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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第五章『愛情』
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よろしい、ならば戦争だ・後編

 俺の腕を切り落としたのは、敵の盗賊だ。

 反った剣で、俺の左腕を切ったのだ。

 俺は激痛に表情を歪めていることだろう。

 上腕から下は地面に転がっている。


「いてぇ……!」


 俺は、俺の腕を斬り落とした盗賊を睨みつける。

 右手に一つの弾丸を形成、そして発射。

 弾丸は奴の胸を貫き、奴は倒れる。


「……ん?」


 左腕を確認すると、元通りだった。

 袖は無いのだが、腕がちゃんとある。

 先ほどまで地面に転がっていた腕は、消えていた。


 ……まぁ、あれだ。

 吸血された時の副作用だ。

 そういえば、今の俺は腕一本持って行かれても、元通りになるんだった。

 突然の出来事に忘れていました、てへぺろっ。


 しかし、治ったは良いにせよ、俺が腕を切られて、痛みを味わった事に変わりはない。

 俺の油断が招いた事だ。

 戦において、気を緩める事で死する事もありうる。

 次からは気を付けなければならないだろう。

 これは今回の反省点だ。


 俺は立ち上がって、戦闘に参加する。

 銃弾を作って放つだけの、単純作業。

 それでも、助けになるのだから、無駄ではない。




――――――




 空が完全に橙色に染まった頃、戦は終わりを告げる。

 敵の軍に立ち上がる者がいなくなった。

 つまり、俺達は勝利したのだ。


 だが、まだ気を抜いてはいけない。

 不意打ちとかもあり得るのだから。


 とりあえず、俺達奇襲部隊は、後方へと下がる。

 本隊に合流して、騎士団長の決断を耳にしなくてはならない。

 戦闘に参加した部隊を撤退させ、他の部隊に警戒網を巡らせて任せるのが、俺的にはありがたいのだが。


「シャルル殿、お疲れ様でした」

「おお、ウルスラさん、昨夜ぶりだというのに、懐かしい感じがします」

「私もです」


 本隊と合流し、ウルスラと挨拶を交わした。

 ウルスラは断りなく、俺の頭を撫でている。

 そんなに気に入ったのかね、この娘は。


「して、今後の事ですが……一先、戦闘に参加した方々は休ませ、他の者達に警戒を任せるという事になっています」

「わかりました」


 俺の望み通りだ、ありがたい。


「シャルル殿もお休みになられてください」

「では、お言葉に甘えて、失礼します」

「ああ、シャルル殿、三日後の正午に騎士団本部への訪問をお願いしてもいいですか? 本日、戦闘に参加した皆さんに声をかけますが」

「もちろんです。では」


 俺は頭を下げてから、王国へ戻る事にした。

 正直、疲れている。

 魔力はまだ残っているのだが、精神的に来るものがあった。

 早く宿に戻って寝たい、そんな気分だ。




 宿に戻った俺は、水浴びをした。

『水浴び』と一言で片付けていた事だが、説明すると、魔術でお湯を作って、桶にためて、体を流している。

 普通は水しか使わないのだが、俺の場合は無詠唱ですぐに出せるので、こっちの方が良い。

 自分の家を買う機会があれば、風呂場とかも作ってしまおう。

 宿に風呂は無いからな。


 水浴びを終えた俺は、髪を温風で乾かして、ベッドに倒れ込んだ。

 剣の手入れは明日の朝やろう。

 にしても、あの鎧の男は固かったな。

 もっと他に、スムーズに倒せる方法があったかもしれない。

 俺は、今日の出来事を振り返りながら、眠りについた。




 翌朝、怠い体を起こして、トレーニングに出た。

 いつもよりは軽めのトレーニングだ。

 あまり頑張り過ぎるといけないからな。


 確か、ウルスラに呼ばれたのは二日後だったか。

 それまでは特に用事があるわけじゃない。

 街を適当にぶらつこう。

 そう思って、俺は着替えて宿を出た。


 街を歩いていて、思い出した。

 スラム街の事を。

 半年前、子供を追いかけて、偶然立ち入ったスラム街。

 今はどうなっているのだろうか。

 気になって、俺はスラム街へと歩を進めた。


 細い裏路地を抜けて、光のある方へと出る。

 そこには、前にあった光景が映っていた。

 開けた場所で、左右に真っ直ぐ道があって、道端に数多のテントが並んでいる。

 人の数は多く、皆布切れの様な服を着ている。


 俺は唾を飲んで、スラム街を見て回る事にした。

 スラム街といえば、暗い雰囲気があるイメージだったのだが、意外にも楽しそうだ。

 子供たちは遊びまわっているし、大人たちも笑い合って、談笑したり、トランプをしたりしている。

 皆、体は汚れているが、楽しそうだ。


「おい、ガキ、何処から来た、何しに来た。ここはお前の来るような場所じゃねえぞ」


 周りを見ながら歩いていると、一人の大男が俺の目の前に立った。


「いえ、少し、散歩をしていただけです」


 俺が答えると、大男は眉を顰めた。


「こんな場所を散歩たぁ、物好きな奴だな。それとも、ここにいる奴等を馬鹿にしに来たのか?」

「馬鹿に? いえ、違いますよ。世間知らずのクソガキが、世間を知るために国を歩き回っているだけです」

「プッ、ハッハッハッハッ! そうか、そうか。まぁ、好きなだけ観て行きな」


 大男は友好的な笑顔から、威圧するような表情になり、「だが」と付け加えた。


「ここにいる奴等に手を出した時には、クソガキだからって容赦はしねえぞ」

「承知致しました」


 俺が頷くと、大男はテントの中に消えた。

 まぁ、元々、人をいじめる趣味なんてないし、馬鹿にするほど性格は悪くない……と思いたい。


「とりあえず、端から端まで回ってみるか」


 呟いて、歩を進める。

 俺がそんなに珍しいのか、道行く人が俺を見てくる。

 居心地はあまり良くないが、視線には慣れている。


「――けほっけほっ」


 ふと、俺の耳に、子供の咳き込む声が聞こえた。

 咽るとか、そういうのじゃない。

 聞いたことのある、嫌な咳だ。

 風邪や、そういう部類のもの。

 だけど、この世界において、風邪を引いて咳き込むのを耳にするのは、珍しい。

 風邪なんて、治癒魔術で治せてしまうからだ。

 早計な気がするが、スラム街という事もあるし、医者にも魔術師にも頼れないのかもしれない。

 どうしても気になるので、咳のするテントの方へ向かった。


「あの、失礼します」

「……何方ですか?」


 テントの中から、女性の声が聞こえた。

 咳をしたのは、子供だ。

 おそらく、この女性は子供の母だろうな。


「何方か、と聞かれれば……そうですね、通りすがりの冒険者です。少し気になる事があるので、入っても宜しいでしょうか?」

「……どうぞ」


 許可を戴いたので、俺はテントの中にお邪魔することにした。

 テントの中には人物が二人。

 一人は茶色の髪の毛の、少し窶れている女性。

 一人は黒い髪の毛の、苦しそうに毛布の上に寝ている幼女だ。

 女性は病気の子供の手を、固く握っている。


「……どうも、初めまして、シャルルです」

「どんな人かと思えば、小さな冒険者だったのね」


 優しい声が、俺の耳に響く。

 こんな所にも母性溢れる人が……辛いよぉ。


「は、はい、すみません、いきなりお邪魔して」

「いいのよ。それで、どんな用なの? シャルル君」


 うっ、声を聞く度に胸が苦しくなるん。

 リアナの方が膨よかだが、こちらの女性は何かでリアナを越えている。


「せ、咳をするのが聞こえまして……それで、不可解に思ったんです」

「うーん……ほら、こんな場所でしょ? 頼れる物も人も無いの」


 女性が笑顔で答えた。

 まぁ、予想通りといった所か。


「少し、見せてもらってもいいですか?」

「でも、あまり近づくと移っちゃうかもよ?」

「大丈夫です」

「そう、貴方が大丈夫ならいいけど」


 との事なので、俺は苦しそうに寝転ぶ幼女に歩み寄る。

 額に触れ、思わず手を引っ込めてしまう。

 思ったよりも重症だ。

 汗も滝のように流しているし、息も荒い。

 これをエロいと言う人もいるだろうが、実際目の前にすると、どうにもそうは思えない。


 俺はもう一度、額に触れて、治癒をかける。

 徐々に、幼女の息は整っていく。

 熱も引いていくし、このままかけ続ければ、大丈夫だ。


「お、母さん……」


 幼女が声を発した。

 吐息と咳以外の声を、初めて聞いた。

 俺の治癒はちゃんと効いているようだ。


 幼女の母は、目を見開いて、驚いている。

 目尻に涙をためて、娘の手をぎゅっと握る。


「よし、後一日もすれば、良くなるとは思います」


 俺は額から手を離して、茶髪の女性に告げた。


「シャ、シャルル君……こ、このお礼は、一体、どうすれば良いのか……感謝してもしきれないわ」

「お礼はいりません。僕は手を添えて、魔術を使用しただけです。まだ治ったという保証もないですから」

「いいのよ……ありがとう、ありがとう」


 茶髪の女性は、涙を流して、お礼を言った。

 うーん、こういうのは苦手だ。

 俺はやりたいようにやっただけだし、むしろ助けさせてくれた事に感謝だ。

 俺に幼女は見捨てられないのさ。


「では、また明日来ます」

「……気を付けてね」


 俺は一礼して、幼女と母のテントを出た。

 俺はスラム街での散歩を続けた。

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