引き寄せられた糸・後編
後日、俺、リラ、ニーナ、クロエの四人は、迷宮探索に行くことにした。
地図を見ながら難なく第九階層まで進み、今から第十階層の階段を下りるところだ。
「ゴーレムがいなければいいなぁ……」
階段を下りながら、クロエがぽつりと呟いた。
どうやら、ゴーレムに相当のトラウマを植え付けられたようだ。
「いたとしても、すぐに消えるから問題ないよ」
「シャルルは苦手なもの、なさそうだね」
「まさか。俺にだってあるよ」
そりゃあ、俺だって人間だ。苦手な物の百や二百はある。
弱点を晒すつもりはないので、ここで語る事はしないが。
「そういえばリラ。ヴェラさんは元気でやってるのか?」
「多分な。最後に見た時は元気すぎたぐらいだ」
「今度、会いに行ってみようかな」
ヴェラはリラの姉で、色々と世話を焼いてくれた人だ。
テンションが高くて、意味の分からない発言も多々あるが、戦いにおいてなら、尊敬せざるを得ない。
「ニーナのお父さんも元気?」
「たぶん……元気……」
「寂しがってそうだね」
「うん……お父さんは……過保護……」
「止まれ、魔物だ」
先導していたリラが魔物を感知したらしく、静止の合図を出した。
第十階層の魔物さんは……ウォームだ。
巨大化したミミズのような体をしていて、円形の口を持っている。
人サイズならまだ可愛いもんだ。だが、こいつの体積は、そんなもんじゃない。
俺達四人の背丈を合わせても、ウォームの方が大きく見えるだろう。
女子の反応を見てみようと、リラ達に目を向けるが、全員殺る気満々だ。
気持ち悪そうにする仕草もせず、リラは腕を組み、ニーナは剣を抜き、クロエは昨日購入した剣を構えている。
「デカイけど、恐くないの?」
「ふっふっ、硬くなければこちらのものだ」
リラが余裕の笑みを浮かべながら言った。
彼女たちもストレスを溜めている事だろうし、ここは任せてみよう。
「俺は見てるから、頼んだ」
「任せろ……ッ!」
最初に出たのは、リラだ。瞬速で近づき、顔らしき場所に蹴りを入れる。
「おお……」
思わず声を漏らしてしまった。
いや、予想通りといえばそうなのだが、ウォームの顔が勢い良く横に動いたのだ。
小さい体でよくもまあ、あんな力が出せるものだ。
「それじゃあ、私達も行こうか」
「うん……」
クロエに続き、ニーナもウォームへの攻撃に加わる。
ニーナとリラの蹴りが、ウォームの顔を挟んだ。ウォームは口から液体をぶち撒ける。
「いっくよーっ!」
クロエの方に目をやると、尻から尾が生えていた。真っ赤な鱗の尻尾だ。
あれは竜人族の種族固有魔術である『竜化』で、竜の体に変体する事ができる。
かといって、ドラゴンの様に、巨大化するわけではないので、二足歩行の竜のようになるのだが。
しかし、尻尾しか生えていないのは何故だろう。
中には全身の竜化を嫌うという竜人族がいるらしいが、そういう事なのだろうか。
ここから見えないだけで、手腕も竜化させているのかもしれないが。
「はぁっ!」
掛け声と共に放たれた斬撃。クロエの大剣はウォームの胴体に切り込みを入れた。
勢いに乗せて回転したクロエは、そのまま追撃を加える。
次の斬撃は、ウォームの胴体を真っ二つにした。切り込みではなく、切れたのだ。
流石、パワフル竜人族。
ウォームの体からは緑色の体液が溢れ出るが、すぐに氷の粒となって消えた。
俺は三人の元へ駆け寄り、ウォームの体に触れる。
「シャルル、ありがとう」
俺に礼を言ったのは、クロエだ。
「ん?」
「汚れずに済んだから」
「ああ、それ。気にしないで」
体液を瞬時に凍らせたのは、俺だ。
女の子三人が緑色の液体にまみれるのを見たくないというのと、俺がその緑色の体液自体を見たくなかったというものだ。
シャルルさんはこれまで、虫型の魔物は氷結で殺していたので、変な色の液体には耐性がないのですよ。
赤色なら、そこまで気にしないのだが、緑や紫となると、気持ち悪い。
「よし、行こうか」
俺は消え散ったウォームを確認してから、皆に声をかけた。
俺達は再度、リラの先導の元、迷宮を探索する。
――――――
どうやら、迷宮の魔物はウォームで最後らしく、それまでに出てきた魔物に新しいのはいなかった。
そして、俺達は今、第十二階層の大きな扉の前にいる。
第十二階層にだけは、魔物が一匹もおらず、真っ直ぐな道を進んだ先に巨大な扉があった。
扉はどれだけ力を入れても開かない。俺達四人が力を合わせても、ビクリともしないのだ。
魔術は通さないようなので、魔術での破壊もできなさそうだ。
扉を開けるヒントはひとつ。扉に刻まれた文字だ。
『幼娘が婦人になるには、どれ程の年月が必要か、我は知りたい。気になって、扉を開けられんぞ』
つまり、女の子が大人になるには、どのくらいの年月が必要かを答えればいいんだな。
これは声に出せばいいのだろうか、それとも見せてやらなくてはならないのだろうか。
困ったな。これは流石に実演できないし……。
「シャルル、答え分かった?」
「多分ね」
「私達にも分かるかな?」
「どうだろ」
俺は答えが分かったのだが、クロエ達に答えられるかどうかは難しいところだ。
リラにも、ニーナにも答えられないかもしれない。
「シャルルはもう答えを見出したのか。早いな」
「リラにも分からないかも」
「……少し考えさせてくれ」
そう言って、リラは目を瞑った。
俺は正直、分かってほしくないのだが。
「ダメだ……クロエ達はわかったか?」
「ううん、さっぱり」
「同じく……」
やはり、ニーナにも分からなかったようで。
リラ達は諦めたのか、俺に視線を向けた。
「シャルル、答えは何だ?」
「……答えは『一月』だ」
俺が言ってしばらく、扉は音を立てながら開かれた。
まさか本当にこんな物だったとは。
誰だよ、この迷宮つくったの。
「ねぇ、シャルル。どうして一月なの?」
「説明しなきゃダメ?」
「言いづらい事なの?」
「あまり言いたくはないかな」
「そっか。ならいいや」
この問題の答えを説明するのはあまり好ましくない。
相手が男ならまだしも、女の子に説明するのはなぁ……。
「行くぞ」
リラの声により、俺達四人は扉の奥へと踏み出す。
中は、広い空間だった。広いだけでなく、高い。
後ろに目を向けると、扉が音を立てながら閉じられていった。
だが、今はそんな事よりも、もっと重要な物がある。
目を向けるべきは、閉じ込められた事実ではなく、空間の奥で仁王立ちをしている魔物だ。
異様なまでの威圧に、数秒ほど静止してしまった。
俺達は戦闘態勢をとりながら、ゆっくりと魔物に近づいていった。
徐々に姿が鮮明になっていく。
筋骨隆々の人の体に、凶暴な牛を顔。それだけを見ればミノタウロスなのだが、腕の数は聞いたものとは違う。
全部で六本。その全ての手には斧が握られている。
ああ、強そうだなぁ。俺一人で相手したいなぁ。
でも……リラ達は殺る気満々だ……。ここで『俺一人で戦わせてくれ』なんて言ったら、骨を折られかねない。
「俺が前を受け持つけど、異論はない?」
「いや、それでいい」
「そうだね。シャルルなら安心だよっ!」
「気を付けて……」
よし。正面からやりあえば、攻撃の手は俺に集中するはずだ。
その間に他の三人が殺っちまえばいい。
だが、その前にやるべき事がある。
俺は剣を収めて、ミノタウロスに近づいた。
「なっ、丸腰で何を!」
「リラ達はそこで待機。俺が戦闘を始めたら、リラ達もすぐに来てくれ」
「お前は一体何を考えているんだ!?」
「いいから」
不満そうな顔のリラを放置し、俺はミノタウロスの前に立つ。
ミノタウロスの凶悪な目は俺を映し、鼻を鳴らした。
「話をしにきた」
『……』
「話せるんだろ? 話そうぜ」
『何故、そう思った』
「勘、かな」
リザードマンが人間の言葉を話せた時点で、この迷宮のボスが話せる事はすぐに分かる。
迷宮が人間から命を奪うというのなら、知識だって、奪うかもしれない。
なら、迷宮の最深部、最も力の溜まる場所にいるコイツは、他の魔物よりも流暢に話せるはずだ。
『何用だ。何故、斬りかからない』
「言葉が通じるからな。話を聞いてくれるかもしれないと思って」
ミノタウロスは返事をしなかったが、代わりに俺が言葉を続けた。
「お前は魔石の番人なのか?」
『そうだ』
「その魔石、譲ってくれるか?」
『貴様、ふざけているのか?』
「いいや、本気だ」
『……悪いが、それは出来ない。呪いだ。嫌でも我は貴様を殺しにかかる』
「そっか」
交渉決裂。魔石を取る手段はひとつ、こいつを殺す事だ。
俺は二本の剣を抜き、姿勢を低くした。
俺が地面を蹴ると同時に、俺の視界の両端にリラとニーナが映った。
リラとニーナは短剣を振るうが、ミノタウロスの斧に受け止められてしまった。
俺もミノタウロスを挟むように斬りかかるが、こちらも二本の斧で止められてしまう。
ミノタウロスの自由な二本の腕が動いた。狙いはリラとニーナ。
二人は攻撃を避けると、隙を狙って打撃を入れようとする。
が、軌道先に斧が現れ、二人はすぐに脚を引っ込めた。
ミノタウロスの意識がリラとニーナに向いた時、俺は下から滑り込み、腕を二本切り落とした。
そのまま体に斬りかかるが、やはり斧で守られる。
俺は剣を伝って斧に魔力を送り込み、氷結を使用した。
斧が消えてなくなり、素手だけとなる。
そのまま腕を切り落とそうと剣を振るが、別の斧に止められてしまった。
次の瞬間、リラとニーナは吹っ飛んだ。いや、投げられたのだ。
斧を防いだ隙を狙い、素手で頭を掴んで二人を遠くへやった。
おそらく、クロエの存在に気づいてのことだろう。
丁度二人が投げられた時、クロエの大剣が振り下ろされたのだ。
ミノタウロスは二本の斧を使い、クロエの斬撃を受け止めた。
これでコイツに残された腕は、素手の二本だけになる。
俺は力を込めて、ミノタウロスの体に切りかかった。
もちろんの事、ミノタウロスは防御しようとする。
これで腕を切り落とせる――はずだった。
「嘘だろっ!」
俺の剣を、奴は手で受け止めたのだ。白刃取りなんてされたのは、初体験ってやつだ。
これはこれで、良い経験といえるだろう。
だが、死んでは意味が無い。俺の剣はそのまま掴まれ、俺は地面に叩きつけられた。
肺から空気が逃げ出す。俺はすぐに治癒を施した。
クロエの方に目をやると、クロエは押されていた。
竜化しているというのに、上にいたのはクロエだったはずなのに、今はクロエが下にいて、ミノタウロスの斧を受け止めている。
俺は地面を蹴り、クロエを地面と大剣の間から抜き取った。
「はぁッ……はぁッ……」
クロエの息は上がっている。あのまま続けていれば、自分の大剣に押しつぶされていただろう。
腕が竜化させられていないのに気づくが、今はそんな場合ではない。
クロエに一瞬の治癒を施してから、すぐにミノタウロスの元へ戻った。
リラとニーナは瞬速と蹴りや殴りを繰り返すが、どれも素手で受け止められていた。
時には金属音が鳴り、時にはリラかニーナの呻き声が聞こえる。
俺もすぐに戦闘に参加しようと、投げ捨てられた剣を拾い上げた。
俺も劣化版の瞬速を使い、ミノタウロスの足元に切りかかった。
二本の剣は軽々と止められてしまった。その時、リラとニーナが地面に叩きつけられた。
二人はそのまま身動きを取らなくなってしまった。気絶しただけだろう。
俺は攻撃を仕掛けるふりをし、リラとニーナを抱きかかえる。
クロエの元に寝かせ、軽く治癒を施してから、すぐにミノタウロスと対峙した。
「これで、一対一だ。楽しくやろうぜ」
『これは命のやり取りだ。楽しく等とよく言えた物だな』
「きっと、この世界に来る前から俺は壊れてたんだろう、よッ!」
瞬速を使い、ミノタウロスの頭上に飛ぶ。剣を振り下ろすが、斧に防がれる。
背後に飛び、防がれ、正面に飛び、防がれ、横に飛び、防がれ、滑り込んで下段攻撃を繰り出すが、あっさりと止められてしまった。
『人間。何故貴様は、この状況で笑っていられる』
「すまん。無意識なんだ」
俺は口元を拭い、薄笑いを消した。
このまま剣で相手していても倒せなさそうだ気がする。
土の銃弾二百発でも撃ちこめばそれで終わりそうなんだが、それではつまらないし。
……よし、良いこと思い付いたぞ。
「ふッ!」
俺は剣で斬りかかり、それは斧で防がれた。斧に氷結を使用し、ミノタウロスを丸腰にした。
俺は奴から五歩程の距離を取り、剣を収める。腰と背中に差していた鞘も、地面に置いた。
その場で軽く数回飛び、体術の構えを取る。体が軽い。これで、今までよりも早く動ける。
『いいだろう。受けて立とう』
俺が何をしたいのか察したミノタウロスは、俺とは別の構えを取った。
目を合わせ、互いに動きを読み合う。
足や肩の僅かな動きに注目し、相手の行動を予測。俺も奴も、それをしているせいで、最初の一歩が踏み出せないでいた。
リラとニーナも既に目を覚ましていたが、戦闘に加わろうとはしなかった。
空気は読める人たちだ、それでいい。
だが、このままこうしていても、埒が明かない。
俺から先に動くことにしよう。
『瞬速』
そう念じ、一瞬で間合いを詰める。
腹に突きをいれようとするが、ハエを叩くかのごとく弾かれた。
左から奴の手が伸びてくる。屈んで避け、手首を掴んだ。
そのまま相手の肘に膝蹴りを入れる。
腕は力なくぶらりと下がった。
人間相手なら、骨を折るのに膝なんか使わなくても、捻ったり、手を使えば簡単に折れる。
それだけ脆いのが、人間の体だ。
だが、ミノタウロスは人間の体をしていても、まだ魔物。
体を破壊するにはそれなりの力がいる。
「おぉ!?」
突然体が浮き上がり、世界が逆さまになる。
足首を捕まれ、体を持ち上げられたのか。
「ごおッ……!」
途端、腹を潰される感覚におわれ、口から胃液が吹き出る。
ミノタウロスは俺を掴んだまま回転すると、遠心力に任せて俺を投げ捨てた。
俺は受け身をとり、腹に治癒を施す。
瞬速で近寄り、頭上に踵を落とす。腕でガードされるが、反動を使って後転し、地面に足をつき、すぐに跳躍した。
脇腹と膝に蹴りを入れ、体を回転させ、顎に向かって踵を入れようとするが、また足首を掴まれた。
だが、狙い通りである。
掴まれた瞬間に、空いている左足を使い、俺の足首を掴む腕をへし折った。
これで、奴の腕は二本だけになった。やっと、フェアだな。
『クックックッ……ハァーッハッハッハッ!』
「何だよ、楽しそうじゃん」
『我がここまでやられたのは始めてだ! 楽しくて仕方が無い! だが、そろそろ終わりにしようじゃないか! 人間!』
「仰せのままに」
全身に魔力を流し、自分の体をフル稼働させる。
瞬速を使い、肩、脚、体、脇腹に蹴りを入れる。
「ぐッ……!」
突然飛んできた拳を、躱せずに腕で受け止めてしまった。
これを狙って自分への攻撃を許していたというのか。
いいじゃないか。いいじゃないか。
『ハアッ!』
体を駆け巡った痛みに、思わず目を見開いた。
口から出たのは胃液ではなく、血液。
痛みに悶える暇すら与えられず、次は顔面に拳を喰らった。
刹那、俺の体は地面に打ち付けられ、世界が回転した。
何度か地面と衝突した後は、俺の背中を壁が受け止めた。
俺は壁に背を預けながら立ち上がり、ミノタウロスの方に目を向ける。
どうやら俺は、数十メートルも飛ばされたらしい。
脇腹が痛む。口の中は鉄の味がするし、歯が何本か抜けた。
殴られた左頬は腫れ上がり、左目がぼやける。
血と歯を吐き出して、治癒を使い傷ついた骨を治す。
痛みはまだ残るが、治癒なんてしている場合ではない。
ミノタウロスは俺に向かって突進してきていた。
重低音が鳴り響き、空間全体が揺れている。
奴の突進は早い。だが、瞬速を使えば避けられないわけではない。
しかし、ここで左右に躱しても、反撃なんて出来ない。
なら、俺の取るべき行動は、正面からしかないだろう。
俺とミノタウロスとの距離があと数歩という時、全てがスローになった。
俺は一歩踏み込み、地面を蹴って、軽く跳躍する。
そのままミノタウロスの頭に手を乗せ、頭上で逆立ちをする。
ミノタウロスは俺の下を抜けて行き、俺は頭から手を離し、地面に着地した。
ミノタウロスは壁と激突し、壁に大穴を作った。
奴は一瞬動きを止める。俺はその隙を見逃さない。
スローだった世界は元に戻る。
俺は瞬速でミノタウロスの肩に乗ると、顎を掴み、力に任せて自分側に引っ張った。
ミノタウロスは頭を半回転させ、涎をまき散らす。
ゆっくりとミノタウロスは倒れていき、ズシリと音を立てた。
「はァ……はァ……」
目が痛む。体の節々が痛む。
頭が痛む。心臓が痛む。
「たのしか――」
俺は、言葉を終えること無く、そのまま意識を落とした。
いつも戦闘描写には力を入れているんですが、加筆が必要な部分があれば仰ってください。




