異世界の術で・中編
宿の部屋に着くと、ベッドに腰を掛けるように言われた。
俺が言われた通りに座ると、エヴラールは窓際の椅子に座った。
「それで、シャルル。魔術に興味があるのはいいが、一人で勝手に出かけて練習をするな。いいな?」
「はい」
「これから行く村や街でもそうだ」
「わかりました」
エヴラールの言う事には従ったほうがいいだろう。
かなり強いし、俺よりもこの世界の事を知っている。
「そういえば、シャルル」
「なんでしょう?」
「魔術を使ったのは今日が初めてか?」
「はい、そうですが……」
「初めてで五回、か……シャルル、お前には魔術の才能があるかもしれない」
土壁を五回使っただけで魔術の才能があると言われても困る。
確かに俺はアダムから魔力をもらったが、技術は自分で身に付けろと言われた。
魔力の量だけで才能まで計ってはいけないだろうに。
「魔力総量の多い奴等は、技さえ磨けば強くなれる。俺達はこれから長旅をするんだ。お前は自分で身を守れなくてはいけない。せめて、盗賊を倒せるぐらいには強くならなくちゃな」
「なるほど、わかります」
これは一理ある。
エヴラールだって俺と二十四時間一緒にいれるわけではない。
俺だって一人で外を歩きたいしな。
「だから、お前を鍛えてやる。魔術は教えられないが、武術と体術は教えられる」
「鍛える? 何処でですか?」
「この村でだ。丁度友人を見かけてな。しばらくはこの村に居るつもりだ」
「……わかりました」
俺は深く頷いた。
断る理由はないだろう。
どちらにせよ、エヴラールの言う事には断れない。
「そうだな……明日から始めよう」
「はい!」
明日から武術、魔術、それと体術の特訓だ。
なんだか疼いてきた。
明日と言わずに今すぐにでも始めてもらいたかったが、エヴラールが明日と言うのであれば、明日でもいい。
「もうすぐ十三時だ。村でも回ってみるか?」
「はい、是非とも」
しばらくこの村に滞在するのだ。
何処にどの店があるのかぐらいは把握しておかないとダメだろう。
俺はエヴラールの肩に乗せられたまま、村を見て回った。
ライヒという村らしい。
長い歴史を持つ村なのだとか。
今の村長は五十代目だと村の人がドヤ顔で言っていた。
自然豊かで、静かな村だ。
村人の表情も穏やかで、忙しくする者はいない。
肩に乗る俺を見かけると笑顔で手を振ってくれる。
「エヴラールさん。この村にはどのくらい居るつもりですか?」
「早くて一ヶ月、遅くて半年だ」
「結構ゆっくりしていくんですね」
「ああ、この旅は急ぐものでもないからな」
「なるほど」
最低でも一ヶ月はここに居ると言うのであれば、村人と良好な関係を築いておいた方が良いかもしれない。
困った時に助けてくれる人がいるというのは大きなプラスだ。
俺は別に人と会話する事に苦なんて感じないからな。
それと、この世界は一日二食が常識らしい。
腹が減ったら菓子かなんか食えばいいんだと。
まあ、俺は前の世界でも、昼には『お昼パック』を食べるぐらいだったからな。
一日二食でも問題はない。
俺達は村をぐるりと廻った後、料理店で夕飯を取り、宿に戻った。
この村には雑貨店、装飾店に料理店ぐらいしか無かった。
装備屋があれば良かったが、ないものは仕方がない。
次の街までどのくらいか聞こうと、エヴラールの方を向くが、奴は既に寝ていた。
の○太くん並の早さだ。
一、二、三、カクン、で寝れたらどれだけ楽なことか。
まあ、俺も特にやることがないので着替えて寝ることにするが。
――――――
翌朝、目を覚ますと、エヴラールは部屋にいた。
剣の手入れをしている。
俺はいつもの様に顔を洗い、エヴラールのいる場所へ戻る。
「おはようございます」
「おはよう、シャルル。早速だが、服を変えてこい。走り込んだ後に朝食だ」
「はぁい」
朝からランニングなんて、人生で初めてな気がする。
中学、高校と帰宅部に所属していたからな。
運動系の趣味なんてスケボーぐらいだった。
まあ、そんなスケボーも板を親父に折られて、やらなくなってしまったがな。
それでなくとも、止めていたかもしれない。
俺は毎日怪我をしていたし、スケボーをやる体力なんてほとんど無かった。
......嫌なことはもういい。黒い記憶を思い出すのは、極力避けよう。
スケボーで思い出したが、魔術でスケボーを作ったら楽しいんじゃなかろうか。
氷のスケートボードとか出来ちゃったりするんだろうな。
今度作ってみよう。とびっきり格好いいのを。
「よし、行くか、シャルル」
着替え終えた俺に向かって、エヴラールが言った。
「はい!」
俺は威勢の良い返事をして、エヴラールの後に続く。
――――――
あれから三週間が経過した。
俺は走り込み、腹筋、そして腕立てを日毎に五回ずつ増やして行った。
最初は三十回から始まり、今は百回。
百回以上は回数を上げないそうだ。
俺はアダムから貰った能力のせいか、走り込みもあまり息を荒らげる事無くできたし、腹筋も腕立ても思ったほど辛くはなかった。
百回以上は余裕で出来そうだが、我が師はそれをしないと言うので、それでいいだろう。
馬術の練習もちゃんとした。
自分で手綱を握り、馬を歩かせ、止める訓練だ。
最初は俺もビビっていたが、慣れてしまえばどうという事はない。
走らせるのはまだ恐いが、歩かせるのは出来た。
そして本日より、剣の稽古が始まる。
俺はまず、軽めの剣で素振りをした。
慣れてくれば一段階大きく、重い剣で素振りをする。
回数は五十から始まり、重くする度に五回ずつ増やしていく。
俺は走り込みと腕立てに腹筋、それと素振りを一週間やった。
朝起きてすぐと寝る前にだ。
元々強化されていた身体能力が上がっていくのを感じた。
そして、俺の待ち望んだ日がやってくる。
「今日から剣技を教える」
「はい」
この四週間、剣の稽古と言っておきながら、俺がしてきたのは素振りばかりだった。
いや、あれも稽古の内なのだろうが、物足りなかったのだ。
「その前に、色々と教えなきゃな」
そう言って、エヴラールが話したのは、流派の事だった。
この世にはメジャーな物で雷霆、烈風、そして碧水の三つの流派が存在するらしい。
雷霆流は攻撃に特化した流派。
烈風流は速さを極める流派。
碧水は防御を中心とした流派。
我が師エヴラールはその三つとも使えるらしい。
右の剣で雷霆流、左の剣で碧水流なんて事ができるんだと。
器用なことで。
エヴラールの指導の元、俺は雷霆の練習から始めた。
構えや踏み込み等が、それぞれの流派で違うから、一つずつ練習していかないといけないらしい。
これは余談だが、我が師には二つ名がある。
その二つ名が『黒豹』だ。
中々似合った名前だと思う。
エヴラールは外出時には黒いコートを着ているし、攻撃も異常なまでに速い。
彼を黒豹と呼んだ奴はセンスがあると思う。
俺もいつかは有名になって二つ名が付けられたりするのだろうか。
『鎌鼬のシャルル』とか『瞬撃のシャルル』とか。
クッ、右腕が疼くぜ……。
――――――
二ヶ月が経過した。
俺は雷霆、烈風、碧水、それぞれの流派の基礎を叩きこまれた。
相手の流派、踏み込み、距離、使用してくる技によって自分の流派を瞬時に切り替える特訓もされていた。
これは俺が特に意識して会得した物ではなく、師匠エヴラールが俺に無意識の内にそうさせるように稽古をつけてくれたと言う。
だが、俺にはまだ別々の腕で別々の流派を使うことは出来ない。
我が師の器用さに驚きだ。
もちろん、俺は師匠と打ち合いをするが、師匠は打ち合いでは剣を一本しか使わない。
『俺に剣を二本抜かせた時、お前は一人前になれる』と言っていた。
燃えるぜ。
俺は目標があれば伸びるタイプなのだ。
褒められるとか、罵られるとか、そういうのは関係なく、目標があれば伸びる。
これは昔から変わらない。
むしろ褒められるのは好かない。いや、慣れていないから好かないんだ。
褒められると多分、俺は調子に乗る。だから、これでいい。
エヴラールは何だかんだで厳しいから、俺にピッタリの師匠だ。
フォローしておくが、エヴラールが普段厳しく接してくるわけではない。
あくまで、修行の時だけだ。
普段は優しい人なのだ。俺の憧れる、人を助けられる強い人だ。
エヴラールは困っている人を見ると、すぐに助けに行く。
道に迷っていたら、案内してあげたり、物をなくしていたら、見つかるまで探したり。
そんな行動でエヴラールが得をするわけではないのだ。
相手が感謝して、エヴラールが感謝される。それだけの小さな事。
だけど、エヴラールは人を助ける時、いつも笑顔だ。
まるで自分が助けられた側かの様に、笑うのだ。
人の幸せは自分の幸せだとか、そういう事を考えられて、言えて、実行できる人は格好いいし、強い。
だからエヴラールはたくさんの人に慕われている。
最近、エヴラールを見ていて思う。
『俺もこうなりたい』と。
俺の様なゴミみたいな存在が、エヴラールの様な人になれるのかは分からないが、物は試しと言う。
――――――
一ヶ月後。
俺は三つの流派の技を三段まで覚えた。
雷霆、烈風、碧水の一段から三段だ。
最大で六段まであるので、俺はまだ中人レベルだ。
ちなみに、俺は今まで剣術ばかりしていたわけではない。
魔術の方も、昼に練習している。
わかった事もちゃんとある。
一、魔力を送り込めば送り込むほど、術の威力が上がる。
二、地面に魔力を送り込めば、地面から魔術を発動させられる。手が空中にある状態で送り込めば、空中で発動。
三、魔術は決められた術があるが、オリジナルの技も作れる。ただしこれは、術式を組める者と無詠唱で術を使えるものに限られると推測される。
四、違う属性の魔術同士を組み合わせられる。
五、イメージできれば何でも作れる。イメージできない物は不可能。もちろん生物も不可能だ。
俺はまだ実験を進めているが、今のところはこれだけだ。
魔術の実験で一番感動したのは、岩でハンドガンを作れたことだ。
いや、本物ではないんだがな。
恐らくだが、銃の構造も俺の知識にあったのなら作れただろう。
引き金を引いて銃弾を飛ばせただろう。
だが、俺にはその知識がなかったから、断念。
生物が作れないのと一緒だ。
内蔵、肉、脳、血管、その他の生物にとって必要なものをイメージできないから生物も作れない。
まあ、それはそれだ。
今この瞬間、俺の腰にはハンドガンが下げられている。
使い道はないが、かっこいい物はかっこいい。
さて、そろそろ稽古の時間だ。
そう思って、エヴラールと宿を出ようとした時、俺の耳を劈く音が鳴り響いた。
フライパンの底を金属のおたまで叩いた音が、大音量でスピーカーから流れている様な音だ。
俺は耳を押さえるが、頭に直接音が響くように振動が伝わって来る。
しばらくして音が止み、辺りに静寂が訪れる。
俺はゆっくりと立ち上がるが、頭の痛みでよろけ、壁に背中を打ち付けてしまう。
エヴラールは険しい表情で俺の元に駆け寄り、俺の肩に手を乗せた。
「いいか、シャルル、絶対に外に出るな。俺は用があるが、お前は何があっても出るんじゃないぞ」
俺は黙って頷き、とりあえず了承する。
エヴラールは険しい表情のまま、宿の部屋を出て行ってしまった。
揺れる視界のせいで吐き気がする。
外に出るなと言われたが、気になって仕方ない。
あそこまで強張った表情のエヴラールは初めて見た。
きっと、何か、大きなことがあるに違いない。
ビッグイベントだ。
「うぅ、気持ち悪い」
俺は立ち上がって、危うい足取りで宿を出た。
エヴラールが何処に行ったのかは知らないが、ぶらついていればエンカウントするだろう。
そう思って、村を歩きまわり、村の入口で足を止めた。
エヴラールと何かが戦闘をしていた。
その何かは、大きな体の……多分魔物だ。
魔物の後ろには二つの体が転がっている。
『オォォオオオォオ!』
魔物が叫ぶと、エヴラールの動きが一瞬止まる。
その隙に魔物が太い腕をエヴラールに向かって振り下ろすが、エヴラールがギリギリで躱す。
そして、エヴラールは自分の横を通り過ぎた腕を、切り落とした。
魔物の叫び声がまた響き、俺は耳を押さえる。
だが、エヴラールは怯むこと無く追撃を加えた。
右の剣で胸を刺し、左の剣で首を切り落とした。
魔物は腕と首、それと胸から血を流している。
エヴラールは剣を抜き取り、血を払うと、鞘に収めた。
感想を一言で言うなら、カッコ良かった。
攻撃を紙一重で躱すムダのない動き、そして反撃で腕を切り落とした所なんか、もう……!
ああ、俺もやってみたいよ、あんな感じの事。
その為には、早く、もっと強くならないといけないな。
と、一人で興奮していると、エヴラールがオーガの死体を火魔術で焼き、此方に向かって歩き始めたので、俺は先に宿に戻った。
宿に戻ってきたエヴラールは、落ち着いた様子だ。
先ほどは遠くからで気付かなかったが、右耳が流血している。
あの叫び声を近くで聞いたせいで、鼓膜が破れたか。
「エヴラールさん、大丈夫ですか? 耳から血が」
「心配ない、片方は聞こえるからな」
「そうですか……何処へ行っていたんですか?」
「オーガが出たから、倒しに行っただけだ。心配するな、片耳なんて安い」
オーガ、か。
食人鬼って奴だっけ。
凄い迫力だったな。
俺だったら腰が引けてやばかったかもしれない。
エヴラールは何事も無かったかのように、俺との修行を開始しようとした。
俺に異論は無いので、大人しく付いて行く。
こうして、ライヒ村オーガ襲来事件は何の被害もなく幕を閉じたのである。
御意見、御感想、駄目出し、何でも何時でも歓迎しております。
では、ショートストーリーをどうぞ。
「エヴラールさん」
「なんだ?」
「黒豹って二つ名、格好いいですね」
「そうか?」
「はい、とっても」
「……アルフという、友人が付けた名だ」
「その人、中々上手いですね」
「女に言い寄られる肉食獣という嫌味も篭っている」
「その言葉は僕への嫌味に聞こえますね」
「シャルルはまだ若い、これからだ」
「そうですよねぇ~、僕、格好いいですからねぇ」
「……」
「ち、沈黙は、肯定なんですよ?」
「目を泳がせるな、冗談だ。お前は格好いい」
「ですよね、ですよね。でも、格好いいと大変じゃないですか? 言い寄られて迷惑じゃありません?」
「俺に言い寄る人は、妻が上手くあしらう」
「凄いですね」
「炊事も料理も掃除も子育ても出来る」
「万能ですね」
「だが、少しどじな奴だ」
「THE・嫁」