ペナルティ・後編
「こんにちは、カレン」
マリアのテントを訪れた俺は、マリアに挨拶をした後に、カレンに挨拶をした。
「……こんにちは」
カレンは少しの間を空けて、ちゃんと挨拶を返してくれた。
この娘はあまり喋らない娘だ。
人見知りなんだろうな。
マリアの前では良く笑って、良く喋るらしいし。
「カレン、林檎食べるかい?」
「……ありがと、ございます」
カレンは例を言いながら、俺の差し出した林檎を受け取った。
最初は遠慮して全然貰ってくれなかったんだが、最近では貰ってくれるようになった。
進歩してるってことなのかな。
「マリアさんもどうぞ」
「ありがとう」
マリアに林檎を渡してから、マリアとカレンと対面するように座り込む。
今日は、カレンと話をしてみようじゃないか。
「カレンは、大人びているね」
「……大人、びてる?」
「年の割に静かだし、時々、大人っぽい表情をする」
「……わかりません」
「そっか、分かんないか」
まあ、自分の事が分からなくなる事はあるさ。
分からないなら問い質すこともない。
「……ごめん、なさい」
「え、いやいや、謝ることじゃない。別に大丈夫だよ。皆あると思うからね、自分の事が分からないって時」
俺が言うと、カレンが頷いた。
ふと、マリアが俺に視線を送っているのに気づく。
「何ですか?」
「いいえ、言っていることが歳不相応だと思っただけ」
しまった。
カレンを慰めるためとはいえ、少しぶった事を言ってしまった。
自重しよう。
「受け売りなんですよ、師匠の」
俺が笑顔でそう返すと、マリアは「そう」とだけ言って、林檎を齧った。
なんだか、彼女には色々と見透かされている感じがする。
まあ、マリアにならあらゆる所を見られても大丈夫だがな。
むしろ、見て欲しいくらいだ…………今のは、冗談。
「シャルル、少し疲れた顔をしているわ」
「そうですかね? 何時間も走れそうなくらい元気ですけど」
「子供が強がるものではないわ」
「これでも僕は一級冒険者なんですよ~」
「……そうね」
俺は、嘘を付くのは上手いほうだと思っている。
上司に笑顔でペコペコ頭下げて、言いたくもない事を言ったり、世辞をたくさん言ってきた。
だから、俺は笑顔を作るのは上手いほうだと思っているし、嘘を見破られる自信だって無い。
だけど、マリアは俺の嘘を、笑顔を、偽物だと疑っている気がしてならない。
直接疑っていると言われたわけではないが、態度、視線、質問が、遠回しに俺にそう伝えているのだ。
本当に、困った人だ。色々な意味で。
――――――
あの後、晩飯の後に、川の字になって寝た。
なんとなく、カレンの胸を後ろから揉んでしまったが、俺は無罪だ。
俺は悪くない、このいけない腕が悪いのです!
八歳の女の子の胸は、ぺったんこだったけど、それでもほんの少しの膨らみと柔らかさがあって、最高だなぁ、だなんて思ってないぞ。
「カレン、ごめんね」
「……?」
とりあえず、謝っておいた。
カレンには「いきなりなんだ?」って顔されたが、謝った。
謝って俺の罪が消えるわけじゃない。
ああ、分かっている。
俺が、俺の意思で幼い女の子の胸をモミモミした事実は、謝ったからと言って消えるわけではないのだ。
「何でもないんだ……ごめん」
「……」
カレンは、怪訝そうな顔で俺を見る。
俺は思わず苦笑し、顔を逸らしてしまう。
突然募る、罪悪感。
「そうだ、カレン。一緒に買物をしないか?」
「かい、もの……?」
「そう。洋服とか、食べ物とか」
「……お母さん」
カレンがマリアの方に顔を向ける。
許可を取ろうとしているわけではない、表情的に。
これは、困っている表情だ。
俺に誘われるのはそこまで迷惑だっただろうか。
それは少し――いや、かなり悲しい。
「いいんじゃない? 行って来なさい、カレン」
「……わかった……行って、きます……」
「行ってらっしゃい」
マリアはそう言うと、俺に手招きをした。
俺はマリアの元まで歩み寄り、耳を寄せる。
「カレンをよろしくね」
「はい」
俺は返事をして、カレンの手を取ってテントを出た。
カレンの手は小さくて、柔らかかった。
「カレン、手を離さないでね」
「……はい」
俺とカレンは手を繋いで市場へと向かった。
俺はまず、カレンの服を買ってやる事にした。
今の格好はみすぼらしい。
これで買い物は少し危ない。
俺が奴隷でも連れて歩いているのかと思われる。
スラムの人たちが奴隷の様だと言っているようで悪いと思うのだが。
服屋へと入った俺は、カレンに好きな物を選ばせた。
カレンが持ってきたのはスカートと、白地の開襟シャツだ。
この世界にオシャレなプリントがある服なんてのはない。
シャツも開襟シャツもズボンもスカートも、背広やドレスも存在するが、ジーンズは存在しない。
靴も、皮で出来た物ばかりだ。
もちろん、スニーカーなんてのは無いし。
前世での俺の私服はシャツにジーンズにスニーカーという、何の変哲も無い物だった。
だが、こっちに来てからは、ブーツにぶかっとしたズボン、そしてだぼだぼのシャツとコート。
……だぼだぼ、か。
幼女に、だぼだぼシャツ……。
ハッ!
「カレン、腰巻きと服だけじゃなく、こっちも買ってあげる」
俺はシャツと綾織服地のショートパンツを手に取り、カレンに渡した。
そして、店内にあるたった一つの試着室で、カレンに着替えるように言った。
俺は布と肌がこすれる音に耳を澄ませながら、カレンが着替え終わるのを待った。
「……シャルルお兄さん、これ……大きすぎ、ます」
「いや、とても……最高だ……。最高だけど、腰巻きと服を着なさい……」
「……はい」
俺は感動していた。
ここまでの破壊力があったとは。
カレンの格好はダボダボとしたシャツのおかげで、ショートパンツが隠れてしまっていた。
そのせいで、カレンはまるで、ダボダボシャツを一枚着ているだけの幼女になってしまうのだ!
素晴らしいが、あんな姿で町中を歩かせるわけにはいかない。
俺は吐いた血を拭い、一人、勝ち誇った顔で、カレンを待った。
待っている間に、会計は済ませておく。
次にカレンが出てきた時、彼女は綾織りのスカートと、白地の開襟シャツという、現代の女学生スタイルだ。
これはこれで、最高だ。
素晴らしいね。
「……こしまきの、下に……短いの、履いたら……すーすーしない、ですね」
「そっか。カレンは賢いなぁ」
店を出て、カレンの頭を撫でる。
スカートの下にショートパンツを履いたらしい。
まぁ、正しい選択だな。
どこかのお姉さまみたいに、自販機にキックを食らわせる娘には育ってほしくないものです。
「……この、履き方……知って、ました……から」
「え? 腰巻きの下にズボンを履くのを?」
「はい……」
「誰に聞いたの?」
「……聞いて、ません……ずっと、知ってました……」
ん? どういう事だろうか。
「色々、知ってる、んです……昔から、ずっと……」
「知ってる?」
「……はい。皆の、知らない言葉、とか……知識、とか……」
「例えば?」
俺が聞くと、カレンは少し考えてからこう続ける。
「くりーむしちゅー……」
それを聞いた時、俺の中で時間が止まった気がした。
この世界では、英単語を聞かない。存在もしない。
ギルドも『協同組合』だし、パーティも『党』だ。
だから、人と話す時はなるべく英単語を口に出さないように気を付けていた。
口が滑りそうになって協同組合をギルドって言いそうになった事もあった。
だが、カレンは英単語を発した。
彼女は『クリームシチュー』と言ったのだ。
この世界にないはずの言葉を。
それが意味する事は、まぁ、そういう事だ。
「カレン、日本を知ってる?」
「えっ」
いつも物静かなカレンが、驚いた声をあげた。
目を見開いて、手を震わせている。
「な、なんで……お兄、さん……」
「知ってるんだな?」
「……はい」
だそうだ。
なら、答えは一つだ。
彼女は俺と同じ――違う世界から来た者だ。
 




