ネトゲはソロじゃつまらない
数日後、ギルドに赴いた俺は、パーティに誘われた。
魅人、駆人、竜人と空人の四人のパーティだ。
ちなみに、この世界でパーティは『党』という。
党は、同じ階級の者同士でないと組めない。
だが、魅人の男が突然『お前、一級だろ?』と聞いてきた。
隠すことでもないので『はい』と答えると、仲間を引き連れて俺を勧誘した。
俺は最初、断ろうかと考えたが、これも経験の内だと思い、承諾した。
「駆人のケイっス!」
「魅人のアランだ」
「空人のダモン」
「竜人のルーカスだ! よろしく!」
俺の承諾を聞いた四人の男が名乗った。
茶髪の体育会系の男がケイ。
金髪の爽やかな男がアラン。
薄茶髪の無口そうな男がダモン。
そして、赤毛のボディビルダーの様な男がルーカスだ。
「人間のシャルルです。よろしくお願いします」
俺はフードを外すことも無く、挨拶をする。
ケイ、アラン、ダモン、ルーカスの順に握手を交わすと、早速酒場に連れられた。
酒場にはあまり人がいない。
昼過ぎだからだろう。
昼から飲む奴なんて飲兵衛ぐらいだ。
「歓迎会は明日の夜だ。今はシャルルについて聞こうじゃないか」
皆がテーブルに着いてすぐ、アランが切り出した。
まあ、知らない奴とは組みたくないだろうし、当然だろう。
「僕の事と言っても、話すことなんてあまり無いですよ?」
「それでも良い」
「分かりました、では……」
俺は五歳より前の記憶が無く、殺されかけた時に師匠に出会って、修行をしながら旅をして、独立してから一級冒険者になった事を話した。
孤児院や獣人の森の話、それとエヴラールの名前は伏せた。
向こうが俺の事を知らなかった様に、俺もこいつらの事を知らない。
まだ、探り合っている感じだ。
剣術と魔術が使える事も話した。
趣味は魔術で人形を作ること。
好きな食べ物はたくさんあるので伝えなかったが、嫌いな食べ物は花野菜と答えた。
花野菜とは、ブロッコリーのことである。
将来の夢は色々あるから省略すると伝えた。
「今度は、皆さんの事を聞かせてください」
俺の言葉に四人が頷いて、アラン、ケイ、ルーカス、ダモンの順に話をした。
アランは剣士で、現在二十三歳。冒険者は十二歳から始めたらしい。
普通の家庭で育って、十四で独立。
その後は色々な人とパーティを組んで、一級まで上ったそうだ。
他の三人とパーティを組んだのは、四年前らしい。
ケイは戦士。
十九歳、冒険者は十歳から始めた。
冒険者を始めると同時に独立。
アランと出会うまではソロだったそうだ。
ルーカスは剣士。
二十六歳、冒険者は十二から始めた。
独立は十歳で、ケイと同じ。
ルーカスも、アランと出会うまではソロだったらしい。
最後は、ダモン。
ダモンも剣士で現在二十二歳。
冒険者は十五から始めた。
最初はパーティを組んでいたが、アランの方に移ったらしい。
「よし、こんなもんだろう」
ダモンが話し終えた後、アランが手を叩いて、何時の間にか頼んでいた骨付き肉を齧った。
俺の前にも、肉が置かれている。
話に夢中になっていて気付かなかった。
「この後は仕事に行こうと思う。どうだ?」
「いいんじゃないっスかね」
「そうだな、シャル坊の力も見てみたいし」
「異論はない」
アランの提案に、他の三人が賛同の声をあげる。
ていうか、ルーカスの奴、早速俺の事をシャル坊とか呼びやがった。
そんな風に呼ばれたのは何年ぶりだろうか。
「シャルは、異論あるか?」
シャルって、略された。
まあ、いいけど。
「遠征じゃなければ、無いです」
「安心しろ、日帰りだ」
良かった。
遠征は駄目だ。
スラムの人たちに会いに行けなくなる。
「で、どんな依頼を受けるつもりですか」
「ホブゴブリンの群集を、俺達五人だけで殲滅する」
ホブゴブリンの群集、か。
王都の近くに湧くなんて、珍しいこともあったもんだ。
「何体ぐらいいるんでしょうね」
「さあ、依頼紙には五十以上見たと書いてある?」
「五十……?」
異常だな。
ホブゴブリンは群れをつくっても少数だ。
五十なんて、普通じゃない。
「シャル、いけるか?」
「いけますよ」
「ほう」
俺が即答すると、アランが口角を釣り上げた。
「よし、決定だ。今から行くぞ!」
アランがテーブルに代金を叩きつけて言うと、他の三人も「おう!」と返事をした。
すると、四人が俺の方に視線を向けてくる。
お前も掛け声上げろって事か。
仕方ないな。
「おう!」
――――――
五人で酒場を出た後、俺達は王国を出て、王国の東隣にある平原で寝転がった。
しっかりと整備されているのか、芝生はあんまり伸びてなくて、寝心地は良い。
芝生の上で寝るのは、本当に気持ちいい。
獣人の森に行ってから日向ぼっこも趣味の内になった。
「あ~、気持ち良い、眠い。ですけど、何で俺達は寝てるんですかね、アランさん」
「待ち伏せだ待ちぶせ。あいつら森にいるってんで、こっちにおびき寄せてんだよ」
アランが言うには、森で戦うのはちまちまして面倒だから、平原に出てきたとこを五人で潰すらしい。
ホブゴブリンホイホイだ。
「おっ、早速来たっスよ」
視力の良いケイが、ホブゴブリンの姿を捉えたようだ。
ケイの声を聞いた全員は起き上がって、戦闘の準備を始める。
俺は二本の剣を引き抜き、軽く振って、準備運動をする。
アランは背中に差している長剣を抜いて、横に構える。
ルーカスは大剣を地面に刺して、仁王立ちをしている。
ダモンは羽を使って、俺達の上空を飛び回っている。
ケイは武装をしていない。
動きやすそうな格好ではあるが。
俺が準備運動を終えた頃、ホブゴブリン達との距離は500メートル程に迫っていた。
すると、俺以外の四人が、群れに向かって切り込みに行った。
「えっ?」
一人置いてかれた俺は、間抜けな声を漏らしてしまった。
アランが手で、『来い』と合図を出している。
俺は剣を両手に群れに向かって走りだした。
走っている間に、勝手に陣形が出来た。
五人で広い『Y』の字を作っている。
右にルーカス、左にケイ、上空にダモン、真中にアラン、そしてアランの後ろに俺だ。
ホブゴブリン達との距離はどんどん短くなっていく。
そして、数十秒して、ケイとルーカス、それとダモンがホブゴブリン達と接触した。
ルーカスは大剣を振り回し、ケイが脚だけで敵を倒していき、ダモンは剣を刺す。
振り回された大剣は、ホブゴブリン共の体を切り裂き、真っ二つにする。
地面に残るのは、多数の上半身と下半身。
ケイの方は、派手とはいえないが、それでも倒し方が刳い。
脚で頭をふっ飛ばしたり、胸に窪みを作ったりして倒している。
ダモンは上空から頭を刺したり、切り裂いたりして、脳漿をまき散らす死体をつくる。
俺がケイとルーカスを観察している間に、アランがホブゴブリンと接触した。
ムダのない動きと剣捌きで、敵を綺麗に倒していく。
綺麗と表現したのは、ルーカスやケイがする様に、死体の損傷が大きくないからだ。
胸や頭を一突きにしたり、喉を的確に、流れるように切り裂いて行ってる。
涼しい顔でやるもんだから、数に威圧されたりしてないんだろう。
だから、ここまで余裕があるんだ。
なら、余裕のある俺も真似してみようじゃないか。
そう思って、アランの様にやろうとするが、走りながら、間合いを取りながら、後ろと横に気をつけながら流れ作業をするのは、意外と難しい。
ホブゴブリンだって素手じゃないし、攻撃して来ないわけじゃないんだ。
そして気になるのが、時々アランが俺をちら見してくる事だ。
こいつ、試してるな。
「チッ」
少しムカついて、思わず舌打ちをしてしまった。
「――っしゃ!」
気を取り直して、俺はホブゴブリン達の急所を狙って剣を振るう。
喉、腕、腕、肩、頭、喉、腹、肩、喉、腕。
六回急所を外して、殺し損ねた。
感覚を掴んでいけばいい。
大丈夫だ、落ち着け。
喉、喉、肩、腕、肩、腹、頭、腕、腕、胸。
また、六回も急所を外した。
その次も、その次も、四回以上の当たりが出ることは無かった。
難しいな。
「シャル!」
そんな時、アランが俺の名を呼んだ。
そして、剣を振りながら俺にこう言った。
「殺すことを躊躇うな! 剣で肉を切る感触に恐れるな! 青臭いガキに冒険者は務まんないぞ!」
躊躇う? 恐れる? ハッ!
冗談抜かせ、俺は恐がってねえよ。
とうの昔に、この世界ではこういうもんなんだって割り切ってるよ。
……ったく。
「そんな事分かってますよ!」
「そうか! がんばれよ! 後輩!」
……へいへい、頑張りやすよ、先輩。
そう心の中で返事をした後、俺は剣を握り直す。
そして、また、剣を振るった。
喉、喉、喉、頭、腕、頭、胸、肩、喉、肩。
今度は三回のハズレ。
再度、剣を振るう。
頭、頭、肩、喉、胸、喉、喉、腕、頭、頭。
今度は二回のハズレだ。
……認めるのは悔しいが、俺は少しばかり躊躇ってのをしていたらしい。
魔術だと、遠くからだったり、自分で感触を味わうわけじゃないから直ぐに殺せるのだが、剣となると、肉を切り裂く感覚を剣伝いに味わう。
だから、俺も心の何処かで躊躇していたんだろうな。
元は、俺だって、日本という平和ボケした国に暮らしていた一人の社会人にすぎない。
『殺す』という行為に躊躇していたのは、仕方がないことだろう。
まあ、魔術で殺ってる時点で、純粋な常識人という訳でもなかったのだろうな。
だから、アランの一言で、躊躇いを払う事ができた。
――――――
三十分程、ぶっ続けで剣を振り回し続けて、ホブゴブリンの群れの殲滅に成功した。
エヴラールに体力トレーニングを散々されたせいか、あまり疲れてはいない。
それでも、手は震えている。
自分では分からないが、精神的に疲れたんだろう。
ここまで長時間、魔物を殺し続ける事はなかったし。
いや、孤児院にいた頃は三十体以上の魔物狩りをしていたんだが、あれは休みも入っていたし、魔物に囲まれた状態じゃなかった。
それに何より、今まで狩りはほとんど魔術で行っていた。
ヴェゼヴォルにいた頃に相手にした魔物は剣で相手したのだが、一日に数体会うか会わないか程度だったからな。
「シャル、おつかれ」
「お疲れ様です、アランさん」
死体で埋まった芝生に座り込んで、一休みしていた俺の肩にアランが手を乗せた。
「疲れたか?」
「体力的には全然」
「体力的には、か」
そう言うと、アランは俺の隣に座った。
他の三人といえば、ホブゴブリンの死体を集めている。
まとめて燃やすんだろう。
肉食の魔物をおびき寄せてもいけないからな。
「そういえば、シャル。どうして魔術を使わなかった? 使えるんだろ?」
「まあ、使えますけど……使うとつまらないから、ですかね」
「つまらない?」
「はい、五十体ぐらいなら、直ぐですよ」
これは本当だ。
ホブゴブリンはドラゴンの様に硬い鱗を持つわけでも、強大な力を持っている訳でもないから、巨大な岩を何個か降らせればホブゴブリンハンバーグでも出来るだろうな。
「ったく、『つまらないから』ってだけの理由で無理してたのか?」
「無理なんてしてません」
「はっはっ、嘘いえ。手が震えてんじゃねえか」
「む……」
腕を組んで隠していたつもりだったが、アランには分かるようだ。
ったく、困った困った。
「ていうか、アランさんこそ、何で風魔術を使わなかったんですか?」
魅人は風魔術を得意とする種族だったはずだからな。
「ん? それじゃあ――」
アランは何時もの爽やかな顔で、こう続ける。
「つまらないだろ?」
 




