囚われの姫・中編
城に戻った俺は、最初に依頼を受けた部屋で、エルネストに事情を説明した。
「なるほどね……」
聞き終えたエルネストは、顎に手を当てながら頷く。
「どうですか?」
「ありえる話ではあるね。建物の不可視化は普通じゃ出来ないけど、彼なら出来そうだ」
「普通じゃ出来ない?」
「不可視化の魔術は魔力消耗が激しいんだ。僕でも半日持つか持たないかだと思うよ」
なるほど。魔力の消耗が激しい……か。
「アイツの魔力ってどのくらいなんでしょうね?」
「分からない。奴の素性は誰も知らないんだ」
王なのに、部下の素性を知らないってどうなんだろうか。
でも、魔力の消耗が激しいというのであれば、可視化されるタイミングが現れるはずだ。
「夜に可視化される可能性は大きいと思いますか?」
「……奴でも、流石に一日中というわけにもいかないだろうし、夜から朝にかけては可視化されているかもしれないね」
「なら、奇襲は夜中ですね」
「奇襲?」
「そうです。奇襲です。堂々と真正面から行っても、相手の手の内が分かりません。その間に王女様が違う場所に転移される可能性だって出ます」
「それは分かるよ。そうじゃなくて、人手はどうするんだい? 一人じゃ無理だし、君は僕の部下の全員を疑っているわけだろう?」
「……正直に申しますと、そうですね。だから、困っているわけです」
俺がそう言うと、エルネストが考え込んだ。
娘の命がかかっている件だ。エルネストも軽率な発言は出来ないのだろう。
それ以前に、王だから軽率な発言をしないのは当たり前だろうがな。
「不在証明があれば、君は満足かい?」
不在証明。アリバイの事だ。
エルネストがアリバイを証明できるやつであれば、奇襲を依頼できるのかどうか。
これは転移が関わっているわけだから、エルネストと一緒に居た場合でも王女様の誘拐に加担する事は可能だ。
なんなら、アリアから気を逸らす為にエルネストと一緒にいたという事もありえる。
「不在証明というか、王女に近付く事すら出来なかった人物なら信用出来るかと思います」
「うん、なら、彼らが最適だ」
エルネストは笑顔で、ソファから立ち上がり、「すぐ戻る」と言って部屋を出て行った。
協力者の確保はおそらくこれで出来るだろう。
とりあえず、俺は先ほどメイドさんにいれてもらった紅茶を啜り、手筈を練っておく。
十数分後、部屋の扉が開かれる。
入室してきたのは、もちろん、エルネスト。
だが、彼一人ではない。エルネストの後ろにも何人かの男達が付いている。
男達は整列をして、手を後ろに組んだ。
全員、布で顔を隠しているからテロリスト集団の様だ。
エルネストはソファに腰を下ろし、冷めた紅茶を口に含む。
「彼らは僕の部下なんだけど、半年ぐらい牢に入っていたんだ」
「部下なのに牢ですか?」
「そう。あれは、彼らの内の一人が庭に落ちていたアリアのパンツを拾った事が全ての始まりだった……」
「その話は長くなりますか?」
「うん」
「困ります」
「分かった。話を戻すよ。それでね、彼らは、いつも僕の側に置いている護衛部隊や精鋭部隊とは別の、暗殺部隊なんだ」
道理で顔を隠しているわけだ。
しかしまぁ、暗殺とは、これまた穏やかじゃないね。
「彼らは僕から離れて対象を暗殺する事が目的なんだけれども、治安が良いから暇していたらしい」
「だから、半年間牢に入れても問題がなかったと?」
「うん。それに、必要な時に出せばいいだけだからね」
「なるほど」
「だから今、出したんだ。彼らには君に協力するように伝えてある」
「ありがとうございます」
「いや、いいんだ。兎にも角にも、作戦が思い付いんたんだろう? 余裕を感じられるよ」
「まぁ、そうですね」
「教えてくれるかい?」
「……はい」
作戦はかなりシンプルな物だ。夜中に可視化されている状態が前提で、まず、暗殺部隊には正面に待機していてもらう。
俺と、誰か一人、パートナーになった人で、アリアが囚われている部屋を見つけ出す。
位置が把握できたら、パートナーが正面に戻って、アリアが何処にいるかを見つけ出したと報告させる。
あとは暗殺部隊が各方位から攻撃をしかけて戦力を分散。
その間に俺がアリアを救出するだけの簡単な物だ。
だが、簡単が故に、相手の対処が及ぶ可能性もある。
その時は俺が建物ごと破壊して、更に混乱を煽る。
しかし、それはなるべくしたくない。
ともかく、王女の救出を再優先に考えたのがこれだ。
失敗しない様に、残り三つの対処法が残っているが、早めの救出を考えるならこれが一番効果的だ。
「ふむ、悪くはないかな」
作戦を聞き終えたエルネストが頷いた。
「確かに、これが一番簡単で、早くて、効果的だ」
「失敗しても、王女様を救出する為の他の方法も考えてあります」
「念には念を入れるべきだからね。うん、よし、じゃあ皆、頼んだよ」
エルネストが暗殺部隊に声をかけると、暗殺部隊は音もなく部屋を出た。
「それでは、自分も行きます。期待して待っていて下さい」
「うん、大いに期待しているよ」
エルネストはそう言って、爽やかに笑いながら、俺に手を振った。
俺は部屋を出て、すぐに城の外に出る。外は既に真っ暗で、他の建物には明かりが灯っている。
気配を感じて横を見ると、暗殺部隊の奴等が立っていた。
驚いて肩がびくっとする。幽霊でも見たのかと思った。
闇夜に溶けるとはこの事だろう。あいつらの姿はほとんど見えない。
俺は首巻きで顔の半分を隠して、フードを整えた。
「では、今晩はよろしくお願いします」
俺は挨拶をしてから、アリアの囚われている建物へと向かった。
――――――
夜の森は不気味で、動物の鳴き声すら聞こえず、風の通りすぎる音、風に揺られる木々の音だけしか聞こえなかった。
木の上から建物を見張っていた俺と暗殺部隊は、夜中になるまで会話の一つもしないまま、時間を過ごした。
現在の正確な時刻は分からないが、体内時計を頼るのであれば、深夜一時から二時頃だ。
その頃になると、建物が可視化され、窓からは光が漏れる。
俺とエルネストの読みは当たったようだ。
俺は隣にいた暗殺部隊員の服の袖を軽く引っ張り、その隊員は隣にいた隊員の袖を引っ張る。
作戦開始の合図を音なく伝えるためだ。暗闇の中なので、視線を送るのは出来ない。
合図が全員に渡った事を知らせる為に、合図が最後尾から返ってくる。
俺は隣にいる隊員の肩を二回叩き、二人で建物の屋根へと音なく下りる。
明かりの灯っていない窓を屋根の上から覗きこみ、中に人が居ないかを確認する。
音を立てないようにゆっくりと、慎重に窓を開け、中へと侵入した。気分は蜘蛛男。
俺達が入った部屋は、物置で、木箱が積まれているだけの部屋だった。
この部屋に用はないので、俺達は廊下へと出て、王女の在処を探す。
ちなみに、ブーツを布でコーティングしているので、足音の軽減は出来ている。
二階にあった九つの部屋全てを見て回ったが、どの部屋にもアリアは居なかった。
捜索中、誰とも遭遇しなかったのは幸いだ。
下の階からは賑やかな笑い声が聞こえるので、宴会でも開いているのだろう。
どうせ、王女様の拉致に成功した事を祝福しているんだろうな。
クックックッ、俺達に救出される事も知らずに、呑気な奴等だぜ……と心の中で嘲笑しながら、俺達は侵入した窓から外へ出る。
一階では宴会。二階の部屋には居なかった。となると、地下が存在するはずだ。
まずはそちらを先に回って、居なかったら一階で探す事にする。
ということで、俺達は裏口から建物内に侵入した。
裏口も物置だったが、地下への入り口はないので、用はない。
俺達は廊下へと出て、様子をうかがう。
宴会が開かれているのは居間か食堂らしいので、それ以外の部屋を見て回ったが、どれもハズレだった。
まあ、たしかに、王女を隠している部屋には見張りをつけるだろうな。
王女は居間にいるのか、それとも居間に入り口のある地下に閉じ込められているのか。
宴会が開かれている様では、居間へは行けないな。
もうアリアの居場所は特定できた様な物だ。奇襲を開始しても問題ないだろう。
そう考えた俺は、パートナーの肩を三回叩いた。
パートナーはすぐに外へ出て、仲間に奇襲を始める事を伝えた。
俺はその間、天井に張り付いて待機する。
しばらくして、裏口の方から木箱が派手に崩れる音がした。
居間から二人の男が出てきて、裏口部屋へと向かう。
「うわあぁあっ!」
「おい! おい!」
部屋に入った二人の断末魔の叫びが、建物内に響いた。
居間での笑い声は途絶え、途端に空気が張り詰める。
居間にいた数人が裏口部屋へと行った時、二階で何かが崩れる振動で建物が揺れた。
勢い良く階段をあがる音がし、すぐに喧騒が加わる。
二階と裏口部屋での戦闘が始まった時、今度は一階にあった他の部屋でも何かが崩れた。
居間にいた残りの奴等がそちらに向かい、居間にいる人の数は二人になった。
俺は天井を伝って、二人の真上に移動し、ゆっくりと降下する。
背中を向け合って警戒する二人の間に下りた俺は、二人の後頭部を鷲掴みにし『刈り取り』を使った。
脳を潰された二人は、声を発することもなく倒れる。
俺は居間を見渡し、地下への入り口を探す。
居間の真ん中の床に扉を見つけた。あそこが地下の入口で間違いない。
俺はすぐに扉を開け、地下へと下りる。
埃っぽく、薄暗い。女の子を閉じ込るには適さない空間だ。
階段を下りると、広い空間に出た。
薄暗くて奥までは見えないが、人の気配を感じる。
俺はゆっくりと歩を進めた。
目がすぐに暗闇に慣れ、周りが見えるようになる。
先ほどまでは暗くて見えなかったが、この地下室、壁と地面は点々だらけだ。
まん丸い穴がたくさん空いている。
数十歩程進んだ時、部屋の壁に設置されていた松明が一気に灯される。
部屋の奥には、檻があった。鉄で出来た檻の中に、白いドレスを着た金髪の女の子が閉じ込められている。
檻の前には、アイツが立っていた。
「いらっしゃいませぇ」
奴は気味の悪い笑みを浮かべながら、歓迎の言葉を口にした。
「お邪魔します。魔術師さん」
魔術師とは、俺が王宮に転移した時に戦った魔術師の事だ。
「いやぁ、見つかっちゃったねぇ」
「お喋りの時間はないんで、さっさと王女さん返してもらうよッ!」
言いながら、俺は二本の剣を抜いて、魔術師に斬りかかる。
だが、次の瞬間、魔術師は俺の真後ろに立っていた。
背中に強い衝撃が伝わり、俺は檻に向かって飛ばされた。
鉄柵に身体を打ち付けられ、肋骨の何本かが折れる。
すぐに『治癒』で治し、血を吐き捨てた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
檻の中の少女、アリアは、鉄柵にしがみつきながら心配の声をあげた。
「平気です。それよりも、王女様は檻の真ん中で頭を守りながら座っていてください」
「えっ、あっ、はいっ!」
俺の言葉に返事をしたアリアは、俺の言われた通りに、檻の中心で丸まった。
情報通り、素直でいい娘だ。
なら、もっと頑張らないといけないな。
さて、王女様を助けるためには魔術師を何とかしなければいけない。
今、あいつは俺の真後ろにいた。その時、床に魔法陣はなかったはずだ。
なのに、あいつは転移する事が出来た。
また新しい仕組みでも使ってきたか。困ったな。
俺が後頭を掻いた時、魔術師は俺の上空に転移し、氷槍を飛ばしてきた。
俺は土壁で防御して、すぐに魔術師から離れるが、今度は俺の後ろに転移をした。
俺は右手の剣を逆手に持ち替え、後ろを突く。
だが、攻撃が当たることはなかった。
部屋中に魔力を流し、目を凝らしても、やはり魔法陣らしきものは見当たらない。
一体どうやって転移をしている。
詠唱で転移は出来ないはずだ。
口はにやけたままで詠唱をした様子もなかったし。
何だ。何をしている。考えろ。目を凝らせ。魔術師を捉えろ。
俺が魔術師にいた場所に目をやった時、魔術師は既に俺の背後にいた。
右肩が突然熱を帯びて、俺は右肩に触れる。
ヌチョリ、という嫌な感触が、俺の手に伝わった。
腕を確認すると、綺麗に切り落とされていた。
俺はすぐに治癒を使い、腕を再生させる。
俺が後ろに振り向いた時、魔術師はそこにはいなかった。
途端、両腿と腹を何かが貫き、俺は地面に両手をつく。
続けて、両手の甲と両ふくらはぎに氷の針が貫通し、地面と俺とが固定された。
「哀れだねぇ。跪くってどんな気持ちだい? 俺に見下される気持ちはどうだい?」
魔術師が俺を嘲笑する。
「弱い者いじめっていうのはねぇ、弱者が更なる弱者にする事なんだよぉ。俺は弱者だ。かなり弱い。だからぁ、俺は弱い者いじめが大好きなんだぁ」
「俺が、お前より、弱いって、遠回しに、言ってんのか」
「あっはっはっはっ! 声が震えてるじゃん! そんなに痛いぃ? 愉快、愉快、愉快だなぁ!」
魔術師の声を、言葉を、表情を見て、学生の頃での出来事がフラッシュバックする。
体育館裏、教室、男子ロッカー、男子便所、様々な場所で味わった苦痛を思い出してしまう。
この世界に来てここまで殺意が湧いたのはいつ以来だ。
俺の学生時代を潰した、あのクズ共に似てる。
いや、こいつはそれ以上のクズだ。
いじめる人間は、優越感に浸る為にいじめを行っているのだろう。
だが、こいつは悦楽を得るために人を苦しめるのだ。
「ほら、立ちなよ。もっと殺意を見せてくれぇ」
俺は火魔術で、俺の自由を奪う氷を溶かし、治癒で穴をふさぐ。
剣を拾い上げ、首を鳴らして、深呼吸をした。
息を吐きながら、俺は小さく呟く。
「面倒くせぇ……」
御意見、御感想、駄目出し、評価、何でも何時でも歓迎しております。




