シャルルとヴァンパイア・中編
「小僧……此方に首輪を付けおったな」
「俺の血液をくれてるんだから、それぐらいはいいだろ?」
俺は後頭を掻きながら言う。
ワイングラスはたしかに割ることが出来た。
そして、ヴィオラの体を爆発させることだって出来る。
だが、俺に彼女を爆発させる気は微塵もない。
「……気に入った」
俺が席に戻ると、ヴィオラが小さく言う。
「気に入ったぞ、小僧」
「そりゃどうも」
俺はグラスの水を飲み干し、乾いた口の中を潤す。
余裕を見せて、大口を叩いてみたのはいいが、内心では正直ビビっていた。
悟られることが無かったのは、俺のポーカーフェイススキルが上がっていたからだろうか。
うん、普段から練習しておいて良かった。
しかし、もっと磨かなくてはな、このスキル。
「シャルル様、どうぞ」
「ありがとうございます」
マイヤがワイングラスを俺の前に置いた。
普通のワイングラスの半分ぐらいのサイズだ。
まぁ、俺はまだ子供だから仕方ないだろう。
俺は早速、赤ワインを口に含む。
喉に通すと、久しぶりの感触に涙が出そうになる。
「どうした小僧、そんなに辛かったか?」
「いや、感動してるんだ」
「ハッハッハッハッ! 小僧、お主、一体何者じゃ?」
ヴィオラが笑いながら尋ねてきた。
「どういう事だ?」
「『子供に憑依する大人なのか?』ということじゃ」
「面白い冗談だな」
俺は尤もであるヴィオラの質問に、思わず笑ってしまう。
嘲笑やごまかしではなく、中身が大人だという事に対して笑っているのだ。
理由はもちろん、名探偵さんを思い出すからだ。
たくさん作られたコラ画像やMADがフラッシュバックする。
「冗談ではないぞ、真面目に聞いておる」
「バーロー、そんな訳ないだろ」
「そうか、そんな訳はないか……まぁ良い。何であろうと、お主はお主じゃ」
ヴィオラはそう言って、また楽しげに笑った。
本当によく笑う女だ。
可愛らしい笑顔は、嫌いじゃない。
その後、適当な世間話をした後、部屋に戻って眠った。
翌日、目を覚ますと、俺は温もりのある何かを抱きしめていた。
言わなくても分かるだろうが、ヴィオラだ。
何故かは知らないが裸である。
男たるもの、見るものは見なくてはならない。
ヴィオラの体は……成人している割には小柄で、細身。
華奢な体躯と表現するのが一番だろう。
胸も大きすぎず、小さすぎずと言ったところか。
無防備な寝顔も可愛い。
寝ていれば普通の女の子だ。
思わず、頬を撫でてしまったが、起きる気配はない。
起きる気配がないなら、男は何をする。
答えは一つ。揉む。
何処を? 胸をだ。
俺は寝ているヴィオラの胸に手を伸ばす。
ヴィオラの胸は少しだけ俺の手からはみ出るが、大人の体であったならば、丁度いい大きさと言えるだろう。
そして、全裸である為、俺は生でヴィオラの胸に触れている。
衣服の上から揉んでいる場合には無かった新たな感触、それは――指に吸い付くのだ。
弾力は……そうだな、ヴェラのよりも硬い気がする。
だが、柔らかい事に変わりはない。
揉んでいて気持ちがいい。
ここまでしても、ヴィオラは目を覚まさない。
吸血鬼は朝に弱い。
これは、弱すぎるだろう……。
ん? でも、起きられたら困るか。
「お前には眠り姫がお似合いだな」
眠っていれば可愛いのに、という意味を込めて呟いた。
俺はヴィオラの胸から手を離して、体を起こし、部屋を後にする。
向かう先は庭だ。
トレーニングをしなくてはならない。
結構な間サボっていたからな。
ヴィオラの家の庭には、野生動物がいる。
樹林に囲まれた、広い草原を俺は走れるだけ走る。
腕立て伏せ、腹筋運動はもちろんの事、反復横跳びなんかもやっている。
「シャルル様」
休憩中、マイヤに後ろから声を掛けられた。
「おはようございます、マイヤさん。今日はいい天気ですね」
今日の空は快晴。
仰向けに寝ると、真っ青な空が視界いっぱいに広がる。
「朝食をお持ちしました」
「えっ、そんなに気を使わなくても……」
「友人からの差し入れ、という事で受け取ってもらえないでしょうか?」
「……そう言うなら」
そういう言い方はずるいと、俺は思う。
俺はマイヤに籠を手渡された。
開くと、中にはサンドイッチ。
「おお、美味そうです」
俺は一つ手に取り、口に運ぶ。
味からして、トマト、レタス、ハム、胡椒が入っているのは分かるが、他に何か、隠し味がある気がする。
なんだろうか……甘いような、塩っぱいような、クリーム状のソースだ。
「これ、何が入ってるんですか? 蕃茄、球萵苣、薫製は分かったんですけど……」
「秘密です」
マイヤが口に指を当てて、笑顔で言った。
胸がきゅんとなるってこういう事だろうな。
きっと、漫画だったら俺の顔の横らへんに『きゅん…』とかって書かれるに違いない。
いや、というか『どきっ…』かもしれん。
「どうしました?」
「いえ、すごく美味しいです、これ」
「ありがとうございます」
マイヤさんの可愛さに見とれてただなんて言えないので、ごまかしておく。
俺はサンドイッチを全部食べ終えると、マイヤと一緒に食堂へ向かう。
珈琲を飲むためだ。
俺の一日は珈琲を飲んでから始まると言っても過言ではない。
珈琲はブラックでも美味しければ、ミルクだけを入れても美味しい、なんならミルクと砂糖を入れても美味い。
ココアも確かに美味しいのだが、やはり珈琲の香りと独特の苦味が癖になる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
マイヤが厨房で入れてくれた珈琲を受け取る。
今日の気分はブラックコーヒーなので、ブラックで飲む。
立ち上る湯気が、俺の心を落ち着かせる。
一度香りを楽しんで、口に含む。
……美味い。
「シャルル様は本当に珈琲がお好きなのですね」
「はい、昔から飲んでいましたので」
マイヤの言葉に頷くと、俺は一度カップを置いた。
「そういえば、ヴィオラが僕の部屋で寝ていたんですが、あれは何故でしょう」
「予想ですが、ヴィオラ様も人肌が恋しいのだと思います」
「マイヤさんは寝てあげないんですか?」
「主従関係にありますので」
そこらへんは『主従関係』ってのが働いて、規制がかかるのか。
しかしまぁ、どこからどこまでがアリでナシなのか、俺にはまだ線引きが分からない。
「そうですね……そのような事は性奴隷の役目だと思われます」
「性奴隷?」
「はい、私もあまり詳しくはないのですが」
なるほど、性奴隷が存在するのか。
いや、まぁ、奴隷がいるという話は聞いたし、性奴隷がいるのは普通だろうか。
「ふわぁぁ」
欠伸をしながら食堂に入って来たのは、ヴィオラさんである。
眠そうに目をこすって、寝癖のついた金色の髪に手櫛をかけている。
「おはようございます、ヴィオラ様」
マイヤはヴィオラの何時も座る椅子を引く。
ヴィオラは引かれた椅子に座り、髪を背もたれの外側にやる。
マイヤは常備している櫛でヴィオラのグルーミングを開始した。
「朝は本当に弱いんだな」
俺がカップを持ち上げて言った。
「此方は、吸血鬼じゃからの」
眠そうにヴィオラが答えた。
こちらの世界でも、吸血鬼ってのは夜行性なんだと。
「小僧、今日も瞳は紅じゃの」
「ああ、かっこ良くて気に入ってる」
「そうか、なら良い」
まあ、人間離れは御免だが。
しかし、この赤目はカッコいい。
俺の中二心を擽るのだ。
昔、写輪眼のカラコンを何度も買おうとした事があった。
金の節約のために、結局は一度も買わなかったのだが。
「そうだ、ヴィオラ。奴隷について聞きたい」
「奴隷? なんじゃ、お主奴隷が欲しいのか」
「いいや、奴隷制度は好きじゃない」
「革命でも起こすか?」
「いいや、俺にそんな勇気はない。世間について学ぶだけだ」
「なんじゃ、面白くないの」
奴隷制度が嫌いなのは、奴隷が扱き使われるってイメージが強いからだ。
この世界でそんな事がないってんなら、俺はそれでいい。
もしも酷いようであるなら、俺も動くかもな。
……世界に影響を与えるってのは、色々と危ないかもしれないが。
「まぁ良いわ、聞かせてやる」
「ありがとう」
髪を整え終わったヴィオラは、マイヤに食事を頼んでから話し出す。
「奴隷には色んな奴がおる。家計に苦しくなり自分から落ちる者、家族に売られる者、騙されて売られる者、そこは個々事情がある。奴隷となった者は、商品として扱われる。つまりは、丁寧に扱われるという事じゃ。だが、それは奴隷商の下での話、売られた後は所有者によって扱いが変わるのじゃ。高値の奴隷を見せる付ける貴族、物運びを手伝わせる商人、冒険者に戦闘役として買われるなど、そこも様々」
長い言葉を連々と並べた後、運ばれた水を飲み、また話を続けた。
「奴隷の中には、性奴隷も存在する。性欲を満たすために買われる奴隷じゃ。性奴隷は奴隷になる前の人物を売った側が決める。自分から落ちた場合は本人が性奴隷になるか否かを、家族に売られた場合は家族が決めるのじゃ」
「性奴隷も命令されれば戦うのか?」
「当たり前じゃ。奴隷とはヤれない、性奴隷とはヤれる、ぐらいの違いじゃよ」
子供に向かってヤれるとか言って、通じると思っているのだろうか。
いや、俺には通じるのだが。
まあいい、奴隷の話はこれで終わりだ。
俺に奴隷を買う気なんてないのだが、この世界の情報は一つでも多く欲しい。
「奴隷のことは分かった。でも、本日一番の疑問がある」
「なんじゃ?」
「何でヴィオラは俺の隣で寝ていたんだ?」
「そんなの、人肌が恋しいからに決まっておる」
何言ってんだこいつ、みたいな顔で言われた。
お前こそ何言ってんだ……。
「なんじゃ? 嫌じゃったか?」
「いや、別に。ヴィオラみたいな美人ならむしろ大歓迎だよ」
「ハッハッ! 褒めても何もでんぞ?」
そうして、ヴィオラは楽しそうに笑った。
「マイヤさん」
「はい」
「歳をお聞きしてもよろしいですか?」
「繊細さに欠ける質問だと思われます」
「ごめんなさい」
「いえ。それに、質問された所で、答える訳でも御座いませんので」
「秘密主義ですか?」
「はい、女中ですので」
「なら、ヴィオラも知らないんですか?」
「ええ」
「主なのに?」
「はい」
「秘密主義なんですね」
「はい、女中ですので」
「マイヤさん」
「はい」
「胸を触っても良いですか?」
「どうぞ」
「即答ですね」
「触られるだけであれば、問題はありません。ヴィオラ様には何度も触られております」
「そうですか、では……」
「……」
「……柔らかいですね」
「はい、女性の胸ですから」
「素晴らしい」
「お褒めにあずかり光栄です。…………ですが、いつまで揉んでいる御つもりで?」
「あと少しだけ」
「仕方がないですね……」




