迷宮は笛を鳴らして人を呼ぶ・後編
今日は探索を止め、ゆっくりと過ごす事にした。
まずは朝食。コーヒーとブレッドから始まるのが、俺の朝だ。
その後は街の様子見も兼ねて、走り込みをする。
この街の特徴といえば、冒険者ばかりを見かけるという事だ。
途中で聞いた話によれば、この街は迷宮の近くにつくった事によって栄えた街らしい。
街の南部や中央部に町民が住み、北部は冒険者ばかりとなっている。
その為、街の北部の施設は飲食店や宿屋、装備屋ばかりである。
走りこみを終えた俺は宿屋の裏庭を借りて、剣の素振りを始める。
毎日、欠かさずにやってきた事だ。
これをやらないと、身が引き締まらない。
相変わらず、俺の剣術は進歩を遂げないが。
来年から本気出す。
筋肉トレーニングを済ませた後は、部屋に戻って机と向き合った。
ペンを握り、紙に線を引いていく。所々にマークも付け、見た魔物、階層の雰囲気などを記した。
俺は昨日頭の中で描いていた地図を、実際に、紙に描き写した。
忘れないうちに目に見える物にして残すのは、大事なことだと思う。
夕方まで寝ていたせいか、地図を描き終えた頃には、外は既に暗くなっていた。
俺は外に出て、近くの飲食店へ入った。
適当な席に座り、焼き魚なんかを注文してしまったり。
食事はすぐに運ばれ、俺は串焼き魚を頬張る。
正直言って、あんまり美味しくはない。
もう少し北に行けば、美味い魚が食えるのかもしれないが。
「ふぅ」
味はどうであれ、腹が満たされる事に変わりはない。
俺は一息ついてから、料理店を後にした。
この後はどうしようか。
仕事も意外に早く終わりそうだし。
とりあえず、明日、探索を再開しよう。
考えをまとめた俺は、散歩をした後、宿へと戻った。
寝る前に、魔術で土人形を作る。
魔力は魔術を使えば使うだけ、しっかりと増えていく。
ステータス画面なんて物は、ゲームではないのだから見えるわけがないのだが、実感できる物だ。
ステータスの上昇は。
「寝るか……」
カレン人形、ノエル人形、サラ人形を作り終えた俺は、ベッドに倒れこみ、眠る事にした。
――――――
翌日、俺は迷宮への探索を再開させる事にした。
地図を片手に、迷宮の奥へと進んでいく。
地図のおかげで、迷う事なく第五階層まで辿り着くことが出来た。
やはり、ここは温度が高くて気持ちが悪くなる。
首巻きは外さずに、水と風の混合魔術で体を冷やす。
この階層の魔物は『土だるま』で片付ける。
手間はあまりかけたくない。
さっさと仕事を終わらせて、カレンの元へと戻りたい。
だからといって、焦る事もしてはならない。
気を抜けば、いつの間にか串刺しって事もありえるのだから。
俺は地図を描き足していきながら、第六階層に辿り着いた。
温度、湿度、それに視覚的変化も見られない。
第五階層とほとんど変わらないのか。
少し安心しながらも、歩を進めてしばらく、第六階層の魔物と遭遇する。
トカゲの様な顔に、トカゲの様な体。
だというのに、二足歩行をしていて、手にはハンドアックスを握っている。
爬虫類独特の目が俺を捉えた。
「お、リザードマン。初めて見た」
呑気に呟いて、リザードマンとの間合いをはかる。
先手を取ろうと、一歩踏み出した時、リザードマンが一歩下がった。
知能は他の魔物よりも高いのか。
だが、遠距離攻撃なら、どう反応する。
『土弾』を作り出し、頭を狙って高速で飛ばす。
普通の人間なら反応出来ない早さだ。
そう。人間になら反応できない。
しかし、このリザードマンには反応が出来たようで、首を軽く傾げて避けた。
リザードマンは軽く唸ると、斧を振り上げながら接近してきた。
俺は振り下ろされた斧を躱し、リザードマンの体に触れようと手を伸ばすが、リザードマンの左手が俺の右手を捉えた。
俺は軽々と持ち上げられ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……」
思わず呻き声を上げてしまった。
物理的な痛みを受けたのは、久しぶりだ。
油断した。一階層進むだけでここまでレベルが違ってくるとは。
俺は反省しながら体を起こそうとするが、腹を蹴り上げられ、体が宙に浮く。
続いて、背中に衝撃が伝わった。
背中が直接攻撃を受けたわけではなく、剣が盾となってくれた。
それでも、俺が受けたダメージが大きい。
舌打ちをしながらリザードマンの足を掴み、『土だるま』と念じる。
リザードマンの足は徐々に土に覆われていく。
隙を狙って立ち上がった時、リザードマンは片足を失っていた。
俺が切ったわけではない。という事は、自分で斬り落としたという事だ。
……嘘だろ。ここまで知能が高くなるのか。
『ガァァァァァアアア!』
リザードマンが耳を劈くような悲鳴をあげた。
痛みに声を上げたのかと、そう思った。
それならまだマシだった。
だが、奴が行った行為は、仲間を呼ぶ事。
奴の背後からぞろぞろと数体のリザードマンが現れた。
数は……全部で四。倒せないわけではないが、痛みを伴うのは絶対か。
「はっはっ、困ったなぁ」
何故だか俺は、この状況を嬉しく思っていた。
雑魚ばっかりを相手にしてきて『つまらない』と、そう思っていたのだ。
それは俺の中にいるシャルルも同じなようで、きっとこの状況を楽しんでいるだろう。
いいじゃないか、四対一。最高だ。
一体目のリザードマンが跳躍してくる。
俺は斧を躱し、足を払った。
追撃を加えようとしたが、もう一体のリザードマンの攻撃が飛んでくる。
その攻撃も躱し、背後からの攻撃も躱した。
俺はすぐに二本の剣を引き抜き、横から伸びてきた斧を剣でいなした。
次の攻撃は、上から。リザードマンがジャンプ斬りをしたようで、俺はそれを剣で受け止める。
「あちゃー、これは失敗」
剣で受け止めずに、躱すべきだったか。
こうしている間にも、他の奴らからの攻撃は飛んでくるわけだからな。
そうなる前に、俺は剣を伝って相手に魔力を送り込んだ。
『氷結』と念じると、リザードマンの手は凍って粉々になる。
丁度その時、右から斧が飛んできたが、剣で弾き、首を切り裂く。一体目。
背後からの攻撃を右の剣で受け止め、左手の剣で頭蓋に一撃を入れる。二体目。
すぐに剣を引き抜き、振り返りざまに後ろにいたリザードマンに剣を振るう。
優に躱されてしまうが、それでいい。
一体が後退した事によって、俺の相手は二体になる。
右前方にいる奴は上段の攻撃、左前方にいる奴は下段の攻撃を繰り出した。
盗賊よりも良いチームワークだ。リザードマン一体でも盗賊団壊滅が出来そうな気がする。
心の中でリザードマンを褒めながら、両方の剣を受け止め、俺の両手は塞がる。
俺は上段の斧の力を利用し、軽く体を浮かせて回転する。
回し蹴りを右前方にいたリザードマンに食らわせ、怯んだところに首を切り裂いた。三体目。
俺は二体のリザードマンとの距離を取り、剣についた血を振り払う。
リザードマンの警戒も極限まで強まっているのか、手を出してこない。
こちらから行くのは嫌な気もするが、仕方がない。
俺は地面を蹴って、一瞬で間合いを詰める。
胸を突こうと右の剣を伸ばすが、リザードマンは片手で剣を受け止めた。
俺の動きが止まった隙を狙って、左から斧が飛んでくる。
俺は斧を左の剣で受け止め、斧を持つ手を蹴りあげた。
そのまま腕を切り落とし、喉に一突き。これで四体目。
「お前で最後だな」
『シネ』
「え?」
『ヨクモ、オレノナカマヲ』
「……ごめん」
思えば、最初に攻撃したのは俺だったな。
喋れる事さえ知っていれば、道を退いてくれたかもしれない。
いや、『喋れることさえ知っていれば』なんてのは、言い訳だな。
魔物は獰猛で、低能だと決めつけていたのは俺だ。
怒られて、殺されそうになっても当然だろう。
『ガァァァァアア!』
俺に非があったのは事実。
だからといって、何があるわけでもない。
俺は、突進してくるリザードマンの攻撃を躱し、回転を加えた斬撃で首を斬り落とした。
五つの死体が、俺の目の前に転がっている。
だからなんだ、という話だ。
これで心を痛めるほど、俺の心は綺麗ではない。
というよりも、この世界ではこれが普通だ。
路地裏に死体が転がっている事だってある。
「ふぅ~」
俺は息をひとつ吐き、探索を再開した。
――――――
その後も俺は出会うリザードマン全てを瞬殺した。
仲間を呼ばれるのは、面倒だと思ったからだ。
戦っている間、『楽しい』と思ったのは事実だが、優先すべきは依頼の完遂。
遊んでいる場合ではない。
そんなこんなで第七階層まで辿り着いた。
温度は先ほどよりも少し上がったぐらいで、それ以外の変化は見当たらない。
見落としている部分さえなければの話だが。
「ふぁぁ」
飽きているせいか、欠伸が出てしまった。
これではいけない。もっと気を引き締めないと。
俺は気合を入れ直すために、頬を強く叩いた。
……痛い。
頬をさすりながら歩を進める。
そして、また魔物と出会った。
第七階層の魔物は、ゴーレムだ。
節々の岩の隙間からは溶岩が溢れでている。
第一印象は固そう。次の印象は、熱そう。
小並感が出ているが、そう見えるのだから仕方がない。
固そうで熱そうなゴーレムは、俺の気配を察知した辺りから、動かなくなった。
それまではゆっくりと移動していたのだが、何故だろう。
もしかして、戦わなくても通してあげますよとでも伝えたいのだろうか。
「そ、それじゃぁ、失礼しま――」
好意に甘えて横を通り過ぎようとした時、ゴーレムの腕が突然動き、咄嗟にしゃがみ込んだ俺の頭上を通り過ぎた。
「ですよねー……」
分かってはいたが、期待せずにはいられなかった。
戦わなくていいなら、それだけ楽な事はないし。
俺はゴーレムから距離を取り、『土弾』を飛ばすが、粉々に砕け散った。
固そうな印象はそのまんまだな。
熱いというのも、横を通り抜けようとした時の熱気で十分に伝わったし。
「土だるま」
念じるのではなく、久しぶりに魔術を声に出した。
それで何が変わるのかと聞かれれば、何も変わりはしないのだが。
呟いた直後、俺の体から勝手に魔力が流れ出る。
地面を伝ってゴーレムの足元まで伸びた魔力の糸は、ゴーレムの体へと侵入していく。
触れているのとは違うため、時間は多少伸びてしまうが、近づいて無駄なリスクを負うよりはマシだろう。
さっきとやっている事が違うって? まあ、気にしないでくれ。
「そろそろかな」
魔力が全身に行き渡り、一瞬にして岩に変わり、砂と化す。
溶岩さえも残さなかったな。芸術って奴かね。
でも、やっぱり、氷結の方が綺麗だ。
散る時の煌きが美しい。
使えない物は仕方がない、ここは我慢だ。
数時間の探索を終え、俺は第九階層まで辿り着いた。
腹時計を頼るのであれば、今は午後六時頃。
そろそろ戻った方がいいだろう。
前みたいにトラップに殺されそうになっても嫌だし。
「ん~」
手足を伸ばすと、関節が音を鳴らした。
歩きっぱなしで疲れたという事はないが、精神的な苦労はあった。
気を張り詰める事にあまり慣れていないせいだろう。
修羅場という物を経験した事があまりないからな。
俺は踵を返し、魔物を粉々にしながら第一階層まで戻った。
そのまま飲食店へ向かい、食事をした後は宿に帰った。
ロビーの時計を見ると、午後十時。
部屋に戻って水浴びをして寝るとしよう。
ふと、ロビーの窓に目をやると、赤毛のポニーテールが通り過ぎていった。
赤毛とは、珍しい。こんなところに竜人族がいたなんて。
まあいい、気にする事のほどでもないだろう。
そう思った俺は、すぐに部屋へと戻った。
――――――
翌日、朝に地図に描き足しを入れてから、探索へ向かった。
とりあえず、遊び半分でリザードマンのパーティと戦闘した。
昨日戦ったおかげで、動きを読めるようになった。
リザードマンとの戦闘のおかげで気が引き締まった。
「よし」
俺は剣に付着した血液を振り払ってから、探索を再開する。
魔物を倒していきながら、難なく第九階層に到着した。
第九階層の魔物はリザードマン、ゴーレム、それと首なし騎士だ。
三種の魔物が協力とまではいかないが、同時に攻撃をしてくるのはかなり厄介で、俺でも倒すのに時間がかかってしまう。
面倒になった時は土魔術バージョンの『針山地獄』を使えばいいだけなのだが、崩落の危険も考慮してやめておいた。
ちなみに、今までに出会った『党』――パーティは、十数グループ。
もっといるはずだが、道に迷っていたり、既に屍になっていたりするのだろう。
俺はソロだから、通りすがりのパーティを手助けする事もあった。
余計なお世話だとも思うが、そのまま無視して死なれたとあっては、罪悪感を感じる。
正直、心の重荷は増やしたくない。これ以上は、もう。
第九階層の地図を埋めていき、一時間ほど経過した頃、俺は遂に階下へ繋がる階段を見つけた。
当たり前だが、階を進んでいく程に見つけるのが難しくなっていくのだ。
やっとの思い、という感じだ。
『たすけて』
下へ向かおうとした時、声が聞こえた気がした。
小さすぎて不確かではあるが、幻聴だとは思えない。
誰かが助けを呼んでいる。きっとそれは俺の助けではないのかもしれない。
でも、それでも、『たすけて』の声には応えなくては。
ほんの小さな助けを求める声を聞いて、俺の体はすぐに動いた。
御意見、御感想、駄目出し、評価、何でも何時でも歓迎しております。




