歩を失った聖母と、友を失った少年は
何日ぐらい経っただろうか。
俺はずっと、ぼうっと過ごした。何をしたかも覚えていないくらいに、呆けていた。
腹は減っていないから、食事はとっていたんだろうけど。
それはともかく、俺が呆けるのを止めた理由は、来客があったからだ。
ルーカスと、ケイと、ダモンの三人。
「シャル坊、元気か」
「元気ですよ」
「無表情で元気ですよって言う奴がいるかよ」
「それもそうですね。じゃあ、元気じゃないです」
俺がそう言うと、ルーカスは後頭を掻いて、黙り込んだ。
「シャルル、ちゃんと食べてるっスか?」
「多分、食べていたかと」
「あんまり自分を責めちゃいけないっスよ。これが冒険者の世界って奴っスから」
「分かってます」
「シャルルが元気になった時、妹を紹介するっスよ」
「それは楽しみです」
妹を紹介してくれるのか。美少女だと良いな。きっと、体育会系の喋り方で、ポニテで茶髪なんだろうな。とても楽しみだ。
「その、なんだ、ガキにはまだ早すぎたかもしれないが、こういうもんだ」
ケイの次は、ダモンが話しかけてきた。普段、ダモンから話しかけてくる事はない。今回はスペシャルだ。
「俺も今まで何人もの友人を失った。落ち込んでいる奴に言うのもなんだが、こういう事はこの後もたくさん起こる。覚悟しておけ。それが嫌なら冒険者なんか止めろ」
「止めませんよ」
「そうか」
「とりあえず、皆さん座ったらどうですか」
俺はベッドの端に座り、座るよう促した。
全員が椅子に腰を下ろした時、ルーカスが切り出す。
「俺達の党は解散だ。頭が居ねえんじゃ、どうしようもねえ」
ルーカスはパーティ解散を宣告した。頭ってのは、アランの事だろう。
パーティリーダーが居ないのなら、解散だろうな。アイツ以外のリーダーは考えられないし。
「今夜、お別れ会でもしようや。もちろん、来てくれるよな? いつもの場所だぞ」
「はい」
俺が返事をすると、三人は部屋を出て行った。
足音が完全に消えるのを確認すると、俺はベッドに横になる。
俺達のパーティも解散か。俺とあいつらとの付き合いは、二年だった。
たったの二年だが、俺らの絆ってのは深かったと思う。
毎日顔合わせて、その度に笑い合って。この世界にきて一番楽しんだんじゃないかって思うぐらいだ。
思い出したらまた、肩が重くなってきた。
その後、特に何をすることもなく、窓から見える雲を眺めて過ごした。
何時の間にか、外からは橙色の光が差し込んできていた。俺は立ち上がって服を変えると、宿を出る。
途中、オッチャンに心配そうな顔で具合を尋ねられたが、笑顔で大丈夫だと伝えた。
酒場に着くと、既に三人ともテーブルにいて、時化た顔つきで酒を飲んでいる。
「こんばんは。また僕が最後みたいですね」
そう言って、俺は椅子を引き、腰を下ろす。
「いいんスよ。シャルルの遅刻した数なんて二桁も無いじゃないっスか」
「そうだな。ガキの癖に律儀なとこがある。たまに下品だしな?」
ルーカスが俺の事を下品だと言った。
これは多分、俺がアランと繰り広げていた下ネタトークによるものだろう。
「最近の子は進んでるんですよ」
小学生で性行為をする事例が発生しているらしいから。
「ほれ、シャル坊。何を食べるんだ? 今回は俺達の奢りだ」
「皆さん気を使いすぎです。割り勘でいきましょうよ」
「お前がそう言うんなら」
ルーカスは心配しすぎだ。俺は確かに落ち込んでいるが、他人に気を使わせるのは好きじゃない。
「ダモンさんの炭火焼き美味しそうですね~、いただきますっ」
俺はいたずらっぽく、ダモンの注文した豚肉を口に放り込んだ。
「んまい~」
「俺から飯を横取りか、良い度胸だ」
「あっ、そっちの手羽先も美味そうですね」
「おい!」
「ふが?」
「貴様ッ! 俺の手羽先を!」
「うわあ、ダモンさん大人げないっス~、子供に怒ってるっスよ~」
「ぐぬぬ……」
このパーティのいじられキャラはルーカスとダモンだ。
会う度こんな調子で、最初は疲れたいたが、最近では癒やしとも言える。
何だかんだで、最後は笑い合うのだ。
一緒にいるだけで楽しい。それが仲間だと、こいつらから教わった。
「皆さん、ありがとうございました」
「何だよいきなり。そういうのはまだ早えよ」
「そうっスよ! 宴はまた始まったばっかりっス!」
「そうだな。礼は別れに言うもんだ」
「そうですよね、すみません。じゃあ、楽しんで行きましょう!」
俺の言葉に全員が賛同し、俺達は今後の自分達の成就を祈って、乾杯をした。
宴の後、俺は皆にお礼と別れの言葉を告げて、宿へと戻った。
ケイは酒も入っていたせいか、大声で泣いて、『俺っ、楽しかったっス! あ、あ……ありがどうございまじだっズゥ!』と言っていた。
その後、ケイはルーカスの服の袖で鼻水を拭いたのだが、ルーカスが怒ることは無かった。
そして、泣きながら何処かへと走って行った。
ケイは気遣いが出来て、優しい奴だった。
パーティの癒やしとも言える存在で、元気な声と表情は、俺達にも元気を与えていた。
ダモンは『じゃあな』とだけ言って、早足で俺達の元を去った。
去りゆく背中を見ていると、ダモンが目元を拭ったのが見えて、何だか少し嬉しく思うも、寂しくなった。
ダモンは何だかんだで何時も俺達にサポートを入れていたし、助けてくれていた。
羽が生えているからパシリを頼まれた事もあったが、その時も文句を言いつつもやってくれた。
ダモンは一言多いが、良い奴だった。
ルーカスは俺の頭を撫でながら、『元気でいろよ、シャル坊。強くあれ。そんで、弱いやつは助けてやれ』と言ってくれた。
俺が『弱い僕がルーカスさん達に助けられたように、ですね』と言うと、ルーカスは照れくさそうに後頭を掻いて、『じゃあ、またな』と言って帰ってしまった。
ルーカスは子供である俺にたくさん世話を焼いてくれた。
道端で困っている人を見ると助けずにはいられない質の人で、いきなり何処かへ消えたと思ったら、人助けをしている事が多々あった。
そんなルーカスを俺とアランでサポートしていた。ルーカスは見た目で恐がられてしまう事が多かったからだ。
俺達のパーティは良い奴ばかりが集まっていて、俺の『居場所』って感じがした。
だが、その居場所も今日で無くなる。二度と会えなくなるわけではないが、それぞれ新しい目標を作るらしいから、しばらくは会えないだろう。
寂しくなるな。
「でも、なんかスッキリした」
ルーカス達と会って、少し気分が軽くなった気がする。
肩の荷が降りたとまでは言わないが、気分は少し晴れた気がする。
アランを殺した罪は拭えないが、いつまでも止まっているわけにはいかない。
俺は進まなくてはいけない。もっと先に。
目標があるからだ。エヴーラル、アルフ、ジノヴィオス、アメリー、ヴェラ、ティホン、ヴィオラ、マリア、アラン、ケイ、ルーカス、ダモン。皆が俺の目標だ。
エヴラールも、アメリーも、マリアも、パーティの皆も、人助けが好きだった。
道端で見かける困っている人に手を差し伸べる、そんな人達だった。
俺は、そこから始めるべきだと思う。
強くなる、倒せるようになる、そういうのは後回しにして、まずはそこからだ。
人助けがしたい。たくさんの人を助けたい。
命令されてやるのではなく、自分の意思で、助けたい。
俺の目標はこの時固まった。
俺は翌日、ギルドへと足を運んだ。
人助けの為の、第一歩として、『組織』を立ち上げる事にした。
組織とは、冒険者ギルドを縮小させた様な団体だ。
個人や団体が『冒険者協同組合に来る冒険者』ではなく『組織』に依頼をする。
野良の冒険者に依頼できない物を組織に依頼するわけだ。
組織に所属している人たちならば、野良の冒険者よりも信用できる。ってエヴラールが言ってた。
エヴラールなんか、エヴラール個人に依頼が来るほどに信用されているからな。
立ち上げる為にはいくらか払わなければいけないが、金はあるから問題ない。
「組織を立ち上げに来ました」
「畏まりました。書類をお渡し致しますので、こちらへ」
俺は案内人に、ドラゴンを売った待合室とは別の部屋に通される。
ソファに座り、いれられた茶を啜った。ギルドの組員がいれてくれる茶は美味い。
茶を飲みながらのんびり待っていると、部屋に人が入って来た。
メガネを掛けた細身の女性だ。細身だが、胸は結構ある。ヴェラやアメリー程ではないが。
顔から受ける印象は『おっとりとしていそう』だ。
俺は立ち上がって、手を差し出す。
「どうも、シャルルです」
「あぁ、あなたがシャルルさんでしたか……。私は組織管理科所属のジネットと申します」
「よろしくお願いします」
俺達は握手をして、向かい合うようにソファに座る。
俺は名前を知られるほどに有名だったのか。恥ずかしい。
と、俺が照れている間に、ジネットは手に持っていた黄みがかった紙を俺の前に広げた。
「規則をお読みになられた後、同意の場合は署名をお願いします」
アカウント登録みたいなものか。規則を読むのは好きじゃないが、仕方がない。
面倒に思いながらも、俺は紙に目を通す。
大きな規則は全部で五つ。
一、組織の統率者は一級冒険者以上である事。
二、組織は冒険者協同組合の統御下にある為、組合からの命令は厳守する事。
三、構成員の不祥事は統率者が全責任を負う事。
四、組織間で争う場合、組合に申請をする事。
五、組織の解散時、組合に申請をする事。
細かい規則は省略だ。後で規則書を貰えるらしいから、後で読めばいいだろう。
俺は組織名の欄に『Nameless』と記入した。
統率者はもちろん俺。同意のサインも入れた。
「どうぞ」
俺が紙を差し出すと、ジネットが首を傾げた。
「組織名の所なのですが、何処の文字でしょうか? 出来ればイルマ語で記入して頂きたいのですが……」
「すみません、それで登録していただけませんか? 読み方はネームレスですので」
「ねーむれす、ですね、畏まりました」
「ありがとうございます」
「登録料として、金貨百枚を頂きますが、宜しいですか?」
「はい。預金額から引いておいて下さい」
「畏まりました」
「それでは、よろしくお願いします」
俺が言うと、ジネットが頭を下げた。
俺は待合室を出て、依頼掲示板の前まで行く。
が、やる気が無いので、やめた。ギルドで依頼を受けるのは、しばらくやめよう。思い出が蘇る。
拠点はその内作ればいいし、今日は暇だ。
そう思って、スラム街へと向かった。
マリアのテントへ行き、カレンとマリアに挨拶をする。
「こんにちは、二人共」
「久しぶりね、何かあったの?」
「いえ、別に。あ、カレン、俺の買った服着てくれたのか」
「……はい。……可愛い、ので……」
可愛いのは服じゃなくてカレンだよぉ、もぉ。
カレンの今の格好は俺が買った開襟シャツとスカートだ。
ぶかぶかのシャツは俺が保管している。マリアに見られたら大変だ。
ショートパンツはカレンがスカートの下に履きたいというので、カレンが持っている。
「あっ、そうだ」
俺はマリアを見て、思いついた。
俺が前からマリアにしてあげたかった事。それは、マリアを外に連れ出すことだ。
きっと、長い間出ていないだろうからな。
「マリアさん」
「どうしたの?」
「失礼します」
そう言って、俺はマリアの膝の裏に手を通して、背中を腕で支えて、体全体を抱き上げた。
魔力を体全体に巡らせれば、軽すぎると感じるぐらいになる。
「えっ? えっ?」
マリアは困惑して瞬きばかりしている。口元は笑っているが、困っているとも言える。
苦笑と笑顔の間ぐらいの顔だ。どんな笑顔でもマリアは美人である。
「行きますよ~」
「ちょっと、シャルル!?」
俺はマリアを抱えてテントを出た。
陽の光を浴びたマリアは、目を細めて腕で隠す。
「……太陽」
「そうです。太陽ですよ、マリアさん」
俺はマリアに笑顔を向けて、歩き始めた。
スラム街の皆の視線が集まって、マリアが照れくさそうに、苦笑する。
そして、マリアは俺の首に腕をまわしてきた。
「ありがとう」
マリアの俺の言葉が、俺にしみる。
『ありがとう』と心から、笑顔で言われるのがここまで嬉しいものだとは思わなかった。
俺がこれで得をするわけではない。でも、嬉しかった。
マリアが喜んでくれているのが伝わって、俺まで嬉しくなっているのだ。
「どういたしまして」
「その笑顔は少年みたいで可愛いわ」
「ありがとうございます。マリアさんのおかげですね」
「私は抱き上げられているだけよ?」
「美人を抱えるのは、どんな男でも嬉しいですよ」
「ふふっ」
マリアは笑って、空を見上げる。
「久しぶりの空だわ」
「何色に見えますか?」
「青よ。あなたには何色に見えるの?」
「青です」
俺が言うと、マリアは目を閉じて深呼吸をする。
俺は女神様を抱き上げているのだろうかと疑うほどに、今のマリアの表情は美しかった。
綺麗で、清らか。マリアはもう女神だな。うん、女神だ。
「街へ行きましょう」
「こんな格好で?」
「嫌ですか?」
「いいえ、シャルルと一緒なら、行きたいわ」
そんな嬉しい事を言ってくれるマリアと一緒に、俺達は街へ繰り出した。
視線を浴びているのが分かるが、視線には慣れている。
マリアもそうなのか、全然気にしていない。
今のマリアは目を輝かせて、まるで新しい物でも見る子供の様だ。
俺の口元が自然と緩む。
しばらく歩いて、俺達は街を抜けた。
俺がマリアを抱えて連れて行ったのは、街の南端にある高台だ。
ここは見晴らしが良いのだが、あまり人が来ない。
俺は大好きでよく来るのだがな。
今は日が落ちている頃で、青春の色が俺達を覆っている。
俺は魔術で椅子をつくり、マリアを座らせた。
「……世界は、美しいわね」
「当たり前ですよ。僕が愛した世界ですから」
「私もこの世界が大好きだわ。そして、カレンもシャルルも大好きよ。カレンはもちろん、シャルルだって、私の子どものように愛しているわ」
「それは……いえ、僕も、マリアさんが大好きですよ」
「ふふっ、ありがとう」
その後は、会話もなく、落ちてゆく夕日を眺めた。
マリアの表情は本当に幸せそうで、俺の心も満たされた。
俺、得したなぁ。




