シンフォニアは幕を閉じる
サボっていたわけではないんです!
休暇です! サボりではなく、休暇なのです!
三日が経ち、王都中央広場にある掲示板へと足を運んだ。
そこには、俺の言った通り、高くもなく、低くもない位置に貼り紙があった。
『タイラー料理店、従業員募集! 十四歳以上! 時給大銅貨九枚!』と書いてある。
必要な事だけを書いたシンプルな物だが、これで充分だ。寧ろこちらの方が良い。
ここで細かい話を載せても、足を運んでもらえるかは分からない。
まずは、店に来てもらう事が必要なのだ。
募集の貼り紙を確認した俺は、料理店へと向かう。
貼り紙を掲示板に貼ったのが俺が助言をしたその日だというのであれば、三日は経っているわけだから、さすがに一人は雇用できているだろう。
従業員は最低でも七人欲しい。キッチンに四人、給仕に三人は必要だ。
やる事を考えながら料理店へと着いた俺は、扉をノックする。
「シャルルです」
名を告げると、扉が開けられる。顔を出したのは、男性だった。
優しそうな雰囲気の男性で、チャームポイントは額のほくろだ。
「どうぞ、中へ」
店の内装を見たのは今この時が始めてなのだが、予想通り地味だ。
六つのテーブルと椅子が置かれているだけで、壁には時計がかけられているが、装飾は無い。
だが、木目が見えているのは中々にいい味だと思う。これは活かしたい。
外装、内装をどうしようか。塗色するのは気が進まない。
木の色を活かし、且つ人が集まるように視線を集める……。
どうすべきかと考えていると、タイラーが奥の扉から出てきた。
「どうも、シャルルさん」
「こんにちは。どうですか、従業員の方は」
「面接をして、四人新しく雇用出来ましたが……皆若く、経験が浅いようで……」
「経験はこれから積ませれば問題無いです」
「そうですかね……?」
「はい。ともかく、これで店員の数は計六人ですか?」
「そうなりますね」
「割り振りは決めてありますか?」
「はい。決めました。四人のうちの一人が、料理には自信があるとの事で調理を。他の三人には接客を任せました。僕と彼――マークの二人も調理です」
俺は先ほど俺を出迎えた男性、マークを一瞥する。
マークは俺の視線に気づくと、会釈をしてきた。
なるほど、料理が出来そうな顔ではあるな。
「少し料理を味見してもいいですか?」
「はい、もちろんです」
マークと共にキッチンへと向かうタイラーに続いて、俺もキッチンへと足を踏み入れる。
調理道具は一通り揃えてあり、充分と言える。掃除もしてあるから調理場は問題ない。
俺はマークとタイラーの料理する姿を見ながら、黙って待っていた。
しばらくして、皿に乗せられた食べ物がキッチンにあるテーブルに置かれる。
麺の上に赤いソースがかけられていて、白い湯気が立ち上っている。
「いただきます」
手を合わせて、フォークを手に取る。
フォークに麺を絡ませ、一息吹きかけてから口へと運んだ。
これは……ミートソースパスタか。美味い。
缶ではなく、生トマトからソースを使っている為、酸味が少し強いが、甘みもしっかりと口内に広がる。
しかし、普通より美味い程度だから、料理だけで客を集めるのはさすがに不可能か。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末さまでした」
ソースもパスタも平らげ、タイラーとマークに礼を言うと、二人は満足気に微笑んだ。
「して、他の従業員は?」
「もうすぐ来ると思います」
「こんにちはー」
噂をすればなんとやら。挨拶をしながら裏戸から入って来たのは一人の少年だった。
――――――
俺はタイラーに三日間店を閉めてもらうようにお願いし、四人の少年を鍛えた。
少年達は若いこともあってか、飲み込みが早く、俺の期待をふくらませるばかりだ。
そして今日、遂に店を開けるわけだが、店を開けたところで、客には従業員が増えたなんて分かるはずがない。
まずは、店の中に入れる。そこからだ。
その為には客の注意を引かなければならない。
どうやって引くのか、どうすれば興味を持つのか。
やはり大きく出るのは、看板とチラシだろう。
看板、チラシ、呼び込み、それらもそうだが、広告というのも大きくなる。
街の中央にある掲示板には店の宣伝紙を貼ることを禁止されている。
そんな事を許可すれば、街中の店の紙が貼られる事になるからだ。
だが、従業員募集が許されているのは、街の景気付けの為だろう。
さて、そんな事情があるわけだが、その看板やチラシで客の興味を引くにはどういった内容の物を書かなければならないのか。
そこは俺の提案するところではない。タイラー達が自分で考えてやる事だ。
広告の話についてはアテがあるから手伝う事にしよう。
「宣伝紙を配るのはいいですが、配った後で紙に目を通した客が、『ここに行きたい』と思うようにしなければなりません。それをどうするかは自分で考えて下さい。重要なのは、客の目線になる事です」
「分かりました」
「そして、広告ですが、掲示板に宣伝紙は貼れません。では、どこに貼ればいいのか。そこについてはアテがあります。ですが、交渉するのは僕ではなく、タイラーさんです」
「ぼ、僕ですか……」
「はい。『貰う』と『与える』が重要な言葉になるでしょう。意味は深く考えないほうがいいですよ、そのまんまですから」
「分かりました、頑張ります」
「僕が手助け出来るのはここまでです。僕がこれ以上何かしたら、タイラー料理店ではなく、シャルル料理店になってしまいますから」
「その通りですね」
「では、付いて来て下さい」
俺はタイラーを連れ、客馬車に乗った。
向かう先はオッチャンの宿だ。
オッチャンの宿はギルドに近いため、人の出入りが激しい。
オッチャンに広告を貼ってもらえるようお願い出来れば、タイラーの店への出入りはそれなりには増えるだろう。
まぁ、そこもタイラー次第。タイラーの店が繁盛しなければ、依頼は失敗。すれば成功し、報酬を貰える。
それだけのことである。
「オッチャン、仕事相手を連れてきました。金の話ですよ、オッチャン」
「ガキが何いってんだよ、ったく」
「こちらの方、タイラーさんです。話があるそうで」
「ど、どうも、タイラーです」
タイラーは軽く頭を下げ、挨拶をする。対するオッチャンは『宿主だ』といって豪快に笑った。
タイラーの顔を見ると、どうすればいいのか分からない様な顔をしていた。
全く、笑っているオッチャンを見たぐらいで慌てるなよな。
「んで、金の話だっけ? とりあえずこっち来いや」
オッチャンは受付の奥にある扉へ入ると、俺らを手招いた。
俺はタイラーと共に中へ入り、扉の側にあった椅子に座る。
タイラーはオッチャンと対面するようにソファに腰を掛けた。
この世界において『話し合い』といえばこのスタイルである。
「んで、タイラーさん、何の話だ?」
「自分、料理店を営んでいる者でして……自分の料理店の広告を出させていただきたく、お訪ねしました」
「広告?」
「はい。もちろん、広告料は払います。宿主さんの店に広告を貼る。自分は客を得る。宿主さんは広告料を貰う。如何でしょう?」
タイラーが言うと、オッチャンは黙り込んだ。腕を組んで何かを考えている。
しばらくして、俺の方にちらりと目をやった。
俺は何の素振りも見せずに、オッチャンの出す答えを待った。
「……よし、分かった。その話乗った」
「本当ですか!?」
「ああ。こっちは『行ってみろよ』って言えば、金を貰えるんだろ? いい話じゃねえか」
「有難うございます!」
タイラーは嬉しそうに笑い、俺に振り向く。
「シャルルさんも、有難うございました!」
「どういたしまして」
その後、お礼を言い続けるタイラーに「成果が出てから礼を言え」とオッチャンが言ったことによって、タイラーは口を閉じた。
しかしその表情は未だに柔らかいものである。
「お世話になりました」
タイラーが宿の前でもう一度頭を下げた。俺は手で、顔を上げるよう伝える。
「七日後にでも伺いますので」
「分かりました」
「では、また」
タイラーは客馬車へ乗り、店へ戻っていった。
俺はオッチャンに挨拶をしてから、家へ徒歩で帰った。
気付けばもうおやつ時だ。何かおやつでも――とそう思った時、キッチンからは甘ったるい匂いが漂ってきた。
誰が料理しているのかと覗いてみると、そこにはカレンとノエル、そしてサラがいた。
三人仲良く料理とは、微笑ましい。
「ただいま」
「おかえり、なさい……」
「――お帰りなさいませ、ご主人様」
「お、おかえりなさい」
カレン、ノエル、サラの順番で挨拶を返してくれた。
なんというか、心に響くものがある。
ロリって素晴らしい。
「何作ってるんだ?」
「あっぷるぱい……」
「ほぇぇ、カレンはそんな事もできたか」
「ん……サラも、頑張った……」
「二人共ようやった。楽しみである」
言いながら頭を撫でてやると、カレンはナチュラルに受け入れてくれたが、サラの方は恥ずかしそう――というか、恐がってそうだ。
カレンと一緒に寝かせ、俺への警戒心を薄れさせる作戦は、どうやら俺が抱きしめてしまったことによって失敗してしまったようだ……!
だが、私は諦めない。いつかサラを恐がらせないようにしてみせようぞ。
そんな決心を一人でしていると、カレンがオーブンを開けた。
カレンが一人で取り出そうとしているので、俺は厚手の布を横取りし、カウンターの上まで運んだ。
「カレンがもう少し大きくなったら任せられるけど――」
「……」
「胸じゃない。そうじゃない」
カレンが胸を押さえて顔をしかめている。
女の子は胸の大きさを気にしすぎな気がする。
おっぱいの大きさで女を選ぶ男も多少なりともいるだろうが、大事なのはそこではないと俺は思っている。
「いやぁ、いい匂いですねぇ」
食欲をそそる甘い匂いが、俺の腹を鳴らす。
俺は引き出しからナイフを取り出し、小分けに切った。
アップルパイのピースを皿に乗せ、三人に配る。
俺の分もしっかりといただき、皆で食卓についた。
「いただきます」
合掌から始まるおやつタイム。
俺は出来たてのアップルパイにナイフを通していく。
あまり抵抗をせずに、ナイフの侵入を許す柔らかさだ。
そんな柔らかいアップルパイをフォークで掬い上げ、口に運んだ。
サクリとした食感の後に、程よく柔らかくなったリンゴの食感が伝わる。
砂糖の甘味とリンゴの甘み、その甘味を和らげるパイ生地。
いやぁ、素晴らしいね、アップルパイ。素晴らしいね、カレンさん。
「美味い。三人共ありがとう。俺にこんな美味いもの食わせてくれて」
「おおげさ……」
「――私はほんの少しお手伝いをしただけです。ほとんどカレン様とサラ様のお手柄かと」
「い、いや、そんな、私は全然」
「サラも、頑張った……えらい……」
「あぅ……」
サラは褒められる事に耐性がないのか。なるほど、覚えておこう。
しかし、本当に、微笑ましい光景だな。
家族が増えると色々トラブルが増えるのではないかと思ったが、ここまで仲良く出来ているのなら大丈夫だろう。
それに、仲良くなるのに喧嘩は付き物。寧ろ、少しぐらい喧嘩したほうが丁度いい。
「シャル、頬がゆるゆる……」
「――たしかに、今にも垂れそうです」
「だ、大丈夫ですか?」
アッハッハッハッ! 私は幼女三人のやりとりを見て喜んでいるだけだ! 心配はいらない!
とは言わない。
「気にしないで、この菓子が美味すぎるだけ」
まあ、そんなこんなで、俺の楽しい時間は過ぎていくのであった。
――――――
一週間後、約束通り、俺はタイラー料理店へと赴いた。
店の前には看板があり、値段の書かれたオススメメニューなどを載せていた。
あれだけ美味いというのに、平均額が銀貨五枚。
安くて美味い店を目指しているわけか。
外装を見た後は、店内に入った。中の光景を見て思わず「おぉ」と声を漏らしてしまった。
席は全て埋め尽くされ、従業員はひきしまっていて、小気味がいい。
「いらっしゃいませ――って、シャルルさん!」
俺の鍛えた従業員の一人、ビクターは、俺を目にするとすぐに駆け寄ってきてくれた。
「繁盛してるね」
「はい、おかげさまで」
「それはお前の台詞じゃないけどな」
「えへへ、そうでした」
「んー、席は空いてないよね……どうしよう?」
「どうぞ奥まで入っていってください!」
「お、すまんの」
お言葉に甘えて、俺は休憩室まで行くことにした。
中ではタイラーがゆったりと金を数えている。
「どうも」
「これはこれは、シャルルさん! いらっしゃいませ!」
「いやぁ、賑わってますな」
「はい、おかげ様で。収入も増えました」
身も蓋もない。それだけ警戒が解かれているということだろうか。
「それで、シャルルさん。報酬の件ですが、如何いたしましょう?」
「んー、そうですね……金ではなく、『宣伝』をお願いできればいいです」
「宣伝、ですか」
「はい。俺の組織を」
「なるほど、分かりました。任せて下さい」
まあ、元々、これが狙いだった。
最初の依頼人は誰でも良かった。
俺が依頼を完遂し、報酬として俺の組織の宣伝をさせる。それが目的だったのだ。
その依頼人が飲食店の経営者だったのは、運が良かったといえる。
「それじゃあ何か注文しましょうかね……マークさんのオススメでも」
「畏まりました。すぐに注文を届けますので」
タイラーは金を机に置いたまま、調理場の方へ行ってしまった。
警戒が薄いなぁ。
……まあ、何はともあれ、俺は依頼を完遂した。
これを期に、俺の組織は名を馳せていく事になる。




