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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第六章『家族』
54/72

鬼の涙・前編

「確かに受け取りました」


 俺はエルネストから金貨一万枚の小切手を受け取った。

 小切手を内ポケットにしまい、二人で部屋を出る。


 俺達が向かうのは、拘禁施設だ。

 城を出て、隣に建てられた塔へと入り、最上階まで階段を使って上がっていく。

 途中、檻の中の囚人達がエルネストを睨みつけていた。


 ここにいる犯罪者は国に不満を持った者が多いと、衛兵に教わった。

 エルネストを気に入らない奴が反発心から犯罪を起こす。

 前王が好戦的だったのに対し、エルネストは温厚だ。

 そのギャップに悩む者もいるのだろう。

 それでもエルネストは国の姿勢を崩さないと言っていたが。


 そんな事を考えている間に、最上階まで着いた。

 檻は開いており、サラの拘束は解かれていて、目隠しも外れている。

 椅子に座っており、手に持ったコップに入った水を生気のない眼でじいっと見詰めているだけで、俺達には何の反応も示さない。


「サラ、我らが王がお見えになられている」


 衛兵がサラに声を掛けて、やっとサラが顔を上げる。

 サラはゆっくりと腰を上げ、片膝をついた。


「いや、もうそれは良いよ」


 エルネストが言うと、サラが小首を傾げる。


「君はもう僕の国の民ではなくなった」


 エルネストの言葉に、サラが視線を落とした。


「でも、君には居場所がある。ここではなく、別の場所だけれども」

「……?」

「この少年――シャルルが、今日から君を預かる」


 サラの虚ろな眼が俺に向けられる。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、俺の目の前まで来ると、頭を下げた。

 礼儀は中々になっているようだ。


「さて、転移魔法陣まで案内しよう」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 俺達はサラを連れて、カレン、ノエルと合流してから、最初に転移してきた場所まで歩いた。

 カレンは連れてきたサラを一瞥はしたものの、何も聞かずに俺に付いて来た。

 後で二人に説明が必要だろうな。


「それではシャルル、またいつか」

「はい。お元気で」

「君もね」


 エルネストと挨拶を終えて、俺達は転移魔法陣に乗った。

 その時、アリアが扉を開けるのが見えたが、景色は一瞬にして変わる。

 アリアは俺達に何か用事でもあったのだろうか。

 慌てている様子だったが、多分、俺達にもう一度礼を言いたかったとか、その辺のことだろう。

 そういう事にしておこう。じゃないと、夜も眠れない。


 とりあえず、帰ってきた事を告げようと、騎士団の副団長室の扉をノックする。

 ウルスラは「どうぞ」と短く答えた。

 俺は扉を開けて、軽く会釈をした。


「ウルスラさん、こんにちは。ただ今戻りました」

「あっ、シャルル殿でしたか。お帰りなさいませ。どうでしたか? 今回の依頼は」

「まあ、何とか完遂してきましたよ。報酬も受け取りましたし」

「流石ですね。……して、その魅人の娘は?」

「色々ありまして、預かることになりました」

「そうですか。シャルル殿は色々あり過ぎですね」

「ははっ、これからもっと色々あるかもしれませんね」

「ですね」


 ウルスラはそう言って、「ふふっ」と笑った。

 最近、ウルスラの表情が柔らかくなった様に思う。

 何か良いことがあったのかもしれないな。


「それでは、僕はこれで。色々とお世話になりました」

「いえいえ、お役に立てたのなら幸いです」


 俺は軽く頭を下げてから、副団長室を後にした。

 そのまま宿へと戻り、全員が荷物を置いて落ち着いた所で、サラを椅子に座らせる。


「さて、早速だけど、望みを聞こう」

「……」

「気力がないな。そんなに絶望してるのか?」

「……」

「死にたいか? 生きたいか?」

「……」


 どの質問にも無反応。ただ、虚空を見つめて、口を閉じている。

 喋る気力すらないのか。さっきはお辞儀してくれたのに。

 まあ、心を落ち着かせるには、それなりの時間を要する。


 何もしないというのは問題だが、気分転換でどうにかなる問題ではない。

 幼いサラに、彼女の傷は大きすぎる。

 幼すぎるサラに、彼女の罪は重すぎる。


「まあ、答えが出たら言ってくれ」

「……」

「でも、俺はそんなに待たない。しばらくしても答えが出せなかったら、問答無用で殺す。いいな?」


 少しの間を置いて、サラは軽く頷いた。


「よし、じゃあ、早速家を買おう。異論はないな?」

「ん……」

「――ご主人様の仰せのままに」

「……」


 異論はないようなので、俺は幼女三人を連れて、不動産屋へと向かった。


「それと、ノエルは道行く人に気をつけろ。力の加減を覚えなさい。しっかりと抑えるんだよ。いいね?」

「――了解いたしました」


 よし、これで肩ドンして脱臼させるという事故は避けられるだろう。



 ――――――



 一先、ギルドに寄り、小切手を使用して、預金額を金貨一万枚追加した。

 ギルド員に俺が記入するための小切手をもらい、金貨五千枚と記入し、署名の欄にサインを入れた。

 支払いの準備が出来たので、不動産屋に行った。


「こんにちは、ホラーツさん」


 不動産屋に入った俺は、カウンターで作業をするホラーツに声をかけた。


「お、シャルルさん。いらっしゃいませ」

「資金の用意が出来たので参りました」

「お早いですね」

「大きな依頼を受けてきましてね」


 俺は言いながら、小切手をホラーツに手渡した。


「はい、確かに」


 ホラーツは小切手を受け取ると、奥へと入っていった。

 すぐに戻ってきて、鍵を手渡される。


「ご購入いただき、誠に有難うございました」

「これだけですか? 他の手続きなどは?」

「……? ありませんよ?」

「あ、そうですか」


 あっさりとした物だったな。

 もう少し色々書類が出てくるかと思ったが、これで良いらしい。

 まあ、面倒なのを省けるのなら、俺はそれで嬉しい限りだが。


 兎にも角にも、こうして俺は家の購入に成功したわけだ。

 だがしかし、まだ問題は残っている。

 家具の購入だ。

 流石にスッカラカンの場所に住むのは良くないだろう。


「それじゃあ、僕はこれで。ありがとうございました」

「いえいえ。またお越しください。お茶ぐらいは出しますので」


 俺は「はい、また来ます」と返事をし、会釈をしてから店を出た。

 さて、これから向かう先は、家具屋だ。

 カレン、ノエル、そしてサラを引き連れて買い物に行くわけだ。

 幼い女の子を三人引き連れる幼い男のおっさんか……。

 カッコの中さえ分からなければ、微笑ましい光景と呼べるだろう。


 そんな事を考えながら、俺はホラーツの店の近くにあった家具屋へと着く。

 不動産屋の近くに店を設置するのも、一つの商法ってやつなのだろうか。

 突然浮かんだどうでもいい疑問を抱えながら店の扉を開けると、扉の上部に付いていた鈴が鳴った。


「いらっしゃい!」


 俺を歓迎したのは、若い男性の活気のある声。

 並べられた商品の奥にある扉から姿を現したのは、やはり若い男だった。

 刈り剃られた茶色の髪をした、程良い筋肉を持つ男だ。


「こんにちは」


 俺が挨拶をすると、男はあからさまに怪訝な表情を浮かべた。

 子どもを引き連れた子どもが買い物に来た事を変だとでも感じているのだろう。

 だが、一応は店員。すぐに表情を活気のあるものに戻す。


「らっしゃい! 今日はどんなのをお探しで?」

「これを全部」


 俺は予め用意しておいた、必要な家具一式を記した紙切れを渡した。


「……これを全部? ちゃんと支払えやすか?」

「問題ないです」

「……もしかして、良家のお方がお忍びか何かで?」

「いいえ、ただの冒険者ですよ」

「そうですか。でもうち、全部俺一人で作ってるんで、結構かかりやすぜ?」

「大丈夫ですよ」


 俺が短く答えると、男は「分かった」とだけ言って、奥の扉へと消えてしまった。

 男は『全部俺一人で作ってる』と言っていたから、ここに並んでいる商品は全てあの男が作った物という事になる。

 それぞれデザインの異なる棚、寝台、戸棚、食卓、机、椅子、その他諸々が並べられていて、店内は家具職人の展覧会の様だ。


「ここに載ってるもんは全部揃ってやすんで、柄は好きなのを選んでくだせえ」


 俺が家具を見物している間に戻ってきていた職人が、リストを俺に返した。


「いやぁ、どれも自信作でやすから、気に入ったのがあればすぐに申してくだせえ」

「分かりました。ありがとうございます」


 俺は既に買うものを絞っていたので、その中から更に選別する。


「カレンは気に入ったものあった?」


 俺同様、様々な柄の家具に興味を持ったらしいカレンは、薄茶色い木材が使用されている棚と向き合っていた。


「あった……」

「どれ?」

「これ、これ、これ……これ――」


 カレンは淡々と気に入った家具に指を向けていった。

 テーブル、椅子、ベッドや戸棚だけでなく、木彫のクマにもマーキングをしたようだ。

 カレンは俺と趣向が似ているのか、選んだ物は俺の選んだ物とほとんど一致している。


「うん、まぁ……全部買っちゃおうか」

「ほんと……!?」


 カレンが珍しくも表情を明るくする。


「どれも必要な物だし、元々俺が買おうと思っていた物でもあったしな」

「ありがと、ございます……!」

「うむ」


 カレンがはしゃぐとは、珍しい。家具を買いたいという願望があったのだろうか。

 スラム育ちだから、そういう事を夢見ていたのかもしれない。

 前世で生まれた願望である可能性も大いにあるわけだが。


「えっと、職人さん?」

「店長と呼んでくだせえ!」

「店長、あれとあれとあれ――」


 俺はカレンが選択した家具を、店長に指でさし示して伝えた。

 店長は一度で全部記憶したらしく、言われた通りの家具を次々に裏へと運んでいく。

 ベッドさえも一人で持ち上げていたのは驚きだ。


「力持ちですね、店長」

「職業が職業でやすからね。力がいるんでやすよ」


 店長が笑顔で答えた。

 俺が「へぇ」と短く返して、会話が終わる。

 俺は店長の仕事が終わるのを待つことにした。


「カレン、楽しそうだな」

「ん……」

「そうかそうか」


 言いながら、カレンの頭を撫で回す。

 もう片方の手でノエルを手招きし、耳を近づけるように促した。


「サラを見守ってあげてくれ」

「――了解いたしました」

「頼んだ」


 今のところ、俺からサラに話しかける予定はない。放置プレイだ。


「終わりやしたぜ」


 ノエルが入り口の方で呆けるサラの元まで近寄った丁度その時、店長が息を整えながら裏から顔を出した。


「後は運び出しだけでやすが、住居はどこでしょう?」

「ああ、家具は後払いですか」

「そうでやす。運び出しの途中で破損する場合もありやすんで」

「なるほど。それで、住居はこちらに地図を書いておきました」


 俺はもう一枚、紙切れをポケットから取り出して、店長に渡した。


「分かりやした。あんまし多くないんで、明日の昼から始めて、夕方には終わると思いやす」

「お手数をかけます」

「いえいえ、商売でやすから」

「それでは、よろしくお願いします」

「またいらしてくだせえ!」


 活気あふれる店長の笑顔に励まされたような気がした俺は「また来ます」と言って店を出た。

 ノエルとサラは無表情だが、カレンは上機嫌だ。

 今にもスキップをしそうである。

 そんなカレンを見て、俺まで上機嫌になってくる。


「おい嬢ちゃん、道歩く時は気をつけろや」


 上機嫌に歩を進める中、後ろから不愉快な声が聞こえた。

 首を回して後ろを確認すると、ノエルが男にいちゃもんを付けられていた。

 面倒極まりないが、ノエルの方に歩み寄る。


「うちのがどうしましたか?」

「あ? んだてめぇ」

「こいつの主です」

「てめぇが主なら躾けぐらいちゃんとしろや! 肩がぶつかって脱臼したんだよ!」


 出たよ、不良特有の難癖。


「見せてみてください」


 俺は一言告げてから、男の肩に触れる。

 ……だ、脱臼していた。

 ノエルにぶつかった男の肩が脱臼していた!


「ノエル、何をしたんだ?」

「――ただ肩と肩が接触しただけです」

「ありえないだろ! 力を抑えろって言ったじゃん!」


 俺はノエルを一喝してから、男の方に向き直る。


「すみません、本当に。これで許してください」


 俺はポケットから金貨一枚を取り出し、男に手渡した。


「い、いや、金が欲しいわけじゃなくて、ちゃんと駄目な事を教えて欲しかったというか――」

「いや、本当にすみませんでした。受け取ってください。お詫びです」

「いやだから、俺は別に金を要求したわけじゃねえんだ。躾をちゃんとしろと――」

「いや、僕からのお詫びの気持ちです。こちらに責任がありましたので」

「そ、そうか、なら、受け取っておく。すまないな」

「こちらこそ、すみませんでした」


 俺と男は頭を下げ合って、そのまま別れた。


「――ノエル、お仕置きが必要だな」

「――おし、おき?」


 その後、俺達は家ではなく、宿の部屋へと戻った。



 ――――――



「――ご、ご主人、さまっ……あっ、んぅっ……はあっ、もうっ、ゆるひて、く、くらはい……!」

「いいえ、許しません」

「――ゆ、ゆるっ、つ、次からはぁっ……! お、きをつけ、いたします、ので……んんっ、うぅ……」

「本当? 反省した?」

「――はいぃ……」


 俺がノエルから手を離すと、ノエルは糸の切れた糸あやつり人形の様に力なく床に座り込む。

 カレンも、俺とノエルとのやりとりを黙ってみているだけだった。


「全く、手間をかけさせる」

「ん……しゃる、上手……」

「そう? カレンにもやってあげようか?」

「……遠慮、します……」


 カレンが俺から目をそらし、俺は思わず笑いをもらしてしまう。

 にしても、ノエルには肉付きがあり、痛覚も存在していた。

 血も流れているようだし、脈拍もうっていた。

 もしかすると、人体を改造したものなんじゃないだろうか?

 そう思わされる程に、肉付きが人間のものに近かった。


「ノエル、そんなに良かったか? 俺のマッサージ」

「――お、おじょうず、でした」

「ふふっ、そうかそうか。次にして欲しい時はまた言う事だな」

「――いいえ、遠慮させてもらいます」


 俺がノエルにした事は、別にえっちな事ではない。

 ちょっとばかし、ツボを刺激しただけだ。

 ご褒美とも言えるし、お仕置きとも言える。


 俺はマッサージなんて出来なかったのだが、ビャズマにいた頃、ヴェラに教えてもらったのだ。

 俺をマッサージしたお礼としてヴェラにもマッサージをしろとの事で、喘ぎ声混じりのレクチャーを受けた事があった。

 長年使っていなかったが、腕は衰えていないようだ。


 兎にも角にも、俺達はその後食事を摂って、眠りについた。

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