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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第五章『愛情』
42/72

 二年が経過し、俺は十二歳になった。

 パーティメンバーとも仲良くなり、数々のクエストを熟してきた。

 そして、俺達は今、緊急依頼を受けて馬車で移動中。内容はフェンリルの討伐だ。

 昨日、フェンリルの出没によって、一つの村が壊滅したらしい。

 フェンリルは巨大で獰猛な狼だ。村一つ潰すのなんて簡単だろう。


 俺達が今向かっているのは、昨日フェンリルが現れたという村だ。

 アランが御者台に座り、他は荷台に乗っている。

 荷台ではルーカスとケイが会話をしている。


「ケイの妹は今何歳だ?」

「九歳っス」


 ルーカスの質問にケイが答える。


「仲は良いのか?」

「何年も会ってないんで今は分かんないっスけど、昔は仲良しだったっスよ」

「そうか。俺にも弟が居てな。喧嘩ばかりしていた」

「どうせ何時もルーカスさんが吹っ掛けてたんでしょ? 分かるっスよ、オレには」

「まあ、何時も俺からだったな……でも、何年も会ってないと寂しくなるもんだ。アイツは元気にしてんのかね」

「あ~、分かるっス。オレも最近会いたくなってきたんスよねぇ。ダモンさんは一人っ子だったっスか?」


 ダモンは口元を押さえながら、首を縦に振る。

 どうやらダモンは、馬車酔いするらしい。

 冒険者としては致命的だ。

 普段は空を飛ぶから馬車には慣れていないんだと。


「大丈夫っスか? ダモンさん……。背中擦るっスよ?」


 ダモンが首を横に振った。


「そうっスか。拙い時は言ってくださいっス」


 ケイはこのパーティの中で一番気配りが出来て、優しい奴だ。

 戦う時は容赦なく潰すが、普段は温厚な人なのだ。ただ、時々天然発言をする。

 この前なんか任務中に『魔物って下着でおびき出せるんスかね?』とか言っていたし。

 魔物は喰らうだけの生き物だから、下着なんかじゃ誘き出せない。

 誘き出すのなら、肉でも置いておかなければいけないのだ。


「いやあ、今日も良い天気っスねぇ~。シャルルは日向ぼっこ好きっスか?」

「好きですよ」

「良いっスよねぇ~、日向ぼっ」


 ケイの言葉が途中で途切れた。

 何時もの事だから、心配することではない。

 何故言葉が途切れたのか。

 ケイは、寝たのだ。喋っている途中に。

 俺には真似出来そうにない。


「ケイは呑気だな」


 ルーカスが呟いた。

 確かに、ケイは何時も笑顔でのんびりとしている。

 だが、それが周りに元気を与えているのだ。


「ダモンさん、大丈夫ですか?」


 俺はダモンの背中に触れ、治癒魔術をかける。

 かけ続けるのは魔力の無駄なので、一定時間ごとに治癒魔術をかけてあげているのだが、揺れる度に吐き気を催している様なので、効果は薄い。




 そんなこんなで、数時間の移動の末、俺達は目的地に辿り着いた。

 到着するやいなや、ダモンが『すううううっはああああっ! やっぱシャバの空気は旨いな!』と喜んでいた。

 確かに、空気はおいしいのだが、見た目は最悪だ。

 建物は全壊していて、血がそこらへんにこびり付いている。

 死体が無いって事は、死んだ奴は全員食われたって事を示している。


「一体じゃないな」


 アランが瓦礫を拾いながら言った。


「最低でも三体はいたはずだ。一体で村の破壊が出来ても、肉を喰らい尽くすなんて無理だ」

「それは、異常ですね。そもそも、何でこんな場所にフェンリルが現れたんでしょうか」


 フェンリルってのは、普段こんな場所には現れない。

 ヴェゼヴォルの南端か、西端に生息している。


「……人の仕業だろうな」

「人? 人にフェンリルが操れるものでしょうか」

「操る必要は無い。ここに呼び出して、逃げる。それだけで村は終わりだ」

「呼び出す……召喚魔術ですか」

「ああ」


 召喚魔術。

 名前の通り、何かを召喚する魔術だ。

 魔物、人間、食べ物、家、岩、船、その他何でも呼び出すことが出来る。

 だが、召喚する物によって、消費する魔力が違うので、召喚できる物は個人によって異なってくる。

 残念な事に、俺に召喚魔術は使えなかった。

 詠唱も分からなければ、イメージも出来ないからだ。


「愉快犯ですかね」

「分からない」


 アランの表情は険しい。いつもの爽やかなものではない。

 それだけ拙い物がこの事件には絡んでいるのだろう。

 愉快犯だったとしても、そうでなかったとしても、タチが悪い。

 犯人が捕まっていないのも痛い点だ。

 ヘタすれば王国の中で召喚魔術を使用される可能性もある。


「さあ、フェンリルを探そう」


 アランの言葉に全員が頷き、散開する。

 しかし、辺り一帯を隈なく探したが、手がかりすら無かった。

 一度集合して、皆で休憩を取る。


「まずは休む。それからまた探す。全員それでいいな?」

「了解っス」

「分かった」

「異議なし」


 ケイ、ルーカス、ダモンが同時に返事をした。

 俺は返事をすることもなく、辺りを見回す。

 気配がする。何かを感じ取れる。視線を感じるのだ。


「シャルル、どうした」

「……全員、構えて下さい。何か居ます」

「そうっスかね? 自分の野生の勘は反応してないっスけど」


 俺の言葉にケイが首を傾げる。

 無理もないな。人間である俺より、駆人であるケイの方が気配の察知には敏感なはずだ。

 でも、俺は獣人に鍛えられた勘と、吸血鬼の影響が合わさって、敏感な状態だ。

 これはもう勘というよりも、確信に近い。

 何かがいる。そして、俺達を狙っている。


「ケイ、構えろ」

「了解っス」


 アランの言う事は素直に聞くケイさん。

 まあ、俺はガキだから仕方ない。

 そう思ってケイに視線を移した瞬間、俺の全身を不快感が走り抜けた。


『グルアアァァァァ!!』


 俺の背後から聞こえた咆哮。

 それを聞いた時、全員の表情が変わった。

 俺はすぐに後ろに振り向き、息を呑む。


「――拙い」


 そう、これは、拙い。フェンリル一体の大きさは、俺達五人の体を合わせても足りないぐらいだ。

 ドラゴンやワイバーン程大きいわけではない。それでも、二階建てアパート一軒分の大きさはある。

 一体なら、何も思わなかった。『ドラゴンより弱そうだし楽勝だな』ぐらいのことしか思わなかっただろう。

 でも、奴等は三体居た。二階建てアパート三軒が俺達五人の前に立ちはだかっているのだ。


「全員奴等から後退して距離を取れ! 散らばるなよ! 一体ずつ処理していく!」


 パーティリーダーのアランが早くも決断を下す。

 俺達は言葉通り後退し、戦闘態勢に入った。

 俺は剣を抜いていない。魔術のほうが効率が良いからだ。

 今回は、遊んでられない。一人ならまだしも、仲間が居る。

 俺が遊びたいが為に怪我をさせては後味が悪い。


「シャルル! 弾幕!」


 アランのオーダーは、銃弾の弾幕。

 俺は銃弾を三百発形成し、一体に集中砲火した。


『ガルアッ!』


「なっ!?」


 驚きの声をあげたのは、俺だ。

 フェンリルが吠えた時、俺の銃弾は全て消えたのだ。

 弾き飛ばされたとかではなく、消滅した。

 俺は再度銃弾を形成し、発射するが、結果は同じ。

 これは、魔術が効かない相手って奴だ。


「アラン! 魔術は無理です!」

「分かった! いつもの陣形で攻める!」


 いつもの陣形とは、右にケイ、左にルーカス、前方上空にダモン、後方右に俺、後方左にアランの五角形の陣形だ。

 まずは、ダモン、ケイ、ルーカスが三方向から同時に攻撃する。

 その時、ケイとルーカスが俺達の後ろまで吹っ飛んだ。

 俺とアランは足を止め、ルーカス達の所まで走る。


『グルアアァァァ!』


 ダモンはフェンリルの眼に剣を刺して、俺達の方まで後退した。


「あいつら、連携してんのか!?」


 ダモンが冷や汗を垂らしながらアランに尋ねる。

 そう、あいつらは連携した。

 攻撃されそうになったフェンリルを守るように、他の二体がケイとルーカスを攻撃したのだ。

 これは、とてつもなく異常だ。

 魔物は普段連携なんてしない。かばい合う事もしない。奴等は自分が逸早く相手を喰らうことを考えている。

 だが、奴等は真ん中のフェンリルを守ったのだ。


「居ますね」

「何がだ、シャルル」

「こいつらを召喚した奴が近くに居ます。俺達を見てますよ、絶対」

「クソッ」


 アランは悔しそうに唇を噛んだ。

 遊ばれている様な気がしているんだろう。俺も一緒だ。不愉快でたまらない。


「ケイ! ルーカス! 大丈夫か!」


 アランは声をかけながら、ルーカスに治癒魔術をかけた。

 俺もケイの頬を軽く叩きながら、治癒魔術をかける。


「あぁ、クソッ、やられた」


 ルーカスが頭を押さえながら起き上がる。

 口元についた血を拭うと、立ち上がって剣を構える。


「油断したっス。ありがとうっス、シャルル」

「どういたしまして」


 ケイも立ち上がって、数回跳ねて、深呼吸をした。

 ルーカスの方に視線を移すと、姿が変わっていた。

 体中が硬そうな鱗に覆われ、口からは牙が覗いている。

 鼻も爬虫類独特の物になり、野生の鋭さを増した瞳がギラギラと光る。

 竜の体に変体したのだ。竜人族の固有魔術『竜化』は全てのステータスを増加させる物だ。


「ぶっ潰してやるっス」


 そう言って、ケイは地面を踏みつけた。

 瞬間、地面が割れて、俺達に破片が飛んできた。


「ケイ! 気をつけろ!」

「あ、ごめんっス」


 ダモンの怒声に謝るケイには反省の色が見えない。テヘペロしてやがる。

 普段、ケイが地面を踏んでも、地面が凹む程度なのだが、今回は地面が割れた。

 これは駆人族の固有魔術『鉄脚』だ。元から強い脚を更に強化させる魔術。

 速さは獣人族の『瞬速』には劣るが、破壊力は抜群だ。


「こういう時、俺達魅人は困る」

「同感だ」


 アランの悔しむ声に賛同したのはダモンだ。

 ダモンは羽を生やして空を飛べるのだが、実はこれ、空人の固有魔術で『飛行』という。

 強化されるわけでもなく、ただ飛べるだけだから不便だとダモンは言っていたが、飛べない俺達からしたら羨ましいものだ。

 魅人であるアランも、風魔術と聖魔術を無詠唱で使えるだけの能力なので、魔術の効かないのが相手では種族固有魔術なんて無いような物だ。


『グルアァァァァl!!』


 三体のフェンリルが挑発するように吠えた。

 向こうからは来ないのは、やはり異常だ。

 あそこまでハイランクの魔物ともなると、自分の強さを信じているから、ガンガン襲ってくる。

 あいつら躾けられているのか?


「よし! 陣形はさっきと一緒だ! 行くぞ!」


 アランの掛け声と共に、フェンリルの方へと走って行く。

 陣形はさっきと一緒の五角形だが、今回はダモンが低空飛行をしている。

 そして、フェンリルの目の前で、急上昇した。

 ダモンの剣はフェンリルのもう片方の眼を貫いた。

 他の二体を見てみると、前足の片方が無くなっていた。

 可哀想に。ルーカスとケイに奪われてしまったか。


「シャルル、行くぞ!」


 俺は真ん中のフェンリルの右前足、アランは左前足を切断した。

 厳密に言えば、切断ではなく、削ぎ落とした。骨を通らないのは承知しているから、前足の肉を削いだのだ。

 フェンリルは前のめりに倒れ、苦痛の唸り声をあげる。


 そして、ダモンがフェンリルの頭を切り裂き、脳漿を撒き散らせた。

 アランは胸に剣を刺して、俺は喉を掻っ切る。

 フェンリルは呻き声をフェードアウトさせながら絶命した。


 他の二体は既に両前足が無くなっていて、可哀想な姿になっている。

 俺はケイの方に、アランはルーカスの増援に回った。

 ダモンは既にケイの援護に回っていた。


「オラッ!」


 ケイはフェンリルの顎目掛けて蹴りを放った。

 すると、フェンリルの顎が砕けて、だらしなく舌を垂らす。

 俺は跳躍して、フェンリルの舌を切り取った。

 ダモンは脳天に剣を刺し、ケイが蹴りだけで喉を潰した。


 もう一体のフェンリルは――頭が取れていた。

 首をより上が綺麗に切断されていたのだ。

 ルーカスの大剣は血に塗れて、赤く光っている。


 壊滅した村は、また静かになる。

 俺達は息も上がらせていない。

 俺は剣に付いた血を払ってから、鞘に収めた。


「ご苦労だったな、皆」


 集合した俺らにアランが言った。

 俺達はハイタッチをして、その場に座り込む。


「最初は拙いと思いましたが、案外楽でしたね。ルーカスさんの竜化、すごく格好良かったです。あんな太い首を真っ二つですからね。ケイさんの蹴りも凄かったですね。顎とか喉とか潰すんですもん」

「ハッハッ、褒めても何も出ねえぞ」

「そうっスよ、照れるだけっスからやめて欲しいっス」


 そう言いながらも、二人共『でへへ』とした表情だ。


「……ぐうッ!? あがぁッ、ああッ!」


 ほんわかとした雰囲気の中、突然、アランが呻きだした。

 目を見開いて、苦しそうに胸を押さえて、顔を地面にこすりつけている。


「ど、どうした! おい! アラン!」

「お、まえらッ! はなれッ、ろッ!」


 アランがそう言った時、ケイの脚が飛んだ。


「へ……?」


 ケイが自分の脚を見て、間抜けな声を漏らす。

 その時、ルーカスの腕が飛び、ダモンの羽が千切れた。


「あぁぁッ! いでえぇッ!」

「ぁぁあッ!!」

「あ、脚! オレの脚がないっス!」


 ルーカスは腕を押さえて苦悶し、ダモンが地面にうつ伏せになって拳を強く握りしめている。

 ケイは腰を抜かして脚を押さえて歯を食いしばっている。


 気付けば俺の両腕も無かった。

 だが、問題ない。ゆっくりずつだが、勝手に治る。

 俺は深呼吸をして、アランに聞く。


「アラン、俺はどうすれば良い」

「お、れを! 殺せッ!」


 まあ、分かっていた。分かっていたよ。そう言うと思っていたさ。

 この現象を俺は知っている。何年か前、孤児院に居た頃、アメリーの歴史の授業を聞いた時に知った話だ。

 アランが今起こしているのは――魔力暴走だ。

 このままでは、俺達の腕や脚だけでなく、頭も持っていかれる。


「だけど、俺には出来ないよ……」

「やれッ! お前は何時迄もガキじゃ居られねえ! この世界では、躊躇すれば死ぬ! 自分を守りたいなら他を切り捨てる覚悟も必要だ!」


 アランが汗を滝のように流し、胸を押さえながら、苦しそうな声で俺に説教を垂らす。


「お前は殺らなきゃいけない! お前しか居ないんだよ!」

「出来るわけ……出来るわけないだろ! 俺はお前を兄弟みたいに思ってたんだぞ!」

「お前なら出来る! 俺を兄弟の様に思ってんなら、苦しんでる俺を楽にしてくれよ!」

「ふざけんな! 他の道が――!」

「ふざけてんのはお前だ! 今更探しても遅い!」

「だけど――!」

「自分の腕を見ろ! 治ってんなら出来るはずだ!」


 自分の腕を見ると、アランの言った通り、右腕は治っていた。

 他の奴等を見渡す。全員が苦悶して、呻き声をあげている。


「治癒魔術で治して他の奴等にやらせようってか!? そんな事してる間にお前死ぬぞ! 死ぬのはお前だけじゃない! 俺の仲間も死んでしまう! 頼むよシャル! 俺にこれ以上罪を背負わせないでくれ!」


 俺だって、罪なんか背負いたくない。吐き気がするし、肩が重くなる。

 そう思いながらも、俺は右手の指でアランの喉に触れていた。

 触れただけで分かる。アランの魔力が凄い勢いで漏れだしている。

 アランは荒々しく息をして、汗を流して、歯を食いしばっている。とても苦しそうだ。


「シャル……楽しかったぜ」

「……俺もだよ、アラン」

「顰めっ面は止めろ。別れは笑顔だ」


 そう言って、アランは爽やかな笑顔を見せる。

 別れは笑顔。いい言葉だ。

 俺も笑顔を見せて、アランに魔力を送る。


「その笑顔、最高だ。お前の笑顔を見ると安心するよ。それじゃあ、シャル、あの世で待ってる」

「きっと長くなるけどな。そしたら一緒に飲もう」

「ああ。ありがとうな、シャル」

「こちらこそありがとう、アラン」


 俺とアランは、笑顔で別れた。

 アランはそのまま、動かなくなる。

 漏れだしていた魔力も、急激に勢いを失った。

 俺は悶えている他の三人の元へ歩み寄り、失った部分を治癒魔術で治した。

 それを終えた俺はアランの元へ行き、おぶってやった。

 アランは大人だから当たり前だが、重い。


「……シャルル」

「何ですか、ルーカスさん」

「……何でもねえ。ありがとう」

「……礼を言われるような事なんて、何一つしてません」


 俺はアランを馬車まで背負っていった。

 荷台に寝かせ、布をかぶせる。


「帰りましょう、皆さん」

「俺が御者をやろう」

「分かりました」


 御者はダモンに任せ、俺達三人は荷台に座った。

 俺は魔術でコップを作って、水を注いで飲んだ。


「……」


 ルーカスも、ケイも、ダモンも、一言も発さない。

 ダモンは俺達に背中を見せているから、どんな表情をしているかは分からない。泣いているのだろうか、無表情なのだろうか。

 ルーカスは難しそうな顔をして腕を組んでいる。時折俺の方をチラ見しては目を逸らしている。

 ケイは膝の上に置いた拳を握りしめて涙を堪えている。別に耐えなくてもいいのに。


「……ごめんなさい」


 なぜだか、謝ってしまった。


「……なあ、シャル坊、そうじゃねえ。そうじゃねえよ、シャル坊。誰もお前を責めない。お前は正しい選択をした。俺達の命を救ったんだ」

「……そう、ですね」

「でも、俺は少し驚いてる。ガキが人を殺して、友を殺して――無表情なんだからな。ああ、いや、責めているわけじゃない。ただ、もしも我慢してんなら止めろって事だ。ガキが我慢なんかするもんじゃねえ」


 俺が無表情か。鏡が無いから分からなかった。

 俺は薄情だな。友人を殺して無表情って、何だそれ。

 何だよそれ……。


「…………クソッ、クソッ! クソッ!!」


 魔力暴走って何なんだよ。何の前触れもなく来たじゃねえか。理不尽だろ。日本のホラー映画かっつーの。


「クソッ!」


 何でアランだったんだよ。どうして俺が殺さなきゃいけなかったんだよ。そもそも何で発生したんだよ。


「クソッ!!」


 重いし、痛い。胸の辺りが苦しくて心臓を握りつぶしたい気分だ。


「クソッ!!!」


 何で俺は無表情だったんだよ。何で俺は友達を殺せたんだよ。何で俺はアランを殺せたんだよ。何で、何で、何で。

 今更、疑問と困惑と怒りが湧いてくる。

 さっきはほんの少しの躊躇をしただけで、その後アランを殺せたってのに、今更怒っているのだ、俺は。


「……はぁ……何か、疲れました」

「寝てもいいぞ」

「そうします」


 俺は腕を組んで、眼を閉じた。

 瞼の裏にアランと過ごした日々が映しだされる。

 だから、眠るのはやめにした。


「どうした、寝ないのか?」

「やっぱ止めます」


 気を紛らわそうと、外の景色を眺める。

 橙色の光が俺達を照らしているせいか、ケイの目尻が赤く見える。

 冷たい風が俺達の間を吹き抜けて、アランに被せられた布が飛びそうになる。

 俺は慌てて押さえ、飛ばないように、アランの剣を布の端に乗せた。

 今、アランの顔を見たくはない。そりゃあ死んだ友人の顔なんて、見たくないさ。




 俺達はギルドへと帰還し、依頼完遂手続きを済ませた。

 その後はグレーズのギルドの隣にある墓地に、アランを預けた。

 ギルドの隣には大きな墓地がある。それだけ任務中に死ぬ冒険者が多いって事だ。


 俺はルーカス達と別れて、林檎の入った袋を片手にスラム街へと足を運んだ。

 テントに入ると、いつもの様にマリアが笑顔で迎えてくれた。

 だが、俺はこの笑顔には甘えない。甘えるわけにはいかない。

 俺は今日、何も無かったかのように笑顔をつくり、途中で買っていった林檎を渡した。


 これは俺の罪だ。俺の記憶だ。ずっと残る傷だ。塗る薬も、飲む薬もない。傷のありかも分からない、厄介な傷だ。

 俺はこの傷を一生刻んで、この罪を一生背負わなくてはいけない。

 俺は誰にも寄りかかるわけにはいかない。これは全部、俺の罪だ。

 これは俺が会社で働いていた頃、上司に無理矢理なすりつけられた罪ではない。

 俺が自分で選択し、自分で背負うと決めた罪だ。

 俺はこの世界では、やりたいようにやる。だから、俺は背負いたい物も背負う。

 きっと、マリアに言えば、『肩を貸すことは出来るの。私が少しだけ支えてあげるわ』とか言うに違いない。だから、俺はマリアには言えない。


「シャルル、何をぼうっとしているの?」

「師匠の事を考えていました。僕の師匠は家族と離れて仕事をしていたんですが、そろそろ家に帰ったのかなぁと心配になりまして。それと、僕とヴェゼヴォルを旅した馬、フーガも」


 俺はマリアに笑顔でそう言って、宿屋に戻った。

 久しぶりの宿屋だ。オッチャンに挨拶をしてから部屋に入り、ベッドに倒れこむ。

 一人っきり。部屋には誰もいない。

 だから、俺は、


 泣いた。

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