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俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第一章『師弟』
3/72

出会いは偶然で・後編

 五秒ぐらいだろうか。

 特に抵抗することもなく目を瞑っていたのだが、何も起こらない。

 それどころか、話し声すらも聞こえなくなった。


 恐る恐る、目を開ける。

 俺の胸ぐらを掴む盗賊の喉には、剣が刺さっていた。

 喉を貫通した剣先は壁にめり込んで、男は口から血を吐いている。

 死にきれていないのか、小さく呻いているが、それもしばらくして止む。


「うああぁあ!」


 死んだ盗賊を観察していると、叫び声が路地裏に響いた。

 声の方向に足を進めると、血塗れた剣を持った人間が一人立っていた。

 それを囲むように、四人の男の体が転がっている。


「大丈夫か?」


 剣を持った人はこちらに振り向き、近づいてくる。

 フードを深くかぶっていて顔は見えないが、声からして男だ。


 この男は人を殺してもなんとも思っていないのだろうかと疑問に思う。

 俺の心臓がバクバクしているのが、触れていなくてもわかった。

 俺はそれぐらいにビビっているのだ。

 男が一歩俺に接近する度に、心音が更に早まるのを感じた。


 もう一度死体を見る。

 首から血を流して目を開けたまま動かない。

 鼻を突く生臭い鉄の臭いに吐き気を催したが、必死に堪えた。


「怪我はないか?」


 口元を抑えて蹲っていると、男が近寄ってきた。

 恐がられないように、なるべく優しく話しかけてくれるのがわかる。

 言語は、イルマだ。

 それだけで種族は判断できないが、助けてくれた。

 その事実だけは、理解できた。


「だいじょうぶです」


 俺もイルマ語で返事をする。

 目の前の男に恐怖を覚えて、喉が震える。

 男の口元が少しだけ緩んだ。

 男は俺の頭に手を乗せて、尋ねる。


「坊主、服はどうした」

「ありません」

「親は」


 どうなんだろうか。

 こっちの世界ではいないのだろうか。

 それとも、誰か肉親がいる設定で召喚されたのだろうか。

 それだったらわざわざ道の真ん中に召喚されないよな。

 なら、そういうのはないんだろう。


「いません」


 言うと、男は顎に手を当て静止した。

 何を考えているのだろう。

 何でもいいが、服がほしい。


「坊主、名前は?」


 しばらくして、男が口を開いた。

 俺の名前は、なんだったっけ。

 ミドルとラストネームが思い出せない。

 結構長かったし、名前を貰ったのが一ヶ月以上も前だ。

 ここで時間をかけても無駄な気がしたので、下の名前だけ名乗っておく。


「シャルルです」

「シャルルか、良い名だ」

「ありがとうございます」

「……親がいないんだったな。俺についてくるか?」


 これは誘拐か?

 アメあげるからついておいで、的なノリで誘われている気がしてならない。

 初対面の相手には警戒したほうがいいな。


「すみませんが、しょくぎょうのほうは……」

「冒険者だ」

「いっしょにたびをしようと、そういういみですか?」

「そうだ」


 親が居ないから保護してあげる、という事だろうか。

 危険を伴うが、この話には乗れる。

 俺はこの世界を見て廻りたい。

 端から端まで、世界の隅々まで、俺は自分の目で見て廻りたい。

 どのくらいの年月が掛かるかは分からないが、それが俺の今の夢だ。

 この男に付いて行けば、色んな事を知れる、色んな物を見れるだろう。

 早速、都合のいい男の登場か。


 しかし、罠という可能性も大いにある。

 親のいない子供をホイホイ誘って、奴隷として売るとかこの世界にはありそうだ。

 でも、まずは踏み込む事から始めるべきだろう。

 恐いが、この男を少しだけ信用してみよう。

 怪しい素振りがあれば、逃げる。


「いっしょにいきます」

「……そうか。よし、まずはこれを着ろ」


 そう言って、男が俺に着せたのは子供サイズの外套だ。

 フードも付いている。

 なんだか中二心を擽られるな。


「俺はエヴラール・ジルーストだ」

「よろしくおねがいします、エヴラールさん」


 握手を交わした後、エヴラールは最初に殺した男の元へ早足で歩いて行き、喉から剣を抜き取った。

 エヴラールは剣に付いた血を払い、鞘に収めると、付いてくるように促した。

 剣の一本は背中、もう一本は腰に差してある。

 俺は駆け足でエヴラールの横に並ぶ。

 そして、二人で路地裏を出た。


「うあ」


 突然明るい場所に出たからか、日差しがさっきの二倍は強く感じた。

 目も開けられないので、フードを被り、光を遮る。

 上からの光から身を守ったところで、下はまだ無防備だ。

 石造りの道は太陽光を充分に吸収していて、足が焼けそうになる。

 足をバタバタさせていると、突然エヴラールに持ち上げられ、肩に乗せられた。


「すまなかった、裸足だったな」

「いえいえ。それよりも、どこにいくんでしょう?」

「服屋だ」


 まさか、俺の服を買ってくれるというのか。

 いい人なんじゃ……いやいや、まだ油断できない。

 服を買ってあげて、油断させて、という作戦かもしれん。




 服屋に着いた。

 石造りの建物に大きな窓が一つあるだけの外見。

 見た目は殺風景だが、中には結構な数の服がある。

 デザインはほとんど似たような物ばかりだったが、服だけではなく、タオル、ハンカチ、靴、その他アクセサリーも置かれていた。


「なんでも選んでいい、買ってやる」

「え、いいんですか」

「ああ、裸じゃ不便だろう」

「は、はい」


 そう言うのであれば、言葉に甘えるだけだが、俺はあまり服やオシャレに興味が無い。

 それに、どうせ外套で隠れてしまうのだから、どんな物でも変わらないと思う。

 あまり高いのを買って困らせるのも嫌だ。


 安めの白い布地のシンプルなシャツを二枚。

 皮の靴を一足。サルエルパンツっぽいズボンを二枚。

 そして、トランクスっぽい下着三枚を持って、エヴラールに渡した。

 いざ必要な物を買い揃えようとすると、最低限でもこれだけは必要になる。


 これだけ買ったのだ。

 エヴラールには苦い顔をされるかと思ったが、違かった。

 彼は俺の買おうとした物を見ると、「足りんな」と呟いて他の商品にも手を出していった。

 黒い外套、靴を返却してブーツ、大きいタオルを二枚、小さいタオルを三枚、首巻き二枚、そしてワンショルダーバッグと腰巻きポーチを店員のもとへと持っていった。


 な、なんだ、これは。

 沢山買って、恩を着せて、「買ってやったんだから言うこと聞けや!」なんて言われたりするのだろうか。

 俺が選んだ物だけでも結構な量だったのに。

 恐い、恐すぎる。

 何が起こっているんだ。


 混乱する俺を尻目に、エヴラールは買ったものをバッグに詰め込んで、俺に渡してきた。

 言われるがまま、俺は渡されたものを装備した。

 シャツ、ズボン、ブーツ、バッグ、ポーチ、首巻き、外套。

 防御力はかなり低いが、動きやすいし、何よりも、裸じゃなくなった。


「エヴラールさん、ありがとうございます」

「気にするな。それよりも、次だ」

「つぎ?」

「昼食だ」


 服の後は食べ物で釣ろうと……いや、今は変に疑うのはやめよう。

 疲れるし、ストレスになるだけだ。

 俺はまた、エヴラールの肩に乗せられ、昼食を取りに向かった。




 料理店に到着。

 外はまだ明るい。

 俺はエヴラールの肩から降りて、店に入る。


 店の中にはあまり人がいない。

 陽の位置からしてお昼時だと思うのだが。

 もしかして、二食文化なのだろうか。


 適当な席に座ると、すぐに店員が来て、エヴラールが幾つか注文した。

 異世界初の食べ物は何でしょうね。

 楽しみです。


「それで、シャルル。お前は何故あんな所にいた?」

「服をさがしていました」

「捨てられたのは最近か?」

「たぶん」

「そうか……」


 なんだか、哀れみのこもった温かい目で見られている、気がする。

 捨てられた子供をそういう目で見るのは仕方がない事だ。

 でも実際、される側になると、案外居心地が悪いものだな。

 話題を変えよう。


「エヴラールさん、ぼうけんしゃなんですよね?」

「ああ」

「エヴラールさんのことを、ききたいです」

「俺の事、か……何から話そう……」


 エヴラールは一考すると、遠い目をしてぽつぽつと語りだした。

 彼には妻と息子と娘がいて、家族円満だった。

 だが、ある依頼で家を出てから帰っていないらしい。

 依頼を終えた後も、街から街へ旅しているんだと。

 旅ももうすぐ三年になろうとしている。

 家族はとっても心配している事だろう。


「ほれで、ぼくをひろったんでふね?」


 話の途中で届けられた料理を口に含んだまま聞いた。

 一番最初に届いた料理は、手羽先のような物だった。

 甘辛いソースがかかっていて、外はカリッ、中はジューシーという完璧な焼き加減だ。

 ベリーデリシャス。


「ああ。息子と、重ねてしまってな」


 寂しい笑みを浮かべながらエヴラールが俺の質問に答えた。

 すげえ嫌だ。

 拾われた理由が死んでもいない息子の姿と重ねてしまったからって、居心地悪いな。死んでいても居心地悪いだろうけど。

 まあ、悪い人ではなさそうだし、俺はこの人に付いて行くことにするけどな。


 話に夢中になっていて気づかなかったのだが、エヴラールは今フードを被っていない。

 今になって初めて顔を見て驚いた。

 かなりの美形だ。透き通るような茶色い瞳と茶色い髪が良くマッチしている。

 ドレスを着せれば凛々しい女性に見える事でしょう。


「どうした、顔に何か付いているか?」

「いえ。それよりも、ここはどんな街なんですか?」

「ここは商業国ザロモンのリースだ」


 東南に位置する商業国ザロモン。

 数多くの商人と冒険者が訪れる国。

 品を売り切れるまで売れる商人、安く冒険者必需品を買い揃えられる冒険者。

 この二者が、国を動かしていると言っても過言ではない。

 そのため、警備はかなり厳重だが、それをかい潜れる盗賊からすれば宝の山だ。


 この国は五つの街で出来上がっている。

 装備品の街エルンスト、雑貨品の街アサモア、食品の街ノイナー、装飾品の街オルフ、そして冒険者の街リース。

 エルンストには各種の珍しい装備品が集結し、アサモアでは多種多様な雑貨品を購入でき、ノイナーでは様々な食品、オルフでは装飾品や衣類を揃えられる。

 リースには、数多くの宿屋が建設されていて、冒険者協同組合もリースに位置する。


 以上は全てエヴラールの言葉だ。

 冒険者協同組合とは、ゲームで言う所の冒険者ギルド。

 そして、今俺らがいる街はリースだそうだ。

 リースを明日発つ予定で、出発前に街の徘徊をしていたら殺されそうになった俺を見つけたのだとか。


 しかしまあ、今思えば五人の盗賊を一瞬で皆殺しにしたエヴラールさんは、かなりの凄腕じゃあなかろうか。

 旅の仲間入りと同時に、弟子入りもしたい。

 この世界では子供を容赦なく殺す人がたくさんいるらしいから、剣術は学ばないといけないだろう。


 気づけば、届いた飯はほとんど俺がかっ食らっていた。

 エヴラールもほっこりした目で俺を見ている。

 この人はダメ親父だが、善人ではあるのかもしれない。


「そういえば、エヴラールさんの旅の予定とか、ききたいです」

「道筋の予定は特にない。気ままに、行きたい方に行っているだけだからな」

「なるほど」

「だが、この国は明朝に発つつもりだ」


 明朝か。

 なら、一晩は時間がある。

 まだこの世界には知らないことがたくさんある。

 一晩で聞けるだけの話は聞いておこう。


 外を見ると、既に空は橙色に染まっていた。

 そんなに話し込んでいた感じはしないのだがな。


「シャルル、そろそろ宿に戻る」

「はい」


 返事をし、支払いを既に済ませたエヴラールの後に続いて店を出た。

 もう夕方だというのに、外はまだ人で溢れかえっている。

 ぼうっと町の人々を見ていると、唐突に体を持ち上げられ肩車をされた。


「お腹いっぱいか?」

「はい、ありがとうございました」

「そうかそうか」


 肩の上からだとエヴラールの表情は見えない。

 でも、この肩の乗り心地は、最高だと思った。




――――――




 目を覚ますと、既に朝だった。

 どうやら、肩に乗せられたまま眠ってしまったらしい。

 何故だろう。身体能力はアダムから貰ったはずなんだが。

 それとも、精神的疲労だろうか。

 やっぱり慣れない場所で無理に動こうとするのはあまり良くない。

 もう少しゆったりしてもいいだろう。


 体を起こし、周りを見渡す。

 ベッドの上で寝ていたらしい。

 エヴラールの姿はない。

 もしかして、捨てられてしまっただろうか。

 案外食うやつだったから、手には負えないと。


 ……いや、それはないだろう。

 大体、捨てるよりも売ったほうが良いだろうし。

 まあいい、捨てられた時はその時だ。

 二度寝だ二度寝。




 今度は、物音で目を覚ました。

 勢い良く起き上がり、音の正体を確かめる。

 エヴラールが、剣の手入れをしていた。


「起きたか。手入れが終わったら朝食を取りに行く。もう少し待ってくれ」

「は、はい」


 捨てられたわけではなかった。

 なんとなく安心して、胸をなで下ろす。

 尤も、これから売られる線が消えたわけではないが。


 俺は洗面所に向かい顔を洗うことにした。

 洗面器はない。あるのは桶と蛇口だ。

 桶に水を溜め、その水で顔を洗うと、一気に目が覚めた。

 やはり、一日は顔を洗うことから始めるものだろう。

 俺はエヴラールの剣の手入れが終わるまで、ベッドに座って待っていた。


「剣の手入れはしっかりしないと、切れ味が落ちる」


 手入れをしながら、エヴラールが静かに言った。

 二日に一回はこうして手入れをしているらしい。

 剣士は大変だな。


 俺の目標は魔術師兼剣士だ。

 魔術の本か何かをエヴラールにお願いしてみよう。

 あればの話だが。


 なかったらどうすればいいんだ。

 そもそも、魔術師ってこの世界にいるのか?

 魔術って言葉が存在したから何処かにいるはずだがな。


「エヴラールさん」

「なんだ?」

「魔術師って、いますか?」

「ああ、当たり前だ」


 当たり前らしいです。

 まあ……ですよねぇ。


「魔術の教本とかって売ってますか?」

「もちろんだ。安くはないが」

「そうなんですか」

「欲しいなら買ってやる」

「欲しいです」

「わかった」


 ここまでくれば、もう遠慮はしない。

 必要最低限の物はお願いする。

 遠慮こそが日本人の美徳らしいが、この世界にそんなものはないのだ。

 遠慮していたらキリがない。


「よし、行くぞ」


 エヴラールは立ち上がり、腰と背中に剣を差した。

 俺はエヴラールの横に並んで部屋を出た。


 俺達がいた部屋は宿の二階だったらしい。

 一階に下りると、時計が目に入った。

 長い針と短い針、そして十二個の数字がある。

 現在の時刻は七時だ。


「エヴラールさん、時計ってどうやって動いてるんですか?」

「良くは知らないが、魔術の一種らしい。魔力を送れば勝手に時間を合わせてくれる」

「へえ……」


 この世界には電力がないのだろう。

 おそらく外にあった電柱も魔術の一種。

 電力の代わりが魔力だと考えれば分かりやすい。


 時計をじっくり見た後に宿屋を出た。

 まだ朝早いというのに、既に人がたくさん密集している。

 商人が大声を上げ、朝っぱらから競り合っているところもある。


 驚いていると、エヴラールにまたもや肩車をされた。

 これではぐれる心配はなくなるから安心して街を観察できる。


 そうして俺らは、料理店へと向かった。

御意見、御感想、駄目出し、何でも何時でも歓迎しております。


では、ショートストーリーをどうぞ。



「エヴラールさん」

「なんだ?」

「エヴラールさんはどうして二刀流なんですか?」

「……格好いいからだ」

「何少し照れてるんですか。堂々としましょうよ。二刀流、格好いいですよ、実際」

「ああ、お前に励まされるとは思わなかった」

「えっへん」

「シャルルも将来は二刀流を目指すか?」

「ええ、もちろん。やっぱり、格好いいじゃないですか」

「そうか……この格好良さが分かるか……」

「ちょっと嬉しそうですね。……そういえば、剣は両手で握った方が、強いんじゃないですか?」

「ああ、そうだ。だから、そこは遠心力や体重の掛け方、力の入れ方でカバーする。硬い敵が出てくれば、一本だけ抜けばいい」

「なるほど。エヴラールさんは二刀流で無双したりするんですか?」

「ああ、昔に暴れまわった事があった」

「へぇ。エヴラールさんは、暗躍する暗殺者みたいなイメージですけど」

「……」

「何で黙るんですかぁ……!」

「すまない」

「謝られると余計に傷つきます……でも、気にしないでください。暗殺者、格好いいですよ、実際」

「暗殺者がか……?」

「はい」

「そうか……」

「……嬉しそうですね」


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