吸血鬼は笑う・中編
意外な登場に、思わず腰が上がってしまう。
マイヤはヴィオラのメイドさん。茶髪の髪に、犬耳と尻尾が特徴の優しい雰囲気を帯びている人だ。
マイヤはてっきり留守番をしているのかと思ったが、ヴィオラについてきたのか。
「マ、マイヤさんも来てたんですか」
「いけませんでしたか?」
「いえ、そんな事は……」
マイヤは食卓の方を一瞥すると、くすりと笑ってみせた。
「随分男前になられたようで、安心しました」
「まぁ、大人の階段はまだ上ってませんけれども」
「そうなのですか? てっきり私は……」
「勘弁してください」
「ふふ、すみません。それでは、私は下でお待ちしております」
「分かりました」
マイヤは律儀に一礼してから、階段を下っていった。
俺は息を一つ吐き、椅子にかけ直す。
皆の視線が俺に注がれているわけではないが、雰囲気は『あの人は誰』といった感じだ。
「……見ての通り、あの人はヴィオラの女中。昔世話になったんだよ」
「そもそも、どうして吸血鬼様とシャルルに接点が生まれたの?」
黙々と食事をしていたクロエが疑問の声を上げた。
「俺にもよく分からない。向こうから接触してきたんだが、何故なのか、明確な理由を説明されてないんだ」
「シャルルは怪しい人とも仲良くするんだね」
「邪険に扱って怒らせたら、俺の首が飛ぶかもしれないだろ。相手はあの吸血鬼様なんだから」
そう答えると、クロエは納得したのか「へぇ」と短く相槌を打って、パンを齧った。
リラの方に目を向けると、サラと話をしているようで、何だか楽しそうだ。
サラも慣れてきたのか、笑顔を見せるようになってきた。
ニーナはノエルと会話をしていて、ゆったりとした口調と淡々とした喋り方が交差しているのは、中々にシュールだ。
クロエとカレンも、ぎこちなくはあるが、それなりにコミュニケーションは取れている……と思う。
女子同士がどんな会話をするのかなんて、未だに俺はよく分かっていないから、判断しづらいな。
と、そんなこんなで、俺は会話を見守るだけのまま、朝食を終えるのだった。
朝食の後は、朝だというのに既に起きていたヴィオラに驚かされる。
眠そうに髪をほぐし、リンゴをかじっていた。
「早起きだな」
「話があるんじゃよ」
「わざわざ起きてする事か?」
「お主の血のせいで目覚めたとも言えるの」
「俺の血?」
「質問の前に座れ」
ヴィオラ様の仰せの通りに、ソファに腰を下ろした。
偉そうな話し方は昔から変わらないらしい。
まあ、事実として偉いから、仕方が無い事ではあるが。
「んで、俺の血で目覚めたってどういう事だ?」
「その前に質問しても良いかの?」
「はい、どうぞ」
「何故お主は主である此方には普通の口調なのに、女中であるマイヤには敬語なんじゃ?」
まあ、そりゃあ普通そう言うだろう。ヴィオラの方が地位が高いのにタメ口で話して、それよりも下の地位の人に敬語で話す。
おかしい事ではある。失礼な事であり、悪いことであるのかもしれない。
でも、ヴィオラの見た目は女子高生ぐらい。対してマイヤの見た目は成人女性だ。年齢もそうだと思うが。
「見た目のせいかな。ヴィオラの方が若く見えるし。気分を害したなら、マイヤさんとは普通に接するけど」
「うむ、気分を害した。普通に接しろ」
「分かったけど、何でマイヤさ……マイヤは今まで指摘して来なかったんだろうか」
「敬ってくれる人が少なかったからじゃろうの。これ以上はマイヤの過去話になるから言えないが」
「ふぅん……」
マイヤの立場上、そりゃあこき使われる立ち位置にいるわけだが、他の女中もいるわけだし、敬ってくれる人がいないというのは無いんじゃないかと思う。
ああ、でも、それは現在の話で、過去はそうではなかったのか。もっと、下の地位にいたのかもしれない。
獣人族が女中になるというのも、珍しい話なんだがな……。
「話が逸れたな。俺の血がどうのこうのって、何なんだ」
「……お主、自分がどれ程の力を持っていると思う?」
「何だ、突然」
「正直に答えろ。自分の破壊能力は、どこまであると思う」
「うーん……」
俺の能力か。実際のところ、結構あると思うな。
今までは自分に制御をかけて、剣術やら体術やらで倒してきたが、魔術を使えば色々出来るし。
魔力総量もアダムに貰った分と、小さい頃から育ててきた分があるから、普通の人よりも多い。
「そうだなぁ……大きく見積もっても、国一つは十秒ぐらいで落とせるんじゃないかな」
「自分に力がある事は自覚しておったんじゃな」
「そりゃぁ、自分の能力ぐらい把握してないと」
「……じゃが、不正解じゃ」
「え? あ、うん……流石に調子乗りすぎたか……」
「そうじゃない。お主は自分が大陸一つを破壊できる事を自覚しろ」
「ふぅん、そっか……えっ? 今何て?」
「お主には大陸一つを破壊できる力があると言っておるのじゃ」
そんな馬鹿な話があるわけない。俺の魔力だけで大陸全体に魔力を流し込めるとは思えない。
そりゃあ頑張れば、移動して、流して、壊してを繰り返してれば出来ない事もないかもしれないが、必ず妨害が入る。
俺より強い奴は必ず現れて、俺を殺しに来る。大陸の破壊なんて不可能だ。
「ヴィオラさんや、それは流石にありえないと思うぜよ?」
「ありえるんじゃよ、お主の場合はな」
「な、何でっ! それじゃあ俺はバケモンじゃないか……」
「ふむ……」
ヴィオラは一度頷くと、俺の腕を引きちぎった。だがしかし、一瞬にして、俺の腕は再生する。
「これを見ても、お主がまだ人間の域にいると?」
「それは吸血の副作用が――」
「違うの。ここまで早く再生はせん。お主が無意識の内に『治癒魔術』を発動させたんじゃ。お主は既に、半不死身といえる。怪我をしたら治す、というのがお主の体では当たり前になっておるのじゃ」
「違う……俺は意識的に、ちゃんと、自分の意思で治してる……」
「お主は既にこちらの域なのじゃよ、シャルルや」
「そんなの、違うだろ……」
体から力が抜け、持ち上がった腰が再度落ちる。頭が痛くなってきた。頭の中から、頭蓋を割って何かが出てくるような、そんな感覚が襲う。
「自覚しろ。お主が何なのかを。いいや、『何に成り得る』のかを」
「……何に、なるんだ。俺は」
「教会は『魔神』と呼んでいたかの」
「……そうか、そうか」
段々分かってきた。魔神、そうか。教会……ああ、そうか。
教会は俺を殺そうとしていたわけではないんだな。
いいや、違う。当初は殺すつもりだったのか。だけど、路線を変えたんだ。
少しずつだが、つながってきた。だけど、まだ足りない。
「なあ、ヴィオラ」
「なんじゃ」
「魔神の復活には、何がいる」
「お主、勘がいいの」
「違う。ありきたりなんだよ」
「ありきたり?」
「そんな事はいいから、答えてくれ」
「……黒い感情をいい具合に積んでいく事じゃ」
「いい具合……」
俺は結局、踊らされていたのか。ずっと、計画の上にいたってのか。
なら、スラムの人は俺のせいで死んだも同然じゃないか。
「……まさか、アランも、犠牲の一人だったんじゃねぇだろうなぁ?」
「お主、少し落ち着け。言っている事が飛んでおる。順番に――」
「いいから、答えてくれよ……」
「だから、落ち着けと言っておるじゃろ」
「俺は落ち着いてる。だから、教えてくれ」
「……はぁ、そうじゃ」
「……少し、外の空気吸ってくる」
異様なまでの痛みが充満する頭を押さえながら、縁側に腰を下ろす。
話をまとめると、俺の今までの異世界での『自由』はあって無かったような物という事だ。
おそらく、全ては孤児院にいた頃出会った青年から、始まったのかもしれない。
いいや、もっと前か。あの時の奴の言葉はあまり覚えていないが、初対面の喋り方では無かった様に思える。
最悪の場合、俺はこの世界に降り立った時から、ずっと『教会』のおもちゃだった事になる。
全ての出会いが仕組まれたもので、その中に偶然なんてものは無かったのか?
だとすると、滑稽だな。別れを惜しんだ事自体、今じゃ無駄だった様に思える。
全てが俺ではなく、『魔神』の為だったのか。魔神を目覚めさせる為に、俺はずっと何かを奪われてきた。
……魔神? いや、待て。俺の中に魔神がいるとするなら、それは一体どうやって知れ渡ったんだ?
何故、見えないはずの魔神が眠っているなんて言える。
魂を可視化する魔眼なんて存在しないはずだ。……なら、魔神ってなんだ?
……もしかして、魔神ってのは、あるのではなく、なる物なのか?
疑問は出たなら、知っている人に聞けばいい。俺はすぐにヴィオラの元に戻った。
「なあ、魔神ってのは、俺の事だよな?」
「そうじゃな」
「俺は既に魔神になっているのか? それとも、これからなるのか? あるいは俺の中に眠っているのか?」
「……そうじゃの、『成り得る』という話であって、なっている訳でも、なる訳でも、眠っている訳でもない」
「そうか、なら、俺になる意思さえ無ければならないんだな」
「それが難しいところじゃ。お主、出身は違う世界じゃろ」
「えっ、なっ、お前知ってたのか!?」
「そうなんじゃな。なら、そういう事じゃ。魔神を『作る』のに与えられた条件が、異世界からの魂……つまり、この世界には、お主以外にも魔神に成り得る人間がいるという事じゃ。しかし、最初に目を付けられたのはお主じゃ。計画はお主を中心に組み立てられる。変更はありえない」
「でも、俺か、俺以外の異世界からの魂を持つ人間を殺して、新しく訪れる魂を狙うという可能性もあるんだろ?」
「あるの。じゃから、お主には常に護衛がついておった」
そうか、そうか。俺の周りに常に強い人間がいたのは、そういう事だったのか。
そして、エヴラールがいない時を狙って、あの青年は俺に接触してきた。
俺は誰かに守られて生きてきたのか。この十五年もの間。
まだ不透明な点はあるが、『教会』が俺と俺の家族に害があるという事だけは分かった。
「お主、金はあるんじゃろ?」
「ある」
「なら、今すぐ家を出ろ。お主はずっと放置されていたが、そろそろ教会も狙いに来る頃じゃ」
「成人するから、か」
「そうじゃな」
「……荷物をまとめる事にする。それと、ヴィオラ、頼みがある」
俺が振り返りざまに言うと、ヴィオラはこの先俺が何を言うのかが分かっているかのように、挑発的に笑った。
「何じゃ?」
「俺と一緒に旅をしないか?」
――――――
俺はすぐに全員を居間に集め、まず第一に、リラに謝った。
クズらしい行為だった。謝って済むなら警察はいらねぇと言われても仕方が無いぐらいの。
「別に良い。外道ではあるが、あれも一つの勝ち方だ」
「リラ様……!」
「様付はやめろ、気色悪い」
「ありがとうございます!」
「お礼をいうところか!?」
「我々の業界ではご褒美です」
お許しをもらえたところで、本題に入る。
まず、魔神の話は伏せ、旅に出る事を伝えた。リラ、ニーナ、クロエの三人が俺に同行するかは自由。
そして、サラも残りたければ残っていいと。ノエルは命令遵守だから、サラと残る様に言えば残るかもしれない。
カレンは、『残れ』と言って残るような娘じゃないから、あれこれ言うのは止めた。
それぞれにそれぞれの選択があったというのに、全員が同行するという。
「何で? 危ないぞ?」
「元々、私達は旅をしていたんだ。シャルルと一緒に行こうが、何も変わらない」
というのがリラ達三人組の答え。
「私はお兄ちゃんと一緒じゃないと、何にも出来ないから」
「――同じく。私の存在意義はご主人様にあります」
というのが、サラとノエルの答え。
「やくそく……」
というのが、カレンの答えだ。
正直な所、リラ達には残っていてほしかった。
俺と一緒に来るという事は、それだけ危ない目に付き合わされるという事だ。
まあ、その辺を伝えていないから、俺が悪いのだが……。
「吸血鬼様も行くんですか?」
自然にその場にいるヴィオラに、クロエが尋ねた。
「シャルルに頼まれたからのう」
「心強いですっ!」
「……素直な娘じゃな」
素直なのは全員に言えたことだが、この中で最も活発なのは、クロエだろうな。
何だかんだでいつも笑顔を振りまいているし。
「それで、出発はいつなんだ?」
「早くて二日後、遅くて四日後だな」
「そんなに急ぎの用があるのか」
「無い。でも、早いほうがいいかなぁと」
「適当だな」
「大丈夫、計画はちゃんと立てておくから」
「そうか、分かった」
「他に質問のある人」
「――はい」
俺の隣にいたノエルが手を上げる。
「何だ?」
「――仕事の方はどうなされるのですか?」
「……出張中とでも書いておけばいいんじゃないかな。はい、他」
見回してみるが、誰も質問はないらしい。
「んじゃ、解散。各自持ち物を整理しておくように」
俺が言うと、全員がそれぞれの部屋へと戻っていった。
早くて二日後、遅くて四日。その間に済ませなければならない事がたくさんある。
この王国では、色んな人に出会った。
別れの挨拶も最低限しなくてはならないだろうし、その他色々と調達しなくてはならない。
そんなこんなで、俺達は旅に出る事になったのである。
内心不安はいっぱいだが、あまり表に出さないようにして行こう。
こんな話書いて欲しいってのあったら、頑張らせていただきます。




