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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第四章『味見』
30/72

シャルルとヴァンパイア・後編

 半年が経過した。

 俺は毎朝、毎晩、血を吸われ続けた。

 そのせいか、切り傷は一瞬で治る程になった。

 今日、俺はヴィオラに頼んで手合わせを願った。

 自分の力を試す訳ではなく、俺の体が鈍らないようにだ。


 俺とヴィオラは、だだっ広い彼女の庭にの中央で向き合っている。

 俺は肩を回して準備運動をする。

 ヴィオラはといえば、悠々としている。


「よーし、ヴィオラ、攻めてくれ」

「なんじゃ? お主は受けじゃったか」

「そうじゃねぇよ! 俺は攻めでも受けでもあるよ! ……って、何言わすんじゃ!」

「カッカッカッ、冗談じゃ、行くぞ?」

「おう」


 俺は身構え、全身に魔力を注ぎ、集中する。

 ヴィオラは足に力を入れると、一瞬で俺との間合いを詰めた。

 そして、拳が目の前を通り過ぎる。

 ギリギリ反応できるぐらいだが、気を抜けば当たる様な攻撃だ。

 左から、右から、そして下から飛んでくる拳を躱し、間合いを取る。

 だが、ヴィオラは一瞬で詰め寄る。

 下段への蹴りを後退して躱し、正面から拳が飛んでくる。

 最小限の動きで拳を避けて、ヴィオラの方へ踏み込む。

 アッパーを繰り出すが、ひらりと躱された。


「やるのう?」


 ヴィオラが挑発的な笑みを浮かべて、数歩下がった。

 俺も後ろに下がり、様子を見る。

 ヴィオラは気付けば、後ろに居た。


「げっ」


 おいおい、嘘だろ、獣人と同格の速さだぞこれ。

 そう心の中で愚痴り、俺は体を回転させて避け、裏拳でヴィオラの顔面を狙った。

 だが、勿論俺の拳は空を切る。

 ヴィオラはまた後ろに回っていたが、俺はバックステップと共に肘を突き出す。

 俺の肘はヴィオラの服を掠った。


「チッ」

「小僧、今のは悪くなかった。じゃが、まだまだ甘いわ」


 ヴィオラは体を左右に揺らし始める。

 俺は目を凝らしてヴィオラの動きをしっかりと見る。

 右からか、左からか。

 そして、ヴィオラは動いた。


「がはァッ!」


 途端、俺の腹に熱が伝わる。

 口からは、血液を吐き出した。

 腹を見てみると、刺さっていた。

 ヴィオラの綺麗な白い腕が、俺の腹を貫いていた。


「あ、がぁ……っ」


 ヴィオラは挑発的な笑みを浮かべたまま、俺の腹から腕を引き抜いた。

 俺の腹部からは血液が流れ出す。

 俺は手で抑え、流れてる鮮血を止めようとするが、血は隙間からこぼれ出す。


「どうじゃ?」


 倒れる俺を見下しながら、ヴィオラが聞いてきた。


「なに、が……」

「痛み、じゃよ」


 そんなの、痛いに決まってんだろ。

 血は止まらないし、苦しいし。

 そう伝えようとするが、上手く声が出せない。


「まぁ、少しすれば治る、安心せい」


 治るのは分かっている。

 今の俺の状態は、腕一本はすぐに生え変わるレベルだとマイヤが教えてくれた。

 だが、苦しい。

 苦しくてたまらない。


「痛いのは嫌じゃろう? 此方はお主より強いじゃろう? じゃが、此方より強い奴はおる。お主は其奴と対峙するやも知れぬ。その時、お主はこの痛みを味わい、最後には死ぬやもしれんのじゃ」


 ヴィオラは俺の傷口を舐めだした。

 俺の腹から流れ出る血を飲んでいる。

 頬を紅潮させ、色っぽさ溢れる見た目だが、腹の痛みで俺の中からピンク色の感情が消えている。

 画面越しだったら、それはもうビンビンにオッキさせただろうよ。


「じゅるっ……んー、お主の血は美味いの」


 ヴィオラは満足すると、口元を拭ってまた話し始めた。


「痛いのが嫌じゃったら、痛いのが恐いのなら、お主はもっと強くならねばいかぬぞ?」

「はぁ……はぁ……わ、かって、んだよ」

「そうか、なら良い。しかしまぁ、苦しんで悶えている暇があるのであれば、治癒でもすれば良いじゃろ」

「……あっ」


 痛みのせいで完全に忘れていた。

 俺は声に出さなくても治癒が使えるんだったな。


「……っ」


 俺は腹に手を当て、『治癒』と頭の中で言う。

 温かい感触が伝わり、俺の痛みは徐々に消えていく。

 傷口も塞がっていき、穴の空いた服だけが残った。


「ふぅ……痛かった」

「当たり前じゃ、痛いに決まっておる。まぁ、此方のせいでは無いじゃろう。お主が弱いのがいけないのじゃ」

「へーへー、すいやせんしたー」


 俺は適当に返事をして、立ち上がる。

 この日、俺の目標に、ヴィオラが追加された。




 俺は服を着替え、庭に戻って寝転んだ。

 晴天の空の下、寝転ぶのは気持ちがいい。

 目を瞑れば、風の音、草木が揺れる音、そしてマイヤの足音までもが聞こえる。

 まあ、マイヤの足音が聞こえたのは、マイヤが俺に近づいて来ていたからだが。


「シャルル様、甘い物をお持ちしました」


 寝転ぶ俺の顔を覗きながら、マイヤが籠を差し出した。

 俺は体を起こして受け取り、蓋をあける。


「美味そうです、ありがとうございます、マイヤさん」


 俺は中に入っていた物を取り出して、口に運ぶ。

 カリっとした食感の後の、ふわりとした食感が面白いこの食べ物。

 表面には砂糖が掛かっていて、甘くて美味しい。


「やっぱ美味いですね、甘瓜麺麭」


 この世界にもメロンパンの様な物が存在し、甘瓜麺麭と言う。

 果実から作られる為、メロンパンとは味が少し変わるが、それでも思い出すのだ、あの味を。


「マイヤさんみたいなお母さんが欲しいです。これからはお母さんって呼びますね」

「それではお尻を引っ叩くかも知れませんよ?」

「それもある種のご褒美だと思います」

「あら、そちらのご趣味がお有りでしたか?」

「冗談です」


 俺が言うと、マイヤがくすりと笑った。

 うん、今日も美しい笑顔です。


「ヴィオラと話がしたいんですけど、良いですか?」

「ヴィオラ様なら現在、自室に居られるかと」

「案内、お願いしても?」

「勿論です」


 俺は立ち上がって、ヴィオラの部屋へと向かうマイヤに続く。

 揺れるスカートをガン見しながら歩いた。


 ヴィオラの部屋は最上階にあり、浴室も兼ねている。

 マイヤがノックをすると、ヴィオラが扉を開けた。


「なんじゃ、お主か」

「話をしよう」

「お主からとは、珍しい事もあるもんじゃの。まあ良い、入れ。マイヤも茶を入れろ」

「はい」


 俺はヴィオラの部屋に足を踏み入れ、マイヤがヴィオラの命令に返事をする。

 部屋の真中にある丸いテーブルには二つの椅子があり、その片方に座れと言われた。


「それで、話とはなんじゃ?」

「この世界には大陸が三つあると聞いた。ルーノンス、ヴェゼヴォルは知ってる。あと一つはエクデフィスだったな。あそこはどんな所なんだ?」

「そーんな事か」


 ヴィオラが詰まらなさそうに背中を背もたれに預けた。

 丁度、マイヤがお茶を差し出してくれる。

 ヴィオラは茶を一口飲むと、話を始めた。


「エクデフィス大陸は、現在、緊張状態にある大陸じゃ」

「緊張?」

「そうじゃ、何処かの国と国が対立し、戦争に発展しようとしておる。現在は様子見程度じゃが、いつ戦争が始まるかは分からぬ。そして、ルーノンスとヴェゼヴォルはエクデフィス内での争いには一切介入しない」

「何故?」

「海を超えた先にあるからという理由もあるが、下手をすればルーノンスとヴェゼヴォルまでもが戦争を始める事の方が主な理由じゃな」


 なるほど、ルーノンスとヴェゼヴォルのバランスを保つので精一杯で、エクデフィスには構ってられないという事か。

 俺が思ったよりもこの世界はピリピリしているらしい。

 何時平和が崩れるか分からないって事か。

 暇があれば、エクデフィスにも行ってみよう。


「まぁ、ルーノンスとヴェゼヴォルの間で戦争が起きる可能性は少ないだろうの」

「何でだ? 二つの大陸は繋がっている事もあって、いつ戦争が起きても可笑しくないんじゃなかったのか?」

「組織間の争いはあっても、大陸を巻き込む程にはならんじゃろ。あの魔王を見たじゃろ?」

「……ああ、なるほど」


 あの魔王、オーラがやばい割に適当そうだったからな。

 戦争なんて面倒だから勝手にやってくれ、とか言いそうだ。

 まぁ、別にヴェゼヴォルの治安は特別悪い訳ではなかったから、魔王もそれなりに政治に手を出しているんだろうけど。


「それで、ヴィオラ、本題なんだが」

「本題? こっちはついでじゃったのか」

「まぁな。んで、本題ってのはさ……俺のこと、いつ開放してくれるんだ? って話」

「……ほう?」


 退屈そうな表情をしていたヴィオラが、眉を吊り上げる。


「お主、此方の元から離れたいのか?」

「そうは言ってない。ていうか、ヴィオラと離れても特に何も思わない。俺が惜しいのはマイヤさんだけだ」

「なんだと? カッカッカッ! マイヤ、シャルルを落としよったな!」


 ヴィオラが楽しそうに笑い、マイヤを一瞥する。

 マイヤは頭を下げるだけで否定をしなかった。

 否定をしろ、否定を。


「俺は別に落とされてない。元々、母性溢れる女性に惹かれる質なんだよ。それよりも、話を戻そう」

「お、そうじゃったな……うむ、お主、目的でもあるのか? 此処を出て何をしたい」

「目的は無いが、目標はある。その為に、俺は強くならなくちゃいけない。これは目的じゃないけど、願望で、旅がしたいんだ。ルーノンス、ヴェゼヴォル、それとエクデフィスもな。色んな経験をしたいんだよ、俺は」

「やはりお主は小僧じゃのう」

「小僧で結構、俺はやりたい様にやる」


 俺は背もたれに体重を乗せると、お茶を啜った。

 やはり、マイヤの入れる紅茶は美味いな。


「嫌いじゃないの、お主のその姿勢。悪くない。だが、忘れるなよ。欲に目をくらますな」

「分かってるよ。んで、俺はいつ解放される?」

「明日でいいじゃろう」


 明日、か。

 意外とあっさりだな。

 あと半年は残されるかと思ったが。

 まぁ、早いのなら早いで良い。


「分かった、俺は明日に此処を出る」

「うむ、良かろう。じゃが、お主とは連絡を取りたい」


 そう言いながら、ヴィオラは立ち上がって、棚の中をあさりだした。

「おっ」という小さな声を漏らすと、棚から何かを取り出す。

 淡く光る小さな宝石の様な物だ。


「ほれ、受け取れ」


 ヴィオラは蒼い宝石を俺に差し出す。

 俺は警戒しながら手に取るが、特に何も感じない。

 ピアスに丁度良さそうなサイズだな。


「安心しろ、それは連絡用の道具じゃ。遠くからでもお主と会話が出来る様になっておる。魔力を通じて声を届ける事が出来るのじゃ」


 なるほど、携帯電話みたいな物か。

 この世界には時計もあれば電話みたいな物もあるのか。

 魔力って素晴らしい。


「ありがとう、貰うよ」


 俺は戴く事にするが、仕舞いどころに困る。

 これだけ小さければ、すぐに無くしてしまいそうだ。


「ヴィオラ、これを耳飾りにしてくれるか?」

「うむ、任せろ」


 俺は貰ったばかりの小さな石をヴィオラに返した。

 ピアスにすれば、無くす心配は無くなるだろうし。


「それじゃ、俺は出発の準備する……っても、剣以外に持ってく物が無いんだけどな」

「食料を好きなだけ持って行くと良い」

「ありがとう」


 俺は礼を言って部屋を出た。

 何故かマイヤが付いて来たので何事か尋ねると、身支度を手伝ってくれるらしい。

 マイヤが居れば心強いな。


 俺の準備は、食料をバッグに詰め込むだけで終わる。

 クラッカー類と少しの肉しか入っていないが、大丈夫だ。

 水は魔術で出せるので問題はない。

 帰りはどうやら、魔法陣があるらしく、そこに乗れば元居た街に戻れるらしい。

 便利なこって、嬉しい限りです。




 翌日、朝食を取った後に、すぐに出る事にした。

 俺は剣を差して、バッグを担ぐ。

 外套もちゃんと装備しているし、大丈夫だな。


「それじゃ、ヴィオラ、世話になった」

「いやいや、此方こそ。美味い血に感謝じゃ」


 俺はヴィオラに礼を告げると、マイヤに向き直る。


「マイヤさんも、色々お世話になりました」

「此方こそ、我が主の話し相手になって頂き感謝致します。では、気を付けてくださいね」


 マイヤは俺に深々と頭を下げた。

 俺は思わず苦笑するが、別れなんだし、させたいようにさせよう。

 挨拶を終えた後は、案内された魔法陣に乗り、グレーズへと帰還した。

登場人物紹介とか、用語集とか載せた方がいいんですかね?


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