吸血鬼は笑う・後編
お待たせしました。
が、今回はあまり進展ないです。
王国でたくさん世話になった人、ウルスラ。騎士団の副団長、仕事に生きる女といった雰囲気の落ち着き払った女性だ。
事件の後始末や、アドバイス、情報提供なんかをしてくれた人で、今住んでいる家も、ウルスラの紹介した不動産屋で見つけたものだ。
「シャルル殿、お気をつけて」
王国に出る事を伝えると、特に何かを言われるでもなく、ただの一言別れの言葉を告げられた。
ダラダラとしていても名残惜しい。この程度の挨拶がちょうどいいのだ。
「ウルスラさんも、お元気で。これ、僕が作ったウルスラさんの人形です。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます。大事にしますね」
「こちらこそ、色々とお世話になりました。ありがとうございました」
ウルスラは恥ずかしげに笑い、人形を受け取ってくれた。
「シャルル殿、こちらの紹介状をお受け取りください。各大国の騎士団での知り合いです」
「そんな、いつも貰ってばかりで、こんな事まで――」
「私が好きでやっている事です。どうか受け取ってください」
「そこまで言うなら……」
俺は複雑な心境で幾つかの巻かれた紹介状を受け取り、外套の隠しにしまった。
本当に、いつもいつも、ウルスラには貰ってばかりだ。御礼として何か役に立とうとしても、『そこにいてください』としか言われたことがない。
「では、お気をつけていってらっしゃいませ」
「本当に色々とありがとうございました」
もうこれ以上何かを言うと、日が暮れるまでこの場所に居座りそうなので、俺は踵を返し、副団長室を出ることにした。
何の御礼も出来ていない事が悔しく、情けない気もする。
次戻ってきた時は、ちゃっかり結婚とかしてしまっているかもしれないな。
その時は嫌というほど世話を焼いてやろう。
未来の企みを考えながら、次に俺が向かったのは、タイラー料理店。貧乏飲食店だったのだが、依頼を受けて俺が手伝いをした事によって、今は繁盛している店だ。
だが、タイラー料理店には感謝もしている。俺がこの依頼を受けなければ、報酬として提示した『俺の組織の宣伝』も上手く行われていなかったかもしれない。
俺の組織に依頼がやって来るようになったのも、ほとんどタイラーのおかげといえる。
「タイラーさん、今日も繁盛っすね」
顔パスで事務室まで入り、タイラーに会釈をする。
「ええ、常時満席です」
「そりゃ良かった。あれ、従業員また増えました?」
「はい。一人面接を通しました。ビシビシ鍛えていきたいと思いますよ」
「頑張ってください。ってそうだ、実は僕、王国を去る事になしまして」
「へぇ……えっ!?」
「旅をね、したいんですよ」
「な、なるほど……そうですか。……少し、待っていてもらえますか?」
「え、はい」
タイラーが意気揚々と事務室を出てから数分で、タイラーは戻ってきた。
タイラーは椅子に腰を下ろし、得意気に言う。
「長持ちする食料を箱詰め、瓶詰めしていますので、どうぞ持って行ってください」
「えっ、いや、こちらには、資金がたくさんあるのでそこまでは――!」
「いえいえ、我々からの御礼の気持ちという事で、お願いします」
「で、ですが……」
「シャルルさんにはたくさんお世話になりました。これぐらい受け取っても、バチは当たらないと思いますよ」
「……負けました。もらいます」
テンパッて資金がどうの何て事を口走ってしまった。
ここまで押されてしまえば、貰うほかないだろう。
御礼とまで言っているのだから、むしろ、貰わないと失礼だ。
「数時間ほどしたら、シャルルさんの家に運びますので」
「いえいえいえいえ、流石にそこまではさせられないです。荷台にでも積んでおいてくれれば、大丈夫ですので。本当に、大丈夫なんで」
「そ、そうですか、分かりました」
捨てたはずの遠慮の気持ち。欠片がまだ生きていたようだ。
「それじゃあ、後ほど取りに戻ってきますね。他にも行く所があるので」
「分かりました」
俺はタイラー料理店を後にし、家具屋へと向かった。
今は閉店中で、新しく家具を作っているらしい。
とりあえず、ノックをして、店長が出てくるか試してみる。
「――お、シャルルさんでやすか」
「どうも、ちょっくら挨拶に」
「どうしやした?」
「王国を去るので、挨拶を」
「そうでやすか……お得意さんがいなくなるのは、寂しいもんでやすよ」
「僕も、割り引いてくれる腕の立つ職人に会えないのは、寂しいですね」
「あ、そうだ、ちょっと待っててくだせぇ」
店長は扉を開け放ったまま、中に戻っていってしまった。
また出てきた店長の手には、三セットの刀架があった。
「これ、持ってってくだせぇ。塗装は終わってないですやすが」
「……も、もらいます。ありがとうございます。僕からはこれを」
「これは……金槌でやすか!」
「はい。僕の加工付きですよ」
「ありがとうございやす! 使わせていただきやす!」
この金槌は、知り合いに作ってもらったものだ。
俺の魔力での補強もしてあるので、ゴブリンと金槌で対峙しても壊れないようになっている。
「それじゃ、戻ってきたらまた寄りますね」
「はい、いつでもお越しくださいやせ! それと、お気をつけて!」
「店長もお元気で」
手を振ってくれる店長に、手を振り返しながら家具屋を去る。
俺の知り合いはこれぐらいしかいないので、他に回る所は隣人しかない。
隣人の一家に別れを告げ、息子さんに木剣をプレゼントし、次の隣人に挨拶に行く。
俺のお隣さんは、鍛冶職人のエリカだ。
健康的に焼けた肌をした、鍛人の女性。見た目は子供、中身は大人。
若干眠そうな目をしていて、瞳は透き通る様な茶色。
髪色も薄い茶色で、肩の下までしか伸びてないであろう短めの髪の毛は頭の両側でまとめられている。
「よっす」
「おー、シャルルー。どしたのー?」
「旅に出るんで、挨拶と、点検のお願いかな」
言いながら、俺がエリカに差し出したのは、エリカに特注して作ってもらった太刀だ。
当然の事ながら、この世界に太刀なんてものは存在せず、両刃の剣ばかり。
太刀に憧れていた事もあり、注文しまくりの納入しまくりで完成させた太刀。数週間に一度のペースでエリカに調整を頼んでいるのだ。
「旅? なんでー?」
「夢をかなえるため」
「そっかー、実は私も出張しなきゃいけなくてー」
「うん?」
「ついでにって事で護衛お願いしてもいいかなー?」
「うーん……」
「それにさー、それの点検出来るの、あたしだけだよー?」
「それも、そうなんだが……」
そうすると、護衛対象が増える事になる。ヴィオラもいるし、三人衆もいるから、問題はないのか……?
いや、でも、俺と同行して、飛び火を食らわせても後味が悪い。断っておくべきなのか。
でも、エリカには色々としてもらったし、この程度の依頼、受けてもいいだろう。
「ちなみに、行く先は?」
「軍事国バーゼルトだよー」
「……よし、分かった。その依頼、引き受けよう」
「わーい、ありがとー」
「出発は明後日だから」
「分かったー、準備しとくー」
こうして、パーティにエリカが参加した。事実として、俺の太刀を点検できるのは、作った本人であるエリカだけだ。
それに、ヴィオラもいれば百人力というやつだろうし、エリカとは途中で別れるわけだから、危険は半減だと思う。
とりあえず、俺はタイラー料理店に戻った。援助物資を受け取りに行かなくてはならない。
気軽な気持ちで戻ってきたのだが、手押し車に積まれた箱の数を見て、冷や汗が流れるのが分かった。
「こ、こんなに」
四列四行、二段重ねの箱。三列三行のツボや瓶。ここまであれば、当分何も買わなくて済むぞ。
「遠慮せずにどうぞ」
「わ、わかりました、ありがたく頂戴します」
「では、道中お気をつけて」
「タイラーさんも元気で。騙されないように気をつけてくださいよ?」
「分かっていますよ」
冗談交じりに笑い、タイラーと握手を交わす。善意を善意で返してくれたタイラー。
やっぱり、良い人だ。だからこそ、騙されないように気をつけて欲しいものだな。
「それじゃあ、いつかまた」
「ええ、また」
タイラーとの別れの挨拶を済ませ、俺は手押し車を押しながら、家へと戻った。
車は裏庭に通し、土魔術で土室をつくり、その中に放置する。
生物は入っていないだろうし、保存方法はこの程度で問題ないだろう。おまけで氷を添えておけば、信用性はアップかな。
「都合の良い知り合いを持っておるではないか」
不意に、縁側の方から声が聴こえる。視線を移すと、ヴィオラが薄着で寝っ転がっていた。
まるで自分の家のようにリラックスしている。ここまでナチュラルになれるのは、流石というべきか。
「うるせぇな、変な言い方すんなよ」
「分厚い仮面じゃのう」
「マイヤぁ! ヴィオラがいじめる~!」
「よしよし……」
マイヤに抱きつき、ついでに匂いも嗅ぐ。宥めるように優しく撫でるその手は、温かくて、心地よかった。
うん、やっぱり俺は、こういう人には弱いらしい。もう少し、自分の感情を押さえつける訓練も必要かなぁ。
「そういえば、カレン様が探していましたよ」
「あ、分かり――分かった」
危うく敬語が出るところだったが、何とか押さえたぞ。ヴィオラにガミガミ言われるからな。
「お主は切り替えが下手くそじゃな」
「うるせぇ!」
一つ、捨て台詞を置いて、カレンを探しに庭から家内へ上がる。二階へ上がると、やはりカレンは台所にいた。
エプロンを着て、黒髪を後ろで一つにまとめている。
「よう」
「あ、シャル……」
「俺を探してたって?」
「ん……でも、もう大丈夫……」
「そっか。……何つくってるんだ?」
「夕飯の、からあげ……。シャルは、からあげ……好き?」
「大好物だね」
「よかった……」
「……」
「……」
うん、今日も変わらない昼下がりだ。
うるさいのよりも静かな方が、俺は好きだしな。
――――――
準備だなんだで慌ただしく時間が経ち、出発の日。早朝の風が心地よく吹き抜け、眠気を拭い去る。
今日の移動は朝から夕方まで、翌日からは朝から昼までのゆっくりとしたペースで馬車を進める。
誰かが監視している可能性も考慮したが、ヴィオラが心配ないというので、大丈夫なのだろう。
家にはしっかりと鍵をかけ、扉には出張中の看板を掛ける。後はエリカが出てくれば、出発出来るのだが。
「エリカ―、起きてるかー?」
と、三回目になる呼びかけ。今までどおり、エリカが答えることはなかった。
何か事件に巻き込まれたのかと思い、魔術で解錠し、家の中に進入する。
不法侵入? ははっ、今更だな。
「おい、エリカ、上がるぞ」
一階にはいないようなので、二階にあがる。入ってきた事を知らせる為に、わざと大きく足音を立てているのだが、反応がない。
扉を一つ一つ開け、エリカの居所を探すが、三つある扉の内の二つは外れだった。なら、角にあるのが正解か。
「おい、エリカ――って寝てんじゃねえ!」
「んー?」
「んー? じゃないっすよ。今日、出発の日なんですが」
「えー、あと二十分ー」
「俺は幼馴染を起こしに来る幼馴染役ですか? 違いますよ、俺は起こされる側ですよ」
「なにそれー?」
「良いから起きてくれ」
「あたしをどうか、攫って行ってください……」
「へいへい、じゃあ、そうさせていただきますよ」
お前は何処のジュリエットだと、心のなかで突っ込みながら、寝間着のエリカを背負う。
「荷物は」
「そこー」
寝台の脇に置かれている大きめのリュックサックと、棺桶サイズはある長方形の箱。人一人背負って、更に大きな木箱とリュックサックを持てと。
ひとまずエリカを下ろし、リュックサックを前に背負う。エリカをもう一度背負い、箱をバランス良く持てば完璧――ってそんなわけはない。
「リラー」
少し大きめの声で、リラの名を呼ぶ。リラはすぐに、階段を上がって俺のもとまでやって来た。
「エリカを、この娘を背負ってくれるか?」
「彼女も連れて行くのか」
「依頼でな、仕方なく」
「分かった、任せろ」
エリカをリラに背負わせ、箱を手にして家を出た。
まずは、エリカの紹介をしたいのだが、エリカはリラの背中で二度寝をしてしまった。
他人の背中で寝れるのは、ある種の才能なのではないだろうか。
「よし、行くぞー」
馬車は二台。片方は俺が、片方はマイヤが手綱を締める。俺の隣にはカレン、荷台にはリラ、エリカ、そしてノエルの三人。
マイヤの隣にはヴィオラが座り、荷台にはサラ、ニーナ、クロエの三人がいる。
どうしてこうも、女の子ばかりなんだ。エヴラール、バフィト、カイ、誰でもいい、助けてくれ……。
ちなみに、食料などは荷台に積み直した。さすがに手押し車と馬車を連結させるわけにはいかなかったからな。
荷台にいる者には窮屈な思いをさせる事になるが、御者ができるのは俺とマイヤ、それとヴィオラだけだ。旅の途中で全員に教えておこうと思う。
「眠そうだな」
「ん……」
隣にいるカレンは、馬車に揺られているせいか、眠気を煽られているようだ。気持ち悪いとか思わないのだろうか。
俺が初めて馬車に乗ったときなんかは、尻が痛くなったり、目眩がしたりと散々だった。まあ、慣れればどうという事はないのだが。
「ふわぁぁ、あぁ」
荷台の方から、脱力しきった欠伸が聞こえてくる。どうやら、エリカが目覚めたらしい。
「あれー、シャルルー?」
「何だ」
「御者台にいるのー?」
「そうでございますよ」
「そっかー……あれ、君たちはー?」
エリカがリラ達の存在に気づいたようで、それぞれが挨拶をはじめた。うん、挨拶は大事だ。これから一緒に旅をするのだから、険悪な仲になられても困る。
……今度はエリカが俺のことを忘れたように、リラ達と雑談を始めた。うん、雑談は大事だ。仲を深めるならやはり話す事だな。
とまぁ、出発は、上手くいった。後は、道中変なものに絡まれない事を祈るだけ。
祈る先が誰なのかは、俺にも分からないが。
「良いことをすると返ってくるんだよ」と言われて育ってきました。
この言葉を私に言った人は心のなかで「(絶対とは言ってない)」とか思っていたのかもしれませんね。
次から新章突入。ゆーったりといこう、ゆーったりと。




