よろしい、ならば戦争だ・後編
俺の腕を切り落としたのは、敵の盗賊だ。
反った剣で、俺の左腕を切ったのだ。
俺は激痛に表情を歪めていることだろう。
上腕から下は地面に転がっている。
「いてぇ……!」
俺は、俺の腕を斬り落とした盗賊を睨みつける。
右手に一つの弾丸を形成、そして発射。
弾丸は奴の胸を貫き、奴は倒れる。
「……ん?」
左腕を確認すると、元通りだった。
袖は無いのだが、腕がちゃんとある。
先ほどまで地面に転がっていた腕は、消えていた。
……まぁ、あれだ。
吸血された時の副作用だ。
そういえば、今の俺は腕一本持って行かれても、元通りになるんだった。
突然の出来事に忘れていました、てへぺろっ。
しかし、治ったは良いにせよ、俺が腕を切られて、痛みを味わった事に変わりはない。
俺の油断が招いた事だ。
戦において、気を緩める事で死する事もありうる。
次からは気を付けなければならないだろう。
これは今回の反省点だ。
俺は立ち上がって、戦闘に参加する。
銃弾を作って放つだけの、単純作業。
それでも、助けになるのだから、無駄ではない。
――――――
空が完全に橙色に染まった頃、戦は終わりを告げる。
敵の軍に立ち上がる者がいなくなった。
つまり、俺達は勝利したのだ。
だが、まだ気を抜いてはいけない。
不意打ちとかもあり得るのだから。
とりあえず、俺達奇襲部隊は、後方へと下がる。
本隊に合流して、騎士団長の決断を耳にしなくてはならない。
戦闘に参加した部隊を撤退させ、他の部隊に警戒網を巡らせて任せるのが、俺的にはありがたいのだが。
「シャルル殿、お疲れ様でした」
「おお、ウルスラさん、昨夜ぶりだというのに、懐かしい感じがします」
「私もです」
本隊と合流し、ウルスラと挨拶を交わした。
ウルスラは断りなく、俺の頭を撫でている。
そんなに気に入ったのかね、この娘は。
「して、今後の事ですが……一先、戦闘に参加した方々は休ませ、他の者達に警戒を任せるという事になっています」
「わかりました」
俺の望み通りだ、ありがたい。
「シャルル殿もお休みになられてください」
「では、お言葉に甘えて、失礼します」
「ああ、シャルル殿、三日後の正午に騎士団本部への訪問をお願いしてもいいですか? 本日、戦闘に参加した皆さんに声をかけますが」
「もちろんです。では」
俺は頭を下げてから、王国へ戻る事にした。
正直、疲れている。
魔力はまだ残っているのだが、精神的に来るものがあった。
早く宿に戻って寝たい、そんな気分だ。
宿に戻った俺は、水浴びをした。
『水浴び』と一言で片付けていた事だが、説明すると、魔術でお湯を作って、桶にためて、体を流している。
普通は水しか使わないのだが、俺の場合は無詠唱ですぐに出せるので、こっちの方が良い。
自分の家を買う機会があれば、風呂場とかも作ってしまおう。
宿に風呂は無いからな。
水浴びを終えた俺は、髪を温風で乾かして、ベッドに倒れ込んだ。
剣の手入れは明日の朝やろう。
にしても、あの鎧の男は固かったな。
もっと他に、スムーズに倒せる方法があったかもしれない。
俺は、今日の出来事を振り返りながら、眠りについた。
翌朝、怠い体を起こして、トレーニングに出た。
いつもよりは軽めのトレーニングだ。
あまり頑張り過ぎるといけないからな。
確か、ウルスラに呼ばれたのは二日後だったか。
それまでは特に用事があるわけじゃない。
街を適当にぶらつこう。
そう思って、俺は着替えて宿を出た。
街を歩いていて、思い出した。
スラム街の事を。
半年前、子供を追いかけて、偶然立ち入ったスラム街。
今はどうなっているのだろうか。
気になって、俺はスラム街へと歩を進めた。
細い裏路地を抜けて、光のある方へと出る。
そこには、前にあった光景が映っていた。
開けた場所で、左右に真っ直ぐ道があって、道端に数多のテントが並んでいる。
人の数は多く、皆布切れの様な服を着ている。
俺は唾を飲んで、スラム街を見て回る事にした。
スラム街といえば、暗い雰囲気があるイメージだったのだが、意外にも楽しそうだ。
子供たちは遊びまわっているし、大人たちも笑い合って、談笑したり、トランプをしたりしている。
皆、体は汚れているが、楽しそうだ。
「おい、ガキ、何処から来た、何しに来た。ここはお前の来るような場所じゃねえぞ」
周りを見ながら歩いていると、一人の大男が俺の目の前に立った。
「いえ、少し、散歩をしていただけです」
俺が答えると、大男は眉を顰めた。
「こんな場所を散歩たぁ、物好きな奴だな。それとも、ここにいる奴等を馬鹿にしに来たのか?」
「馬鹿に? いえ、違いますよ。世間知らずのクソガキが、世間を知るために国を歩き回っているだけです」
「プッ、ハッハッハッハッ! そうか、そうか。まぁ、好きなだけ観て行きな」
大男は友好的な笑顔から、威圧するような表情になり、「だが」と付け加えた。
「ここにいる奴等に手を出した時には、クソガキだからって容赦はしねえぞ」
「承知致しました」
俺が頷くと、大男はテントの中に消えた。
まぁ、元々、人をいじめる趣味なんてないし、馬鹿にするほど性格は悪くない……と思いたい。
「とりあえず、端から端まで回ってみるか」
呟いて、歩を進める。
俺がそんなに珍しいのか、道行く人が俺を見てくる。
居心地はあまり良くないが、視線には慣れている。
「――けほっけほっ」
ふと、俺の耳に、子供の咳き込む声が聞こえた。
咽るとか、そういうのじゃない。
聞いたことのある、嫌な咳だ。
風邪や、そういう部類のもの。
だけど、この世界において、風邪を引いて咳き込むのを耳にするのは、珍しい。
風邪なんて、治癒魔術で治せてしまうからだ。
早計な気がするが、スラム街という事もあるし、医者にも魔術師にも頼れないのかもしれない。
どうしても気になるので、咳のするテントの方へ向かった。
「あの、失礼します」
「……何方ですか?」
テントの中から、女性の声が聞こえた。
咳をしたのは、子供だ。
おそらく、この女性は子供の母だろうな。
「何方か、と聞かれれば……そうですね、通りすがりの冒険者です。少し気になる事があるので、入っても宜しいでしょうか?」
「……どうぞ」
許可を戴いたので、俺はテントの中にお邪魔することにした。
テントの中には人物が二人。
一人は茶色の髪の毛の、少し窶れている女性。
一人は黒い髪の毛の、苦しそうに毛布の上に寝ている幼女だ。
女性は病気の子供の手を、固く握っている。
「……どうも、初めまして、シャルルです」
「どんな人かと思えば、小さな冒険者だったのね」
優しい声が、俺の耳に響く。
こんな所にも母性溢れる人が……辛いよぉ。
「は、はい、すみません、いきなりお邪魔して」
「いいのよ。それで、どんな用なの? シャルル君」
うっ、声を聞く度に胸が苦しくなるん。
リアナの方が膨よかだが、こちらの女性は何かでリアナを越えている。
「せ、咳をするのが聞こえまして……それで、不可解に思ったんです」
「うーん……ほら、こんな場所でしょ? 頼れる物も人も無いの」
女性が笑顔で答えた。
まぁ、予想通りといった所か。
「少し、見せてもらってもいいですか?」
「でも、あまり近づくと移っちゃうかもよ?」
「大丈夫です」
「そう、貴方が大丈夫ならいいけど」
との事なので、俺は苦しそうに寝転ぶ幼女に歩み寄る。
額に触れ、思わず手を引っ込めてしまう。
思ったよりも重症だ。
汗も滝のように流しているし、息も荒い。
これをエロいと言う人もいるだろうが、実際目の前にすると、どうにもそうは思えない。
俺はもう一度、額に触れて、治癒をかける。
徐々に、幼女の息は整っていく。
熱も引いていくし、このままかけ続ければ、大丈夫だ。
「お、母さん……」
幼女が声を発した。
吐息と咳以外の声を、初めて聞いた。
俺の治癒はちゃんと効いているようだ。
幼女の母は、目を見開いて、驚いている。
目尻に涙をためて、娘の手をぎゅっと握る。
「よし、後一日もすれば、良くなるとは思います」
俺は額から手を離して、茶髪の女性に告げた。
「シャ、シャルル君……こ、このお礼は、一体、どうすれば良いのか……感謝してもしきれないわ」
「お礼はいりません。僕は手を添えて、魔術を使用しただけです。まだ治ったという保証もないですから」
「いいのよ……ありがとう、ありがとう」
茶髪の女性は、涙を流して、お礼を言った。
うーん、こういうのは苦手だ。
俺はやりたいようにやっただけだし、むしろ助けさせてくれた事に感謝だ。
俺に幼女は見捨てられないのさ。
「では、また明日来ます」
「……気を付けてね」
俺は一礼して、幼女と母のテントを出た。
俺はスラム街での散歩を続けた。




