トラベラーズ
俺達の最初の目的地は、軍事国バーゼルトだ。エリカを無事にバーゼルトまで届けるという依頼がある。
バーゼルトの後は、ロンデルーズ王国を避けながら移動を繰り返す。逃避行ともいえる旅だ。
旅が始まって二日目、俺達は一つの村で足を止めた。昨晩は野営だったが、今晩は宿を取ろうと思う。
俺達が宿を取る村の名前は、ボルン村。夕刻とはいえ、人が少なすぎる気もする。国と国との間にある村なのだから、それなりには人がいてもいいはずなのだが。
「ヴィオラ、ここで宿を取るのは嫌なんだが。すんげぇ怪しい」
「問題はないじゃろ。嫌な奴がおったら殺せばいい」
「危険は避けたいんすよ」
「慎重になりすぎるとお主が持たんぞ。此方もおるのじゃ、お主はもう少し肩の力を抜け」
そんな事を言われても、追われている身だし、連れがいるし。まあでも、ヴィオラもいるし、誰が来ようともぶっ飛ばしてくれそうな気はする。
……いつまでも考えすぎてちゃいけないな。少しは他人に寄りかかってみよう。
「分かった。今日はここに泊まるか」
「うむ」
ということで、俺達はボルン村の宿を探し、宿泊する事にした。宿にも人は受付人以外おらず、他の客の気配もない。どうしてここまで人がいないのだ。
「あの、この村静か過ぎませんか?」
支払いが終わった後、受付のおじさんに尋ねた。おじさんは薄笑いを浮かべながら、口を開く。
「昼はたくさん人がいるんだぜ。夕方に皆帰っちまうだけだ。旅人もあんまり来ねぇしな」
「なるほど」
「まぁ、こんだけ静かなら、ぐっすり寝られるだろ」
「たしかに、そうですね」
どちらにせよ、俺は眠れないのだが。
「ほれ、鍵」
おじさんに鍵をもらい、二階の部屋に向かう。部屋は二つ借り、俺とヴィオラは寝ないので、それぞれ好きな様に分けるよう言った。
特に相談をするでもなく、部屋割りは数秒で決まった。片方はリラ、ニーナ、クロエ、エリカの四人。もう片方にはカレン、サラ、クロエ、そしてマイヤの四人だ。
エリカの分の代金は依頼完了の際に報酬と一緒に渡すという事になっている。払ってくれるなら、後払いでも問題はない。
「晩飯、どうしようか」
「宿の食堂でいいんじゃないー?」
俺の独り言をエリカが拾った。
「皆もそれでいいか?」
俺が全員に確認を取ると、揃って頷いた。なんか、女子校の修学旅行みたいだ。この場合、俺は教師の立ち位置か。
修学旅行……人生でも一度も行っていない気がする。記憶にないし、行ってないんだろうな。小学生の頃の林間学校の記憶は薄っすらと残っているのだが。
……なんで俺、未だに前の世界の事考えてんだろ。
――――――
食後、しばらく雑談を交わし、就寝するという事になり解散した。俺はカレンを寝かせつけてから、宿の屋根に上がった。おじさんに許可は貰っている。
屋根の上にはヴィオラがいた。仰向けになり、鼻歌を歌っている。
「シャルルか。お主も大変じゃのう。娘を持った気分か?」
「どうだろうな。そういえばヴィオラは娘とかいないのか」
「此方は男と交わった事すらないぞ。一度もな」
「は? はぁ? 何千年も生きておいて、一度もないって? そりゃぁ冗談きついぜヴィオラさん」
「愛した人とするのが普通じゃろう。此方は今までで一度も誰かを愛した事などない」
愛した人とするって……時代のギャップを感じる。この十年間で『性行為は結婚してから』とか聞いた事ないんだが。
俺の時代では十代のほとんどの女が経験済みだというのを聞いたことがある。未成年淫行で捕まる人が未だ絶えないのだから、事実なのかもしれない。
俺はてっきりヴィオラはもう経験済みなのかと思っていた。この世界の人間が皆こんな考えを持っている……というわけではなさそうだ。
ヴィオラが生まれたのは四桁も前の年。ヴィオラだけが古い考えを持っているのかもしれない。あの魔王はやりまくってそうだったし。
「ヴィオラさん、やっぱオバサンですね」
「殺すぞ」
「ひっ」
瞳に本物の殺気が篭っていた。ヴィオラは視線だけで人を殺せそうだな。キッとしてバタリ。
「まぁオバサンがどうのはいいとして」
「おい」
「話があるんだよね」
「はぁ……なんじゃ?」
「いや、ほら、俺が力を持ってるとか何とか言ってただろ。何となく分かるんだけどさ、もう少し砕いて話して欲しいっつーか」
「別に難しい話ではないじゃろ。お主が覚醒――」
「だぁぁっ! やめて、覚醒とかやめて! 俺の邪気眼が古傷がががァ!」
「お、おぉ、どうした。頭を打ち付けては近所に迷惑じゃ、やめい」
クッ、ヴィオラの奴、俺に精神攻撃を仕掛けてきているな。油断できない奴だ。常時構えていないと……。
「話を戻すが、お主が……暴れた時、お主の魔力は肥大化し、大陸を滅ぼす事が出来るという話じゃ」
「だからその大陸ってのがさ、飛躍しすぎてて良くわかんねぇのよ」
「大陸は大陸じゃ。お主が『世界なんて壊れてしまえ』と願っただけで、大陸はぽーんっと荒地に変わるじゃろう」
「ふぇぇ」
「まぁ、尤も、そうなる様な事があれば、崩壊する前に此方がお主を殺してやるがな」
「その為の同行……監視か」
「ノエルだけでは心許無いのでな」
「……ああ、そういう事」
ノエルは監視の為に魔王がくれた物だったって事か。つまり、ノエルには俺が暴走した時に俺を殺すよう設定されているわけだ。
「マイヤも事情を知っているのか?」
「当たり前じゃ」
「もしかして、マイヤって俺より強い?」
「そうじゃの。体術だけで言うなら、お主では敵わぬ。剣を使っても互角じゃろうの」
「えっ、恐い」
「お主は魔術の程度だけ高すぎる。魔術を使えば余裕じゃろ?」
「うん、まぁ」
たしかに、魔術を使えば、俺はかなり強い。自分で言うのも何だが、凄く強い。ゴブリン千体なんてぽいっと殺れる。
だからこそ、魔術はあまり使っていない。一瞬で死なれても面白くないし、経験値がたまらない。剣術で勝ちたい相手がいる。越えたい人がいる。
「でも、魔王には一瞬で殺されたなぁ」
魔王ジノヴィオスと対峙した事もあったが、指を向けられただけで腹に穴が空くという意味の分からない攻撃を喰らった。
あれが頭だったら、今頃俺は土の中だろう。正直言って魔王には勝てそうもないが、俺は必ず届いてみせる。
「ていうか、俺が大陸を壊せる力を持ってるなら、魔王もそんぐらいできるんじゃないの?」
「奴も無限の体力、魔力を持っているわけではないのじゃ。精々国一つを崩壊させる程度じゃろう。だからといって、お主が勝てる相手ではない。魔力肥大化後のお主でも、勝てるかどうか」
「とどのつまり、技術面で俺は負けていると」
「そうじゃな。お主は此方にも勝てん。お主は魔力があるだけの青二才じゃ」
そりゃあ俺は十年しかこの世にいないし、千年以上戦ってきた相手に比べれば、俺はじゃがいも同然だろう。
関係ない事だが、ゲームでも芋ってばかりだったからな。きっと、俺は生まれながらのジャガイモだったのだ。好きなお菓子もじゃが○こサラダ味だった。
「――なぁ、ヴィオラ、なんだあれ」
何気なく視線を移した俺は、宿の入り口を村人が囲んでいるのを目にした。松明を手に、入り口の前に立っている。
「……分からぬ」
「カレン達のところに戻ってくれるか」
ヴィオラは小さくうなずき、窓から静かに部屋に戻っていった。その間、俺は屋根の上から下の様子を伺う。
松明を持った村人が全部で……十二人か。一体何をしている。何を始めようといているんだ。
俺が気配を消しながら様子を見てしばらく、村人たちが左右に揺れだした。手に持った松明の火の様に、ゆらゆらと、揺れ始めた。
その顔に生気がなく、不気味としか言いようがない。ゆらゆらと、ゆらゆらと、揺れ動いている。挙句の果てには、ブツブツと何かを唱え始めた。
何なんだあれは……気持ちが悪い。なんか悪い宗教団体か? 怖すぎる。
「――なっ」
思わず、口から声が溢れる。村人たちが突然、殺し合いを始めたのだ。手に持った松明で焼き殺し、隠し持っていた斧で頭をかち割り、生気のない表情のまま、殺しあっている。
その内の数人は宿の扉を強く叩き、「あぁあぁ」とうめき声をあげている。何なんだ、これ。
どうする。ここで飛び出てやめさせるべきか、それとも変な狙いを付けられないように大人しくしているべきか。
一人なら前者、だが、今は後者だ。目の前で人が死ぬのを見るのはいい気分じゃないが、ここはひとつ、我慢――
「おい、お前らなにしてんだ! やめろ!」
できなかった。俺は屋根から下りて、乱闘を止めようと剣を抜き、振り下ろされた斧を弾こうと振るうが、すり抜けた。斧がすり抜け、軌道の先にあった村人の頭をかち割った。理解が、追いつかない。
「ちょっ、待てって、待て!」
声を上げても、聞く耳持たずといった様子で、殺し合いを続けている。すり抜ける相手なんて、止められるわけがない。
俺は尚も声を上げるが、殺し合いは止まらなかった。結局、道端には十二の死体が倒れ、宿の前は血だまりと化していた。
「何なんだ……」
次の瞬間、消えた。死体も、血も、武器も、何もかもが。まるで全てが夢だったかのように瞬きをしただけで消えた。
俺の幻覚だったのか? いや、ヴィオラにも見えていたのだから、それはない。集団幻覚というわけでもなさそうだし。
一体、何だったんだと、何度も何度も思い返している内に、夜が開けた。
俺はおじさんの朝食を取った後、おじさんの元へ向かう。
「おじさん、昔この辺で事件とかありませんでした?」
「あったぜ」
「……殺し合い、とか?」
「ああ。やっぱり、お前さんも見たんだな」
「見ましたよ、はっきりと」
「……昔な、ここいらに宗教団体がいたんだよ。人を集めて、悪魔を呼びだそうとか、悪魔の子を孕ませようとか考えてた奴らだ。最終的にはよ、そいつら悪魔の生贄だなんだ言って殺し合いを始めたんだ。それからだ、ほとんどの人たちが違う村か王国に逃げちまったよ。亡霊が出るようになったからな」
嫌な話だ。イカれた宗教団体ってのはここにもあったんだな。だが、亡霊になったという事は、悪魔を呼び出す生贄には失敗したんだな。生贄なら魂も喰われているはずだし。
俺は幽霊なんてもの信じていなかったのだが、見た以上は信じる他無い。それに、ここはそういうので溢れている世界だ。今更疑っても仕方が無い。
「お話、ありがとうございました」
「おう」
俺はおじさんに礼を告げ、食堂に戻る。ヴィオラが食後すぐに出るという提案をしたらしく、全員がそれを飲み込んだ。俺にも異論はない。
全員一度部屋に戻って、準備をする。俺は全員が出発の準備をしている間、受付人の元へ戻った。
「ここに教会ってありますか?」
「あるぜ。村の東部だ」
「ありがとうございます」
俺は二階にあがり、ヴィオラに「出かけてくる」と一声掛け、宿を後にした。
この村は東部に行くに連れて、雰囲気が禍々しくなっていく。薄暗く、気味が悪い。
そんな空気の中、ぽつりと建っている建物があった。おそらく、ここが教会だろう。
俺はフードを脱ぎ、異臭漂う教会の中に入る。最初に目に入ったのは、祭壇の前で膝をつき、祈りを捧げる神父のような男だった。
俺は神父の元に歩み寄り、祈りが終わるのを待った。
「祈りを捧げに来たのですか?」
「いーや。悪魔を見に来た」
「……どうして分かったのですか?」
「宗教団体とか悪魔っつったら大体が教会なんだよ。ゲームではそうだった」
「げーむ?」
「まぁ、当てずっぽうって事」
「カマをかけられましたね」
「カマかけって程度でもない。そっちが勝手に口を割っただけだ」
「そうですね……。一つ、新しい情報を付け足してあげましょう」
神父はゆっくりと立ち上がり、振り向きざまにこう言った。
「私の趣味は、人を殺す事です」
「それ、神父のセリフじゃないね」
「私は、気づいたのです。神はいないのだと。それからです、私は、目覚めました。本当の快楽を見つけたのです」
「うーん、言っておくけど、神はいるぞ。神の使いに会った事があるんだ。ただ、神は傍観者で、慈悲がない。情もない。ただ作って壊すだけのゲームの作成者に過ぎないんだ」
「……つまり、私達は盤上の上で動かされている駒に過ぎない、と?」
「いいや、柵の中で生かされてる家畜だよ。いつ食べられるのかは神のみぞ知るって事だ」
俺は神を信じていなかった。神がいるのなら、何故この世界にはこんなにも負が溢れているのだと、ずっと思っていたのだ。
だが、俺はアダムに出会った。アダムは神と天使の間にいる存在だと言っていたから、神はいるのだろう。
だからといって、その神に祈りを捧げたところで、神は何もしてくれない。俺が何度祈っても、俺をいじめていた奴らの四肢は残ったままだった。頭蓋も潰れなかった。挽き肉に出来なかった。
だから、神は産み落とし、奪って、見ているだけの存在なのだろう。奴は現実でシム○ティを楽しんでいるのだ。
「……天国は、あるのでしょうか?」
「さあ? あると思うぞ。まぁ、どう足掻いてもお前は地獄落ちだろうけどな」
「そうですね。なら、潔く地獄に落ちてきます。最後に人と話せて良かった。ありがとう」
「どういたしまして。あっ、そうだ、地獄の王様に会ったら伝えて欲しい事がある」
「なんでしょう?」
「『悪魔っ娘とイチャイチャしたいです』って、頼めるか?」
「分かりました」
「それと、地獄で出世したら、俺が地獄に行った時の口添えをお願いするよ。これも何かの縁だし」
「……地獄に落ちるのを、認めているのですね」
「ま、多少はね」
「そうですか……、では、承りました。またいつか会いましょう」
「はいよ」
俺が次に瞬きをした時、神父は既にいなくなっていた。光となって消えたわけでも薄れたわけでもなく、いきなり消えた。
ふざけるなリアル。少しは演出をしろ、演出を。これだからクソゲー呼ばわりされるんだよ。ほんと、神はゲーム作りの才能無いな。
「はぁぁ」
ため息をつき、床に手を付ける。魔力を送り込み、『氷結』と念じる。
椅子も床も氷となって砕け、柱だけが残った。いいや、柱だけではない。そこには白骨も、埋められていた。
教会に入る前に臭った異臭は、これだったか。幽霊の原因もこれだと見るべきか。
とりあえず、俺は魔術で教会の外に出来るだけ穴を掘り、土魔術で作った触手を使って骨を穴の中に埋めた。
宗教の特別なマークがあるわけではないので、十字架か何かを立てる様な事はしない。俺は教会の床を埋め、宿に戻った。
「シャル……どこ、いってたの……」
「死んだ人助け」
「……?」
「ま、気にしなくていいよ。準備は出来たか?」
「ん、出来た……」
「じゃあ、行こうか」
準備が出来たそうなので、俺達は馬屋で馬車を引き取り、ボルン村を出た。
ボルン村が見えなくならない程度の距離から、俺は手綱を締めたまま後ろを振り返る。
村は――跡形もなく消えていた。
「……良かった」
俺は安堵の息を吐き、心配そうに俺の顔を覗き込むカレンの頭を撫でた。
忙しくて更新頻度が落ちてます。文章の質も落ちていると思います。
でも、一応投稿。




