『成功』は『努力』で・前編
勝負を終え、現在位置は道場の壁際。
俺とエヴラールは稽古を再開した生徒たちの様子を眺めていた。
さっき負かした茶髪の少年、カイと言うらしい。
そのカイは時折俺を睨みつけてくる。
なんだか少し居心地が悪い。
「ところで、エヴラールさん。どうして僕を戦わせたりなんか」
「ここの道場を使うためだ」
「どういう事ですか? 使うだけなら頼めばいいものを」
「自由に使うには、道場の生徒よりも強く無くてはならない。あそこで負けていれば、シャルルも生徒入りだったな」
わざと負けたりしていなくて良かった。
これで俺はちゃんと練習できるわけか。
大体、生徒より強くなくてはならないって何だ。
生徒より弱い者に我が道場を使う権利はないと?
そうすると、道場で一番強い生徒が俺の相手をしたって事か?
……いや、恐らく同じ五歳の中で一番強い相手、だろうな。
五歳児と十歳児を戦わせるわけがないし。
「さて、始めるか」
何やかんや考えていると、エヴラールが俺に向かって言った。
俺は両手に木剣を握る。
貸してもらったのは約十二畳のスペースだ。
俺はエヴラールから距離を取り、二本の木剣を構えた。
今日も俺の稽古が始まる。
半日、俺はずっと、剣の稽古をしていた。
四段からはレベルが上がり、習得は容易ではない。
予想だが、二週間以上はかかりそうだ。
難しいだけじゃなく、どうにもこの道場はあまり落ち着かない。
俺とエヴラールの打ち合いを見学する奴が結構多い。
生徒達の稽古が終わった後も俺達は稽古を続けていた。
だが、生徒の中には、残って俺達の練習を見学していた奴もいたのだ。
皆が皆真剣な表情をしていて、俺達の打ち合いを観ていた。
恐らく、エヴラールから何かを吸収したいのだろう。
真面目なのはいいことだ。
エヴラールは強いし、学べることもたくさんあるだろう。
見るだけでも参考になるものだからな。
翌日、俺は早朝トレーニングの後、街を見て回ることにした。
もちろん、エヴラールと一緒にだ。
サンズという街は、どうやらリースの様に、冒険者が集まる街らしい。
剣や杖を装備した人がたくさんいて、種族もまばらだ。
エヴラールから聞いた話、この世界には十の種族がいるらしい。
獣人、竜人、巨人、小人、空人、駆人、海人、魅人、鍛人、そして人間だ。
獣人は聴覚や嗅覚、そして体術に優れる。動物の耳や尻尾が特徴だ。
竜人は火魔術に優れ、剣を扱うのも上手いらしい。成人すると竜に変体できるのだとか。
巨人は人間より一回り大きい種族。力は二倍、防御力も二倍だ。棍棒や斧で戦う。
小人は成人しても、人間成人男性の三分の二の丈にしかならない種族だ。
空人は鳥の羽を背中に生やした種族だ。風魔術を得意とし、争い事はあまり好まない。
駆人は強い足を持った種族だ。魔術は殆ど使えないが、槍術と足技が基本の体術に優れる。
海人は片頬にある鱗が特徴的な種族。水魔術を得意とし、水中でも呼吸が可能。三股槍を使う種族だ。
魅人は尖った耳とスラリとした体型が特徴的で、百二十年以上生きるとされている。聖魔術を得意とする。
鍛人は土魔術を使う。酒豪で二百年は生きるらしい。
そして人間。人間は全ての属性の魔術を使えるが、ある一定値を越えられない。十六歳で成人だそうだ。
それと、もう一つエクストラで、半神というのも存在する。
姿形は人間と全く一緒だが、人間よりも優れた力を持ち、百年以上は生きる。
優れた力というのは、魔力総量が異常に多かったり、力が異常に強かったりとか、そういうのだ。
俺は半神なのかとエヴラールに聞いたが、絶対に違うと言われたが、理由を教えてはくれなかった。
半神の髪色は統一されていて、俺の髪色が黒だからとか、そういうことだろうか……って、それは単純すぎるか。
――――――
サンズには道具屋、武器屋、防具屋が一軒ずつしかない。
だが、それぞれがかなり大きい。
冒険者ギルドは俺の世界で言うスーパーマーケットぐらいの大きさ。
そして普通の道具屋などはコンビニ二軒分の大きさしかないのだが、サンズの道具屋などは冒険者ギルドと同等の大きさがある。
武器屋に入れば、冒険者で溢れていた。
皆が皆、防具や武器とにらめっこをして、品定めをしている。
俺もエヴラールも武器は買わない。
俺は練習用の刃の潰れた剣しか持っていないが、四段になるまで買ってもらえないし、エヴラールはいつも手入れをしている昔からの愛剣二本以外は持たないという。
今のうちに買う武器を見ていた方がいいだろうし、俺も一つ一つ見ていた。
だが、前の世界で実物の剣なんて見たことも無かったため、どれが良くて悪いのかわからない。
俺達は適当に目を通した後、店を出た。
街を見て廻った後の夕方。
俺達は道場で剣の修業をする。
今日もギャラリーは多数、そして静か。
道場に響くのは剣と剣のぶつかる音、そして時折漏れる、俺の呻き声だ。
修行が一段落付いた後、俺は壁際で休憩をとる。
すると、生徒の一人が俺の近くに来た。
カイだ。
「おい、おまえ」
カイは俺の目の前に立ち、声を掛けてきた。
「なんでしょうか」
「名前は」
「……シャルルです」
「そうか。僕はカイだ、よろしくシャルル」
そう言って、カイはマメの出来た手を差し出してきた。
俺はカイの差し出した手に自分の手を重ね、握る。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
なんだ、ただの挨拶か。
今のこいつには敵意も見えないし、同い年なんだから仲良くはしたい。
「それじゃ、僕は帰るよ。また明日」
「お疲れ様でした」
カイは荷物を背負い直すと、道場を去った。
「シャルル、今日はもういいだろう」
「わかりました」
九時頃、エヴラールが今日の稽古の終わりを告げる。
俺は肩に乗せられ、二人で宿へと戻る。
最近では宿へ戻ると、水浴びをした後にすぐにベッドに寝転ぶ。
エヴラールは稽古のレベルを上げてきている。
もうすぐこの街を出るのかもしれない。
ヴェゼヴォルは厳しいところだと聞いた。
俺が強くなれないと移動が出来ないから、少しだけペースを上げたのだろう。
――――――
一ヶ月が経過した。
毎日同じように過ごしたが、最初の頃と違う点はカイとよく話していた事だ。
今では友達と呼べる仲だろう。
そして二週間程前に俺は四段に到達した。
予定通りの期間だったが、恐らく最初のペースでやっていたら二週間では出来なかっただろう。
エヴラールには本当に頭が上がらない。
そして今日、俺は遂に冒険者登録をしに行く。
そのために今、冒険者協同組合……冒険者ギルドへと足を運んでいるのだ。
冒険者協同組合、俺らの世界で言う冒険者ギルド。
冒険者ギルドは助けの欲しい人が依頼する場であり、冒険者が依頼を受ける場所。
ギルドは中立している訳ではなく、どちらかと言えば冒険者寄りだ。
元はといえば、冒険者が金を得る手段として立ち上げたのが冒険者ギルドの始まりだと、この世界では言われている。
冒険者ギルドの上層部は半分が引退した冒険者らしいし。
つまりは、依頼主と冒険者の間を取り持つ機関ではなく、冒険者が手を取り合う場所なのだ。
そして、俺は今その冒険者協同組合の窓口に居る。
もちろん、冒険者登録の為だ。
「シャルル・リテレール様で間違いありませんね?」
「はい」
「では、登録致します。腕を差し出してください」
窓口のお姉さんに言われ、腕を向ける。
お姉さんが俺の手首に羽ペンで何かを書込むと、俺の手首を中心に、黄色い輪が広がる。
そして輪は縮まり、俺の手首に紋様が残る。
「登録が完了致しました。確認させて頂きます。シャルル・リテレール様、男性、五歳、五級冒険者。間違いありませんか?」
五級冒険者、というのは冒険者の階級の事だ。
五から一、そして一級の上の特級まで昇級できる。
簡単に言えば、F級からS級まであるという事だ。
「はい、問題無いです」
「では、良い一日を」
登録を済ませ、登録料の銀貨一枚を置いた後、軽く頭を下げてから受付を去る。
ロビーのベンチではエヴラールが待っていた。
俺はエヴラールの元へと駆け寄り、手首を見せる。
「よし、できたか」
「はい、おかげさまで」
この世界のお金の仕組みもわかってきた。
銅貨、大銅貨、銀貨、そして金貨の四つがこの世界の通貨だ。
日本円に換算するなら、銅貨は十、大銅貨は百、銀貨は千、金貨は万の単位だ。
袋詰のパンが大銅貨一枚ぐらいなので、そのぐらいで合っているだろう。
今の俺は五級冒険者。
こなすクエストの数ではなく、実力に合わせて階級が上がる。
昇級試験なるものが一ヶ月に一回行われるのだ。
普通の依頼には階級制限があり、五級が受けられる依頼は五から四級までの依頼。
四級は五から三級、三級は五から二級、二級は五から一級、そして一級は五から一級だ。
特級クエストを受けるには特級冒険者にならないといけない。
しかしまあ、昇級試験では五級冒険者でも一級の昇級試験が受注可能。
それで死んでも自業自得となる。
「自分の実力も測れないようじゃ冒険者はやっていけない」とはエヴラールの一言だ。
冒険者になった今、俺に必要な物は武器だ。
俺達が今向かっているのは武器屋。
俺の剣を買いに行くのだ。
この街の武器屋は前にも言った通り、かなり大きい。
俺は今、片手剣の置かれている二階にいるのだが、ここにいる片手剣使いは皆盾を持っている。
双剣士という道はなかったのだろうか。
やはり、両手で剣を扱うのはそれだけ難しいという事だろう。
「おっ」
剣を見て回っていると、俺の興味を引く剣があった。
前の世界での『怪物を狩る者』というゲームで俺が良く使っていた剣によく似ている。
まあ、『氷◯【雪月花】』の事だな。
あれは太刀だから刀身の長い武器だが、俺の目の前にあるのは『氷◯【雪月花】』の半分の長さしかない。
高い位置にあったのでエヴラールに頼んで取ってもらう。
「これが欲しいです」
「使いやすそうか?」
「はい、なぜだか良く馴染みます」
「そうか、分かった」
そしてエヴラールは同じ剣を二本取り、カウンターまで持っていった。
値段はなるべく見ないようにしている。
この先、遠慮しまくりになると、支障がでそうだからだ。
何も知らない俺は図々しくいなければならない。
この世界のことをもっと知らなければならないのだ。
購入は無事に終了し、俺は剣を二本渡される。
エヴラールは背中と腰に差しているので、俺も真似して同じ位置に差す。
我が師匠はフード無しのコートだが、俺はフードの付いたコートだ。
それ以外は全く一緒の姿になった。
エヴラールもなんだか嬉しそうだし、これで良かったのだろう。
そして数日後。
俺達はこの街、国を去る。
ルーノンス大陸を越えてヴェゼヴォル大陸へと向かうのだ。
出る前に、カイに挨拶をしなくてはいけない。
カイは朝早くから道場に来ているはずなので、道場へ向かった。
思った通り、朝から一人で素振りをしている。
「おはようございます、カイ」
「む? シャルルか。今日はどうした?」
「実は、もうこの国を出ることになっていまして」
「……そうか気をつけていけよ」
「はい、お元気で」
「ああ、シャルルもな。……次会った時は必ずお前を倒すからな」
「望むところです」
言いながら、握手を交わす。
短い間だったが、こいつとはかなり仲良くなれた。
カイには剣術の才能もあるし、次会った時が楽しみだな、本当に。
俺とカイは短く「じゃあ、また」と言って別れた。
この街では道場と宿を行き来していただけなので、カイ以外の知り合いはいないと言ってもいい。
だから、挨拶もこれだけで充分。
道場の外で待つエヴラールと合流し、馬屋まで向かった。
もちろん、エヴラールの肩に乗せてもらった。
馬屋でフーガを引き取り、門をくぐった。
フーガは相変わらず元気そうで良かった。
俺達二人と一匹は、ヴェゼヴォルへの一步を踏み出す。
御意見、御感想、駄目出し、何でも何時でも歓迎しております。
では、ショートストーリーをどうぞ。
「エヴラールさん」
「なんだ?」
「竜人って、竜に変体出来るんですよね?」
「ああ」
「どんな風にですか?」
「体がそのまま竜の体質になったり、羽や尻尾が生えたり、火魔術が強化されたりだな」
「巨大な竜になる訳ではないんですね」
「ああ、体の大きさは、元の体の大きさよりも少しだけ大きくなる程度だ」
「へぇ」
「中には、それを好まない者もいる。特に女性はな」
「ああ~、竜になったら、可愛くないですもんね」
「『尻尾だけ生やして、他は人のまま』という姿を妻に頼む者もいるそうだ」
「それはとても良い」
「俺もそう思う」
「エヴラールさん……」