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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第五章『愛情』
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得がなくてもやりたいならやる、そう決めた

「おいガキィ!」


 俺に向かって怒鳴るのは、俺がスラム街に来た時に俺に注意を促した大男だ。

 大男はズカズカと俺に向かって歩いてくる。

 拙い、トラブルだ。

 漫画ではない、いざこざの方だ。


「何でしょうか?」

「何でしょうかじゃねえぞ! これは何の真似だ!」

「配給、ですかね」

「ふざけんな!」


 土台に立つ俺の胸ぐらを大男が掴んだ。

 まぁ、土台に立っていても、大男と同じくらいの高さにしかなっていなかったし。


「最初に言ったはずだ、此処にいる奴等に手を出すなと……!」

「手は出してませんよ。僕が投げた物を、彼らが受け取っているだけです」

「だから! それに毒とかが入ってる可能性もあるって言ってんだ!」

「無いですよ。なら、僕が目の前で毒味しましょう」


 俺は林檎を一つ手に取り、丸かじりした。

 噛んで、飲んで、全部食べ終えた頃、大男は俺を手放す。


「悪かった……」

「いえ」

「貧民街でこんな事する奴見たの、初めてだからよ」

「そうなんですか?」

「得のねぇ事は、誰もしねぇ」


 なるほど。

 ボランティアなんて、自分に利益が無いから糞食らえってか。

 俺だって、前世ではボランティアなんてガキの頃したぐらいだ。

 それか、鬱っぽくなった時に、海岸のゴミを拾ったりとか。

 でも、やりたい事はやると決めた今、ボランティアぐらいしようと思える。


「僕は得、ありますから」

「……何だ?」

「子供たちが、盗みをしなくなる。それだけで、俺の心は晴れます」

「プッ、ダッハッハッハッハッ! 面白いガキだな!」

「良く言われますよ、面白い事なんて言ってないのに」

「良く言われるだろうよ、お前は。まあいい、俺にも林檎、くれるか?」

「どうぞ。薫製や野菜も、水もあります。欲しい人は来るように声を掛けてくれませんか?」

「じゃあ、薫製と水を貰う。欲しい人、そりゃあ全員だろうよ」

「どうぞ。全員分あると思いますよ」


 俺は予め作っておいた湯のみに、水を注いで、大男に手渡した。


「ありがとよ」


 大男は礼を言って、周りの呼び掛けを始めた。

 人はどんどん集まり、俺の動く手も早まる。

 水を一々渡すのが面倒なので、水桶に水を溜めて、コップを作れるだけ作っておいた。

 掬って飲んでください、ってね。


 俺の買った食料は、どんどん消えていく。

 果物も野菜も薫製も、なくなっていく。

 水は俺の魔力に依存しているので、当分尽きることはない。


「よし、あなたで最後ですね」


 最後に俺から食べ物を受け取った少年は、俺に礼を言って去っていった。

 どうやら、全員に配り終えたようだが、食料は少しだけ余った。


「皆さん、これ、あげます。食べて下さい」


 俺はパンと蜜柑とトマトだけを取り、手押し車を放置した。

 皆が俺に礼を言って、頭を下げる。

 俺はパンを食べながら、マリアのテントへ向かう。


「マリアさん、全員に配ってきました」

「おいで」


 テントに入った俺に、マリアが手招きをした。

 俺が近づくと、マリアは床を叩いて、座るように促す。


「えらいね……」


 マリアは柔らかい声で、そう言って、俺の頭を優しく撫でる。


「でも、こういうのは、今日だけ。良い?」

「何故です?」

「此処の人たちは、此処の人たちの力で生きていかなきゃいけないから」

「……ですが」

「子供たちに盗みをしないよう、ちゃんと言っておくから」

「……分かりました」


 ここまで言われては、仕方がない。

 それに、マリアに逆らえるとは思ってない。


「でも、困っている人がいたら、助けるのよ? 私も、シャルルが困っている時は助けるから」

「はい」


 俺が返事をすると、マリアがまた、俺を抱きしめた。

 マリアの腕の中は、心地が良い。

 徐々に眠くなってくる。

 眠気が深くなっていく俺の耳に響くのは、マリアの優しくて温かい歌声だ。

 俺はマリアの腕に抱かれながら、意識を手放した。




――――――




 翌朝、俺は習慣となった早起きのおかげで、早朝に目を覚ます。

 体を起こして、苦笑する。

 どうやら、俺達は川の字で寝ていたようだ。

 カレンが、俺とマリアの間で静かな寝息をたてて寝ている。

 俺は二人を起こさないように、静かに立ち上がって、寝ている間に外されたであろう俺の側にある剣を手に取る。

 昨日は水浴びして無いから、しないといけないな。


 俺はテントを出て、朝の澄んだ空気を吸う。

 数度の深呼吸の後、表通りに出て、準備運動の後にランニング。

 素振りと筋トレを済ませた後は、獣人の森で体術を習った頃にやれと言われたストレッチをする。

 もうストレッチというか、瑜伽だけどな。


「さて、宿に戻ろう」


 呟いて、宿の方へと歩を進める。

 宿のおっちゃんは早起きで、俺の姿を見かけると、挨拶をしてくる。

 俺は爽やかに挨拶を返すと、部屋に戻ってタオルと着替えを持って、おっちゃんとの交渉へGOだ。


「オッチャン、裏庭使わせてもらってもいいですか? 貸し切りで」

「銀貨一枚」

「大銅貨五枚で勘弁」

「金持ちのガキがなーにケチってんだ」

「ガキから金を巻き上げるのもどうかと思います!」

「しゃーねー、大銅貨七枚だ」

「かしこまりー」


 俺はポケットから大銅貨を七枚取り出し、おっちゃんに渡した。

『たかが大銅貨二枚の差、何が違うんだ。たった二百円だぞ。コンティニュー二回しか出来ねぇじゃねえか』と、そう考える人もいるかもしれない。

 だが、考え方がダメだ。


 この世界においては、二百円の価値は『う○い棒二十本』になる。

『どっちも同じじゃねえか』と、そう考える奴もいるだろう。

 だが、考えてもみたまえ。

 同じ値段のパンツでも、女の子の履きたてと洗いたてじゃ、価値が変わるんだ。

 分かるか? う○い棒二十本とコンティニュー二回では、値段が一緒でも、価値が違うんだよ!

 何が言いたいかというと、こっちは物価が安いから二百円も中々大きな金だって事だ。

 小食な人なら、一日二百円で朝と晩の飯が食えるんだ。


 お金の話は終わりにしよう。

 裏庭に通された俺は、魔術を使って、人が三人寝れる程の幅と長さ、そして膝下の高さの穴を掘る。

 石で穴の底と側面、それと周りを固めた。

 そして、火と水の混合魔術で、お湯を作り出す。

 イメージとしては、四十度のお湯だ。

 お分かりいただけただろうか?

 そう、お風呂である。

 俺は全裸になって、湯に浸かった。


「あぁぁぁ~」


 生き返るわ。

 心の中で呟き、空を眺める。

 青くて綺麗な空だ。

 アダムに初めて会った時を思い出す。

 あいつは元気にやってるだろうか。

 それとも、退屈しているだろうか。

 案外、あの空間からこっちが見れたりして。

 ていうか、神様の補佐なんだからそれぐらいは可能だろうな。


「オッチャァァン!」

「なんだよ! 朝だぞ! うるせえな!」

「来てみてくださいよ~!」

「ったく……」


 不満そうな声を漏らす割に、こちらに来てくれるオッチャン。

 宿のおっちゃんはいい人ばかりだ。


「な、なんじゃこりゃ」

「お風呂ですよ、オッチャン」

「知ってるよ」

「入りますか、オッチャン」

「でもなぁ、これから客来るからよぉ」

「受付は娘さんに任せれば大丈夫ですよ、オッチャン」

「おお、その手があったな」


 おっちゃんは掌をぽんと叩いて、宿の方へと戻っていった。


『おーい! 受付任せていいかー?」

『はァ? 自分でゃれょ!』

『小遣いは弾むぞ』

『マヂィ? ぢゃあ、やっちゃぉぅヵな』

『頼んだ』


 オッチャンとオッチャンの娘との会話が聞こえる。

 吸血される様になってから、魔力を体に巡らせなくても五感が鋭くなった気がする。

 耳だけじゃなく、目も凝らせば凝らすだけ、よく見えるし。


「よし、来たぞぉシャルル」

「いらっしゃいませ~」


 おっちゃんは早速、全裸になって湯に浸かった。


「あぁぁぁ~」


 やっぱりオッサン同士、同じような声を漏らす。


「どうです? 風呂は」

「何年ぶりだろうなぁ、最高だなぁ」


 この世界の人は、お湯に浸かる事をしない。

 しても、貴族の方々の娯楽や趣味の一部だ。

 凡人に浴室を作るなんて勿体無い事は出来ないし、誰もが混合魔術を使えるわけじゃない。

 俺は無詠唱で出来るから、問題ないが。


「いやぁ、シャルル、おめぇ魔術が使えたのか」

「はい、使えますよ~」

「へ~、そりゃ便利だろうなぁ」

「便利ですよ~」


 俺達二人共、気の抜けた声で会話をしている。

 やっぱり風呂はいいな。

 最高だ。




 そして、結構な時がたった。

 ……まぁ、結果だけを伝えよう。


 のぼせた。

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