友
二年が経過し、俺は十二歳になった。
パーティメンバーとも仲良くなり、数々のクエストを熟してきた。
そして、俺達は今、緊急依頼を受けて馬車で移動中。内容はフェンリルの討伐だ。
昨日、フェンリルの出没によって、一つの村が壊滅したらしい。
フェンリルは巨大で獰猛な狼だ。村一つ潰すのなんて簡単だろう。
俺達が今向かっているのは、昨日フェンリルが現れたという村だ。
アランが御者台に座り、他は荷台に乗っている。
荷台ではルーカスとケイが会話をしている。
「ケイの妹は今何歳だ?」
「九歳っス」
ルーカスの質問にケイが答える。
「仲は良いのか?」
「何年も会ってないんで今は分かんないっスけど、昔は仲良しだったっスよ」
「そうか。俺にも弟が居てな。喧嘩ばかりしていた」
「どうせ何時もルーカスさんが吹っ掛けてたんでしょ? 分かるっスよ、オレには」
「まあ、何時も俺からだったな……でも、何年も会ってないと寂しくなるもんだ。アイツは元気にしてんのかね」
「あ~、分かるっス。オレも最近会いたくなってきたんスよねぇ。ダモンさんは一人っ子だったっスか?」
ダモンは口元を押さえながら、首を縦に振る。
どうやらダモンは、馬車酔いするらしい。
冒険者としては致命的だ。
普段は空を飛ぶから馬車には慣れていないんだと。
「大丈夫っスか? ダモンさん……。背中擦るっスよ?」
ダモンが首を横に振った。
「そうっスか。拙い時は言ってくださいっス」
ケイはこのパーティの中で一番気配りが出来て、優しい奴だ。
戦う時は容赦なく潰すが、普段は温厚な人なのだ。ただ、時々天然発言をする。
この前なんか任務中に『魔物って下着でおびき出せるんスかね?』とか言っていたし。
魔物は喰らうだけの生き物だから、下着なんかじゃ誘き出せない。
誘き出すのなら、肉でも置いておかなければいけないのだ。
「いやあ、今日も良い天気っスねぇ~。シャルルは日向ぼっこ好きっスか?」
「好きですよ」
「良いっスよねぇ~、日向ぼっ」
ケイの言葉が途中で途切れた。
何時もの事だから、心配することではない。
何故言葉が途切れたのか。
ケイは、寝たのだ。喋っている途中に。
俺には真似出来そうにない。
「ケイは呑気だな」
ルーカスが呟いた。
確かに、ケイは何時も笑顔でのんびりとしている。
だが、それが周りに元気を与えているのだ。
「ダモンさん、大丈夫ですか?」
俺はダモンの背中に触れ、治癒魔術をかける。
かけ続けるのは魔力の無駄なので、一定時間ごとに治癒魔術をかけてあげているのだが、揺れる度に吐き気を催している様なので、効果は薄い。
そんなこんなで、数時間の移動の末、俺達は目的地に辿り着いた。
到着するやいなや、ダモンが『すううううっはああああっ! やっぱシャバの空気は旨いな!』と喜んでいた。
確かに、空気はおいしいのだが、見た目は最悪だ。
建物は全壊していて、血がそこらへんにこびり付いている。
死体が無いって事は、死んだ奴は全員食われたって事を示している。
「一体じゃないな」
アランが瓦礫を拾いながら言った。
「最低でも三体はいたはずだ。一体で村の破壊が出来ても、肉を喰らい尽くすなんて無理だ」
「それは、異常ですね。そもそも、何でこんな場所にフェンリルが現れたんでしょうか」
フェンリルってのは、普段こんな場所には現れない。
ヴェゼヴォルの南端か、西端に生息している。
「……人の仕業だろうな」
「人? 人にフェンリルが操れるものでしょうか」
「操る必要は無い。ここに呼び出して、逃げる。それだけで村は終わりだ」
「呼び出す……召喚魔術ですか」
「ああ」
召喚魔術。
名前の通り、何かを召喚する魔術だ。
魔物、人間、食べ物、家、岩、船、その他何でも呼び出すことが出来る。
だが、召喚する物によって、消費する魔力が違うので、召喚できる物は個人によって異なってくる。
残念な事に、俺に召喚魔術は使えなかった。
詠唱も分からなければ、イメージも出来ないからだ。
「愉快犯ですかね」
「分からない」
アランの表情は険しい。いつもの爽やかなものではない。
それだけ拙い物がこの事件には絡んでいるのだろう。
愉快犯だったとしても、そうでなかったとしても、タチが悪い。
犯人が捕まっていないのも痛い点だ。
ヘタすれば王国の中で召喚魔術を使用される可能性もある。
「さあ、フェンリルを探そう」
アランの言葉に全員が頷き、散開する。
しかし、辺り一帯を隈なく探したが、手がかりすら無かった。
一度集合して、皆で休憩を取る。
「まずは休む。それからまた探す。全員それでいいな?」
「了解っス」
「分かった」
「異議なし」
ケイ、ルーカス、ダモンが同時に返事をした。
俺は返事をすることもなく、辺りを見回す。
気配がする。何かを感じ取れる。視線を感じるのだ。
「シャルル、どうした」
「……全員、構えて下さい。何か居ます」
「そうっスかね? 自分の野生の勘は反応してないっスけど」
俺の言葉にケイが首を傾げる。
無理もないな。人間である俺より、駆人であるケイの方が気配の察知には敏感なはずだ。
でも、俺は獣人に鍛えられた勘と、吸血鬼の影響が合わさって、敏感な状態だ。
これはもう勘というよりも、確信に近い。
何かがいる。そして、俺達を狙っている。
「ケイ、構えろ」
「了解っス」
アランの言う事は素直に聞くケイさん。
まあ、俺はガキだから仕方ない。
そう思ってケイに視線を移した瞬間、俺の全身を不快感が走り抜けた。
『グルアアァァァァ!!』
俺の背後から聞こえた咆哮。
それを聞いた時、全員の表情が変わった。
俺はすぐに後ろに振り向き、息を呑む。
「――拙い」
そう、これは、拙い。フェンリル一体の大きさは、俺達五人の体を合わせても足りないぐらいだ。
ドラゴンやワイバーン程大きいわけではない。それでも、二階建てアパート一軒分の大きさはある。
一体なら、何も思わなかった。『ドラゴンより弱そうだし楽勝だな』ぐらいのことしか思わなかっただろう。
でも、奴等は三体居た。二階建てアパート三軒が俺達五人の前に立ちはだかっているのだ。
「全員奴等から後退して距離を取れ! 散らばるなよ! 一体ずつ処理していく!」
パーティリーダーのアランが早くも決断を下す。
俺達は言葉通り後退し、戦闘態勢に入った。
俺は剣を抜いていない。魔術のほうが効率が良いからだ。
今回は、遊んでられない。一人ならまだしも、仲間が居る。
俺が遊びたいが為に怪我をさせては後味が悪い。
「シャルル! 弾幕!」
アランのオーダーは、銃弾の弾幕。
俺は銃弾を三百発形成し、一体に集中砲火した。
『ガルアッ!』
「なっ!?」
驚きの声をあげたのは、俺だ。
フェンリルが吠えた時、俺の銃弾は全て消えたのだ。
弾き飛ばされたとかではなく、消滅した。
俺は再度銃弾を形成し、発射するが、結果は同じ。
これは、魔術が効かない相手って奴だ。
「アラン! 魔術は無理です!」
「分かった! いつもの陣形で攻める!」
いつもの陣形とは、右にケイ、左にルーカス、前方上空にダモン、後方右に俺、後方左にアランの五角形の陣形だ。
まずは、ダモン、ケイ、ルーカスが三方向から同時に攻撃する。
その時、ケイとルーカスが俺達の後ろまで吹っ飛んだ。
俺とアランは足を止め、ルーカス達の所まで走る。
『グルアアァァァ!』
ダモンはフェンリルの眼に剣を刺して、俺達の方まで後退した。
「あいつら、連携してんのか!?」
ダモンが冷や汗を垂らしながらアランに尋ねる。
そう、あいつらは連携した。
攻撃されそうになったフェンリルを守るように、他の二体がケイとルーカスを攻撃したのだ。
これは、とてつもなく異常だ。
魔物は普段連携なんてしない。かばい合う事もしない。奴等は自分が逸早く相手を喰らうことを考えている。
だが、奴等は真ん中のフェンリルを守ったのだ。
「居ますね」
「何がだ、シャルル」
「こいつらを召喚した奴が近くに居ます。俺達を見てますよ、絶対」
「クソッ」
アランは悔しそうに唇を噛んだ。
遊ばれている様な気がしているんだろう。俺も一緒だ。不愉快でたまらない。
「ケイ! ルーカス! 大丈夫か!」
アランは声をかけながら、ルーカスに治癒魔術をかけた。
俺もケイの頬を軽く叩きながら、治癒魔術をかける。
「あぁ、クソッ、やられた」
ルーカスが頭を押さえながら起き上がる。
口元についた血を拭うと、立ち上がって剣を構える。
「油断したっス。ありがとうっス、シャルル」
「どういたしまして」
ケイも立ち上がって、数回跳ねて、深呼吸をした。
ルーカスの方に視線を移すと、姿が変わっていた。
体中が硬そうな鱗に覆われ、口からは牙が覗いている。
鼻も爬虫類独特の物になり、野生の鋭さを増した瞳がギラギラと光る。
竜の体に変体したのだ。竜人族の固有魔術『竜化』は全てのステータスを増加させる物だ。
「ぶっ潰してやるっス」
そう言って、ケイは地面を踏みつけた。
瞬間、地面が割れて、俺達に破片が飛んできた。
「ケイ! 気をつけろ!」
「あ、ごめんっス」
ダモンの怒声に謝るケイには反省の色が見えない。テヘペロしてやがる。
普段、ケイが地面を踏んでも、地面が凹む程度なのだが、今回は地面が割れた。
これは駆人族の固有魔術『鉄脚』だ。元から強い脚を更に強化させる魔術。
速さは獣人族の『瞬速』には劣るが、破壊力は抜群だ。
「こういう時、俺達魅人は困る」
「同感だ」
アランの悔しむ声に賛同したのはダモンだ。
ダモンは羽を生やして空を飛べるのだが、実はこれ、空人の固有魔術で『飛行』という。
強化されるわけでもなく、ただ飛べるだけだから不便だとダモンは言っていたが、飛べない俺達からしたら羨ましいものだ。
魅人であるアランも、風魔術と聖魔術を無詠唱で使えるだけの能力なので、魔術の効かないのが相手では種族固有魔術なんて無いような物だ。
『グルアァァァァl!!』
三体のフェンリルが挑発するように吠えた。
向こうからは来ないのは、やはり異常だ。
あそこまでハイランクの魔物ともなると、自分の強さを信じているから、ガンガン襲ってくる。
あいつら躾けられているのか?
「よし! 陣形はさっきと一緒だ! 行くぞ!」
アランの掛け声と共に、フェンリルの方へと走って行く。
陣形はさっきと一緒の五角形だが、今回はダモンが低空飛行をしている。
そして、フェンリルの目の前で、急上昇した。
ダモンの剣はフェンリルのもう片方の眼を貫いた。
他の二体を見てみると、前足の片方が無くなっていた。
可哀想に。ルーカスとケイに奪われてしまったか。
「シャルル、行くぞ!」
俺は真ん中のフェンリルの右前足、アランは左前足を切断した。
厳密に言えば、切断ではなく、削ぎ落とした。骨を通らないのは承知しているから、前足の肉を削いだのだ。
フェンリルは前のめりに倒れ、苦痛の唸り声をあげる。
そして、ダモンがフェンリルの頭を切り裂き、脳漿を撒き散らせた。
アランは胸に剣を刺して、俺は喉を掻っ切る。
フェンリルは呻き声をフェードアウトさせながら絶命した。
他の二体は既に両前足が無くなっていて、可哀想な姿になっている。
俺はケイの方に、アランはルーカスの増援に回った。
ダモンは既にケイの援護に回っていた。
「オラッ!」
ケイはフェンリルの顎目掛けて蹴りを放った。
すると、フェンリルの顎が砕けて、だらしなく舌を垂らす。
俺は跳躍して、フェンリルの舌を切り取った。
ダモンは脳天に剣を刺し、ケイが蹴りだけで喉を潰した。
もう一体のフェンリルは――頭が取れていた。
首をより上が綺麗に切断されていたのだ。
ルーカスの大剣は血に塗れて、赤く光っている。
壊滅した村は、また静かになる。
俺達は息も上がらせていない。
俺は剣に付いた血を払ってから、鞘に収めた。
「ご苦労だったな、皆」
集合した俺らにアランが言った。
俺達はハイタッチをして、その場に座り込む。
「最初は拙いと思いましたが、案外楽でしたね。ルーカスさんの竜化、すごく格好良かったです。あんな太い首を真っ二つですからね。ケイさんの蹴りも凄かったですね。顎とか喉とか潰すんですもん」
「ハッハッ、褒めても何も出ねえぞ」
「そうっスよ、照れるだけっスからやめて欲しいっス」
そう言いながらも、二人共『でへへ』とした表情だ。
「……ぐうッ!? あがぁッ、ああッ!」
ほんわかとした雰囲気の中、突然、アランが呻きだした。
目を見開いて、苦しそうに胸を押さえて、顔を地面にこすりつけている。
「ど、どうした! おい! アラン!」
「お、まえらッ! はなれッ、ろッ!」
アランがそう言った時、ケイの脚が飛んだ。
「へ……?」
ケイが自分の脚を見て、間抜けな声を漏らす。
その時、ルーカスの腕が飛び、ダモンの羽が千切れた。
「あぁぁッ! いでえぇッ!」
「ぁぁあッ!!」
「あ、脚! オレの脚がないっス!」
ルーカスは腕を押さえて苦悶し、ダモンが地面にうつ伏せになって拳を強く握りしめている。
ケイは腰を抜かして脚を押さえて歯を食いしばっている。
気付けば俺の両腕も無かった。
だが、問題ない。ゆっくりずつだが、勝手に治る。
俺は深呼吸をして、アランに聞く。
「アラン、俺はどうすれば良い」
「お、れを! 殺せッ!」
まあ、分かっていた。分かっていたよ。そう言うと思っていたさ。
この現象を俺は知っている。何年か前、孤児院に居た頃、アメリーの歴史の授業を聞いた時に知った話だ。
アランが今起こしているのは――魔力暴走だ。
このままでは、俺達の腕や脚だけでなく、頭も持っていかれる。
「だけど、俺には出来ないよ……」
「やれッ! お前は何時迄もガキじゃ居られねえ! この世界では、躊躇すれば死ぬ! 自分を守りたいなら他を切り捨てる覚悟も必要だ!」
アランが汗を滝のように流し、胸を押さえながら、苦しそうな声で俺に説教を垂らす。
「お前は殺らなきゃいけない! お前しか居ないんだよ!」
「出来るわけ……出来るわけないだろ! 俺はお前を兄弟みたいに思ってたんだぞ!」
「お前なら出来る! 俺を兄弟の様に思ってんなら、苦しんでる俺を楽にしてくれよ!」
「ふざけんな! 他の道が――!」
「ふざけてんのはお前だ! 今更探しても遅い!」
「だけど――!」
「自分の腕を見ろ! 治ってんなら出来るはずだ!」
自分の腕を見ると、アランの言った通り、右腕は治っていた。
他の奴等を見渡す。全員が苦悶して、呻き声をあげている。
「治癒魔術で治して他の奴等にやらせようってか!? そんな事してる間にお前死ぬぞ! 死ぬのはお前だけじゃない! 俺の仲間も死んでしまう! 頼むよシャル! 俺にこれ以上罪を背負わせないでくれ!」
俺だって、罪なんか背負いたくない。吐き気がするし、肩が重くなる。
そう思いながらも、俺は右手の指でアランの喉に触れていた。
触れただけで分かる。アランの魔力が凄い勢いで漏れだしている。
アランは荒々しく息をして、汗を流して、歯を食いしばっている。とても苦しそうだ。
「シャル……楽しかったぜ」
「……俺もだよ、アラン」
「顰めっ面は止めろ。別れは笑顔だ」
そう言って、アランは爽やかな笑顔を見せる。
別れは笑顔。いい言葉だ。
俺も笑顔を見せて、アランに魔力を送る。
「その笑顔、最高だ。お前の笑顔を見ると安心するよ。それじゃあ、シャル、あの世で待ってる」
「きっと長くなるけどな。そしたら一緒に飲もう」
「ああ。ありがとうな、シャル」
「こちらこそありがとう、アラン」
俺とアランは、笑顔で別れた。
アランはそのまま、動かなくなる。
漏れだしていた魔力も、急激に勢いを失った。
俺は悶えている他の三人の元へ歩み寄り、失った部分を治癒魔術で治した。
それを終えた俺はアランの元へ行き、おぶってやった。
アランは大人だから当たり前だが、重い。
「……シャルル」
「何ですか、ルーカスさん」
「……何でもねえ。ありがとう」
「……礼を言われるような事なんて、何一つしてません」
俺はアランを馬車まで背負っていった。
荷台に寝かせ、布をかぶせる。
「帰りましょう、皆さん」
「俺が御者をやろう」
「分かりました」
御者はダモンに任せ、俺達三人は荷台に座った。
俺は魔術でコップを作って、水を注いで飲んだ。
「……」
ルーカスも、ケイも、ダモンも、一言も発さない。
ダモンは俺達に背中を見せているから、どんな表情をしているかは分からない。泣いているのだろうか、無表情なのだろうか。
ルーカスは難しそうな顔をして腕を組んでいる。時折俺の方をチラ見しては目を逸らしている。
ケイは膝の上に置いた拳を握りしめて涙を堪えている。別に耐えなくてもいいのに。
「……ごめんなさい」
なぜだか、謝ってしまった。
「……なあ、シャル坊、そうじゃねえ。そうじゃねえよ、シャル坊。誰もお前を責めない。お前は正しい選択をした。俺達の命を救ったんだ」
「……そう、ですね」
「でも、俺は少し驚いてる。ガキが人を殺して、友を殺して――無表情なんだからな。ああ、いや、責めているわけじゃない。ただ、もしも我慢してんなら止めろって事だ。ガキが我慢なんかするもんじゃねえ」
俺が無表情か。鏡が無いから分からなかった。
俺は薄情だな。友人を殺して無表情って、何だそれ。
何だよそれ……。
「…………クソッ、クソッ! クソッ!!」
魔力暴走って何なんだよ。何の前触れもなく来たじゃねえか。理不尽だろ。日本のホラー映画かっつーの。
「クソッ!」
何でアランだったんだよ。どうして俺が殺さなきゃいけなかったんだよ。そもそも何で発生したんだよ。
「クソッ!!」
重いし、痛い。胸の辺りが苦しくて心臓を握りつぶしたい気分だ。
「クソッ!!!」
何で俺は無表情だったんだよ。何で俺は友達を殺せたんだよ。何で俺はアランを殺せたんだよ。何で、何で、何で。
今更、疑問と困惑と怒りが湧いてくる。
さっきはほんの少しの躊躇をしただけで、その後アランを殺せたってのに、今更怒っているのだ、俺は。
「……はぁ……何か、疲れました」
「寝てもいいぞ」
「そうします」
俺は腕を組んで、眼を閉じた。
瞼の裏にアランと過ごした日々が映しだされる。
だから、眠るのはやめにした。
「どうした、寝ないのか?」
「やっぱ止めます」
気を紛らわそうと、外の景色を眺める。
橙色の光が俺達を照らしているせいか、ケイの目尻が赤く見える。
冷たい風が俺達の間を吹き抜けて、アランに被せられた布が飛びそうになる。
俺は慌てて押さえ、飛ばないように、アランの剣を布の端に乗せた。
今、アランの顔を見たくはない。そりゃあ死んだ友人の顔なんて、見たくないさ。
俺達はギルドへと帰還し、依頼完遂手続きを済ませた。
その後はグレーズのギルドの隣にある墓地に、アランを預けた。
ギルドの隣には大きな墓地がある。それだけ任務中に死ぬ冒険者が多いって事だ。
俺はルーカス達と別れて、林檎の入った袋を片手にスラム街へと足を運んだ。
テントに入ると、いつもの様にマリアが笑顔で迎えてくれた。
だが、俺はこの笑顔には甘えない。甘えるわけにはいかない。
俺は今日、何も無かったかのように笑顔をつくり、途中で買っていった林檎を渡した。
これは俺の罪だ。俺の記憶だ。ずっと残る傷だ。塗る薬も、飲む薬もない。傷のありかも分からない、厄介な傷だ。
俺はこの傷を一生刻んで、この罪を一生背負わなくてはいけない。
俺は誰にも寄りかかるわけにはいかない。これは全部、俺の罪だ。
これは俺が会社で働いていた頃、上司に無理矢理なすりつけられた罪ではない。
俺が自分で選択し、自分で背負うと決めた罪だ。
俺はこの世界では、やりたいようにやる。だから、俺は背負いたい物も背負う。
きっと、マリアに言えば、『肩を貸すことは出来るの。私が少しだけ支えてあげるわ』とか言うに違いない。だから、俺はマリアには言えない。
「シャルル、何をぼうっとしているの?」
「師匠の事を考えていました。僕の師匠は家族と離れて仕事をしていたんですが、そろそろ家に帰ったのかなぁと心配になりまして。それと、僕とヴェゼヴォルを旅した馬、フーガも」
俺はマリアに笑顔でそう言って、宿屋に戻った。
久しぶりの宿屋だ。オッチャンに挨拶をしてから部屋に入り、ベッドに倒れこむ。
一人っきり。部屋には誰もいない。
だから、俺は、
泣いた。




