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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第五章『愛情』
36/72

大人だからこそ、恋しいのだ

 翌日、俺はトレーニングの後に、スラム街へと足を運んだ。

 通りすがる人に挨拶をしながら、風邪を引いた子のいるテントへと向かった。

 俺が「すみません」と声をかけると、幼女の母は「どうぞ」と言って、俺を招き入れた。

 俺がテントへ入るや否や、幼女の母は頭を下げてきた。


「昨日は本当にありがとう」

「いえいえ、本当に良いんですって」


 お礼を何度もされるのは、あまり好きじゃない。

 なんというか、照れくさい。


 子供の方に目をやると、視線があった。

 幼女は俺をじっと見つめたまま、動かなず、喋らない。


「自己紹介が遅れたわね。私はマリア、この娘はカレン」


 幼女の母、マリアが、優しい声で名乗った。

 ああ、あなたが聖母様だったか……。


「マリアさん、カレンの様子はどうですか? 僕、ちゃんと治せてましたか?」

「見ての通り、もう元気よ」


 マリアはカレンの頭を撫でながら答えた。


「そうですか、安心しました……」


 ほっとして、気の抜けた声が出てしまった。

 うう、カッコ悪い。


「シャルル君は、不思議な子ね」

「何故です?」

「まるで自分の事のような、安心した表情をするんだもの」


 マリアがくすりと笑う。

 えぇ、嘘だろ。

 そんな露骨に安心してたか?

 うわぁ、『クールに去るぜぇ……』みたいに終わらせたかったのに……。


「……ま、まぁ、子供が好きなだけです」

「シャルル君も子供じゃない」


 マリアが楽しそうに笑った。

 その笑顔を見ただけで、俺の心は満たされた。

 良いことをした、という事を実感した気がする。

 それよりも、マリアさんの笑顔は、やばい。

 どの位かって聞かれると、この人の為なら死んでもいいんじゃないかって思えるぐらいに。

 胸が、きゅっとする……。

 もしかして:恋?


「その......ま、まりあさんお礼、が……欲しいです」

「ええ、もちろん」

「……あ、頭を……な、撫でて欲しい、です」


 どもりながら言った要求。

 俺の顔が熱くなるのが分かった。

 マリアは優しく微笑んで、俺の頭に手を乗せた。

 そして、優しく、優しく、撫でてくれた。


「か――っ」


 出そうになった言葉を、飲み込んだ。

 流石に、人の母を『母さん』と呼ぶのは、どうかと思う。

 ていうか、俺はなんてイヤなやつなんだろうか。

 ロリコンでマザコン、酷すぎるだろう。


「シャルル君……?」

「はい?」

「どうして泣いてるの?」


 気付けば、俺は目から酒を流していた様だ。

 自分がマザコンでロリコンという、酷い性癖を知った嫌悪感から来たのか、それとも、ただ、母が恋しいだけなのか。

 俺には分からない。

 けど、俺の目から酒が零れ続ける。

 ああ、クソ、塩っぱい酒だなぁ……。


「うぐっ……うぅ……」


 聞こえたのは、嗚咽。

 ……俺のものだった。


「……よしよし」


 嗚咽を鳴らしながら涙を流す俺を、マリアは優しく抱きしめてくれた。

 優しくて、暖かくて、懐かしい。

 昨日会ったばかりなのに、そんな事を感じてしまう。

 俺はしばらく、涙と鼻水を垂らしながら、マリアの胸で泣いた。




 泣くだけ泣いた後は、恥ずかしくて帰ってしまった。

 それも、逃げるように。

 格好悪いが、俺はまだ子供だし、大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて、その日は寝た。


 翌朝になって、トレーニングをした後、スラム街に戻るかどうか、考えた。

 様子が気になるのと、恥ずかしくて行きたくないのとで、葛藤した。

 結局は、どうしても気になって、行くことにした。

 ここで行かなかったら、明日も、明後日も行けなくなる気がしたからだ。


 真っ直ぐと、マリアのいるテントに向かった。

 名を名乗って、テントに入ってすぐに、俺は頭を下げる。


「昨日はすみませんでした!」


 数秒して、俺の頭に手が乗った。

 誰の手かなんて、すぐに分かる。

 マリアだ。


「顔を上げて。いいのよ、誰でも恋しいものはあるのだから。泣きたい時は、泣けばいいの。我慢してたって、仕方ないじゃない」


 俺は言われた通り、顔を上げた。

 マリアは、優しく微笑んでいた。


「シャルル、私は何時でも、受け止めてあげるから」


 その言葉で、涙がこみ上げてきた。

 だが、二度目は無い。

 俺は我慢した、自分の腿を抓って。


「ありがとう、ございます……マリアさん」

「こちらこそ、ありがとう、シャルル」


 マリアに礼を言われると、何だか照れる。


「……お、お兄さん……ありがと、ございます……」


 俺が口元を押さえてニヤけるのを我慢していると、カレンが怖ず怖ずと礼を言ってきた。


「どういたしまして、カレンさん」

「うん、それじゃあシャルル、自分たちの事を話し合いましょう」


 マリアの提案で、俺達は自分たちの事を話し合った。

 俺は、五歳より前の記憶が無く、エヴラールと出会い、旅をして、孤児院や獣人の森へ行った事を話した。

 カレンは興味津々といった様子で、俺の話を聞いてくれていた。


 俺の次は、マリアが話を始めた。

 マリアは、冒険者をしていた夫を亡くしてから、スラム民になったそうだ。

 詳しい話はあまり教えてくれなかった。

 話したくない事は聞くべきではない。


 カレンはといえば、何も話さなかった。

 始終無言で、話そうともしない。

 ずっとマリアの背中に隠れていた。

 まぁ、彼女からしたら、俺はただの不審者だから仕方がない。


「ごめんね、この娘、人見知りで……」

「いえ、いいんですよ。では、話は後ほど」


 俺は立ち上がって、マリアに一礼する。


「何処へ行くの?」


 テントを出ようとする俺に、マリアが尋ねた。


「用事があります」

「そう、気を付けてね」

「はい」


 俺はまた一礼してテントを出た。

 正午に騎士団本部へ行かなくてはならない。

 何処なのかは知らないが、聞けば教えてくれるだろう。


 俺はスラム街を出て、表通りへと向かった。

 一番最初に見かけた男の人に、道を聞く。


「すみません、騎士団本部は何処でしょうか?」

「あー、あれなら王城の隣だ」

「ありがとうございます」


 俺は礼を言って、客馬車を待ち、王城へと向かった。

 男の言った通り、本部は王城の右隣にあった。

 本部の前にも、番人がいる。

 まぁ、当然だが。


「止まれ」


 本部の前まで歩いた俺に、番人が声を掛けた。


「手首を」


 言われて、俺は手首を見せてやる。

 すると、男は頷いて、「通れ」とだけ言った。

 仕事熱心なのは良いが、時にはヒューモアだって大事なんだぜ。


 俺は本部へ入り、近くにいた人に、ウルスラの居場所を尋ねた。

 どうやら、彼女は副団長室にいるようだ。


 にしても、この騎士団本部、思ったより大きくない。

 区役所と同じくらいだろう。

 もっと立派な物を想像していたがな。

 それに、武器は預けさせられると思っていた。

 本部という場所に、武器を持った人を入れるとか、現代社会じゃ考えられないぞ。


 少し落胆した俺は、案内のもと、副団長室へと足を運ぶ。

 ノックをして、「シャルルです」と名乗ると、ドアはすぐに開いた。


「どうぞ、シャルル殿」


 ウルスラが無表情のまま、俺を招き入れる。

 今は仕事モードか。

 まぁ、部下の前では威厳を保ちたいのだろう。

 彼女にも、立場というものがあるのだし。


 副団長室は、アメリーのいた院長室を一回り大きくした様な部屋だ。

 家具の配置なんかも、ほとんど一緒。


「どうぞ、お座りください」


 部屋を見回していると、ウルスラが促した。

 俺はウルスラと対面するようにソファに腰を下ろす。


「用件はなんですか?」

「早速ですか」

「洒落た冗談でも言ったほうが良かったでしょうか」

「いえ、結構です。こちらも早めに用件は済ませておきたいので」

「僕はもう少しウルスラさんと居てもいいと思っていますけどね」

「う……い、今は勤務中ですので、その……」


 冗談だったのだが、ウルスラは目を泳がせて動揺している。

 意外と初なのか、この人。

 それとも、子供に弱いだけなのか。

 そうすると、彼女はショタコンという事に……。


「まぁ、冗談です」

「……こほんっ、えー、今回の用件は、報酬についてです」


 切り替えが早くて助かる。

 流石は副団長だ。

 後は、俺の言葉に動揺を見せなければ、満点なんだが。


「今回、シャルル殿には、策を提案した分の報酬を加算致します。あの陣形は強力なものでした。あれが無ければ、負けていた可能性さえあったでしょう。ですので、他の方々よりも報酬は高めです」

「それは何だか、ずるい事をしている気分ですね」

「功績を残した者が他の者よりも多く貰うのは、当たり前の事です。『自分だけ』と心配しておられるのであれば、気にしないでください。他にも、盗賊を狩った人数が多い者等に高めの報酬を与えるつもりですので。まあ、シャルル殿の報酬が一番高くなる事に変わりはありませんが」


 実績をあげた者が、実績の分だけ褒美を貰える。

 何処の世界でも変わらないな。


「ちなみに、どれくらいでしょうか?」

「金貨五百枚になります」

「ご、五百……」

「はい。今回の依頼は、死傷者が把握しきれない程出ました。それだけ難易度の高い依頼でしたので、このぐらいには成りますでしょう」


 五百万円。

 この世界においては、高い。

 日本では、『百万なんて一ヶ月で無くなるんだよ』と言われているが、この世界で万の単位は大きい。

 ドラゴンを売った時のお金とも合わせて、俺の預金額は金貨千七百枚になる。

 買いたいものを、買いたい放題だ。


「それから、魔術無効化鎧の盗賊を捕えた報酬も御座います」

「ああ、あれですか……」


 俺が剣術で倒した、魔術を無効化する黒鎧を着た奴だ。

 俺が倒したから俺が報酬を貰うのか。


「こちらは懸賞金の掛かっていない盗賊でしたので金貨二百枚になります」

「分かりました」


 懸賞金が掛かっていなくても二百枚か。

 それだけ強い奴だと判断されたんだな。

 実際、そこまで強くなかったのだが。


「冒険者協同組合への預金額への追加という形で問題無いですか?」

「はい、寧ろそれがいいです」

「畏まりました。本日中には、振込が終わるかと」

「本日中って、随分と早いですね」

「はい、我々は……金持ちですので」


 ウルスラが苦笑気味にそう言った。

 彼女の性格上、堂々と言えることでもないんだろうな。

 俺だったら『富豪ぞ? 我、富豪ぞ?』とか言うかもしれないが。


「なるほど、分かりました。では、宜しくお願い致します」

「はい、お任せ下さい」


 俺とウルスラは立ち上がって、握手を交わした。

 予想外の柔らかさに、思わず俺の口元が緩む――のと同時に、ウルスラの口元も綻んだ。


「し、失礼しました」


 ウルスラが口元を隠して謝ってきた。

 顔は真っ赤になっている。


「いえ、良いんですよ。ウルスラさんの手も柔らかくて、温かかったので」

「そ、そうですか……こほんっ、それでは、また何時か逢う日を楽しみにしています」


 ウルスラが軽く頭を下げた。

 俺も頭を下げて、副団長室を出る。




 市場へと戻ってきた俺は、食べれる物を大量に買った。

 魔術で手押し車を作って、そこに食料を積み上げて、運んでいる。

 向かう先は、スラム街。


 子供たちが盗みを働いている事から、食べ物は盗んでいる物がほとんどなのだろう。

 畑をつくれる環境でもなかったし。

 それに、スラムを見て回った時も、畑らしき物は見当たらなかったからな。

 きっと、余計なお世話だとか、色々言われるに違いない。

 でも、俺は助けてやりたい。

 子供が盗みなんて、俺が現代人だったから『いけない事だ』と感じているだけで、きっと、この世界でスラム街の子供が食べ物を盗むのは『普通』なんだろう。

 だから、俺のやっている事は、お節介だ。

 悪く言えば、迷惑だ。

 だが、やっぱり子供に盗みなんて、して欲しくない。


 そんな事を考えながら、スラム街に到着した。

 まだ、配ったりはしない。

 まずは、マリアに相談だ。

 彼女が止めてと言うのなら、俺は止める。


「いいんじゃないかしら、皆喜ぶと思うわ」


 だが、マリアがくれた答えは肯定的なものだった。

 そんなマリアに、食べたいものを聞いた。

 マリアは柔らかい笑顔で、「麺麭と林檎を二つ、お願いできる?」とオーダーした。

 俺は注文通り、テントの外に置いてある手押し車から取った麺麭と林檎をマリアに手渡す。


「もう一つは、カレンにお願い」

「分かりました」


 もうワンペアは、カレンに渡した。


「……ありがと、ございます」

「いえいえ。水も飲みますか?」

「……は、はい……お願い、します」


 俺は頷き、魔術で湯飲み茶碗を作り出し、そこに魔術で水を注ぐ。

 水魔術の水が飲めることは、検証済みだ。

 味は、水道水。


「マリアさんも如何です?」

「お願いします」


 マリアにも同じ様に、水をあげた。


「では、僕は中央にいますので、まだ欲しかったら来てください」

「分かったわ」


 俺はテントから出て、手押し車をスラム街の中央まで押した。

 魔術で土台を作り、小さい背をカバーする。


「らっしゃっせー! シャルル商店っせー! 無料っせー!」


 俺が魔術で作ったメガホンで、人が集まるように声をかける。

 が、皆不審がって近寄ろうとしない。

 仕方がない。


「へい! そこの兄ちゃん! 林檎いりゃっすかー? へーへー、どーぞー!」


 俺は横を通り過ぎた男に、林檎を投げ渡した。

 次はあそこのオジサンに。

 そして、お姉さんに。

 通りゆく人たちに、食べ物を渡した。


「おいガキィ! 何してる!」


 いくつか目の林檎を投げた時、俺に向かって怒鳴る声を耳にした。

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