少年と魔人が戯れるとき・前編
数週間もすると、カレンは落ち着きを取り戻した。
子連れの親を見ては眉を顰めるリアクションはあるものの、泣くことはない。
前世のカレンが何歳だったのかは知らないが、それなりに歳はあるようだ。
そして、俺達が今しているのは、拠点探し。
その内大きくなるであろう俺の組織の拠点の設置だ。
家としても機能させてしまおう。
『シャルル荘』みたいに、アパートっぽい感じで。
俺が真っ先に頼るのは、ウルスラだ。
不動産屋なんかもあるが、騎士団のコネを使ったほうが何かと便利だと思うし。
ズルいから止めるなんて選択肢、俺には無い。
こういう時は、使えるモノは全て使ったほうが良い。
安上がり程いいモノはない。
「こんにちは、ウルスラさん」
「ん? シャルル殿ですか。……そちらのお方は?」
「義妹です。しばらく僕が面倒を見ることになりまして」
「そうですか。それで、本日は何用でしょう?」
「組織を立ち上げたんですよ。その報告と、相談ですね」
「シャルル殿が組織を立ち上げたのは、組合員から聞きました。どれほどの成長を遂げるのか、楽しみです」
ウルスラが少しだけ口元を緩ませて、期待の眼差しを向けてきた。
ビッグになるつもりはあるが、あまり期待されると失敗した時に申し訳なくなるな。
「して、相談とは?」
「本拠の設置をしたいんです。出来れば、自分の家としても機能できるように」
「なるほど。でしたら、良いツテがございます。少々お待ちください」
そう言ってウルスラは机の引き出しから紙とペンを取り出して、何かを書き始めた。
ウルスラはサインの様な物を入れた後、紙を丸めて紐でとめた。
「どうぞ」
ウルスラは丸めた紙を、俺に手渡した。
「これは?」
「紹介状です。私からと分かれば、安くもしていただけるでしょう。場所は……案内人を付けましょう」
「ありがとうございます」
頼れるお姉さん、ウルスラ。
実際は俺より年下だが。
「では、先に外でお待ちください」
「分かりました」
ということなので、俺は騎士団本部の外で待つことにした。
カレンに目をやると、緊張した様子だ。
緊張していても可愛いな、カレンは。
服装はいつものだが、やはり黒髪は目立つな。
俺と同じ様にコートを着せたほうがいいだろうか。
「カレン、コート着たい?」
「……シャルと、一緒、ですか?」
「そうだな」
「欲しい、です……」
「分かった」
不動産に行った後にでも買ってやるとしよう。
「シャルル殿」
ふと、名前を呼ばれて後ろを振り返る。
ウルスラの隣には、男性が立っていた。
二十代前半の若い男だ。
顔は……イケメンだ。
王子系の顔をもう少しモブに近づけた感じの顔をしている。
「案内人を務めさせて頂きます、アントンです」
「シャルルです。よろしくお願いします」
頭を下げ合って、挨拶を済ませる。
「では、案内お願いします」
「畏まりました」
俺達はアントンの後ろに続いて、不動産屋へと向かった。
数十分後、俺達は一つの石造の建物の前で止まった。
アントンが扉を開けて、中に入れてくれた。
建物の中は……受付にしか人がいない。
そこまで広いわけでもないし。
アントンは受付のお兄さんの所まで行くと、何かを伝えた。
俺も受付まで行き、会釈をする。
「こんにちは」
「どうも、こんにちは。ウルスラ様の紹介でお尋ねになられたとお聞き致しましたが、紹介状はお持ちでしょうか?」
「こちらです」
俺はウルスラに貰った紹介状を受付の兄ちゃんに手渡した。
兄ちゃんは紹介状に目を通すと、こくりと頷いて、俺に座るよう促した。
「初めまして、自分、ホラーツと申します」
「初めまして。僕はシャルルです」
軽く握手をかわしてから、本題に入る。
「お探しの物件は、組織の本拠地に使用でき、且つ、寝食が出来る家としても機能させる事が可能な家とありますが、間違いないでしょうか?」
「間違いないです」
「そうですね……」
ホラーツは引き出しから書類の束を取り出すと、ペラペラとめくり始めた。
「あっ、ありました」
すごいな。今ので読めたのか。
一枚一枚を見るのに、一秒も掛からなかったぞ。
「築五年で、部屋数は二十の、四階建て。応接室や休憩室が一階に御座います。居間、食堂、調理場が二階、三階と四階には十部屋ずつの個室があります。建物、土地代含め、金貨五千枚になります」
四階建てで五千万円。
日本に比べればかなり安いと思う。
今の俺の貯金額は四千万円。
二年の間、アラン達と依頼をこなし、金貨千枚ほど稼いだ。
そして、フェンリルの一件で金貨百枚の報酬を貰い、フェンリルの死体を売ったことによって、金貨四千枚に達した。
金貨があと千枚足りない。一級依頼をこなすしか無いか。
「今はまだ足りないんですが、すぐに用意できると思います。とりあえず、家を見てみてもいいですか?」
「はい、もちろんです」
ホラーツはそう答え、アントンに視線を移す。
「アントン、ここだ。案内してあげてくれ」
「分かった」
アントンはホラーツの差し出した紙切れを受け取り、頷いた。
二人は知り合いだったようだ。
「では、こちらへ」
「カレン、行くよ」
俺はカレンの手を引いて、アントンの案内の元、これから買うことになろうであろう家を見に行くことになった。
建物に着くまでには、徒歩で数十分ほどかかった。
騎士団本部とギルドの間に位置しているから、丁度いいな。
とりあえず、三人で中に入った。
まず、俺達の目に映るのは、広いロビーだ。天井も高い。
五十人は収容できるであろう広いロビーの両側の壁には、扉がついている。
右側の扉は休憩室、左側の扉は応接室だった。
ロビーの一番奥には階段があり、三人でゆっくりと上っていく。
階段は螺旋でもなんでもなく、普通の階段だった。
二階に上がってすぐに、食堂がある。
食堂の隣に調理場があり、さらに奥に、居間があった。
食堂は二十人ぐらいは余裕で入れるスペースがある。
調理場もファミレスのキッチンと同じぐらいの大きさで、楽しく料理ができそうだ。
居間の部分だけは違う木で出来ており、周りの色よりも明るくなっている。
三階へと続く階段は居間にあり、そこから三階へと向かう。
三階にあるのは、広い廊下とドアだけだった。
一定の間隔をあけてドアが並んでいて、ドアは合計十個。
四階も同じ作りになっていた。
屋根裏部屋まであったのは、驚きだ。
じっくり見て回った後は、不動産屋へと戻った。
ホラーツがアントンに礼を言い、銀貨を数枚手渡した。
俺はその間に先ほど座った椅子に座る。
「如何でしたか?」
「条件通りですね。今直ぐ購入したいところですが……あと千枚、足りなくて」
「そうですか。では、半年間、保持していましょう」
「いいんですか?」
「はい。ウルスラ様からの紹介とあらば、一年の保持でも可能になります」
「いえいえ、そんな、半年で充分ですよ」
「そうですか。気が変わったらいつでもお越しください」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げてから握手を交わし、不動産屋を出る。
アントンの後に続いて騎士団本部へと戻り、ウルスラに経緯を話した。
「なるほど。では、シャルル殿は金貨千枚が必要なのですね?」
「まあ、はい。これから稼ぎに行くつもりです」
「そうですか……。そうですね……いい仕事があれば、紹介致します」
「それはありがたいです。本当、何から何まで世話になってすみません」
「いえ、シャルル殿には、こちらもお世話になったので」
俺はウルスラに何もしてあげれていないと思うが、そう言うのであれば、それでいい。
どっちみち、こちらには得しか無いからな。
「それじゃあ、僕は冒険者組合で受けれる依頼があるか見てきますよ」
「分かりました。お気をつけて」
「ありがとうございました」
一礼してから、騎士団本部を去る。
……しかし、どうしたものか。
依頼を受けるのは、問題ない。だが、それは俺一人であればの話だ。
俺にはカレンがいる。彼女を守らなくてはいけない。
俺にできるか? カレンを守りながら依頼をこなすなんて……。
正直言って、自信はない。俺にそこまでの力があるとは思えない。
俺はいわば、青二才なのだ。
「カレン、俺は金稼ぎに行かなきゃいけないんだけど、どうしようか」
「私も、一緒に、行きます……」
「でも、危ないぞ?」
「……約束」
「ああ、そうだったな、ごめん」
俺はカレンの側にいる、そう約束したっけな。
「じゃあ、とりあえずギルド行こう」
「はい……」
俺はカレンと手を繋ぎながら、ギルドへと向かう。
帰りに服屋に寄って、フード付きの外套を買ってやった。
これで視線対策もバッチリ。
ギルドに着いた俺達は、まず、依頼掲示板へと向かった。
一級依頼の欄から報酬の良さそうのを絞りだす。
といっても、一級依頼はそこまで多くない。
残ったのは二つだ。
一つ目は、『竜狩りの党員になって欲しい』という物。
もう一つは、『ワイバーンを無傷で捕獲して欲しい』という物だ。
最初の奴と二つ目の奴の難易度に差がありすぎる。
とにかく、竜狩りはダメだ。カレンがいる状態でのパーティへの参加は論外。
ワイバーンの無傷で捕獲も、今の俺には出来ない。
さて、どうするか……。
と、二つの紙と睨めっこをして悩んでいる時だ。
俺の視界が一瞬ブラックアウトし、再度、光を取り戻す。
「な、何が起きてるとですか……って、此処かよ!」
此処は、エヴラールとヴェゼヴォルを旅した時に訪れた場所、魔王の間だ。
同じ方法で同じやつに転移させられたらしい。デジャヴュ。
その肝心の俺を転移させた奴は、魔王の間の奥の王座に、頬杖をついて足を組んでいる。
自信にあふれたその表情と瞳は俺を捉え、紫色の髪をなびかせている。
室内なのに何故なびいているのかと聞かれれば、アイツが団扇で扇がれているからだ。
アイツの隣にいる、背中に黒い羽の生えた女性に。
「また会ったな」
「そうですね……」
「なんだ、その不機嫌そうな顔。魔王に会えるなど、早々ないことなのだぞ」
「そうですね……で、何のようですか。ていうかどうやって転移させたんですか。僕、魔王様の国にいませんでしたよ」
「その石があるだろう。それは俺とお前を繋ぐ物でもある」
「気持ち悪い」
ポロリと、本音がでる。
「貴様、魔王との繋がりを罵るか」
「すみません、噛みました」
「わざとだ」
「すみません、かみまみた」
「わざとだ」
ごまかせませんでした。
まあ、それは置いといて。
「何の用ですか?」
「贈り物だ」
「贈り物?」
「ああ。シャルル、お前、女は好きか?」
「好きですよ」
「なら、丁度いい贈り物がある。可愛らしくて、従順な女だ」
「え? 女の子をくれるんですか?」
「そうだ」
どういうことだ。
いきなり呼び出して、女の子をくれるって……何を企んでいる。
俺に何を求める気だ。
「欲しいか?」
「そりゃ、欲しいですよ……」
「なら、こいつらを倒してみろ。しばらくすれば生き返るから、遠慮無く殺れ」
そう言って、魔王は指をならす。
すると、五つの黒い炎が空中に浮かび上がり、人へと変わっていった。
「戦えと?」
「うむ」
「……いいですが、この娘を安全な場所にお願いします」
「良かろう」
魔王は、普通に返事をした。
何故だろう。カレンが転生者である事には触れていない。
興味が無いのか、わざと放置しているのか、分からない。
「結界を張った。ここなら安全だろう」
「ありがとうございます」
俺は魔王に礼を言って、肩を回す。
戦わされる相手である、五人――いや、団扇で仰いでいた奴も参戦するようだから、空中にぷかぷか浮かぶ六人を見てみる。
一番左の女は、紫色の髪に茶色のメッシュが入っている。
口を固く閉じて、眠そうな眼で俺の事を凝視している。
その隣の女は、紫色の髪に水色のメッシュが入っていて、目を閉じて腕を組んでいる。
その隣は、紫色の髪に真っ赤なメッシュが入っていて、活発そうな雰囲気を醸し出し、シャドーファイティングをしている。
更にその隣は、紫色の髪に緑色のメッシュが入っていて、空中で寝転がっている。
そしてその隣は、紫の髪に金色のメッシュが入った、おっとりとした雰囲気の女だ。慈悲の眼を向けられている気がする。この人がさっき魔王を団扇で扇いでいた女だ。
そして一番右の女が、紫色の髪に、黒いメッシュが入った女。色気のある笑みを浮かべ、唇に指を乗せて、俺にウィンクをしてきた。
ちなみに、全員に羽が生えている。
「可愛い子ね、ここで殺すのはとても勿体無いわ」
「まだ子どもじゃ~ん。良いの~? 魔王様~」
黒いメッシュの女に続いて、緑のメッシュの女が言葉を発した。
「構わない。それよりも、挨拶をしろ」
魔王が言うと、六人の女は左から順に挨拶を始める。
「……土の、魔人……アルスグラ」
「水の魔人、リータエル」
「火の魔人! フラーメズ!」
「風の魔人~、ガレリーゼ~」
「癒の魔人、エリエフです」
「闇の魔人、アルクラドよ。私達は魔王様の使い魔」
長い! 多い! 覚えられない!
アルスグラ、リータエル、フラーメズ、ガレリーゼ、エリエフ、アルクラドなんて覚えられるわけ無いだろ! まったく!
「どうも。僕はシャルルです」
俺は頭を軽く下げて、全身に魔力を行き渡らせる。
アルスグラが先に動き、戦闘は開始した。
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