幸せと辛いって字、潰れてると読み間違えるよね
霧のごとく消えた村を発った次の日、俺達は次の村を見つけられず、野宿をする事になった。
シェルターは俺の魔術で用意し、馬と馬車の見張りは俺とヴィオラが雑談をしながらする。
ヴィオラは吸血鬼である為、夜は基本寝ていなくてもいい。俺はヴィオラに吸血された時の副作用として眠気の一切を感じない。
とりあえず、俺はカレンを寝かしつけてから、馬車の元へと戻る。その間、俺とヴィオラの二人になる。月を見上げるヴィオラは、幻想的で、神秘的とも言える。吸血鬼なので、神秘ではないのだが。
不意に、吸血の副作用で敏感になった俺の聴覚が、僅かな物音を捉えた。距離はあるし、動きはないが、向こうから攻めてきても困る。
音の正体を確認しようと、俺は物音のした方へ向かった。茂みと木々を抜けると、水の流れる音が聞こえてくる。
人影が見える。誰かが水浴びでもしているのだろうか。しかし、こんな夜中に一体誰が。
と、距離を詰め、俺とそいつの目が合った瞬間――
「キャアアアアアアア」
「うわあああああああ」
「アアアアアアアアア」
「あああああああああ」
「アアアアアアアアアアアアアァァァッ!」
「あああああ……って、何やってんだ殺人神父」
急に叫ばれたせいで反射的に俺も叫んでしまった。まさか水浴びをしていたのが昨日の神父だったとは。それにしても、叫び方がキャーって……女子でもこんな反応しないぞ。
聞いた話では女子は覗かれたら『死ねふざけんな殺すぞオラァ!』とか言い始めるらしい。女子力というのは創りあげられたものでしかないというのか……。
今度リラ達の風呂を覗いてみよう。うん、そうしよう。いや、別にやましい気持ちがあるわけじゃないよ。ただ、本当にそうなのか検証するだけであって、別に覗きたいわけではないのだよ。
「あ、つーか、何でいるんだよ? 成仏したんじゃなかったのか」
「未練が残っていまして」
「なんだよ」
「世の中には経験出来ていない事がたくさんあります。ええ、それはもう、たくさん。殺人ばかりしてきたものですから、わたくし、未だに息子を使ったことがないんです」
「うん、それで?」
「あなたの後ろを貰えないでしょうか?」
「イアッー!」
いきなり現れて未練が残ってるとかほざきだして、挙句の果てには自分はヴァージンだから俺のヴァージンを捧げろと。冗談じゃない。掘られるくらいなら掘る方がマシだ……ん?
「冗談です。むしろ私を突いてください」
「死ねよクソ野郎。テメェの腐ったケツなんか誰が欲しがるんだよ。阿部さんも遠慮するぜ、そんなの」
「アベ……? まぁいいです。私はいつでもあなたの後ろを狙っていますよ。では」
「あっちょっ」
俺の制止も聞かずに、ホモ神父は一瞬で姿を消す。言葉の通り、一瞬で。
まったく、神父ともあろう男がホモだとは、世の中何があるか分かったものではないな。実はシスターさんが百合百合でした、みたいな事もありそうだわ。
「どうした、お主や」
「ヴィオラか……いやぁ、幻影を見ただけさ」
「幻影? お主、無理しすぎてはおらぬか?」
「いえいえそんな。シャルルさんはピンピンですよ。色んな意味でね。HAHAHA」
「お主がそんな冗談を言うとは珍しい事もあったものだ。ちぃとこっち来い」
冗談は言わないだけで、頭の中ではたくさん思っているのでありますよ、ヴィオラ様。言うと好感度が下がるからね!
男子との会話で下ネタはかなり盛り上がるが、女子が相手だとそうはいかない。白い目を向けられ、雑菌扱いされる。
あっ、雑菌扱いで思い出したんだが、アレは中学生の頃の話だ……いや、止めておこう。よし、下ネタは極力控えないとな、うん。
と、一人そんな決意をした時、ヴィオラの額と俺の額が接触する。顔が目の前に迫り、あとちょっとでキスが出来そうだ。
「おい、何してんだ。シャルル的にポイント低いかも」
「熱があるか見ただけじゃ」
「自然治癒力が化物レベルの奴が風邪をひくと……?」
「……うるさい、もう良い」
意味がわからない。どこで俺が間違った言葉を言ったのかは分からないが、ヴィオラ様はお怒りの様子で逃げるように馬車の元へ戻っていってしまった。
「解せぬ……口づけしとけば良かった」
「私としますか?」
「……死んでくれ、クソ神父」
「もう死んでます」
その後馬車に戻ってみても、ヴィオラに相手にしてもらずに日が昇ってしまった。
――――――
次の日の朝、全員が起きた事を確認すると、早々に馬を歩かせた。平坦な道をただ進み、途中で休憩を挟みながらも自分たちのペースでしっかりと軍事国バーゼルトへ近づいていく。
軍事国バーゼルトの情報はあまり持っていない。というよりも、調べようとしなかったのが大きい。王国を出る前に一度バーゼルトの事を調べておくべきだったかと、今更後悔している。
「シャル……、リンゴ……」
「美味しいか?」
「ん。シャルも、食べて……」
俺が「あー」と口を開くと、カレンがリンゴを食べさせてくれた。ふむ、これはたしかに美味い。歯ごたえは良好。甘い果汁も噛む度に出てきて、まさに生で食べる為に存在しているリンゴだ。
「美味し……?」
「うん、美味い。もう一個」
「ん、口……」
……いやぁ、幸せだ。うん、幸せ……だから、俺はこの幸せを、守っていかなきゃいけない。守りたい。
また不幸な日々を送るのは嫌だ。一人は寒くて、寂しくて、辛くて、痛い。守るためには俺が誰かを強く恨む事もしちゃいけない。抑えなくてはいけないのだ。
だが、問題ない。感情のコントロールは、小さい頃からやってきた事だ。今更したって、どうって事ない。
――今の君は自由なの?
不意に、頭の中に声が響く。これは、シャルルの声だろうか。
――自由に生きるんじゃなかったの?
違う……幻聴だ。無視しよう。
――君は本当は恨めしいんだ。周りにいる誰もが、憎らしくてたまらないんだ。
違う。俺は大事な家族を守りたいだけだ。
――そんなのは建前だ。正直になって。嫌なら殺してしまいなよ。自由になれる。
違う。これが俺の選んだ自由だ。
「……――ル……――シャル?」
「んっ? お、なんだ?」
「前……」
カレンに肩を揺さぶられ、遠のいた意識が現実へと引き戻される。前、と言われカレンの指差す方を目にすると、そこには三人の男が仁王立ちをしていた。俺は馬を止め、御者台から降りて男達の元へと向かう。
三人の男。三人共同じポーズで、同じキノコ頭。左の奴は小太りで、右にいる奴はやせ細っている。真ん中にいる奴はノッポさんだ。絵に書いたようなトリオがこんな所に現れるとは、逆に珍しいぞ。
「あの、すみません。通行の邪魔なのですが……」
「邪魔をしているのだ」
ノッポがそう答えると、左右の凸凹がうんうんと頷く。
「迷惑行為、ダメ、絶対」
「ふんっ、俺達はお前らの様な幸せ者を潰しに来たのだ」
「あー……」
いつだったか……半年ぐらい前に聞いたことがある。道の真中で仁王立ちをして、リア充を困らせている三人衆がいるのだとか。
そうすると、俺はリア充に見られているという事か。それはそれはありがたいな。
「それで、どうしたいのですか?」
「黙って俺達に殴られてくれ。何があっても手を出さないという約束も込みだ」
「いいですよ」
「なに、本当だな?」
「はい。バッチコイってもんです」
俺がそう言い終わるやいなや、ノッポの手が早速伸びる。餌を前にした蛇、という程鋭くはないが、早さはある。
が、反射的に拳を避けてしまった。腕が俺の目の前を通りぬけ、ノッポが前のめりになる。そのまま鳩尾に膝を入れてやりたいところだが、ここは我慢といこう。
「何故避ける!?」
「避けないとは言ってない」
「クッ、お前ら、やっちまうぞ!」
ノッポの言葉により、仁王立ちのままだった凸凹が殴りかかってきた。二人が殴り合わないように、前方と後方から少しずらしてきている。
しゃがみこんでパンチを躱すも、すぐに膝が二つも迫ってきた。上は既に空いているので、しゃがみ込んだ際の勢いを利用してバック転で躱す。が、ノッポに足を掬われてしまった。
尻を付きそうになるのを右手で止め、右手を軸にそのまま後ろへ回転した。
「なぁにぃ!?」
「来いよノッポ。お遊戯はまだ終わってないんだろ?」
「お遊戯……だと……?」
「ん? 違うのか?」
「違う! 俺達は本気でお前ら幸せ者を恨んでいる! 全ての幸せ者に迷惑行為をするのが、俺達の使命だ! あわよくば別れさせてやりたい!」
「ただの僻みじゃねぇか……」
「僻みじゃない。恨みだ。幸せ者は不幸者を蔑み、馬鹿にする。俺達がそうされた様に……お前ら幸せ者は高台から俺達を見下ろすんだ……」
なるほど。この三人は意思を同じくして集ったと。果報者を不孝者にするのが、こいつらの目的。実際のところ、こいつらのせいで別れたカップルの数はそう少なくはない。……たしか。
「行くぞお前ら! このガキを潰す!」
ノッポの叫びと共に、三人が襲いかかってきた。俺はどの拳も避けずに、全部、体で、顔面で受け止めた。
踏ん張る事もしていなかったせいで、数メートルほど後退してしまう。痛かったが、傷も痛みも一瞬で癒えてしまう。
「何故避けなかった。同情でもしたか?」
「しないよ、そんなの。誰がお前らみたいな奴らに同情なんかするんだよ」
「なんだと?」
「ノッポさんよ、左右を見てみなよ……お前はそれでも自分が不幸だって言うのかよ? 一緒に過ごしてくれる、自分の意見に賛同してくれる、そんな仲間がいて、お前はまだ自分が不幸だって言うのかよ?」
こんな人を説教するような事、俺の柄じゃないんだがなぁ。
今更ながら、自分の言ったことに気恥ずかしさを覚え、思わず頭を掻いてしまう。穴があったら入りたい。何で俺、こんな事言っちまったんだ……うぅ……。
「……こ、これからは兄貴と呼ばせてください!」
「えっ!?」
「俺達三人は、兄貴の言葉に感動しましたぁ!」
いやいや、早いよ、堕ちるの早すぎだよ。寝取り漫画でももう少し粘るよ。あっ、なるほど。これが最近流行りのチョロインか……。
「兄貴、俺達、悪い方ばっかり見てて、良いことが全然目に入ってませんでした……恨みってのは、恐いもんですね……」
「そうだな」
「兄貴、俺達、もうやる事無くなっちまいました……」
「まずは迷惑行為を止めなさい。そして、あなた達三人でやりたい事を見つけなさい。俺もちゃんと、後押ししてあげるから」
恥ずかしさをごまかす意も込めて、ちょっとふざけてみたのだが、俺の眼の前にいる三人衆は口から「おっかぁ……」と漏らしていた。……聞かなかったことにしよう。
「付いて来たいならきなさい。ただ、馬車に空席はありませんよ」
「俺達は地獄の底まで付いていきます! 移動なら俺達の馬があるので大丈夫です!」
「分かりました。なら、俺の連れに紹介しますから、馬を連れて馬車に戻って来なさい」
「はい!」
と、素直に返事をするノッポ。手のひら返しとはこの事か。……きっと誰も、いなかったんだろう。誰も、言ってくれなかったのだ。
ただの言葉、されど言葉。三人の繋がりを気付かせる人が、今まで現れなかったのかもしれない。おそらく、俺でなくてもこの三人衆は『兄貴と呼ばせてください!』とか言ったに違いない。
偶然、ただの偶然初めてが俺だっただけなのだ。でも、それでも、俺は人を救えただろうか。偶然でも人を救えたのなら、俺はとっても幸せだ。
「おい、どうした」
俺を出迎えたのは、リラ。心配に思ってくれたのか、荷台からわざわざ降りてきたらしい。
「いや、あの三人が仲間になった」
「大丈夫なのか、それ……」
「問題ない。裏切るようなら殺す」
「……そうか」
「まぁ、大丈夫だろ、多分」
「む、服が乱れてるぞ、しっかりしろ」
リラは説教じみた顔で、俺の服についた皺を伸ばし、埃をはたいてくれた。面倒見がいいのは、ニーナと友人になれている時点で分かりきっている事だが、これが姐御肌という奴だろうか。話を無理やり逸らされた気もするが、気にしないでおこう。
うーん、にしても、いいなぁ、
お姉ちゃん。俺も欲しかった。シャルルは過去を話してくれないから、実はシャルルにもいたりするのかもしれない。
「ありがとう」
「気にするな。それよりも、戻ってきたようだぞ」
リラの視線の先にあるのは、凸凹ノッポの三人衆。馬車ではなく、馬に乗っているし、移動は俺達よりも早くできるだろう。三人衆の使い道は色々あるな。
「おーい、皆さーん、新しいお仲間の紹介ですぞー」
わざわざ荷台にいる連れを降ろさせ、一応顔と名前だけは覚えてもらう。全員が出てくる前に、俺は三人衆に馬から下りるようジェスチャーした。
「はい、左からどうぞ」
「ポーロです」
「トニーです!」
「フ、フランクです」
小太りがポーロ、ノッポがトニー、そしてガリがフランクか……。三人衆でも長いからな、何か略称を……。
「よし、お前ら三人合わせてポトフだ。いいな?」
「兄貴が言うなら!」
「俺達ぽっとっふ~」
「ポットッフ~」
ポーロに合わせてフランクが口ずさむ。仲間が三人増えた事により、一段と騒がしくなった。……実は、もう一人付いて来ている奴がいるのだが、皆には黙っておこう。
「さて、出発しますか」
男四人と女子多数、そして一体の幽霊は、また歩を進めた。
それぞれが何を思うのか、それは俺の知る所ではない。
思いなんてのは知らないが、この幸せが続くなら、俺は何だってする。そう、何でも。何でもするさ。
……ん?
遅くなりました。スランプってやつですかね。ネタが無いです、テヘペロ☆
しばらく日常系が続くかもしれません。かもしれません。はい。
 




