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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第五章『愛情』
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歩を失った聖母と、友を失った少年は

 何日ぐらい経っただろうか。

 俺はずっと、ぼうっと過ごした。何をしたかも覚えていないくらいに、呆けていた。

 腹は減っていないから、食事はとっていたんだろうけど。

 それはともかく、俺が呆けるのを止めた理由は、来客があったからだ。

 ルーカスと、ケイと、ダモンの三人。


「シャル坊、元気か」

「元気ですよ」

「無表情で元気ですよって言う奴がいるかよ」

「それもそうですね。じゃあ、元気じゃないです」


 俺がそう言うと、ルーカスは後頭を掻いて、黙り込んだ。


「シャルル、ちゃんと食べてるっスか?」

「多分、食べていたかと」

「あんまり自分を責めちゃいけないっスよ。これが冒険者の世界って奴っスから」

「分かってます」

「シャルルが元気になった時、妹を紹介するっスよ」

「それは楽しみです」


 妹を紹介してくれるのか。美少女だと良いな。きっと、体育会系の喋り方で、ポニテで茶髪なんだろうな。とても楽しみだ。


「その、なんだ、ガキにはまだ早すぎたかもしれないが、こういうもんだ」


 ケイの次は、ダモンが話しかけてきた。普段、ダモンから話しかけてくる事はない。今回はスペシャルだ。


「俺も今まで何人もの友人を失った。落ち込んでいる奴に言うのもなんだが、こういう事はこの後もたくさん起こる。覚悟しておけ。それが嫌なら冒険者なんか止めろ」

「止めませんよ」

「そうか」

「とりあえず、皆さん座ったらどうですか」


 俺はベッドの端に座り、座るよう促した。

 全員が椅子に腰を下ろした時、ルーカスが切り出す。


「俺達の党は解散だ。頭が居ねえんじゃ、どうしようもねえ」


 ルーカスはパーティ解散を宣告した。頭ってのは、アランの事だろう。

 パーティリーダーが居ないのなら、解散だろうな。アイツ以外のリーダーは考えられないし。


「今夜、お別れ会でもしようや。もちろん、来てくれるよな? いつもの場所だぞ」

「はい」


 俺が返事をすると、三人は部屋を出て行った。

 足音が完全に消えるのを確認すると、俺はベッドに横になる。

 俺達のパーティも解散か。俺とあいつらとの付き合いは、二年だった。

 たったの二年だが、俺らの絆ってのは深かったと思う。

 毎日顔合わせて、その度に笑い合って。この世界にきて一番楽しんだんじゃないかって思うぐらいだ。

 思い出したらまた、肩が重くなってきた。




 その後、特に何をすることもなく、窓から見える雲を眺めて過ごした。

 何時の間にか、外からは橙色の光が差し込んできていた。俺は立ち上がって服を変えると、宿を出る。

 途中、オッチャンに心配そうな顔で具合を尋ねられたが、笑顔で大丈夫だと伝えた。

 酒場に着くと、既に三人ともテーブルにいて、時化た顔つきで酒を飲んでいる。


「こんばんは。また僕が最後みたいですね」


 そう言って、俺は椅子を引き、腰を下ろす。


「いいんスよ。シャルルの遅刻した数なんて二桁も無いじゃないっスか」

「そうだな。ガキの癖に律儀なとこがある。たまに下品だしな?」


 ルーカスが俺の事を下品だと言った。

 これは多分、俺がアランと繰り広げていた下ネタトークによるものだろう。


「最近の子は進んでるんですよ」


 小学生で性行為をする事例が発生しているらしいから。


「ほれ、シャル坊。何を食べるんだ? 今回は俺達の奢りだ」

「皆さん気を使いすぎです。割り勘でいきましょうよ」

「お前がそう言うんなら」


 ルーカスは心配しすぎだ。俺は確かに落ち込んでいるが、他人に気を使わせるのは好きじゃない。


「ダモンさんの炭火焼き美味しそうですね~、いただきますっ」


 俺はいたずらっぽく、ダモンの注文した豚肉を口に放り込んだ。


「んまい~」

「俺から飯を横取りか、良い度胸だ」

「あっ、そっちの手羽先も美味そうですね」

「おい!」

「ふが?」

「貴様ッ! 俺の手羽先を!」

「うわあ、ダモンさん大人げないっス~、子供に怒ってるっスよ~」

「ぐぬぬ……」


 このパーティのいじられキャラはルーカスとダモンだ。

 会う度こんな調子で、最初は疲れたいたが、最近では癒やしとも言える。

 何だかんだで、最後は笑い合うのだ。

 一緒にいるだけで楽しい。それが仲間だと、こいつらから教わった。


「皆さん、ありがとうございました」

「何だよいきなり。そういうのはまだ早えよ」

「そうっスよ! 宴はまた始まったばっかりっス!」

「そうだな。礼は別れに言うもんだ」

「そうですよね、すみません。じゃあ、楽しんで行きましょう!」


 俺の言葉に全員が賛同し、俺達は今後の自分達の成就を祈って、乾杯をした。






 宴の後、俺は皆にお礼と別れの言葉を告げて、宿へと戻った。

 ケイは酒も入っていたせいか、大声で泣いて、『俺っ、楽しかったっス! あ、あ……ありがどうございまじだっズゥ!』と言っていた。

 その後、ケイはルーカスの服の袖で鼻水を拭いたのだが、ルーカスが怒ることは無かった。

 そして、泣きながら何処かへと走って行った。

 ケイは気遣いが出来て、優しい奴だった。

 パーティの癒やしとも言える存在で、元気な声と表情は、俺達にも元気を与えていた。


 ダモンは『じゃあな』とだけ言って、早足で俺達の元を去った。

 去りゆく背中を見ていると、ダモンが目元を拭ったのが見えて、何だか少し嬉しく思うも、寂しくなった。

 ダモンは何だかんだで何時も俺達にサポートを入れていたし、助けてくれていた。

 羽が生えているからパシリを頼まれた事もあったが、その時も文句を言いつつもやってくれた。

 ダモンは一言多いが、良い奴だった。


 ルーカスは俺の頭を撫でながら、『元気でいろよ、シャル坊。強くあれ。そんで、弱いやつは助けてやれ』と言ってくれた。

 俺が『弱い僕がルーカスさん達に助けられたように、ですね』と言うと、ルーカスは照れくさそうに後頭を掻いて、『じゃあ、またな』と言って帰ってしまった。

 ルーカスは子供である俺にたくさん世話を焼いてくれた。

 道端で困っている人を見ると助けずにはいられない質の人で、いきなり何処かへ消えたと思ったら、人助けをしている事が多々あった。

 そんなルーカスを俺とアランでサポートしていた。ルーカスは見た目で恐がられてしまう事が多かったからだ。


 俺達のパーティは良い奴ばかりが集まっていて、俺の『居場所』って感じがした。

 だが、その居場所も今日で無くなる。二度と会えなくなるわけではないが、それぞれ新しい目標を作るらしいから、しばらくは会えないだろう。

 寂しくなるな。


「でも、なんかスッキリした」


 ルーカス達と会って、少し気分が軽くなった気がする。

 肩の荷が降りたとまでは言わないが、気分は少し晴れた気がする。

 アランを殺した罪は拭えないが、いつまでも止まっているわけにはいかない。

 俺は進まなくてはいけない。もっと先に。

 目標があるからだ。エヴーラル、アルフ、ジノヴィオス、アメリー、ヴェラ、ティホン、ヴィオラ、マリア、アラン、ケイ、ルーカス、ダモン。皆が俺の目標だ。


 エヴラールも、アメリーも、マリアも、パーティの皆も、人助けが好きだった。

 道端で見かける困っている人に手を差し伸べる、そんな人達だった。

 俺は、そこから始めるべきだと思う。

 強くなる、倒せるようになる、そういうのは後回しにして、まずはそこからだ。

 人助けがしたい。たくさんの人を助けたい。

 命令されてやるのではなく、自分の意思で、助けたい。

 俺の目標はこの時固まった。




 俺は翌日、ギルドへと足を運んだ。

 人助けの為の、第一歩として、『組織』を立ち上げる事にした。

 組織とは、冒険者ギルドを縮小させた様な団体だ。

 個人や団体が『冒険者協同組合に来る冒険者』ではなく『組織』に依頼をする。

 野良の冒険者に依頼できない物を組織に依頼するわけだ。

 組織に所属している人たちならば、野良の冒険者よりも信用できる。ってエヴラールが言ってた。

 エヴラールなんか、エヴラール個人に依頼が来るほどに信用されているからな。

 立ち上げる為にはいくらか払わなければいけないが、金はあるから問題ない。


「組織を立ち上げに来ました」

「畏まりました。書類をお渡し致しますので、こちらへ」


 俺は案内人に、ドラゴンを売った待合室とは別の部屋に通される。

 ソファに座り、いれられた茶を啜った。ギルドの組員がいれてくれる茶は美味い。

 茶を飲みながらのんびり待っていると、部屋に人が入って来た。

 メガネを掛けた細身の女性だ。細身だが、胸は結構ある。ヴェラやアメリー程ではないが。

 顔から受ける印象は『おっとりとしていそう』だ。

 俺は立ち上がって、手を差し出す。


「どうも、シャルルです」

「あぁ、あなたがシャルルさんでしたか……。私は組織管理科所属のジネットと申します」

「よろしくお願いします」


 俺達は握手をして、向かい合うようにソファに座る。

 俺は名前を知られるほどに有名だったのか。恥ずかしい。

 と、俺が照れている間に、ジネットは手に持っていた黄みがかった紙を俺の前に広げた。


「規則をお読みになられた後、同意の場合は署名をお願いします」


 アカウント登録みたいなものか。規則を読むのは好きじゃないが、仕方がない。

 面倒に思いながらも、俺は紙に目を通す。

 大きな規則は全部で五つ。


 一、組織の統率者は一級冒険者以上である事。

 二、組織は冒険者協同組合の統御下にある為、組合からの命令は厳守する事。

 三、構成員の不祥事は統率者が全責任を負う事。

 四、組織間で争う場合、組合に申請をする事。

 五、組織の解散時、組合に申請をする事。


 細かい規則は省略だ。後で規則書を貰えるらしいから、後で読めばいいだろう。

 俺は組織名の欄に『Nameless』と記入した。

 統率者はもちろん俺。同意のサインも入れた。


「どうぞ」


 俺が紙を差し出すと、ジネットが首を傾げた。


「組織名の所なのですが、何処の文字でしょうか? 出来ればイルマ語で記入して頂きたいのですが……」

「すみません、それで登録していただけませんか? 読み方はネームレスですので」

「ねーむれす、ですね、畏まりました」

「ありがとうございます」

「登録料として、金貨百枚を頂きますが、宜しいですか?」

「はい。預金額から引いておいて下さい」

「畏まりました」

「それでは、よろしくお願いします」


 俺が言うと、ジネットが頭を下げた。

 俺は待合室を出て、依頼掲示板の前まで行く。

 が、やる気が無いので、やめた。ギルドで依頼を受けるのは、しばらくやめよう。思い出が蘇る。


 拠点はその内作ればいいし、今日は暇だ。

 そう思って、スラム街へと向かった。

 マリアのテントへ行き、カレンとマリアに挨拶をする。


「こんにちは、二人共」

「久しぶりね、何かあったの?」

「いえ、別に。あ、カレン、俺の買った服着てくれたのか」

「……はい。……可愛い、ので……」


 可愛いのは服じゃなくてカレンだよぉ、もぉ。

 カレンの今の格好は俺が買った開襟シャツとスカートだ。

 ぶかぶかのシャツは俺が保管している。マリアに見られたら大変だ。

 ショートパンツはカレンがスカートの下に履きたいというので、カレンが持っている。


「あっ、そうだ」


 俺はマリアを見て、思いついた。

 俺が前からマリアにしてあげたかった事。それは、マリアを外に連れ出すことだ。

 きっと、長い間出ていないだろうからな。


「マリアさん」

「どうしたの?」

「失礼します」


 そう言って、俺はマリアの膝の裏に手を通して、背中を腕で支えて、体全体を抱き上げた。

 魔力を体全体に巡らせれば、軽すぎると感じるぐらいになる。


「えっ? えっ?」


 マリアは困惑して瞬きばかりしている。口元は笑っているが、困っているとも言える。

 苦笑と笑顔の間ぐらいの顔だ。どんな笑顔でもマリアは美人である。


「行きますよ~」

「ちょっと、シャルル!?」


 俺はマリアを抱えてテントを出た。

 陽の光を浴びたマリアは、目を細めて腕で隠す。


「……太陽」

「そうです。太陽ですよ、マリアさん」


 俺はマリアに笑顔を向けて、歩き始めた。

 スラム街の皆の視線が集まって、マリアが照れくさそうに、苦笑する。

 そして、マリアは俺の首に腕をまわしてきた。


「ありがとう」


 マリアの俺の言葉が、俺にしみる。

『ありがとう』と心から、笑顔で言われるのがここまで嬉しいものだとは思わなかった。

 俺がこれで得をするわけではない。でも、嬉しかった。

 マリアが喜んでくれているのが伝わって、俺まで嬉しくなっているのだ。


「どういたしまして」

「その笑顔は少年みたいで可愛いわ」

「ありがとうございます。マリアさんのおかげですね」

「私は抱き上げられているだけよ?」

「美人を抱えるのは、どんな男でも嬉しいですよ」

「ふふっ」


 マリアは笑って、空を見上げる。


「久しぶりの空だわ」

「何色に見えますか?」

「青よ。あなたには何色に見えるの?」

「青です」


 俺が言うと、マリアは目を閉じて深呼吸をする。

 俺は女神様を抱き上げているのだろうかと疑うほどに、今のマリアの表情は美しかった。

 綺麗で、清らか。マリアはもう女神だな。うん、女神だ。


「街へ行きましょう」

「こんな格好で?」

「嫌ですか?」

「いいえ、シャルルと一緒なら、行きたいわ」


 そんな嬉しい事を言ってくれるマリアと一緒に、俺達は街へ繰り出した。

 視線を浴びているのが分かるが、視線には慣れている。

 マリアもそうなのか、全然気にしていない。

 今のマリアは目を輝かせて、まるで新しい物でも見る子供の様だ。

 俺の口元が自然と緩む。


 しばらく歩いて、俺達は街を抜けた。

 俺がマリアを抱えて連れて行ったのは、街の南端にある高台だ。

 ここは見晴らしが良いのだが、あまり人が来ない。

 俺は大好きでよく来るのだがな。

 今は日が落ちている頃で、青春の色が俺達を覆っている。

 俺は魔術で椅子をつくり、マリアを座らせた。


「……世界は、美しいわね」

「当たり前ですよ。僕が愛した世界ですから」

「私もこの世界が大好きだわ。そして、カレンもシャルルも大好きよ。カレンはもちろん、シャルルだって、私の子どものように愛しているわ」

「それは……いえ、僕も、マリアさんが大好きですよ」

「ふふっ、ありがとう」


 その後は、会話もなく、落ちてゆく夕日を眺めた。

 マリアの表情は本当に幸せそうで、俺の心も満たされた。

 俺、得したなぁ。

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