関わり
俺達はあの後、飯屋に寄った。
俺はマッシュポテトとグリルドチキンを頼んだ。
カレンも同じものを注文した。
先に水が運ばれ、俺は一気に飲んで、話を切り出す。
「さて、カレン。話をしよう」
「……話?」
「そう。カレンがさっき言った言葉についてだ。あれはこの世界で習った物? それとも生まれた時から知っていた物?」
「……生まれた時、から……です」
「そっか。じゃあ、カレンには、記憶があるの?」
「……記憶?」
「そう。前の世界の記憶」
「……?」
カレンは首を傾げて、何言ってんだこいつって顔をした。
隠しているのか、それとも本当に無いのか。
「俺はカレンと一緒だから、隠さなくてもいいよ」
「……?」
また、首を傾げた。
可愛い。可愛いよ、とても。
その小首を傾げる仕草は俺の胸にグッと来る。
だけど、今はそんな場合じゃない。
「じゃあ、記憶は無いんだね」
「……何のことか……わからない、です……」
「ううん、もういいんだ、忘れて。ただ、俺も同じ言葉を使えるって事を教えたかっただけ」
「同じ……言葉……」
カレンがそう呟くと、丁度料理が運ばれた。
グリルドチキン二人前。
カレンは一人で食べきれるだろうか。
マッシュポテトもあるのに。
まあ、もしもの時は俺が食べてやろう。
「カレン、アメリカって知ってる?」
俺はチキンをかじりながら尋ねた。
すると、カレンはこくりと頷く。
もしも、本当にカレンの記憶が無いと言うのであれば、カレンは記憶喪失ということになる。
こちらに来る途中なのか、こちらに来る前になっていたのか、それは分からない。
だが、カレンは前世の記憶を失ってしまった。
いや、待て、確認する方法があった。
「カレン、アダムって知ってる? 会ったことある?」
「……無い、です。名前は……知って、ます……」
そうか。なら、カレンは変な空間と異世界に来る間に事故を起こして、記憶をなくしたのか。
でも、たしか、記憶喪失って時間が経つに連れて記憶が蘇る事が多いんじゃなかったか。
ああ、しかし、カレンもその内の一人という訳にはならないか。
もしも、記憶を取り戻したら、その時カレンはどうやってマリアと接するんだろうか。
この世界をどう思うのだろうか。
記憶喪失。なった事ある人にしか気持ちは分からないんだろうな……。
「シャルルお兄さん、は……何で、知ってるんですか……?」
「秘密。それから、シャルルお兄さんじゃなくて、シャルルかシャルでいいよ」
「……じゃあ、シャル……。シャル……」
「はいはい?」
「……読んだ、だけ……です……」
そう言って、カレンは微笑んだ。
不覚にも、ドキリとした。
これは初めての経験だな。
今まで母性ある女性の笑顔には何度か胸を高鳴らせたが、幼女相手にするのは初めてだ。
「そういえば、カレンは黒髪だね。俺と一緒だ」
「……黒髪……珍しい……ってお母さんが、言ってました……」
「俺も今まで一度も見たこと無いな。俺とカレン以外の黒髪は」
今まで旅をしてきた限りでは、黒髪を持つ人を見たことがない。
もしかしてだが、黒髪を持つのは転生した者だけなのだろうか?
そういえば、カレンが転生者って事は、カレンの体も彼女の物ではないという事か。
記憶の無い彼女に俺のペンダントを渡すのは、混乱を招きそうだからやめておこう。
飯を食べた後は、晩飯を買っていった。
カレン、マリア、それと俺の分。
炭火焼きした豚肉を三つ、それと桃を三つだ。
「マリアさん、カレンに服を買ってあげたんですが、良くお似合いでしょう?」
「ええ、そうね。とても似合っているわ」
そう言いながらマリアがカレンの頭を撫でる。
カレンは気持ちよさそうに目を細めて、マリアの胸に顔を埋めている。
「さあ、食べましょう。まだ温かいですよ」
俺はマリアとカレンに皿の上に乗せた肉と、コップに入った水を渡し、「いただきます」の掛け声と共に食事を始めた。
言わなくても分かるだろうが、皿もコップも魔術で作った物だ。
――――――
夜になり、俺は酒場へと向かった。俺の歓迎会だ。
既に四人は集まっていて、飲み物と食べ物まで頼んでいる。
どうやら、俺は遅刻らしい。
いや、この時間に来いとかいう約束はしていないから、遅刻もクソもないのだが。
俺はアラン達の座るテーブルに行き、挨拶をする。
「こんばんは、皆さん」
「おう、来たか。シャル」
アランが空いている椅子を引いて、俺に座るよう促す。
「遅えぞシャル坊! もう飲んじまってるよ!」
「すみません、集合時間が分からなくて」
「そうっスよ、ルーカスさん。遅刻もへったくれもないっスよ」
ケイがフォローを入れてくれた。
「もう遅刻の話は良い! 飲め! 飲め!」
そう言いながら、ルーカスが俺に酒の入ったコップを渡してきた。
「未成年です、僕」
「いいんだよ、歓迎会なんだから」
俺の言葉をアランが拾った。
そうだよな、歓迎会なら仕方ないよな、うん。
未成年飲酒、ダメ、絶対。
俺が酒を受け取ると、アランがコップを持ち上げた。
俺達もコップを掲げ、声を合わせて言う。
『かんぱ~い!』
早速、俺はコップいっぱいの酒を一気飲みした。
それを見た他の四人が「おおぉ~」と声を漏らしている。
クックックッ、社畜のワイにはこんなん余裕やで。
「ぷはぁッ! かぁ~、余裕ですよ、余裕」
「いい度胸じゃねえか、シャル坊! 俺と勝負だ!」
「いいでしょう」
「樽を持って来ぉい!」
樽……だと……!?
これは拙い。前の俺の体ならまだしも、今の俺の体は子供のものだ。
そこまで耐えられるだろうか……。いや、しかし、受けて立ったからには、勝たなくてはな。
いいぜ、やってやるよ。
「ほれ、シャルル」
アランが俺に酒の入ったコップを渡してくれた。
ルーカスも、ケイから受け取ったようだ。
俺達は睨み合い、コップの端に口をつける。
「ドン!」
そして、アランがスタートの合図を出した。
俺はコップを傾け、喉に酒を通す。
グビグビという体に悪そうな音が鳴るが、それを無視してコップを空にする。
俺とルーカスは同時にコップをテーブルに叩きつけた。
「やるじゃねえか、シャル坊。もう一杯だ!」
ルーカスがケイから、おかわりを受け取る。
俺もアランからもう一杯貰い、構えて、またスタートする。
これを十数回繰り返して、ルーカスが倒れた。
「げぷッ……おえェ……」
「ぼ、僕の勝ち、ですね、ルーカスさん……けぷっ」
俺は、大量の汗を流しながらテーブルに突っ伏すルーカスに勝利を宣告した。
ルーカスは親指を立てて、ニカリと笑う。
俺も額から流れ出る汗を拭い、笑顔で親指を立てた。
その瞬間、ルーカスがテーブルに嘔吐物をまき散らした。
「おい、ルーカス! 何をやっている!」
嘔吐物がダモンの腕に付着し、ダモンがルーカスの背中を叩いた。
そのせいで、ルーカスの嘔吐は勢いを増す。
「おえぇぇぇ」
「嘔吐が赤紫色っス! ルーカスさんが葡萄酒を口から造ってるっスよ!」
「ケイ、それは造ってるんじゃない! 飲めないんだからな!」
珍しく、ダモンが騒いでいる。いつも静かに俺達のやり取りを見ているだけなのだが。
「シャルは大丈夫か?」
アランが俺の背中を擦りながら聞いてきた。
「大丈夫ですよ。ていうか、ルーカスさん弱いですね」
「ああ、アイツは酒好きだが、酒に弱い」
「挑んでくるから強いのかと思ってました」
「ガキに威厳を見せたかっただけだろ」
威厳を見せるどころか、弱さを露呈しただけだったな。
ていうか、シャルルの体は本当に強いな。
吸血鬼の影響もあるのかもしれん。ヴィオラは酒にかなり強かったし。
「うわあ! ルーカスさんが自分の嘔吐物に溺れてるっス! ダモンさん助けてやってくださいっス!」
「バカ言うな! 自分で助けたらどうだ! そんな嘔吐物まみれの奴なんかに触れたくない!」
「おえぇえごぼっ」
自分の嘔吐物に溺れてる奴なんて初めて見たぞ。
なんだこれ、血の海地獄かよ。
「ったく、仕方ない」
溺れそうになっていたルーカスを助けたのは、アランだった。
ゲロまみれのルーカスに肩を貸して、床に寝かせた。
そして、口に水を無理矢理流し込んだ。
「おぼっごっおっ」
「ちょっ、アランさん! それ死んじゃいますから!」
口どころか、鼻にも水が流れこんで、ルーカスは息もできない状況だ。
ルーカスは白目をむいて指先をピクピクと動かしている。
「おっと、これは拙いな」
死にそうになっているルーカスを見て、アランが水を流すのをやめた。
そして、アランはルーカスの胸に手を当てた。
見る見るうちにルーカスの表情は穏やかになっていき、最終的には鼾をかいて眠り始めた。
治癒魔術か。本当に便利だな、魔術って。
そう思いながら、自分にも治癒魔術をかける。
火照っていた体が冷めていくのを感じた。
回復を終えると、アランとケイとダモンが、ルーカスの周りに座り込んで何かをしていた。
ルーカスの顔を覗きこむと、顔に落書きがされてあった。
右頬に『俺の素晴らしき上腕二頭筋は全てを魅了する』、左頬には『筋肉の素晴らしさを語るには、一時間じゃ足りねえ。二日は用意しな』と、額には『彼女募集中。豚でも可』と書かれている。
俺は羽ペンを受け取り、鼻の下にたくさんの線を引いて、鼻のてっぺんに『俺の鼻毛は一本金貨一枚だ、出直しな』と書いてやった。
俺達は顔を見合わせると、ルーカスの筋肉を叩きながら笑いあった。
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