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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第七章『始まり』
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迷宮は笛を鳴らして人を呼ぶ・後編

 今日は探索を止め、ゆっくりと過ごす事にした。

 まずは朝食。コーヒーとブレッドから始まるのが、俺の朝だ。

 その後は街の様子見も兼ねて、走り込みをする。


 この街の特徴といえば、冒険者ばかりを見かけるという事だ。

 途中で聞いた話によれば、この街は迷宮の近くにつくった事によって栄えた街らしい。

 街の南部や中央部に町民が住み、北部は冒険者ばかりとなっている。

 その為、街の北部の施設は飲食店や宿屋、装備屋ばかりである。


 走りこみを終えた俺は宿屋の裏庭を借りて、剣の素振りを始める。

 毎日、欠かさずにやってきた事だ。

 これをやらないと、身が引き締まらない。

 相変わらず、俺の剣術は進歩を遂げないが。

 来年から本気出す。


 筋肉トレーニングを済ませた後は、部屋に戻って机と向き合った。

 ペンを握り、紙に線を引いていく。所々にマークも付け、見た魔物、階層の雰囲気などを記した。

 俺は昨日頭の中で描いていた地図を、実際に、紙に描き写した。

 忘れないうちに目に見える物にして残すのは、大事なことだと思う。



 夕方まで寝ていたせいか、地図を描き終えた頃には、外は既に暗くなっていた。

 俺は外に出て、近くの飲食店へ入った。

 適当な席に座り、焼き魚なんかを注文してしまったり。


 食事はすぐに運ばれ、俺は串焼き魚を頬張る。

 正直言って、あんまり美味しくはない。

 もう少し北に行けば、美味い魚が食えるのかもしれないが。


「ふぅ」


 味はどうであれ、腹が満たされる事に変わりはない。

 俺は一息ついてから、料理店を後にした。


 この後はどうしようか。

 仕事も意外に早く終わりそうだし。

 とりあえず、明日、探索を再開しよう。


 考えをまとめた俺は、散歩をした後、宿へと戻った。

 寝る前に、魔術で土人形を作る。

 魔力は魔術を使えば使うだけ、しっかりと増えていく。

 ステータス画面なんて物は、ゲームではないのだから見えるわけがないのだが、実感できる物だ。

 ステータスの上昇は。


「寝るか……」


 カレン人形、ノエル人形、サラ人形を作り終えた俺は、ベッドに倒れこみ、眠る事にした。




 ――――――




 翌日、俺は迷宮への探索を再開させる事にした。

 地図を片手に、迷宮の奥へと進んでいく。

 地図のおかげで、迷う事なく第五階層まで辿り着くことが出来た。

 やはり、ここは温度が高くて気持ちが悪くなる。

 首巻きは外さずに、水と風の混合魔術で体を冷やす。


 この階層の魔物は『土だるま』で片付ける。

 手間はあまりかけたくない。

 さっさと仕事を終わらせて、カレンの元へと戻りたい。

 だからといって、焦る事もしてはならない。

 気を抜けば、いつの間にか串刺しって事もありえるのだから。


 俺は地図を描き足していきながら、第六階層に辿り着いた。

 温度、湿度、それに視覚的変化も見られない。

 第五階層とほとんど変わらないのか。


 少し安心しながらも、歩を進めてしばらく、第六階層の魔物と遭遇する。

 トカゲの様な顔に、トカゲの様な体。

 だというのに、二足歩行をしていて、手にはハンドアックスを握っている。

 爬虫類独特の目が俺を捉えた。


「お、リザードマン。初めて見た」


 呑気に呟いて、リザードマンとの間合いをはかる。

 先手を取ろうと、一歩踏み出した時、リザードマンが一歩下がった。

 知能は他の魔物よりも高いのか。


 だが、遠距離攻撃なら、どう反応する。

『土弾』を作り出し、頭を狙って高速で飛ばす。

 普通の人間なら反応出来ない早さだ。


 そう。人間になら反応できない。

 しかし、このリザードマンには反応が出来たようで、首を軽く傾げて避けた。

 リザードマンは軽く唸ると、斧を振り上げながら接近してきた。


 俺は振り下ろされた斧を躱し、リザードマンの体に触れようと手を伸ばすが、リザードマンの左手が俺の右手を捉えた。

 俺は軽々と持ち上げられ、地面に叩きつけられる。


「ぐっ……」


 思わず呻き声を上げてしまった。

 物理的な痛みを受けたのは、久しぶりだ。

 油断した。一階層進むだけでここまでレベルが違ってくるとは。


 俺は反省しながら体を起こそうとするが、腹を蹴り上げられ、体が宙に浮く。

 続いて、背中に衝撃が伝わった。

 背中が直接攻撃を受けたわけではなく、剣が盾となってくれた。

 それでも、俺が受けたダメージが大きい。


 舌打ちをしながらリザードマンの足を掴み、『土だるま』と念じる。

 リザードマンの足は徐々に土に覆われていく。

 隙を狙って立ち上がった時、リザードマンは片足を失っていた。

 俺が切ったわけではない。という事は、自分で斬り落としたという事だ。

 ……嘘だろ。ここまで知能が高くなるのか。


『ガァァァァァアアア!』


 リザードマンが耳を劈くような悲鳴をあげた。

 痛みに声を上げたのかと、そう思った。

 それならまだマシだった。

 だが、奴が行った行為は、仲間を呼ぶ事。

 奴の背後からぞろぞろと数体のリザードマンが現れた。

 数は……全部で四。倒せないわけではないが、痛みを伴うのは絶対か。


「はっはっ、困ったなぁ」


 何故だか俺は、この状況を嬉しく思っていた。

 雑魚ばっかりを相手にしてきて『つまらない』と、そう思っていたのだ。

 それは俺の中にいるシャルルも同じなようで、きっとこの状況を楽しんでいるだろう。

 いいじゃないか、四対一。最高だ。


 一体目のリザードマンが跳躍してくる。

 俺は斧を躱し、足を払った。

 追撃を加えようとしたが、もう一体のリザードマンの攻撃が飛んでくる。

 その攻撃も躱し、背後からの攻撃も躱した。

 俺はすぐに二本の剣を引き抜き、横から伸びてきた斧を剣でいなした。

 次の攻撃は、上から。リザードマンがジャンプ斬りをしたようで、俺はそれを剣で受け止める。


「あちゃー、これは失敗」


 剣で受け止めずに、躱すべきだったか。

 こうしている間にも、他の奴らからの攻撃は飛んでくるわけだからな。

 そうなる前に、俺は剣を伝って相手に魔力を送り込んだ。

『氷結』と念じると、リザードマンの手は凍って粉々になる。

 丁度その時、右から斧が飛んできたが、剣で弾き、首を切り裂く。一体目。


 背後からの攻撃を右の剣で受け止め、左手の剣で頭蓋に一撃を入れる。二体目。

 すぐに剣を引き抜き、振り返りざまに後ろにいたリザードマンに剣を振るう。

 優に躱されてしまうが、それでいい。

 一体が後退した事によって、俺の相手は二体になる。


 右前方にいる奴は上段の攻撃、左前方にいる奴は下段の攻撃を繰り出した。

 盗賊よりも良いチームワークだ。リザードマン一体でも盗賊団壊滅が出来そうな気がする。

 心の中でリザードマンを褒めながら、両方の剣を受け止め、俺の両手は塞がる。

 俺は上段の斧の力を利用し、軽く体を浮かせて回転する。

 回し蹴りを右前方にいたリザードマンに食らわせ、怯んだところに首を切り裂いた。三体目。


 俺は二体のリザードマンとの距離を取り、剣についた血を振り払う。

 リザードマンの警戒も極限まで強まっているのか、手を出してこない。

 こちらから行くのは嫌な気もするが、仕方がない。


 俺は地面を蹴って、一瞬で間合いを詰める。

 胸を突こうと右の剣を伸ばすが、リザードマンは片手で剣を受け止めた。

 俺の動きが止まった隙を狙って、左から斧が飛んでくる。

 俺は斧を左の剣で受け止め、斧を持つ手を蹴りあげた。

 そのまま腕を切り落とし、喉に一突き。これで四体目。


「お前で最後だな」

『シネ』

「え?」

『ヨクモ、オレノナカマヲ』

「……ごめん」


 思えば、最初に攻撃したのは俺だったな。

 喋れる事さえ知っていれば、道を退いてくれたかもしれない。

 いや、『喋れることさえ知っていれば』なんてのは、言い訳だな。

 魔物は獰猛で、低能だと決めつけていたのは俺だ。

 怒られて、殺されそうになっても当然だろう。


『ガァァァァアア!』


 俺に非があったのは事実。

 だからといって、何があるわけでもない。

 俺は、突進してくるリザードマンの攻撃を躱し、回転を加えた斬撃で首を斬り落とした。


 五つの死体が、俺の目の前に転がっている。

 だからなんだ、という話だ。

 これで心を痛めるほど、俺の心は綺麗ではない。

 というよりも、この世界ではこれが普通だ。

 路地裏に死体が転がっている事だってある。


「ふぅ~」


 俺は息をひとつ吐き、探索を再開した。




 ――――――




 その後も俺は出会うリザードマン全てを瞬殺した。

 仲間を呼ばれるのは、面倒だと思ったからだ。

 戦っている間、『楽しい』と思ったのは事実だが、優先すべきは依頼の完遂。

 遊んでいる場合ではない。


 そんなこんなで第七階層まで辿り着いた。

 温度は先ほどよりも少し上がったぐらいで、それ以外の変化は見当たらない。

 見落としている部分さえなければの話だが。


「ふぁぁ」


 飽きているせいか、欠伸が出てしまった。

 これではいけない。もっと気を引き締めないと。

 俺は気合を入れ直すために、頬を強く叩いた。

 ……痛い。


 頬をさすりながら歩を進める。

 そして、また魔物と出会った。

 第七階層の魔物は、ゴーレムだ。

 節々の岩の隙間からは溶岩が溢れでている。

 第一印象は固そう。次の印象は、熱そう。

 小並感が出ているが、そう見えるのだから仕方がない。


 固そうで熱そうなゴーレムは、俺の気配を察知した辺りから、動かなくなった。

 それまではゆっくりと移動していたのだが、何故だろう。

 もしかして、戦わなくても通してあげますよとでも伝えたいのだろうか。


「そ、それじゃぁ、失礼しま――」


 好意に甘えて横を通り過ぎようとした時、ゴーレムの腕が突然動き、咄嗟にしゃがみ込んだ俺の頭上を通り過ぎた。


「ですよねー……」


 分かってはいたが、期待せずにはいられなかった。

 戦わなくていいなら、それだけ楽な事はないし。


 俺はゴーレムから距離を取り、『土弾』を飛ばすが、粉々に砕け散った。

 固そうな印象はそのまんまだな。

 熱いというのも、横を通り抜けようとした時の熱気で十分に伝わったし。


「土だるま」


 念じるのではなく、久しぶりに魔術を声に出した。

 それで何が変わるのかと聞かれれば、何も変わりはしないのだが。


 呟いた直後、俺の体から勝手に魔力が流れ出る。

 地面を伝ってゴーレムの足元まで伸びた魔力の糸は、ゴーレムの体へと侵入していく。

 触れているのとは違うため、時間は多少伸びてしまうが、近づいて無駄なリスクを負うよりはマシだろう。

 さっきとやっている事が違うって? まあ、気にしないでくれ。


「そろそろかな」


 魔力が全身に行き渡り、一瞬にして岩に変わり、砂と化す。

 溶岩さえも残さなかったな。芸術って奴かね。

 でも、やっぱり、氷結の方が綺麗だ。

 散る時の煌きが美しい。

 使えない物は仕方がない、ここは我慢だ。




 数時間の探索を終え、俺は第九階層まで辿り着いた。

 腹時計を頼るのであれば、今は午後六時頃。

 そろそろ戻った方がいいだろう。

 前みたいにトラップに殺されそうになっても嫌だし。


「ん~」


 手足を伸ばすと、関節が音を鳴らした。

 歩きっぱなしで疲れたという事はないが、精神的な苦労はあった。

 気を張り詰める事にあまり慣れていないせいだろう。

 修羅場という物を経験した事があまりないからな。


 俺は踵を返し、魔物を粉々にしながら第一階層まで戻った。

 そのまま飲食店へ向かい、食事をした後は宿に帰った。

 ロビーの時計を見ると、午後十時。

 部屋に戻って水浴びをして寝るとしよう。


 ふと、ロビーの窓に目をやると、赤毛のポニーテールが通り過ぎていった。

 赤毛とは、珍しい。こんなところに竜人族がいたなんて。

 まあいい、気にする事のほどでもないだろう。

 そう思った俺は、すぐに部屋へと戻った。




 ――――――




 翌日、朝に地図に描き足しを入れてから、探索へ向かった。

 とりあえず、遊び半分でリザードマンのパーティと戦闘した。

 昨日戦ったおかげで、動きを読めるようになった。

 リザードマンとの戦闘のおかげで気が引き締まった。


「よし」


 俺は剣に付着した血液を振り払ってから、探索を再開する。

 魔物を倒していきながら、難なく第九階層に到着した。

 第九階層の魔物はリザードマン、ゴーレム、それと首なし騎士だ。

 三種の魔物が協力とまではいかないが、同時に攻撃をしてくるのはかなり厄介で、俺でも倒すのに時間がかかってしまう。

 面倒になった時は土魔術バージョンの『針山地獄』を使えばいいだけなのだが、崩落の危険も考慮してやめておいた。


 ちなみに、今までに出会った『党』――パーティは、十数グループ。

 もっといるはずだが、道に迷っていたり、既に屍になっていたりするのだろう。

 俺はソロだから、通りすがりのパーティを手助けする事もあった。

 余計なお世話だとも思うが、そのまま無視して死なれたとあっては、罪悪感を感じる。

 正直、心の重荷は増やしたくない。これ以上は、もう。


 第九階層の地図を埋めていき、一時間ほど経過した頃、俺は遂に階下へ繋がる階段を見つけた。

 当たり前だが、階を進んでいく程に見つけるのが難しくなっていくのだ。

 やっとの思い、という感じだ。


『たすけて』


 下へ向かおうとした時、声が聞こえた気がした。

 小さすぎて不確かではあるが、幻聴だとは思えない。

 誰かが助けを呼んでいる。きっとそれは俺の助けではないのかもしれない。

 でも、それでも、『たすけて』の声には応えなくては。


 ほんの小さな助けを求める声を聞いて、俺の体はすぐに動いた。

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