないと思う」
「俺もそう思う。すまんかった」
「反省してね」
「うん。する。それで、一体お姉ちゃんには何を……?」
「え……うぅ……お兄ちゃんとの距離がある気がするって言われて……一緒に話でもしてきたらって……」
「なるほどね」
たしかに、言われてみればサラは俺から距離を取っている気がする。まあ、俺がサクサク人を殺すのをほぼ初対面の時に見せたわけだから、警戒されているのだろうか。
流石に数年一緒に過ごしてずっと警戒していたって事は……ないだろう。あったとしたら、それはサラにとって大きなストレスだ。ここは聞いてみるしかないな。
「ちなみに、どうして俺に距離を置いていたんだ?」
「……わからない。でも、なんか、一緒にいると、胸の辺りがきゅぅってするの。それが変な感じで……。今も、きゅぅってしてる……」
「……ふぅん。カレンには言ったの?」
「うん。もう少しすれば勝手に分かるって言ってた。だから、それまではこのままで居ようかなって思ったんだけど、もっと近くにいればすぐに気付けるよってお姉ちゃんが」
「それで、今日思い切って誘ってみたわけだ」
「迷惑、だったかな……?」
「いや、全然。嬉しいよ、俺は」
……困ったなぁ。きゅぅって、それ、心臓病かな。どうしよう、治癒魔術で治るといいんだけど。
それとも、成長しないのと何か関係があるのか。過去に起こした魔力暴走が関係しているのかもしれない。
ポジティブ思考をするなら――少女漫画的表現をしているのか、だ。俺は恋をした事がないから、『きゅぅ』とか『きゅん』とかがどういった物なのかが分からない。
どこかの団長は、『恋愛感情はただのバグ』だとも言っているからな。俺はバグだとしても素晴らしいものだと思うけれど。
「あ、サラ、何か食ってくか?」
「ううん、大丈夫。お腹いっぱいになると、お姉ちゃんに怒られちゃうから」
「そうだな、うん、そうだ」
意識すると、唐突に舌が回らなくなる。どうしてラノベ主人公はあそこまで鈍感になれるのだろうか。羨ましい限りだ。
「ねぇ、お兄ちゃんはさ……お姉ちゃんの事、好き?」
「それはどういう意味で?」
「異性として」
「はあ……まぁ、そりゃあ……うーん……ヒミツ」
「どうして?」
「……自分でも、分からない。俺には、分からないんだ。俺は案外、冷淡なのかもしれない」
正直言って、俺がカレンの事をどう思っているのかなんて、良く分からない。好きではあるが、異性としてなのか、家族としてなのか、両方なのか。
自分の事ではっきりしている事なんて、『教会を潰したい』、その願望だけだ。異世界でやりたい事なんてのも、『世界一周』というありきたりな物だ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私は、お兄ちゃんが貰ってくれて、とっても嬉しいよ? お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、ノエルさんも、暖かかった。一緒にいると、ふわふわして、気持よかった。お兄ちゃんは、優しい人だよ……暖かくて、優しい人……誰がなんと言おうと、お兄ちゃんは、優しいよ」
子どものくせに、色々と励まそうとしやがる。本当に、困った奴だな。
「サラは本当にいい娘だなぁ。もう……お兄ちゃんは、お困りだよ……」
サラの小さく、柔らかな手が、俺の頭を優しく撫でた。俺はサラが成長していた事を実感し、今にも涙腺が崩壊しそうだが、堪える事によって黙りこんでしまう。
サラも、何も言わずに、ただただ俺の頭を撫でてくれた。成長した娘を見て感動する親の気持ちが、少しだけ、分かった気がする。
更新遅くなってすみません。
私がどれだけ日常・ラブコメを描くのが苦手なのか、お分かりいただけただろうか……?(心霊写真並感)
エタる事はないです。
多分、おそらく、Maybe、Probably。




