表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の愛した異世界で  作者: 八乃木 忍
第四章『味見』
28/72

シャルルとヴァンパイア・前編

『此方』は『こなた』と読みます。

『こちら』でも『こち』でも無いです、ごめんなさい。

 後日、マイヤに案内された寝室でどでかいベッドで眠った俺は、寝室の隣にある洗面所で顔を洗っていた。


「なぁっ!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 理由は、俺の瞳が真っ赤になっていたからだ。


「なんじゃこりゃ。俺は遂に闇の力でも目覚めさせたのか? あれか? 夢が現実にってやつか?」


 俺は一人ぶつぶつと呟く。

 どうしよう、どうしよう。

 これって吸血鬼に影響されてしまったのだろうか?

 だとしたら、俺もやばいんじゃ……。


「ま、いいや、それもそれで面白い」


 吸血鬼になれたのなら、それはそれで良い。

 それも何か面白いイベントが起こりそうだ。

 シャルルを楽しませることもできよう。


「さて、飯でも食いに行くか」


 部屋から出ればマイヤに会えるだろうし、彼女は何か知っているかもしれない。

 この眼の変化についても聞いてみよう。


「おはようございます、シャルル様」

「うおっ!?」


 ドアを開けた俺を驚かせたのは、マイヤだった。

 まだ朝六時ぐらいだというのに。

 メイドは早起きだな。


「お、おはようございます。早いですね」

「これでも女中の長なのです」

「長ですか、凄いですね。マイヤさんは何でも出来そうですからねぇ」

「いえ、そのような事は」


 もしかしたら、体術だって俺より上かもしれない。

 彼女は獣人族だし、ありえなくはない。

 強いメイド、良いと思います。


「では、ご案内致します」

「え、何処へ?」

「ヴィオラ様が朝食をご一緒にと」

「ああ……」


 今日も俺は血を吸われる訳か。

 あれはなんというか、気持ち良いのだが、気持ち良さを感じて気絶するから、なんとも言えない感情がこみ上げてくる。


「あ、そうだマイヤさん。僕の眼を見てください」

「眼、ですか?」


 俺が頼むと、マイヤが顔を寄せてきた。

 甘い匂いが鼻を突く。

 思わずキスしそうになるのを理性で押し殺した。


「ご心配なさらないで下さい、悪い影響は御座いません」


 顔を離したマイヤが笑顔で言った。

 悪い影響は無い、か。


「悪くなくても、何か影響はあるんですか?」

「はい、御座います。傷の治りが早くなります。このまま吸われ続ければ、腕一本持って行かれてもへっちゃらですね」

「人間離れじゃないですか……」

「いえ、吸血を長期間されなければ、元に戻ります」


 一瞬、面白いと思ってしまったが、これはシャルルの体だ。

 俺が好き勝手して良い訳じゃない。

 それに、不死身になんかなったら面白く無い。

 スリルが無くなるのだ。


「それではシャルル様、行きましょう」

「はい」


 マイヤが歩き出したので、俺はその後に続いた。


 食堂に入ると、手前の椅子に座っているヴィオラが、テーブルに突っ伏す姿が目に入った。

 俺はヴィオラの目の前に座り、挨拶をする。


「おはよう」

「うむ、良い朝じゃ」

「の割に、冴えない面だな。毛布が恋しいって顔してる」

「む、そこまで分かりやすかったかの?」

「て事は、当たりなのか」


 俺が苦笑しながら言うと、ヴィオラは挑発的な笑みを浮かべた。

 多分だが、普通の笑顔が挑発的なのだろうな。

 それとも、いつも人を馬鹿にしているか。


「吸血鬼の餌はの」


 何の前置きもなく、ヴィオラが話し始める。


「血液でもあるが、感情でもある」

「感情?」

「そうじゃ。絶望、焦燥、嫌悪、軽蔑、嫉妬、殺意、悲しみ、怒り、憎悪、罪悪感、劣等感、それらを好むのじゃ」


 ネガティブな感情ばっかりじゃねえか。

 心の中でツッコンだ所で、目の前に朝食が運ばれた。

 小声でマイヤに珈琲をお願いした。

 俺は朝食を食べながら、ヴィオラの話に耳を傾ける。


「『餌』と言う事は『取り込む』と言う事じゃ。此方ら吸血鬼は元々は『無』。知っておる事は人の血を吸うことだけじゃった。無、つまりは白紙。此方らはその白紙の心に、吸血する事によって、感情と知識を吸い上げた。結果として、どうなると思う?」

「知識を得ると同時に、白い紙が黒い感情に塗りつぶされた?」

「その通りじゃ。お主、本当に十歳の小増か?」


 口の中が朝食の柔らかいパンで一杯なので、首を縦に振る。


「まぁ良い、話を続けよう」


 そう言って、ヴィオラはパンを一口食べた。

 吸血鬼なのに、食べ物を食べるのか。

 ていうか、パンで大丈夫か?

 酒とパンは神の血と肉とかって聞いたことあるぞ。


「黒い感情で埋め尽くされた此方らは、当然、その感情の塊となった。吸血鬼は全てに絶望し、焦燥し、互いを軽蔑しあい、人間を嫌悪し、笑うものを妬み、殺意の赴くままに殺し、罪悪感に潰され、果報者を憎悪し、劣等感に悲嘆した。じゃが、ある時、一人の人間が吸血鬼に自ら歩み寄り、こう囁いたのじゃ」


 ヴィオラはワイングラスの水を飲み干し、口角を釣り上げる。


「『球蹴りは楽しいぞ。誰かと寄り添い合えるのは幸福だ。初めて見る物には好奇心を擽られる。嫉妬の情には憧憬も混じっているのだぞ。湯に浸かるのは快感だ。飯を食えば満足する。寒い夜は毛布が愛おしくなる』とな。吸血鬼は混乱した。いきなり現れた男が、意味の分からぬ事をベラベラと喋るのじゃ、混乱もしよう。だが、それから吸血鬼は新しい感情を覚えていったのじゃ」


 熱弁していたヴィオラは背もたれに背を預け、全身から力を抜いた。

 そして、マイヤにより新しく注がれた水を再度飲み干す。


「まぁ、此方が何を言いたいかと言うと、その時現れた男の髪の色が黒だったのじゃ。だからお主に興味を持った。それだけが言いたかった」

「『吸血鬼に新しい感情を教えた男の髪色が黒だった。だからお前を拉致した』で良かっただろ!」

「いやぁ、すまぬ、回り諄い方が好きでの、許せ」


 そう言って、高らかに笑うヴィオラ。

 俺は後頭を掻きながら、珈琲を啜る。

 回り諄い方が好き、だなんて面倒な性格だな。

 こいつと会話するのは疲れそうだ。


「いやぁ、久しぶりに喋ったのぉ、お主が来るまで相手をしてくれるのはマイヤばかりじゃった」


 マイヤさん、ご愁傷様でした。


「お喋りはこの辺にして、主食をいただこうかの」


 主食とはつまり、俺の血だ。

 ヴィオラは立ち上がり、俺の側まで歩み寄る。

 俺も腰を上げ、ヴィオラと対面した。


「なぁ、俺が抵抗したらどうする?」

「抵抗? そうじゃの……こうする」


 そう言って、俺の眼を真っ直ぐ見てくる。

 数瞬後、俺は地面に膝を付いた。

 俺の意志ではない、勝手にだ。

 声も出ない、目も逸らせない、体も動かせない状態だ。

 ヴィオラは俺の顔に両手で触れ、親指で撫でる。

 そして、俺の首筋に顔を寄せ、牙を立てた。

 俺は快感を得ながら気絶する。






 数日後、俺は吸血鬼と夕飯を食べることになる。

 夜までずっと魔力強化に取り組んでいた。

 俺はマイヤに案内されて食堂へと通される。

 食堂では、ヴィオラがワインを飲んでいた。

 お前そんなの飲んで大丈夫かよ。


「来たな、小僧」


 ヴィオラは俺を一瞥すると、グラスのワインを飲み干した。


「なんじゃ、物欲しそうに。飲みたいか?」

「……ああ、お願いするよ」

「マイヤ、持って来い」


 しまった。

 つい、口が滑った。

 未成年飲酒、ダメ、絶対。


「とりあえず座れ」


 ヴィオラが俺を座るように促す。

 俺はヴィオラと向かい合うように座り、一息吐く。


「今日は頼んじゃったから飲むけど、次からは誘わないでくれよ。禁酒中なんだよ、俺」


 俺がヴィオラに告げると、ヴィオラは楽しそうに笑った。


「なんじゃ、お主、まるで酒の味を知っているかのようではないか!」

「知ってるから頼んだんだろ」

「おお、そうじゃった……小僧が酒なんか飲んではいかぬぞ?」

「じゃあ誘うなや!」


 ヴィオラは高らかに笑う。

 しばらく笑い続け、息を落ち着かせると、表情を変える。

 相手を威嚇するような眼。

 猛獣よりも鋭い眼光だ。


「はっきりさせておくが、此方はお主よりも上の上の上のもっと上じゃ。対等などとは思うでないぞ?」

「それはどうだろうな? お前は俺を殺せる。なら、俺もお前を殺せるんじゃないか?」

「ぷっ、ハッハッハッ! それは面白い! 此方はお主よりも全てにおいて優れておるというのに、お主が此方を負かすとな!」


 楽しそうに、本当に楽しそうに笑うヴィオラ。

 笑ってりゃ、普通の女なんだがな。

 美人だし、肌は白いし、しかも金髪だし。


「なぁ、ヴィオラ、気付いてるか?」

「何がじゃ?」

「俺の血液には俺の魔力がたくさん入ってる。つまり、俺はここからでもヴィオラを爆発させる事だって出来るんだぞ?」

「何を言っておるんじゃ?」

「そうだな、見せたほうが早い」


 俺は立ち上がり、テーブルから離れる。

 途中、俺の指先とヴィオラのワイングラスを極細の魔力の線で繋いだ。

 俺は両手を広げ、種も仕掛けもない様に見せる。

 そして、魔力を送り――ワイングラスが割れる。


「……ほう」


 ヴィオラは興味深そうに割れたワイングラスの欠片を拾った。

 俺の魔力は感じないはずだ。

 俺が魔力の線を消したのだから。


「こういう事だ。お前が俺に首輪を付けているように、俺もお前に首輪を付けれる」

「……面白い、面白いぞ、小僧」


 そう言うヴィオラの表情は引き攣っていた。




 では、最大の疑問である――何故、俺が魔力を使えたのかについて。

 先日、首輪の仕組みを解明するために色々と模索していた。

 そこで、俺は魔力が体内でなら操作できる事に気づく。


 そして実験だ。

 魔力を自分の中で溜めてから、一気に放出させた。

 体の中ではしっかりと魔力の塊が作れたのに、外に出したら消えてしまった。

 つまり、体の中で魔力の操作はできるが、外には出せないということだ。

 なら、答えは簡単。

 首輪が放出される魔力を吸収していたのだ。


 俺はそこで、ふと『主人公が力を暴走させて、封印を強制的に開く』というシーンを思い出す。

 某忍者漫画に良くあったりする。

 よく読んでいたので、イメージは鮮明に出来た。


 俺は体内に大きな魔力の塊を作り出し、一気に放出させた。

 だが、結果は失敗。

 今度は魔力を爆発させるのではなく、魔力を放出し続けた。

 そう、ナ◯トの赤いチャクラが漏れだすように。

 その結果、許容量を超えた魔力が首輪の効果を破壊し、首輪が割れてしまった。


 首輪を外すことに成功はしたが、バレてしまえば、強力なのがあった場合そちらを付けられてしまう。

 だから、俺は土魔術で似たような首輪を形成し、自分の首に付けているのだ。



 そして、俺は先日の首輪破壊実験を思い出しながら、あざ笑うように言う。


「どうだ、ヴィオラ、これは手品じゃないぞ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ